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気まずさを覚悟していた参内は、けれどなんの問題もなく過ぎていった。
シャナル王子の宮に出勤したわたくしを出迎えたのは、ハウアー様だった。
今日も王子の朝食の席に侍るように言われ、了解すると、お父様とお兄様の現状をこっそりと教えてくださる。
昨夜遅く、お父様はザッハマインに到着されたようで、今日からは軍をひきいて、首謀者の捜索と街の復興にかかるそうだ。
お兄様は、昨日ロザッタ州州都に到着されたとのことで、はやければ今日にもメリダ州に入れるだろうとのこと。
お二人とも、通常予測されるよりもずっとはやい移動だ。
お父様はともかく、お兄様の隊のはやさには、驚かされる。
魔術を使う方が同行されているかららしいが、それにしても尋常ではない速さだ。
それだけ、今回の件が非常事態だということなのだろうけれども、それだけの速さで移動できる軍の方々を自国の人間として誇らしく思う。
と同時に、まだ小翼だというのにその隊に選ばれたお兄様のことが、とてもとても誇らしい。
でもあまりご無理をなさって、体調を崩されたりしていないといいのだけれども……。
ふと夢の中でのお兄様を思い出す。
夢の中のお兄様は、多少お疲れの様子だったけれども、どこか生き生きとした表情をされていた。
あの夢が正夢ならいいのに……。
ハウアー様は、ザッハマインで捕まった襲撃者たちの自白が、お父様の録心ではなく、一般の拷問によって得た回答だということも教えてくださった。
ということは、犯人たちが海賊ラジントンでない可能性もあるということだ。
願わくば、違えばいい……。
軍部の情報は、機密扱いのものでなくとも、外部の人間には手に入れにくい。
わたくしはハッセン公爵家の人間なので、多少は軍部につてもある。
けれども、早々に自身が軍人になる道は諦めていたので、お兄様の道の妨げとならないようにと、あまり軍部の人間と親交をもたないようにしていた。
ふだんはお父様かお兄様がわたくしの側にいてくださるから、それでも問題がなかったけれども、お二人が王都を空けられると、とたんに軍部の情報は得られにくくなった。
ハウアー様は、当たり障りのない情報のみをくださっているようだけれども、その情報でさえ、今のわたくしには貴重なものだ。
それにしても、ハウアー様とて本来は軍部の情報に明るくなかったはずだ。
なのにこうはやく、正確な情報を手に入れていらっしゃるのは、きっとシャナル王子がたびたび軍部に魔力充のために呼び出されているからだろう。
「おはよう、リア」
朝食の席で、シャナル王子はいつものようにわたくしに笑顔を向けてくださった。
けれど、その目は少し赤い。
それは、昨日のわたくしとのやりとりのせいか、魔力充の疲れか……。
いたわしく思うけれども、あまり親し気にふるまって王子のお心を乱すのもどうかと思えば、王子に向ける笑みさえ強張ってしまう。
けれど、シャナル王子は、わたくしよりずっと「ふだんどおり」の笑顔で笑いかけてくださる。
「今日も朝早くから、魔力充なんだよー!もう僕、疲れたよー!!」
むぅっとわざとのように拗ねてみせられるシャナル王子のお姿に、昨日ハウアー様に言われた言葉を思い出す。
王子はずっとわたくしのことを気遣ってくださっていると。
そしてその気遣いすらわたくしに気づかせないよう、心を配ってくださっていると。
……昨日の告白をなかったかのようにふるまう王子のお姿に、つくづく王子のお気遣いを感じる。
まだ8歳なのに、王子はこんなにもわたくしを気遣ってくださっていたのだ。
わたくしは、王子になにがしてさしあげられるだろう。
王子がお望みの通り王子に恋をすることは、できないけれども。
こんなにも大切に思ってくださっている王子のことを、わたくしは今まで以上に大切に思わずにいられない。
「紅茶を、おいれいたしましょうか?」
ささやかな、わたくしにできることを口にしてみる。
王子は、昨日と同じように、大喜びで「うん!」とうなずいた。