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ハウアー様がわたくしに触れていたのは、一瞬だった。
わずかに肩を支えていただいた、一瞬。
なのにわたくしの体内を流れる魔力は落ち着き、ふだんどおり体が動く。
お礼を言ったわたくしを、ハウアー様は無言で見つめてくる。
その眼差しは、厳しくも暖かい。
一時的とはいえハウアー様の部下として働くわたくしにを叱咤激励してくださっているようだった。
「しっかりしなさい」と言われているようだった。
わたくしは、その無言の声に導かれるように、背筋をしゃんと伸ばす。
よく見ると、ハウアー様のお顔の色も青ざめて、額にはかすかに汗がにじんでいた。
ハウアー様は、礼族だ。
内包されている魔力量は、わたくしと同じか、それ以下しかないはず。
王子宮の侍官長というエリートであるハウアー様は、魔術の扱いはわたくしなどよりずっと長けていらっしゃるだろう。
とはいえ、この会議所の制約魔術がお体にこたえていないはずはなかった。
ふと見ると、ハウアー様だけでなく、使者をつとめてくださった軍人や、壁際に控えている軍人たちはみんな、程度の差はあれど息苦し気で、お顔の色がよくない。
机について、シャナル王子やわたくしをお迎えくださったサラベス王以下要職についていらっしゃる方々はさすがに平然とされているけれども、周囲に控えている者たちは皆、どこか苦しげだった。
この会議所にいることが苦しいのは、みんな同じなのだ。
規格外の魔力を誇る王たちは例外として、ここに集うものも大半はわたくしと同じく体調に不調を感じている。
それでもみんなしゃんと背を伸ばし、職務にあたっている。
わたくしは、ハッセン公爵の娘だ。
魔力的にはいたらないとはいえ、醜態をさらすわけにはいかない。
ハウアー様が魔力を促してくださったおかげで、だいぶん体調も楽になっていた。
ひそかに呼吸をゆったりとして、先ほどの魔力の流れに沿うように、体内に魔力を巡らせる。
そうすると一呼吸ごとに、体調がよくなった。
「シャナル王子。リーリア・ハッセン。さっそくですまないが、話をしたい。そこにかけてくれ」
わたくしが落ち着きを取り戻したとたん、王たちがそろっている卓へ着くよう促される。
声をかけてくださったのは、王配スノー様。
サラベス王の伴侶の男性だ。
スノー様は、サラベス王が若き時から添っていらっしゃる方で、魔力的には礼族と王配としては低いながらも、その穏やかさと深い知識から、みんなに尊敬されている素晴らしい方だ。
威厳あふれるサラベス王とは対照的に雰囲気のやわらかな方で、交渉の場に立たれることも多い。
今もスノー様が声を発せられたとたん、その場の空気がどことなく和らいだ気がした。
シャナル王子が一礼して、指定された席につかれる。
わたくしもそれにならって、席についた。