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「え……」
わたくしと、シャナル王子のロマンス?
そんなもの、ない。
あぁ、けれども。
シャナル王子は、わたくしのことを好きでいてくださっている。
王子が、今回ザッハマインへ向かわれたのは、わたくしへの想いがあるからだというのは否定できない。
否定しようとした言葉をのみこんだわかくしに、シスレイも苦笑いをうかべた。
「噂がたつのも、仕方がないわよね。シャナル王子はもともと貴女のことが好きだと公言していらしたし、あの年齢の王子が危険地域に向かわれるなんて異例のことだもの。それが貴方のお父様の危機を救うためなのだとしたら……、ね?噂好きの女の子じゃなくても、ロマンスだと思うわ」
「そ、れは……」
そうだろう。
わたくしの心は、王子とのロマンスなんて否定している。
けれども、客観的に見れば、その因果関係は王子の恋心を如実にあらわす証のようだ。
そしてそれが実際に、王子のお心の証なのだとわたくしは知っている。
お父様を助けるために、シャナル王子が尽力してくださっているのに、そのお心をなかったものにはできない。
王子が、お父様を助けるためにザッハマインへ向かわれたのを、わたくしは心から感謝しているのだから。
口ごもると、シスレイはわたくしをはげますように、手をとってくれた。
「わたくしは、リーリア自身から、他に好きな方がいると聞いているもの。貴女が王子へ抱く感情が、恋心だなんて思わない。他の方々も、貴女が王子に恋をしているなんて思っていないわ。けれど、王子の真心を受けて、貴女が王子に恋をするのではないかと考える方も多いようよ」
これが他人事なら、とわたくしは考える。
他人事なら、わたくしも同じような期待を抱いただろう。
わたくしとシャナル王子の年齢差や魔力差をかんがみて、わたくしたちの関係は望ましいとは思わない。
けれど年若い王子が危険も顧みず、想う女性のために尽力なさるお姿をみれば、応援したいと思っていただろう。
他人事なら、だ。
わたくし自身の心は、それでも王子のお気持ちにお答えはできない。
わたくしが好きなのは、お兄様だけだ。
シャナル王子に大きな恩を感じても、王子への気持ちは尊敬と敬愛、それに年下の友人に対する愛情以上のものは抱けない。
途方にくれた気持ちになって、うつむく。
シスレイも困ったように笑って、
「貴女の気持ちを知っているわたくしでも、噂につつまれていると王子の応援をしたくなるような語り方をされているのよ。幸い、貴女にも好意的な噂ではあるのだけれども」
シスレイは、フォローのつもりで言葉を添えてくれたのだろう。
けれど、わたくしの心はさらに沈んでしまった。
さらにシスレイは、迷った様子を見せながらも、ついでとばかりに言葉を加える。
「貴女はこれまで浮いた噂もなかったし、他に好きな人がいるなんて話もでないでしょう?だから、ますます噂が加速しているんだと思うわ。それに、昨日。貴女、王子と手をとりあって、王城を歩いていたのでしょう?貴女の事情を思えば仕方のない状況だったのでしょうけれど、それを目撃していた方も多くて、期待が高まっているみたい」
その言葉で、わたくしは事態が大変なことになりつつあるのだと、気づいた。