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シャナル王子のお姿は、あっという間に見えなくなった。
「……相変わらず、でたらめな魔力だね」
ぽつんとスノー様がおっしゃったけれども、それがそこに集ったわたくしたちの総意だろう。
花将門をくぐる人を見送るのは初めてではないけれども、あんなにもすぐに姿が見えなくなったのは、初めてだった。
お父様をお見送りした時よりも、ずっと速い。
改めてシャナル王子は「規格外」なのだと思う。
けれども、だからと言って、まだ8歳の子どもを危険な場所に送り込み、それを見送るしかできない自分の不甲斐なさが許されるわけではないと思う。
しばらくの間わたくしたちはその場で、もう姿の見えないシャナル王子の姿を見つめるかのようにじっと花将門の前で立っていた。
けれどもサラベス王をはじめ、皆様お忙しい方ばかりだ。
サラベス王が戻られるのを皮切りに、順々に行くべき場所へ帰っていく。
わたくしとハウアー様は、王子宮へ戻った。
わたくしは、今日はこのまま家に帰るよう王から命じられた。
王子宮で帰り支度を整えたらすぐ、屋敷へ戻らねばならない。
一時的なものとはいえ、ハッセン公爵の行方がわからないのだ。
家の者にそのことを伝え、手配しなくてはいけないこともある。
お兄様は、このままザッハマインへ向かわれるそうだ。
お父様を呼び戻す際、身内の者が傍にいるほうがよいかもしれないのだという王のお言葉に、わたくしは深い謝意を伝えた。
王は、本気で父を取り戻すために尽力してくださっている。
それはこのような状況で、なんと心強いことだろう。
そのためにシャナル王子を危険な場所に行かせることになったのだけれど、王のお気持ちがありがたいことに変わりはない……。
おじさま……クベール公爵も、わたくしを励まし、お父様を助けるために全面的に力を貸すと約束してくださった。
王都に残るわたくしにも、できる限り手をかしてくださるとも。
そして、もし万が一、お父様がお戻りになれなかった場合は、エミリオはクベール公爵の養子としてひきとろう、とも。
お父様がお戻りになられなければ、お兄様がハッセン公爵となる。
ここでエミリオがクベール公爵の養子にいってしまえば、ハッセン公爵の跡継ぎがいなくなることになるけれども、お父様がいらっしゃらなくなれば、ハッセン公爵家はわたくしとお兄様の二人だけ。
未成年者ばかりの家になる。
お兄様とも数歳しか年齢のかわらないエミリオを、ハッセン公爵家の養子にしておくことはできない。
万が一の事態を考えてご配慮くださったおじ様のお言葉にお礼を言って、わたくしはお兄様とエミリオに相談するとお答えした。
エミリオの進退を、わたくしが一人できめるわけにはいかない。
それに今はひどく頭が混乱している。
おじ様も、今すぐに決める必要はないとおっしゃってくださった。
「急がせる気でいったんじゃねぇんだ。そういう選択肢もあるってことを伝えたかっただけだ」と。
おじ様は「悪いな」と謝ってくださったが、なにも問題はない。
ふだんのわたくしなら、先回りして算段をつけはじめる問題だ。
おじ様もお忙しく、この後ご相談するための時間をいただくのも容易ではないだろう。
わかること、できることははやく解決していくべきだ。
そう言うと、おじ様は悔しそうに笑って、わたくしの頭を撫でてくださった。
王子宮の小翼として王城にいるわたくしとしては、その手を止めなくてはならなかったのだけれども、こみあげる涙をとどめるのに精いっぱいで、ただおじ様に慰められていた。
ハウアー様も見逃してくださった。
おじ様が去り、二人で王子宮に戻るまでの道のりも、ハウアー様はなにもおっしゃらなかった。
ただ気づかわし気に、わたくしを見守ってくださっていた。