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周囲がどう期待しようと、わたくしの心はお兄様だけを慕っている。
シャナル王子への親愛が、恋に変わることなど考えられない。
「嫌だわ、わたくしったら。詳しいお話はハウアー様がなさるとおっしゃっていたのに、ほとんどお話してしまったみたい」
シスレイは唇に手をあて、苦笑いをうかべる。
口をすべらしすぎたというシスレイの言葉は、本当なのか、わたくしを気遣っての言葉なのかわからない。
けれども、わたくしの立場としては、上司であるハウアー様にとつぜんこのようなお話を聞かされるよりずっと、同僚で友人であるシスレイの口から話を聞けて助かった。
ハウアー様が噂に対してどのようなお立場をとっていらっしゃるのかはわからないけれども、事前に話を聞けたことで動揺は抑えられる。
わたくしたちは表廊下に出ると、そそくさとシャナル王子の宮へ移動する。
無言で歩きながら、わたくしは考えを巡らせる。
わたくしと、シャナル王子のロマンス。
それを喜んで噂する方々が、王城にたくさんいらっしゃるという。
中には純粋に恋の話題に心ときめかせていらっしゃる方もいると思う。
このような非常事態だからこそ、あまやかな話題を望む方というのは、一定数いるだろう。
けれど、噂がこんなにもはやく広まったのは、それだけが理由のはずはない。
わたくしとシャナル王子のロマンスを……、強いてはわたくしたちが結婚することを望む方々がいるのだ。
なんらかの思惑をもって、その方々が故意に噂を広めたのだろう。
そうでもなければ、昨日の今日で、ここまで噂が広まるはずはない。
でも、なぜ?
わたくしとシャナル王子が結婚することに、どのようなメリットを見出す方がいるの?
わたくしは、ただの小翼だ。
魔力も特段強いわけではない。
わたくしに対して特別なものを見出すとすれば、ハッセン公爵の娘ということくらいだろう。
成人すればわたくしはおそらく家を出ることになるとはいえ、お父様はわたくしのことを可愛がってくださっているし、お兄様もわたくしを大切にしてくださっている。
わたくしの旦那様となれば、二人は多少は気にかけてくださることだろう。
といって、この噂のお相手はシャナル王子だ。
王子は幼いころからすでに、次期王になりうる実力をお持ちだ。
次期王とみなされているユリウス王子は工学に秀で、ご本人も周囲の方々もできればユリウス王子には工学の道に進んでほしいとお考えだと聞く。
シャナル王子が成人され、ご本人がお望みになれば、誰の後ろ盾も必要なく王位を得られることだろう。