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エミリオの部屋につくと、ソファに座るように言われた。
指定された場所に座ると、エミリオは部屋の戸口に行く。
そしてすぐにポットとカップの乗ったトレーをもって、戻ってきた。
「ルルーに頼んでおいたんだ。とりあえず、お茶でも飲んで。リーリア姉様」
「え、ええ……」
エミリオは、こんな話し方していたかしら。
興奮したときは、こんなふうだった気もする。
だとすれば、今も落ち着いた表情をしているけれども、エミリオも動揺しているのだろうか。
エミリオはトレーをテーブルに置くと、カップを手に取って、わたくしの手へと手渡しする。
うながされるままに手を出し、熱いカップを受け取る。
するとエミリオの両手が、わたくしの手を包むように、カップの上から添えられた。
薄いカップをとおして、中のお茶の温度が伝わってくる。
「あついわ、エミリオ……」
手を離してくれるよう頼むと、エミリオはそっと手を離してくれた。
「震えているのは、止まったね」
「え……」
わたくしは、自分の手を見た。
確かに……、先ほどまでは油断するとがくがく震えていた手が、落ち着いてカップを握っている。
「……気づいていたの?」
手が震えていたのは、人に気づかれてないと思っていた。
わたくしは指が震えそうになるたび、体に力を入れてコントロールしていたのだから。
それでも震えがとまらない時だって、スカートの陰に手を隠していた。
なのに、エミリオに気づかれていたなんて…。
「みんな、気づいていたのかしら」
お父様やお兄様がいらっしゃらない今だけでも、みんなに「主人」として安心してもらえるようにふるまおうとしていたのに、台無しだわ。
どうして、わたくしはこんなに弱いのだろう。
じわりと涙がうかびそうになる。
するとエミリオは青い目でわたくしをじっとみて、「だいじょうぶだから」と慰めるように言う。
「気づいていたのは、俺と、ルルーとメアリアン。あと、家令さんとかだけだと思う。それに皆、リーリア姉様が一生懸命つとめているってわかっているから」
「一生懸命じゃだめなの。努力の過程が認められるのは、下の人間だけよ。人の上に立つ人間は、成果を出さなくちゃいけないの」
なのに、わたくしはうまくできない。
ルルーもメアリアンも、カーラも、わたくしがうまくできないからといって蔑んだりはしないだろう。
わたくしを助けようとしてくれるだろう。
ふだんなら、それに甘えている。
使用人の中でも近しい彼らは、わたくしにとって甘えられる「母」や「姉」でもあるから。
けれども、今は。
お父様はこの家にいらっしゃらないだけでなく、行方がわからない。
お兄様も危険地帯に赴かれていて、安全が保障されている状況じゃない。
わたくしは、「主」にならなくてはならないのだ。
この家の使用人たちが、安心して仕えられる「主」に。
さもなければ、お父様やお兄様がお戻りになるまで、この家を今のままで保てないかもしれない。