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「どうかいたしましたの?シスレイ」
人目が少ない隠し廊下とはいえ、もうすぐここも人が多くなる時間だと言ったのは、シスレイだ。
いつまでもここにいるわけにはいかないのであれば、話ははやく進めてほしい。
強い声音でシスレイに尋ねると、シスレイは「えぇ……」とため息まじりの声をもらし、
「リーリアは、すこし勘違いしているようだわ。あなたが注目されているのは、ハッセン公爵がお姿をお隠しになったことが原因ではないわ。……確かに一部では、それを公爵の失態だと囁く方もいるようだけれども、そちらは気にしなくてもだいじょうぶよ。ハッセン公爵の実力は、みんな知っているもの。まともな人間は、そのような讒言は相手にしていないわ」
「……そうでしょうか?」
シスレイの優しい言葉に、疑いの言葉をもらしてしまう。
シスレイの言葉は信じたいと思うけれども、人の思惑を読むのが得手とはいえないわたくしでも、今まで失態らしい失態がなかったお父様が見せた隙を過剰にとりあげない人ばかりではないとは思ってしまうのだ。
シスレイは、くすりと笑って、
「少なくとも、今はね。ハッセン公爵がどのような状況下でお姿を消されたのか詳細もわからないし、王は全面的にハッセン公爵に助力するおつもりだわ。クベール公爵も、ハッセン公爵を非難する人に目を光らせていらっしゃるみたいだし」
「そうですか……」
王のご好意と、おじ様のお心遣いが、お父様への非難の声を抑えているのだろう。
おふたりのご厚意をありがたく思う一方で、これが今までのお父様の実績と、友情の証なのだと思うと、胸があつくなる。
「……久しぶりに、笑ったわね」
シスレイの指が、ふにとわたくしの頬に触れる。
安堵したかのようにシスレイが笑うので、わたくしは友人に心配をかけていることを申し訳なく思う。
……まだまだ心は不安定で、心配をかけるのはやめられそうになくて、さらに申し訳ないけれども。
「ご心配おかけして、申し訳ないです」
「わたくしのほうだって、リーリアに迷惑をかけているのよ。シャナル王子に働かせてくださいなんてお願いして。リーリアが今困った立場にいるのも、わたくしにも一因があるの」
「え……。父が行方不明になったのは、シスレイとはなんの関係もないですよ?」
「ぁあ、だから。それが、誤解なの。貴女が王城の官吏たちから注目を集めているのはね、リーリア。ハッセン公爵が原因じゃないの。シャナル王子が、危険を顧みずザッハマインへ向かわれたのは、愛する貴女のお父様を助けるためだという話が、王城にひろまっているのよ。つまり貴女は、シャナル王子とのロマンスのヒロインとして、注目されているというわけ」