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わたくしは、努力してもお父様の娘としてふさわしい能力を発揮できなかった。
もちろんわたくしの努力が足りないせいもある。
けれども、純粋に能力の面からも、やはり足りないのだ。
シャナル王子のように、圧倒的なまでに魔力をもつ人間は憧れだ。
なのに王子は、わたくしが考えたこともないところで、悲しみに心を染められている。
わたくしは、自分の能力が足りなくても、容姿がぱっとしなくても、自分が無価値だと思ったことはなかった。
いつだってお父様やお兄様が、わたくしを大切に思ってくださっていることを知っていたからだ。
当たり前のように受け止めてきたその愛情を、つくづくありがたく思う。
いまここにお父様やお兄様がいらっしゃらなくても、わたくしは寂しくとも、孤独ではない。
……たとえお二人がもしこの世からいなくなられても、わたくしはお二人に愛されたこと、大切にされたことを疑ったりはしないだろう。
ほとんど記憶にないお母様が、わたくしを大切に思ってくださっていたことを疑ったことがないのと同じように。
そのわたくしの心の根底にある自信は、シャナル王子には得難いものなのだ。
そう思うと、涙があふれて止まらなかった。
わたくしの腕の中で、泣いていたシャナル王子を思い出す。
まだわたくしより頭ひとつぶん以上お小さい、どこもかも細い王子のお体。
少年のまろみのある頬。
どこもかも幼い、いたいけな子ども。
彼があんなに全力で、わたくしの愛情を欲しているのに、わたくしはそれに応えるとも言えなかった。
どうして、わたくしなのだろう。
王子を大切に思っている人間はわたくしだけではないのに、どうして王子はわたくしの親愛にだけ気づかれたのだろう。
王城に来られた時、おそばにいたせいだろうか。
偶然に、王子に気づかれやすい情を示したのだろうか。
王子に、愛していますと言ってさしあげたかった。
そのお心を救えるなら、いつわりでも言うべきだと思った。
けれども、言えなかった。
シャナル王子には、自分がユリウス王子のスペアだなんて思ってほしくない。
愛されなくても、わたくしにそばにいてほしいなんて願ってほしくない。
そんなのは健全じゃないし、子どもの願いであってはならないはずだ。
わたくしは自分の幼いころの話を持ち出し、王子にご自身の力を誇りに思うようお願いした。
王子は、わかったと言ってくださった。
けれどもきっと、わたくしが望んだことは理解してくださっていないのだろう。
わたくしは王子が、民のために魔力をつくすことを望んだけれども、それは民のためだけじゃない。
他人のために力を尽くせること自体が生きる甲斐になることを、わたくし自身の経験として知っているからだ。
民のために尽くし、自身の力を必要とされることに応えることで、王子がご自分の価値をお認めになれればと思ったのだ。
自分はユリウス王子のスペアだとか、愛されなくても構わないから傍にいてほしいなどと、シャナル王子には言ってほしくない。
王子がわたくしに向けてくださるほどの重さでは、わたくしは王子を想えない。
けれども、わたくしだって王子を大切に思っているのだから。
今は、まだ王子はおわかりにならないだろう。
けれども、王子は「わかった」とおっしゃってくださった。
王子が国のためにつくされれば、そのぶん王子を大切に思う人間も増えてくるはずだ。
現に王子宮の侍官たちは、みんなシャナル王子をもりたてようとしていた。
あとは、王子がそのことに気づかれるだけの時間を、わたくしが作り出せばいい。
お互いに実らぬ恋を抱いたまま、今まで通りの関係を続ける、なんて。
そんな提案を、王子が受け入れてくださってよかった。
……まっすぐな王子のお心にくらべ、わたくしはなんてずるいのだろう。
どんなに言い訳をしても、わたくしが王子にいつわりで「愛しています」と言えなかったのは、王子のためを思ってだけではない。
ただ言いたくなかったのだ。
お兄様以外の人を「愛している」とか「好きです」なんて。
それに王子や王子宮の侍官たちの態度をみれば、たとえその場しのぎでも王子への好意や結婚の承諾を口にすれば、いやおうなしに王子と結婚させられることになりそうだった。
その危惧から、わたくしは王子のお心をいやす言葉を口にできなかった。
あんなにお小さい王子が、たいへんな思いをされているというのに。
わたくしは保身と自分の恋への操立てで、いつわりの慰めすら口にできない。
わがままで、勝手で、子どもなのは、わたくしも同じだ。
なぜ王子が執着されたのがわたくしなのだろう。
その想いを受け止められる方がお相手ならよかったのに。
王子のためにも、自分のためにも、わたくしは嘆かずにいられない。