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ドアが開く気配に、いずまいを正した。
てのひらで涙をぬぐい、扉へ視線を移す。
その瞬間ドアが開いて、お茶とお菓子の乗ったワゴンをひいたルルーが顔を見せた。
「リーリア様。お待たせいたしました。ルバーブのタルトがございましたので、それもお持ちいたしましたわ」
「ルルー。ありがとう」
温かい紅茶とあまいお菓子は、いつも心をいやしてくれる。
我が家のルバーブのジャムは、お兄様の好みもあって、かなり甘め。
お兄様がいらっしゃれば、とても喜んでお食べになっただろう。
今頃、お兄様はどこにいらっしゃるのだろう。
お父様はザッハマインに到着されただろうか。
……ザッハマインを襲撃したのは、本当に海賊ラジントンなのだろうか。
タルトをひとつ、ふたつと口に運んでいると、ルルーがやわらかな口調で切り出した。
「リーリア様。お疲れのところ申し訳ございませんが、エミリオ様がよろしければ少しお話ししたいとおっしゃっています。いかがなさいますか?」
「エミリオが?まさかわたくしの帰りを待っていてくれたの?」
シャナル王子に話を切り出すタイミングをうかがっていたせいで、すべての仕事を終えて帰宅するのは遅くなっていた。
わたくしはシャナル王子のことで心が乱れていて、今夜はもう誰かと話をするなんていやだった。
だからわたくしは、にっこりと笑い顔をつくって、ルルーにうなずく。
「すぐに呼んできてちょうだい。お待たせしてごめんなさいって伝えてね」
「かしこまりました」
ルルーはすました顔で、部屋を出る。
わたくしは赤くなった頬を手で押さえた。
メアリアンほどではなくても、ルルーもわたくしのことをよく知っている。
帰宅したわたくしの態度を見て、王城で何かあったことを察し、その結果、誰かと話をして気を紛らわせるべきだと判断したのだろう。
ルルーはいつも、わたくしを考えすぎだとか、悩みすぎだとかいって叱るんだもの。
ルルーは、わたくしが本当に気がめいって誰かと話をする気力もないと判断したのなら、エミリオの申し出も断ってくれただろう。
つまりルルーから見て、今のわたくしは、悩む必要のないことまで悩んでしまう精神状態に見えているのだ。
シャナル王子のことを、悩む必要のないことだとは思わないけれども、これ以上考えても今はどうしようもないことでもある。
ルルーは、気持ちを切り替えろと言ってくれているのだろう。
泣いていたのも、気づかれていたのかもしれない。
わたくしはテーブルの上に残されたポットを手に取ると、自分でカップにお茶を注いだ。
そして一気にそれを飲み干す。
愛されているのだと思う。
お父様やお兄様だけでなく、ルルーやメアリアンにも。
たくさんの人が、わたくしを愛してくれる。
わたくしも、たくさんの人を愛している。
シャナル王子も、きっと周囲の人から、たくさんの愛情をいただいているはずだ。
わたくしは、そのことに王子が気づけるよう協力しよう。
それにしても、エミリオがわたくしを待っていてくれたなんて。
やっぱり、寂しかったのかしら。
すこし不安になったとき、とんとんとドアをたたく音がした。
ルルーが、エミリオを連れてきたのだ。