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夢は、お兄様から始まった。
夢の中で、お兄様は馬に乗っていらっしゃる。
その馬は守りの力を得て、普通の馬よりずっとはやく駆けていく。
お兄様はまっすぐに前を見据えて、ただひたすら、すこしでもはやく前に進もうとなさっている。
その周囲には、同じように先を急ぐ武人たち。
わたくしの体は空気のように透けて、ふわふわとお兄様の近くを漂う。
風のように速く駆けていかれるお兄様に置いて行かれないよう、お兄様の肩に手を置いて、しばらくお兄様のお傍にいた。
そして、お兄様の頬にそっと口づけをする。
「リア……?」
お兄様は、前を見据えたまま、唇を動かす。
わたくしは、そっとお兄様に祈りを捧げた。
お兄様が、無事に、お役目を果たせますように、と。
次の瞬間、わたくしは真っ暗な空間に放り出された。
暗闇の中、かすかに光るものがある。
わたくしがそちらへひきつけられるように近寄ると、光っていたのは、お父様だった。
「お父様……!」
わたくしは大きな声をあげ、お父様に抱き付く。
けれども、お父様はわたくしの声にも、姿にも、反応されなかった。
お父様のお身体から、光の粒がふわふわと舞い上がり、暗闇に溶けていこうとする。
光の粒がぶわりと舞い散ると、お父様のお姿がぶれ、欠けていくように小さくなっていく。
お父様は光の粒をにらみながら、呪文をお唱えになる。
すると光の粒は、お父様のお体に戻っていく。
「お父様…!お父様…!」
わたくしがお父様にだきついたまま、お父様をおよびすると、お父様が呪文をお唱えになったときと同じように、光の粒がお父様のお体に戻っていく。
そのことに気づいたわたくしが、何度もお父様をお呼びしていると、お父様はふと呪文を止め、「リーリア」とわたくしの名を呼んでくださった。
「お父様!」
気づいてくださったのかと思って、わたくしはお父様のお手をとる。
けれども、お父様はわたくしのいるほうではなく、虚空を睨んで、おっしゃった。
「私から何かを奪えるなどと思っているのか?私は、何も奪わせはしない。この体も。この記憶も。すべて私のものであり、私が愛し、私を愛する者のものだ」
低い声で、お父様が毅然とおっしゃる。
すると光は、またぶわりとお父様のお体へと戻る。
呪文を唱えていらしたときおりもたくさんの光が、お父様のお体にもどったのを見て、わたくしはお父様に力添えするように何度もお父様をお呼びした。
わたくしの声は、お父様に聞こえていないようだった。
お父様は、けれどわたくしとお兄様、それにお母様のお名前を口にだされる。
おじいさまやおばあさま、それにおじ様の名前も。
お父様が誰かの名前を呼ぶたびに、光はお父様のもとへと戻る。
「……お父様!」
わたくしも、何度もお父様をおよびする。
強く、強く、お父様に抱き付く。
けれど、夢はふらりと場面が変わる。
次に見たのは、シャナル王子だった。
空間の歪んだ長い道を、シャナル王子が歩いている。
隣にいるのは、ノレン様。
二人は手をつなぎ、なにかを語らいながら、急ぎ足で歩いている。
花将門の道だろうか、とわたくしは思った。
そこで、目を覚ました。
馬車は王城へ到着し、ぴたりと止まる。
わたくしは目を開き、今見ていた夢から、現実へと戻った。