シャナル王子-10
お願い。お願い。「はい」って言って。
僕のお嫁さんになるって言って。
祈るようにリアを見る。
でも、リアはびっくりして大きく見開いていた目をゆっくりとじて、ふぅとため息をついた。
……だめなんだ。
リアが大切にしている国や貴族としての責務、それをカタにして脅迫しても、リアは手に入らない……?
他に僕が、リアを手に入れるためにできることなんて、ないのに?
このまま、リアを失うしかないの?
身体がみるみる強張る。
滞った魔力が、指先から僕を凍らせていくみたいに、体が冷たくなる。
だって、これじゃ、前より悪い。
さっきまでのリアは僕を子ども扱いしていたけど、嫌ってはいなかった。
僕のことを気遣ってくれて、呼べば王子宮まで来てくれた。
でも、今は?
リアを脅迫した今は、きっともうリアは僕のことなんて嫌いになっちゃったよね……?
「……泣かないでください、王子」
リアは僕の頬を手で拭う。
ごめん、リア。それは無理。
ふだんの他人を惑わせるための駆け引きの涙なら、流すのも止めるのも自由自在。
なのに、今の涙は止められそうにない。
「嫌いにならないで、リア……!ほんとうに僕には、君だけなんだよ!」
ここでリアを逃がしたら、もう二度と会ってもらえないかもしれない。
力いっぱいリアに抱き付きながら、叫んだ。
すると、リアは僕の頭をそっと撫でて、
「嫌いになんて、なりません。ですからわたくしの話を聞いてください」
優しい声で、そう言ってくれた。
「とりあえず、座りましょう」とリアは言うけど、僕は聞けなかった。
だってリアから手を離したら、リアに逃げられちゃうかもしれない。
無言でリアに抱き付いている手に力をこめると、リアはあきらめたのか、そのままの体勢で僕に話しかける。
「まず、ひとつめに。先ほども申し上げましたが、ご自分のことをスペアの王子などとおっしゃらないでください。ユリウス王子はユリウス王子、シャナル王子はシャナル王子。どちらもどちらかのスペアなどではありません」
……え、それ?
そこはけっこうどうでもいいことなんだけど。
僕としては、この国にとって自分の存在がスペアだろうと本命だろうと、どうでもいい。
リアにとってなら……、スペアよりは本命のほうが断然いいけど。
むしろ、スペアだって大喜びしちゃうんだけどな。
とにかく、僕にとってはどうでもいいことだけど、リアにとってはこだわりポイントみたいなので、僕はあらがわずうなずいた。
「うん、わかった……。リアがそういうなら」
「わたくしがどう考えるかではなく、事実なのですけれども。今はとりあえず、そのことをお心に御留置きください。ふたつめですが、シャナル王子を大切に思っているのは、わたくしだけではございません。王子宮の方々も、王子のことを大切に思っていらっしゃるようですよ?」
リアは少し弾んだ声で、言う。
自分も今日ここで働くまですこし誤解していたけれども、と前置きをしてリアが語る王子宮の侍官や小翼の言動。
僕を思って彼らがしてくれたことを具体的に挙げるリアの声音は、恥ずかしそうだけど嬉しそうだった。
うん、だけどね……。
その大半は、リアと僕をくっつけようとするもので、それって僕の指示なんだよね。
あの人たち、基本、職務に忠実だからなー。
内心はどうあれ。
あと、リアの話で、やりすぎたのがどいつだったのか確定したので、後で八つ当たりしーよっと。
「……そうやって、他の人に押し付けて、僕から逃げようとしているんだ?」
これは適当には、頷けなかった。
だって、僕のことを大切にしている人がリア以外にもいるよって言われてうなずいたら、リアは「だからわたくしがお傍にいる必要はございません」って結論を出して、僕から逃げる気だって思ったから。
でも、リアは「違います」とはっきりと言った。
100話目。
今ごろですが、読んでいただきありがとうございます。
ブクマも評価もすごく嬉しいです。
巧遅は技術的に無理なので、拙速だけでも死守するつもりで書いているのですが
とても励みになります。
ありがとうございます。