シャナル王子-16
そうと決まれば、さっさとザッハマインへ行こうってことに決まった。
王たちはもともとそのつもりだったっぽいから、僕が了承したらそれで決まりだんだけどねー。
ハウアーは、慌てて王子宮に戻る。
荷物なんて最低限しか持っていけないけど、片道四日はかかるだろうって旅だ。
途中の州庁で補給はできても、着替えとかもちょっとは欲しい。
ノレンってじーさんは、荷物の用意もすでに済ませているらしい。
足元のカバンを指して、「これだけです」とか言ってる。
なんつーかこれ、ほんと僕が行くのって決定事項だったんだろうなー。
じーさん、準備万端じゃん。
ま、王たちの思惑どおりなら、僕はリアにザッハマインに行くよう「お願い」されてたんだろうし。
リアに「お願い」なんてされたら、僕が断るわけないけどさ。
実際には「お願い」どころか、リアには行くの止めようとされたけどさ。
それでも、腹黒い大人たちの巻いたエサを食らって、ザッハマインへ行くって決めちゃったぐらいだし。
そのリアは、さっきからずぅっと僕の隣に立っている。
涙目でうつむいて、じっと僕を見て、「ごめんなさい」と「ありがとうございます」を繰り返し言う。
……かっわいいなぁ、もう!
笑顔じゃないけど、僕への感謝が混じったリアのこの表情は、僕がつくりだしたもの。
今は僕への心配と、子どもな僕を危険な場所へ行かせる罪悪感、自分の力のなさやなんかで、苦い色も強い表情だけどさ。
僕がハッセン公爵を助ける手伝いを華麗にやってのけたら、この表情はきっと晴れ晴れした喜びと、僕への感謝に染まるだろう。
うーわ。
考えただけで、にやける。
せーっかくガイ・ハッセンもハッセン公爵もいない隙だってのに、リアの傍を離れるなんて残念だけどさぁ。
でも、リアに感謝されるーってのも、いいよね!
頼りがいある、って思われたりするかもだし。
あー……、「無事に帰ってきたら、キスしてくれる?」とか言いたい。
今のリアなら、かわいこぶって言えば「はい」って言ってくれる気がする……、いや、ないか。
こんなシリアスモードなリアにそんなこと言ったら、怒られるんだろうなー。
「ザッハマインは、国に弓をひくような極悪人が野放しになっている危険地帯です。そこに行くのに、そんな軽い心構えだなんて……!やっぱり王子は、ザッハマインに行くのはやめたほうがいいです!」とか、言いそう。
うーん、でも、リアのキス……。
言うだけでも、言ってみたい。
もしかすると、もしかするかもしれないし……!
よし、言ってみよっか、と気合をいれたとたん。
「お待たせいたしました。シャナル王子の荷物の用意ができました」
すっごいいやーなタイミングで、ハウアーが戻ってきた。
……こいつって、ちょいちょいタイミング悪いよなー。
ハウアーが戻ってきたことで、王たちが立ち上がり、花将門へ移動することになる。
リアに「帰ってきたらキスして」って言える雰囲気なんて、ぜんぜんなくなった。
どんな空気だろうと、僕は言うのは平気だけどさ。
この空気で「キスうんぬん」なんて言ったら、リアにどんびきされそうで言えないよねー。
ハウアーめ、と思うけど、リアはハッセン公爵の安否を思って頭がいっぱいだろうし、ヘタなこと言ったら嫌われたかもしれない。
だから、これでよかったのかなー。
それでもなんでも、言うだけでも、言いたかったけどねー!