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「リーリア姉様、おかえりなさい」
わたくしの前に座るよううながすと、エミリオはいそいそとソファに腰かけた。
すこし日に焼けた健康的な笑顔を見ていると、心が緩む。
わたくしはエミリオにもお茶とタルトを勧めた。
エミリオは嬉しそうにタルトに手を伸ばす。
すこし迷ったけれども、わたくしはルルーに下がるように言った。
「遅くなって、ごめんなさい」
「いやいや、仕事なんでしょう?泊りになるかもって聞いていたし、俺が勝手に待っていただけですから」
「でも、わたくしの帰りを待っていてくれたのでしょう?」
やはり、寂しかったのだろうか。
エミリオの乙女ゲームでの性格を知っていると、気にせずにはいられない。
エミリオはすこし顔を赤らめて、口ごもる。
「あー、いや。うん、……泊りじゃなくて、よかったです」
「……たぶん王城に泊まることはなさそうよ。エミリオ。カーラには伝えたので、もう聞いているかもしれませんが、今朝お父様がシュリー州に到着されたました」
シャナル王子が異性としてわたくしを好きだとおっしゃっていて、わたくしもそれを認めた以上、いくらシャナル王子が子どもだといっても、王子の部屋に泊まるのは外聞がよくないだろう。
寝付けないとおっしゃっていた王子のことが、心配ではあるけれど……。
異性として接するということは、どこかで線をひかなくてはならないということだ。
「ハッセン公爵が?へぇ。さすがに速いですね。でも、ご無事で何よりです」
「シュリー州までは速駆で行くので、かえって危険はないのです。問題は、今日。シュリー州府からザッハマインへ異動されているので、その道中やザッハマインでのお仕事中なのですわ」
「そっか。そうですよね……」
神妙にうなずくエミリオに、わたくしは口が重たくなるのを感じながら、話をつづけた。
「ザッハマイン襲撃の犯人も、主犯ひとりを残して捕まったそうです」
「え?すごいじゃないですか!やるなぁ、シュリー州の人たちも。お手柄ですよね!」
「ええ、でも……」
これを伝えたら、シュリー州の軍人たちの働きをたたえるエミリオの気持ちも変わってしまうのだろうか。
グラッハの貴族への見方が、変わってしまうかもしれない。
「情報によると、犯人たちは海賊ラジントンだということなんです」
「海賊ラジントンが……?」
エミリオの声は、驚愕にそまっていた。
わたくしはこわくて、エミリオから目をそらす。
けれどエミリオはきっぱりとした声で、言いきる。
「グラッハに、義賊が来たって?ありえない」
迷いのないエミリオの声に、グラッハ貴族への非難はなかった。
わたくしは顔をあげて、エミリオの顔を見つめる。
エミリオはしっかりとわたくしの視線を受け止め、小さくうなずいて先をうながした。