12
「お腹がすきましたわ」
二度寝から目を覚ますと、真っ先に感じたのは空腹感。
昨夜もお夕食はいただいたけれど、遅くまでお父様を待っていたのに、なにもつまんでいなかった。
自覚すると同時に、お腹がぐぅっと音をたてる。
とりあえず着替えなくてはと思って、わたくしは枕元のベルをならした。
少し待てば、侍女が来てくれるだろう。
今はもうお昼近いのか、窓からは明るい光がさんさんと漏れている。
窓辺にあるソファが、光の中で輝いている……。
わたくしはソファにひきよせられるようにふらふらと歩いていき、そっと膝をついて、ソファに頬ずりした。
「うふふ。お兄様の香りがするような気がする……」
ソファの温もりは日差しで温められたせいだとわかっているけれど、先ほどお兄様が腰かけていらしたことを思い出すと、お兄様のぬくもりのような気もして、わたくしはソファに顔をこすりつける。
うっとりとそのぬくもりを堪能していると、背後から冷たい声が聞こえた。
「お嬢様、なにをなさっているんですか?」
振り返ると、赤毛の侍女が目をつりあげて、わたくしを見下ろしている。
あぁ、ついていないわ。
今日はルルーのお当番だったなんて。
ルルーはわたくしより3歳年上で、乳母の娘だ。
わたくしに幼いころから仕えてくれているのだけれど、乳姉妹ということもあり、厳しいところもある。
妹のメアリアンはわたくしと同じ年齢のおっとりした子で、わたくしのお兄様への想いを応援してくれているのだけど。
「すこし、お兄様の香を嗅いでいただけですわ」
わたくしは何事もなかったかのように立ち上がり、着替えをお願いする。
ルルーはわざとらしいため息をつきつつ、白地に青の花の模様をちりばめたガーデン用のドレスを用意してくれた。
「ガイ様も公爵様も、ずいぶんお嬢様のお体をお気遣いでしたよ。もうお具合はよろしいのですか?」
「ええ。もうなんともないわ。お腹が空いて困っているくらいかしら」
白い寝間着をぬぎ、ドレスに着替える。
ルルーはわたくしの髪をときながら、
「ガイ様が、エミリオ様をご案内されていますよ。ご昼食はリア様もご一緒なさいますか?」
「そうね。昨日もエミリオとは顔をあわせただけだし、きちんとご挨拶したいわ。昼食は、もうすぐかしら」
「ええ。そろそろだと思います」
ルルーが時計を見ながら答える。
わたくしは「そう」とうなずいて、鏡の中の自分を見つめた。
……こうして見ると、わたくしって本当に地味。
お父様も亡きお母様も、かなりの美形だと思う。
そのおかげか、わたくしの顔も造作自体は悪くない。
でも、地味。どこかどうしようもなく地味。
これまであまり気にしたことはなかったけれど、前世の記憶を取り戻して、改めて自分を見つめると、がっかりしてしまう。
ゲームの中のお兄様が、わたくしのことを地味な女の子だと言っていたのを思い出してしまう。
落ち込みそうになったけれど、落ち込んでいる暇などないと思いなおす。
わたくしは、自分も周囲の人も幸せにできるような素敵な「悪役令嬢」になるって決心したのだもの。
幸い、わたくしには前世のわたくしが残してくれた豊富な研究データもあることですし。
「そうだわ!」
わたくしは前世のわたくしが残してくれた記憶をたどりながら、ひとつの良案を思いついた。
「ルルー。お願いがあるの。……こういうのをしてみたいんだけど」
わたくしは「悪役令嬢」の姿を思い浮かべつつ、ルルーにお願いする。
ルルーは目を丸くして考え込み、すぐににっこりと笑った。
「それ、素敵になりそうですわね!」