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そういえば。
ふと、思い出した。
お兄様から海賊ラジントンについて、初めて聞いた時。
王城の図書館でイプセンの王族について調べていて、イプセンには王子がいるのではないかと考えていたことを。
あれは、なぜ、そう考えたのだったかしら?
……そうだ、前世の「ゲーム」の記憶に登場したヒロインの手下の一人「影」が、イプセンの王子かもしれないと考えたんだったわ。
「影」には、イプセンのなまりがあることや、ヒロインへの態度の大きさ、容姿や能力が優れていたことを足し算していって、乙女ゲームの定石を考えあわせれば、きっと「影」はイプセンの王子で「隠しキャラ」の攻略対象かもしれないと思ったのだった。
……落ち着いて考えると、先走りすぎね。
それに「ゲーム」とこの現実は違うものなのに、「ゲーム」に依っている仮定すぎる。
そう思う一方で、もしかするとという思いも捨てきれなかった。
けれど、報告書によると、ラジントンの首領は、大柄な赤毛の男とある。
黒髪に赤目の「影」とは別人のようだ。
なぁんだ。
やはりというべきか、ラジントンの首領と「影」は別人のようだ。
とはいえ、ラジントンの首領が王子ではないとはいえないのだけれど。
あちらこちらに考えをとばしながら、報告書を読み終える。
噂でうめつくれた報告書は、けれどなかなか興味深い読み物だった。
わたくしが考えに没頭していると、ルルーが朝食だと呼びにきてくれた。
エミリオと会うことにすこし身構えつつ、考えをそらすために、ラジントンについて考える。
エミリオは、もう朝食の席についていて、わたくしが来るのを待っていてくれたようだ。
どこか気まずげな表情をしているエミリオに、わたくしは「おはよう、エミリオ」と挨拶をする。
と、エミリオは、ぱっと笑顔に変わる。
「おはよう、リーリア」
「姉様、でしょう?」
一瞬の苛立ちを笑顔で押し隠し、わたくしはエミリオに言う。
エミリオは屈託のない笑顔をこわばらせたけれども、彼が「家族」で、わたくしの「弟」なのは事実なのだ。
呼び名も、それに従ってもらう。
譲るつもりはなかったので、わたくしはエミリオの強張った表情なんて気づかないふりをして、ビスケットにジャムを塗って食べる。
エミリオはすぐに切り替えたのか、へらりと笑みをうかべた。
「おはようございます、リーリア姉様。でしたね?」
……なぜかしら。
エミリオはにこにこと笑って訂正してくれたのに、なぜだか苛立つ。
わたくしったら、もうエミリオのことが嫌いで、彼のすることのすべてが気に障るようになってしまったのかしら。
「ええ、そうね」
同意の言葉は、しんと冷たく響いた。
……こんな言い方、冷たすぎるかもしれない。
父が不在の今、養子に迎えたばかりの「弟」に対する「姉」として、褒められた態度ではない。
使用人たちも、どう思うことか。