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「わたくしが気がかりなのは、王子のことです」
「シャナル王子の……ですか?」
まだ幼いのに危険な場所へおもむかれた王子のことを思えば、心配と罪悪感で胸が痛い。
目に涙がうかびそうになるのを抑えて言えば、ハウアー様はいぶかしげにわたくしを見る。
「ええ。ハウアー様、わたくしには王子のほかに想う人がいるのです。王子がわたくしに思慕を抱いてくださっているのは存じています。けれども、わたくしにはそのお気持ちにお答えすることはできません!」
頬が赤くなるのを感じながらも、きっぱりという。
あぁ……。
お兄様への恋はずっと心に秘めてきたのに、なぜだかこの数日で何人もの人に話してしまっている。
まだお兄様ご自身には、うちあけられていないというのに。
友人であるシスレイはともかく、なぜ親しくもない義弟や、あまつさえ上司にまでこのようなことを言わなければならないのかしら。
わたくしのお兄様への気持ちは、口にするたびより明確な形と熱を得ていくようだ。
けれど、お兄様に打ち明ける前に勝手に加速する心は、わたくしの胸をじりじりと焼く。
恥ずかしくなって目をふせると、ハウアー様は静かにおっしゃった。
「リーリア・ハッセン。今は貴女の気持ちは、胸にしまっておきなさい」
「ですが……!」
「貴女が誰を好きであろうと、今は王子との噂を否定すべきではありません。王城には、貴女と王子の恋を後押しする流れができている。今、貴女が他に好きな人がいるなどと言って噂を否定すれば、王子は嗤われ、貴女は悪女とささやかれるでしょう」
「あ……」
ハウアー様の言葉に、わたくしは手をぎゅっと握りしめた。
「ですが、このまま噂が広まっても、王子には痛手になるのではないでしょうか。……わたくしは、シャナル王子と結婚するつもりはありません!!」
それは、譲れない想い。
シャナル王子に瑕疵なんてない。
年下ではあるけれども、とても素晴らしい方だと思っている。
けれども、例え、わたくしの気持ちがお兄様に受け入れられなくても、他の方と結婚するなんて、考えられない。
決然として言うと、ハウアー様は目を見開いて、わたくしを見る。
すぐに、その視線は厳しいものに変化した。
冷ややかな視線に上から見下ろされて、視線が下がりそうになる。
けれども、わたくしは震える手を握りしめ、その視線をまっすぐに受け止めた。