エミリオ-11
ぽろぽろと涙を流すリーリア姉様を見て、ほっとした。
やった。
俺の前で、リーリア姉様が泣いてくれた。
泣くってのは、けっこうな癒し効果があると思う。
ねーちゃんも、マリオが家を空けていて不安なときとか、こうやって俺に抱き付いてよく泣いてた。
泣くだけ泣いたら、ちょっとすっきりして、マリオを待ててた。
だから、リーリア姉様も、いっぱい泣いて、ちょっとでも気分が落ち着けばいいって思った。
けど。
リーリア姉様が泣いたのは、ほんとにちょっとだけだった。
ぽろぽろっと涙をこぼした、それだけ。
ちょっと泣いたら、後はぎこちない笑顔をつくる。
この数日で見慣れてしまった、壁をつくるためのとりつくろった笑顔。
「エミリオったら、嫌ね。驚いて泣いてしまったじゃないの」
そう言って、リーリア姉様は、力が抜けた俺の腕の中から逃げる。
そっと俺と距離をとって、指先で涙をぬぐうと、俺をよせつけないための笑顔をうかべる。
だめだった。
俺じゃ、リーリア姉様の泣く場所には、なれなかった。
当たり前と言えば、あたりまえだよな。
まだ数日しか一緒にすごしていない、生まれも育ちも違う俺相手に、リーリア姉様がいちばん見せたくないだろう弱いとこを見せるなんて、難しいんだろう。
たった一歳しか違わないのに、リーリア姉様って俺のこと、弟としてかばうべきだって思っているっぽいし。
胸にわきあがるのは、失望感。
それと、自分勝手な怒り。
リーリア姉様の傍にいて、いまリーリア姉様が甘えられるのは俺だけのはずなのに、どうして俺に頼らねーんだよ?
お父様やガイ様のかわりになるつもりなんてねーけど、こんなせっぱつまった時、頼れる人間に頼れないようじゃ、やってけなくなるの目に見えてるじゃん!
自分勝手な言い分だってのは、わかってる。
リーリア姉様は、ひとりで立ちたいんだろう。
頼りたいのは、お父様かガイ様だけで。
その二人がいないんなら、誰にも頼らず、ひとりで「ハッセン公爵家の娘であり、臨時の主」の役を果たすつもりなんだ。
リーリア姉様は、それができる自信があるんだろう。
事実、リーリア姉様は思い悩むことが多くて青ざめた顔で笑っていても、次の日の朝にはすっきりとした笑顔をうかべて、俺と鍛錬までしていたんだから。
精神力とか、めちゃくちゃ強いんだと思う。
屋敷の使用人たちにだす指示も的確っぽいし、王城でも王子に頼りにされているっぽい。
俺なんかにはよくわかんねーけど、すごい人なんだろうなって思っているし、だからこれまでは、本気でリーリア姉様が体調を崩したりしない限りは見守るつもりだけだったんだ。
でも、お父様が行方不明になった。
リーリア姉様は以前と同じように笑ったけど、もう笑っていられる状況を超えているって思った。
これが俺の勝手な決めつけでも。
リーリア姉様の矜持をくじくものだとしても。
もう俺には、見守っているだけなんて、できないんだ。
俺は、リーリア姉様をじっと見つめて、声をかける。
俺に作り笑いを浮かべる、頬に涙の痕の残る女の子を。
「リーリア」
姉様、とはもう呼ばなかった。
また抱きしめると、リーリアは俺の腕の中で、びくりと体を震わせた。