サラベス王-2
スノーの顔に手を伸ばし、頬に触れる。
「ん?どうかしたか?」
「いや、なんとなくな」
スノーの頬をつつきながら言うと、スノーは急に優しい目をした。
ぽんぽんと頭を優しくたたかれて、わたしは目をふせた。
王になって30年。
スノーと連れ添って、30年。
それは決して、平坦な道ではなかった。
王としても、スノーの妻としても。
だが、ふりかえればなんと幸福な日々だっただろう。
スノーのさらさらした髪に手を伸ばす。
王のつとめなど、なんの興味もなく、自分の恋ばかりが気がかりだった小娘が、30年という長きにわたって王のつとめを果たせたのは、ひとえにこの男のおかげだ。
スノーは、礼族なみの魔力しかもたない。
わたしたちの間に最初にめぐまれた長男アールも、魔力は礼族なみだった。
他家にもわたしの後を継ぎ王となりえる魔力を持つ子どもが長年産まれなかったこともあり、下位貴族や礼族の一部からは、スノーとの性交渉は愛情表現にとどめ、子づくりは魔力の強い男としてほしいという進言も何度も受けた。
公けの場でも、スノーの魔力の低さをあてこする人間は多かった。
だがスノーはそれらの侮蔑をさらりとかわし、幅広い知識と社交術で、今ではグラッハになくてはならない人物だと認められている。
国を思い、努力邁進するこの男に認められ、手をひかれていたからこそ、今までの30年、わたしは王であれた。
だが、それももうおしまいだ。
「なぁ、スノー。わたしは、……そろそろ退位するよ」
「……あぁ」
スノーの目を見て言うと、スノーはそっと口づけてきた。
いたわるような触れるだけの口づけに、わたしは笑って言う。
「退位したら、アールのところにでも身を寄せようと思っている。……ついてきてくれるか?」
「答えは、わかっているだろう」
スノーはそう言って、また口づけてくる。
「あぁ。でも、まぁ、いちおう聞いておきたかったんだ」
嘘だ。
ほんとうはすこしだけ、不安だった。
スノーにとって、王でないわたしにも価値があるのかどうか。
そんなことを不安に思っていたなどと感づかれれば、それこそ鬼のように怒られるだろうが。
素知らぬ顔で、わたしはスノーと口づけをかわす。
グラッハのような大国の王というのは、魔力も生命力もごっそりと削られる。
30年というわたしの在位は、わたしから魔力と生命力を大量にうばっていった。
もう限界が近いことはわかっていた。
それでも少しでも次に王位を継ぐユリウスに猶予を与えたくて王位にとどまっていたが、ザッハマインの件で、もはや自分が王位にとどまるのは危険だと悟った。
思わぬ外敵の存在さえなければ、もう数年は王でいられたかもしれないが……。