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「今日は、また縦ロールしてみますか?」
参内の準備を整えていると、ルルーが尋ねてきた。
昨日までは身なりなど構っている気分ではなかったので、きちんとした格好はしていたけれども、おしゃれ心なんて動かなかった。
今日は、すこし元気で、気持ちに余裕がある。
だからルルーは気分をさらに上げるために提案してくれたんだろうと思うけれども、わたくしは首を横に振った。
「いいえ。あれは、お兄様たちが帰ってこられてからにするわ」
縦ロールは、なかなか手間のかかる髪形だ。
あれをするのは、かわいいと褒めてほしい人が傍にいるときだけでいい。
それに、昨日はシャナル王子の告白をいちおうお断りした日でもある。
その次の日に、気合の入ったおしゃれをするのは気が引けた。
ルルーはあっさりと納得し、わたくしの髪を丁寧にブラッシングし、いつも通りの形にまとめてくれた。
「ありがとう。今朝の朝食はなにかしら」
なんだか、お腹もすいている。
いそいそと尋ねれば、ルルーはすこし嬉しそうに頬を緩めた。
「ポロ葱のポタージュと、チーズトースト、ベリーのタルトです」
「おいしそうね。楽しみだわ」
「シェフに伝えます。よろこびますよ」
「……えぇ。お願いね」
ルルーの眼差しが、優しい。
このぶんだと、シェフたちにもずいぶん心配をかけていたのだろう。
きちんと食事は食べているのだけれども、おいしいとか、食事が嬉しいとかいう感覚はなかった。
使用人たちの気遣いは嬉しいけれども、心配ばかりかけているようでは主人としては失格だ。
特に今は、お父様やお兄様がいらっしゃらず、エミリオはまだ我が家になじみが薄いのだから、わたくしが主人としてしっかりとしなくてはいけないのに。
……はしたない夢だったけれど、こんなにわたくしを元気にしてくれるのだから、あの夢はやっぱりいい夢なのだわ。
夢の中のお兄様を思い出せば、わたくしの頬も緩みそうになる。
夢でお兄様を見るのは初めてではないけれども、こんなふうになる夢は初めてだ。
昨日の夢は現実感を伴った、不思議な夢だった。
今日も、同じような夢が見られないかしら、なんてね。
馬鹿馬鹿しいと思いつつ、ついまた同じような夢を見られる方法を考えてしまう。
その合間に、朝食をおいしくいただく。
「このポタージュ、おいしいわ。ねぇ、エミリオ」
うきうきと笑みをうかべて、目の前に座る弟にはなしかける。
エミリオは、「そうですね」とうなずいた。
けれど、なにか、様子がおかしい。
どこかそわそわしたような、落ち着きがないような……。
快活なエミリオらしくない反応に、わたくしはじっと目の前の弟を見つめた。
そういえば、昨夜もどこかしら反応がおかしかった気がする。
わたくしも、自分のことで頭がいっぱいで、エミリオの細かな挙動の違いになど気づいていなかった。
駄目だわ。
まだハッセン公爵家に来たばかりの彼を、気遣えるのは今、わたくしだけなのに。