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「ですが、シャナル王子はまだ子どもです。ザッハマインは現在、危険地帯。王子がノレン様をお連れするなんて、危険がすぎます」
この決定が、サラベス王のご決定なのだとしても。
わたくしは、ただ黙ってシャナル王子を送り出すことなんてできなかった。
例えサラベス王が、王族の義務を重んじて決定されたのだとしても。
お父様の安全を重んじて、決定してくださったのだとしても。
それでも8歳の子どもを、国に仇なす敵がいる場所へ送り込むなんて、許されていいはずない。
王は、不遜なわたくしの態度をおとがめにならなかった。
王配スノー様も、軍部の七将軍の方々もなにもおっしゃらない。
しんとした沈黙が、軍部会議所に流れた。
一拍後、ノレン様がこくりとうなずいて、おっしゃる。
「なるほど。しかし、わたくしひとりでは花将門を通ってザッハマインへ行っても、6日はかかるでしょう。わたくしの魔力は、あまり高くないのですよ。そして、ハッセン公爵をお助けするには、あと3日…、もって4日以内にはザッハマインで呼びかけなくてはいけないのです。わたくしを連れて4日以内でザッハマインまで行けるほどの魔力の持ち主は、現在サラベス王とシャナル王子、それに留学中のユリウス王子だけです」
「ユリウスも留学先から呼び戻しているが、まだこちらに到着していない。もちろん、王がザッハマインに出向くのも無理だ。……リーリア・ハッセン。厳しいことを言うようだが、シャナルをザッハマインへ向かわせないのなら、ハッセン公爵はこの世から消えるんだよ」
お父様が、この世から消える……。
スノー様が、わたくしを諭すようにおっしゃった言葉を聞いて、わたくしの体はみっともなくガタガタと震えた。
わたくしがこの場にいるのは、お父様の代わりで。ハッセン公爵家のものとして、で。
王たちがいらっしゃるこの場で、取り乱すなんて、あってはならないことなのに。
どんなに自分に言い聞かせても、体の震えが止まらない。
お父様。
大好きなお父様。
小さなころから、お母様がいないぶんもとわたくしを慈しみ、見守ってくださったお父様。
この国の貴族としても、その能力、人格ともに、敬意を抱かずにはいられない偉大なお父様。
リーリアは、お父様のことが、大好きです。
ずっとずっと、大好きです。
だから、きっと。
お父様は、わたくしのこの決断を、褒めてくださるって、そう、信じている……。
「間に合わぬのなら、その時はその時です。父も、この国の軍人です。国を害する敵がいるところに、幼い王族を自分のために動かし、その尊い御身を危険にさらすことなんて望みません」
シャナル王子をザッハマインへは行かせない。
それは、お父様のお命を危険にさらすということ。
そんな判断を自分でして、わたくしは正しいと信じていることを口にしたのに、体のふるえがますますひどくなった。