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もうひとつ懸念しなくてはいけないことがある。
それはわたくしとエミリオは姉弟になって日が浅く、この家には、使用人をのぞいてはわたくしたち2人しかいないということ。
そして、わたくしとエミリオは結婚を考えるには若すぎても、恋愛沙汰や性交渉を行っても不思議はない年齢であること。
もしわたくしとエミリオの様子がおかしくなる直前に、二人で部屋にこもっていたということが取りざたされれば、妙な噂を招きかねない。
……実際には、家族としての慰めの抱擁を受けただけだけれども。
「木剣を用意してちょうだい、メアリアン」
「かしこまりました」
メアリアンは、まだ心配そうにわたくしを見たけれども、なにも言わない。
黙って木剣を用意してくれる心遣いに感謝して、わたくしは自分の髪をてばやくたばねた。
「服は、着替えられますか?」
「ええ。でも自分でするわ。一刻後、お風呂にはいります。入浴の準備をお願い。……しばらく、一人にしてちょうだい」
「かしこまりました」
メアリアンは、一礼すると部屋を出ていく。
扉が閉まるやいなや、わたくしは出仕用の若草色のドレスを脱いで、下着姿で木剣を握る。
お行儀は悪いけれども、今は少し、お行儀が悪いことをしたかった。
動きやすいし、ここには一人だし、問題ないだろう。
鍛錬でよく使用する木剣を握ると、背筋がピンと伸びた。
一礼し、木剣をふる。
身体で覚えた型を、いつもどおりに繰り返す。
心の、苛立ちとともに。
……エミリオは、いい子だと思う。
お父様が認めてハッセン公爵家の養子にし、前世のわたくしが好きだった少年。
明るく健やかな子ども。
今日のことだって、彼はわたくしを慰めようとしてくれただけ。
だから、こんなふうに苛立つのは、わたくしが理不尽なのだ。
だから、エミリオへの不満を口には出さない。
彼を避けるようなこともしない。
明日からだって、普通に「弟」として扱う。
でも。
今だけは。この、ひとりの空間でだけは。
押し込めた感情のままにふるまいたい。
木剣をふる、その動作に怒りをこめる。
嫌い嫌い嫌い。
あんな子、大ッ嫌い!
わたくしが強がっている?
あまえたほうがいい?
じゃないと、いつか倒れる?
そんな危険、わたくしだって感じているのだ。
けれども、どうしようもない。
ひとりで強がるしかない。
だって、ここにはわたくしが頼れる人なんていないんだもの!
自分に頼れ?
エミリオは、そう言ったけれども。
馬鹿じゃないの?
わたくしが頼りにできるのは、お父様とお兄様だけ。
そのお二人がお二人とも、今わたくしのお傍にいらっしゃらないのは、エミリオ、あなたが養子にはいったからかもしれないのに!
あなたさえいなければ、お父様はここにいらして、ご無事かもしれなかった。
あなたさえいなければ、お兄様とふたりで手を取り合えた。
エミリオのせいじゃない。
わかっている。
けれども、あなたに頼れなんて、ぜったいに言われたくない!