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For Alive  作者: M.O.I.F.
9/17

白き絆、永遠に

どうもMake Only Innocent Fantasyの三条 海斗です。

書いててふと思ったのですが、この三話にCSのバトルが出てきてないんですね。

ロボットどこ行ったと、自分自身に突っ込みをしました。

まだまだ稚拙な部分もありますが、最後までおつきあいお願いします。

それでは、どうぞ!!

『お願いだよ……助けてよぉ……!!』

「すまない……」

誰もいない部屋に一人、うつむくシャルロット。

もうすでに2か月が経っていた。

「っ……」

彼女の頭の中に浮かび上がる記憶。

背中にわずかな痛みが走った。

「……」

シャルロットはうつろな視線で空を眺める。

その遠くに、あの光景が見えているようだった。


 * * * * * 


「撃てっ! 撃ちつづけるんだ!!」

怒号が響き渡る。

その場所は学校のグランドでもなく、河川敷でもない。

そこは……銃弾が飛び交う戦場だった。

おかしなことにその声を上げたのは一人の少女で、長いぼさぼさした髪を首のところで縛っているだけの洒落っ気の何もないその少女の手には不相応な銃があった。

「敵を近づけさせるな! 基地を死守するぞ!!」

事の発端は今から数日前のことだった。


 * * * * * 


「私が隊長を?」

「ああ。先日、ナタリーを失ったことで、白虎隊の隊長が不在だろう? さすがにそれは組織的にもよくない。そこで、白虎隊の古参であるお前に体調を頼みたい。……どうだ?」

「それが命令とあれば」

「そうか。なら、頼んだ」

「了解!」

シャルロットが踵を返して部屋から出ていくと、扉の前にはたくさんの“戦友”が立っていた。

「盗み聞きはよくないな」

「いいじゃない、どうせすぐ分かるんだし」

「筆頭は、お前か? マリア」

「さあね~」

にこにこと笑うマリアと呼ばれた少女。

その姿はいかにも武装組織のメンバーだと言わんばかりの格好だった。

迷彩服に、カーキ色の外套。

これで銃を持っていたら確実に逮捕……いや、射殺されそうな風貌だ。

マリアは女ではあるが、どこか中世的で、ナイフで切った短い髪は少年と見間違うほどだ。

実際、“そういう子”もいたらしい。

もっとも、この時点で“何人死んだか”なんて把握できていないのが現状だ。

「それは置いといて……っと、よろしくね、“隊長”」

「茶化すのはよせ」

「茶化してないよ」

そんな風に話しながらシャルロットは自室へと戻る。

戦場に向かう少女とは思えないほど、その風景は穏やかなもので、どこにでもいるような少女たちと何ら変わらなかった。

そして、その日常は数日後に壊れることになる。


 * * * * * 


時刻は夜明け前……午前5時。

誰もが寝静まっている時のことだった。

「きゃっ!!」

突如として、基地に大きな音と共に激しい揺れが襲った。

「地震じゃ……ない! みんな、武器をとれ!!」

シャルロットはすぐに指示を出す。

まだ隊長に就任してから数日しか経っていない。

初陣にしては大きすぎる戦いだった。

シャルロットたちが武器をもって外へ出ようとすると、そこには一人の男が立っていた。

「アドルフ司令官!!」

「本格的に敵が攻めてきた。……相手は正規軍だ」

「軍相手なら今までにだって……!!」

そう食い掛かったのは、マリアだった。

「今回は規模が違う。一筋縄ではいかないぞ」

「……やれます」

シャルロットは力強くそう言い放った。

「……わかった。私は応援を呼んで来よう。……それまで持ちこたえられるな?」

「もちろんです!」

「1時間……いや、45分持ちこたえろ」

「了解!!」

そして、勢いよく飛び出していく少年少女たち。

全員の手には不相応なアサルトライフルが握られていた。

その姿を見送ると、アドルフは急いでどこかへと向かう。

その行先を知るものは誰もいない。


 * * * * * 


「全員、準備はいいか?」

明りも何もない道。

そのところどころに掘られた穴に体を隠し、土嚢で銃弾を防ぐ。

敵の姿は見えずとも幾重にも張り巡らされた鈴が敵の位置を教えてくれる。

音はだんだん近づいてきた。

そして―――。

「撃てっ!!」

一斉に放たれる弾丸。

それはわずかな明かりと共にまっすぐ敵へと飛んでいく。

「ぐわぁ!!」

男の、それも低い大人の、そんな声が聞こえてくる。

「撃て! 撃ちつづけるんだ!!」

敵も馬鹿ではない。

銃を放ちながら一旦、引き下がる。

それでも油断はできなかった。

ゆっくりと空が明るくなる。

(日が昇ればアドルフ司令官が応援を連れてきてくれる!!)

シャルロットはそれだけを信じて、戦っていた。

しばらくして、鈴の音は聞こえなくなった。

どうやら、近くにはいないらしい。

土嚢に身を隠しながら、警戒する。

けれども、敵はしばらく攻撃してこなかった。

(おかしい……。一体、何を考えているんだ……?)

まだ幼くても少女にはそれが勝利でないと理解していた。

ただ、時間が流れていくだけ……。

すぐにこれが私たちを疲弊させるためだということがわかった。

朝5時に爆音で起こされ、すぐに戦闘。

睡魔が襲ってこないわけがなかった。

睡魔は判断を鈍らせ、視界を閉ざし、苛立ちを募らせる。

それを見越してのことなのか、太陽が顔を出し始めたころ、敵が動き始めた。

「来るぞっ!」

シャルロットのその声に、ビクッと体をこわばらせるマリア。

どうやら彼女も睡魔に襲われていたらしい。

シャルロットたちは銃を構える。

だが敵はライオットシールドをもって、近づいてきていた。

ゾクっとした得体のしれない感覚。

「逃げるぞ!!」

シャルロットは急いで、その場を離れた。

マリアも急いでそれに続く。

そして、その場に落下したくすんだ緑色の楕円形。

それはすぐに爆発し、あたりを巻き込んだ。

「うわぁ!!」

シャルロットは爆風を受け、地面を転がる。

「ぐああっ!!」

シャルロットの背中に強烈な痛みが走った。

爆風で焼けたのだろう。

体を起こしてみると、目の前には赤い血が点在していた。

「痛い……痛いよぉ……!!」

「マ、マリアっ……!!」

マリアの火傷はひどいものだった。

それでもシャルロットは痛みがはしる体に鞭打ってマリアの元へと向かう。

そして、目に入る強烈な光景。

ちぎれた腕、虚ろな視線をこちらに向けたまま動かない少年少女、転がる頭。

彼らは銃ではなく爆撃によって制圧しようと考えたのだ。

「う……」

それはまだ幼い少女にとって、強烈なもので。

「うわああああああああああああああああっ!!」

シャルロットは落ちていたアサルトライフルを拾うと敵に向かって放つ。

「お願いだよ……助けてよぉ……!!」

そんなマリアの声ですら、彼女に耳には届いていなかった。

目の前の敵に向かって銃を撃つ。

ただ、それだけしか頭になかった。

だから、飛んでくる手榴弾に気付かなかった。

「なっ……!?」

落ちてきた手榴弾。

それを確認すると、シャルロットはあきらめた。

もう終わったと。

そして、力なく銃を下ろした。

だが、次の瞬間。

シャルロットは近くの溝に落ちていた。

落ちていく中、見えたのは……無理して立ち上がったマリアの顔だった。

「ま……」

そして爆発をする手榴弾。

鮮血がシャルロットに降り注いだ。

「マリアッ!!」

そこで、シャルロットの意識は途切れた。


 * * * * * 


ガチャガチャとなにかを動かす音が聞こえる。

そして、なにか電子音のようなものも。

シャルロットのゆっくりと意識は覚醒していった。

「はっ!!」

目を覚ますと、そこは病院だった。

起き上がろうとすると体に信じられない痛みが走った。

(どうやら私は助かったようだな……)

その事実が頭の中に浮かんだ。

それに伴って、あの戦場が記憶の底から呼び戻される。

「うっ……!!」

ゴミ箱が目に入ったが、体を動かすことができない。

こらえられなくなったシャルロットは床に向かっておう吐した。

「はぁ……はぁ……」

口の中に広がる酸っぱい味が、生きていることを実感させる。

(どうして私は生き残った……!!)

もう一度、寝転がり目を閉じる。

浮かんでくるのはマリアの笑顔だったり、戦友たちとの日々だった。

瞼の上に手をのせる。

だれかがいる訳でもないのに、泣いている自分を見られたくなかった。

白虎隊になってから人の死に泣いたことなんてなかった。

だが、彼女は親友とも呼べる少女の死に涙していた。

それからどれくらいの時間がたっただろうか。

一人の医者らしき男が部屋に入ってきた。

「目が覚めたようだね」

男は優しげな口調でそう呟く。

「お前は……」

「さてね。私はただの医者だよ」

「……」

ジロッとした目でシャルロットはその医者をにらむ。

「おいおいそんな顔をしないでくれよ。僕だって仕事なんだ」

「はぁ……」

シャルロットはため息を漏らすと白い天井に目を向けた。

「何で私は生き残ったんだ?」

「軍が死体を集めているときに、塹壕に落ちた君を見つけたわけだ。他の子はみんな死んでしまって生き残ったのは君だけだから、君は貴重な情報源……ってことで生かされてるんだ」

「なるほど」

「冷静だね。もっと子供みたいに泣きわめくのかと思ったよ」

「さすがに、な」

「僕はただの医者だ。君を尋問しようとは思わない。だけど、ここでの生活のルールは守ってもらうよ」

「ああ、わかっているさ」

「よろしい。それじゃあ一つ目、看護師や僕の指示に従うこと。といっても検査を受けろとかご飯を食べろとかそういうの。そして二つ目」

じっとシャルロットの目を見つめる医者はすこしためて言い聞かせるように言った。

「ここでは年相応でいること。君はまだ12歳くらいだろう? 声をあげて笑ったり、泣いたり、遊んだりできるはずだ。とりあえず、今はこの二つを守ってくれよ」

「いや、とは言えないんだろう?」

「ほら、そのしゃべり方」

「うっ……わかったよ」

「結構。といっても君はまだ安静にしてなきゃいけないんだけどね。どこか痛むかい?」

「体を動かそうとするとかなり」

「やっぱり強く打ってたみたいだね。それ以外は骨折もしてなかったし、背中の火傷もそれほどひどいものじゃなかったよ」

「そうか」

「……もっと感情を表に出したらどうだい?」

「すまない。こうして育ってきたからな」

「……孤児だとは聞いている。それに武装組織の一員だってことも」

「なんだ、知っているんじゃないか」

「聞いていないとは言っていないよ」

シャルロットは「そうだったな」と少し笑った。

「笑えるんじゃないか」

「……私をどう思っているんだ?」

「さてね。それじゃあ、僕はもう行くよ」

男はゆっくりと部屋の外に出ていく。

扉を開けた先に別の男が立っていた。

どうやら見張りのようで医者と何か話している。

何を話しているのかは聞き取れなかったが、雰囲気からして絶対安静だとか面会謝絶だとか話しているのだろう。

シャルロットは目を閉じる。

睡魔は意外とすぐに襲ってきた。

(このまま……寝よう……)

抗うこともなく、そのまま深い眠りにつくシャルロット。

その顔は年相応の少女の顔だった。


 * * * * * 


それから数日が経過し、シャルロットは歩けるようになっていた。

「やあ、元気そうだね」

「お前か」

「いい加減、そのしゃべり方をどうにかしてくれないかな」

「すまない。すぐには……」

「別にかまわないけどね。そういえば君、誕生日はいつ?」

「誕生日?」

「ああ」

「確か……9月14日だったはずだ」

「明後日か。わかった、ありがとう」

医者は「無理しちゃだめだからね」と一言つぶやくと、立ち去った。

この部屋から出ることはできないが、ここは個室。

監視はされているかもしれないが、シャルロットにとって自由に行動できるのはうれしかった。

彼女に脱走する気はさらさらない。

それをなんとなく察しているのか、医者は一言も「逃げないでね」とは言わなかった。

この数日。

ほんの数日の間に、彼女と医者の間にわずかな信頼関係が生まれていた。

それは医者が最初に言った通り、彼はシャルロットに組織について何も聞いてこない。

医者が必ずきいてくるのは「調子はどうだい?」の一言だけだ。

それ以外に聞いてくるのは先ほどと同じようにシャルロットのことだけだ。

それも「好きな食べ物は何だい?」とか「好きな色は?」とかそういうことだけ。

彼はまるでシャルロットの父親のように私に接してくる。

それが彼女の心にすこし引っかかった。

「……! そういえば……!!」

ふと、思い出すあの言葉。

『1時間……いや、45分持ちこたえろ』

(アドルフ司令官は一体、どうなったのだろう……。明日、あの医者に聞いてみるか……)

もやもやとした気分は晴れなかった。


 * * * * * 


「大人?」

「ああ。死んだ大人はいなかったのか?」

朝、医者が来た瞬間にシャルロットは尋ねた。

あの日、死んだ大人はいなかったのか? と。

「軍人以外で、ってことだよね?」

「もちろんだ」

「そのしゃべり方……。まぁいいや。そちら側の死者は……」

う~んと、と時折言いながら上を見る医者。

パッと見で『考えていますよ』ということがわかる仕草だった。

「いた……と思う。いや、いたよ」

はじめは濁そうかと考えていたのだろうか、すぐにはっきりと言い切った。

「それで……!」

医者は少し顔を伏せた。

返ってくる返事はシャルロットにも容易に想像できた。

「全滅だと……私は聞いている」

「全滅……!」

「初めに言ったじゃないか。“生き残ったのは君だけ”だと」

「それは白虎隊だけじゃ……!!」

「白虎隊は君以外死んでしまった。だけど、それは全滅じゃない。全滅したのは大人たちの方だ」

「そんな馬鹿な! いくら軍とはいえ……」

「君が生き残ったのも、落ちた塹壕に何も飛んでこなかったというほぼ奇跡に近い状況だったから……なんだよ。あの爆撃で生き残った君は」

「爆撃……?」

「君は気を失っていたから知らないだろうけど……」

医者はゆっくりと話し始めた。

白虎隊が全滅した後、大人たちが到着した。

その惨状をみた大人たちは軍と正面衝突。

武装組織が軍を押すという展開を見せていた。

だが、軍はロケットランチャーを導入。

生死を問わない戦い方を始めた。

善戦していた武装組織はその戦闘で瓦解。

軍は全員の死亡を確認した。

「馬鹿な……」

「私がきいたのはここまでだよ。遺体をどうしたのかも、どこに埋葬したのかも私は知らない」

その言葉はうつろな瞳のシャルロットに届いていたのか定かではなかった。

「それじゃあ、私は行くよ」

医者は立ち上がって、扉の前まで向かう。

「それにしても、白虎隊……ね。なんとも皮肉な名前だよ」

「えっ?」

「私が故郷で有名な部隊の名前だよ。君はもしかすると、飯沼貞吉かもしれないね」

医者はそういうと部屋を出ていった。

「白虎隊……」

その言葉がシャルロットの胸に重く、大きく響いた。


 * * * * * 


「こんなところで立ち止まっていても何もできない……!! 僕が動かなきゃ……いけないんだ!!」

僕はいそいで階段を駆け下りる。

入り口で管理人さんに声をかけられたような気がしたが、気にしないことにした。

「ユウトさん!?」

「空港まで! 急いでくださいっ!!」

「あ、はいっ!!」

車に乗り込んで、シートベルトをつける。

ヨシュアさんも準備をした。

そして車は勢いよく走り出す。

「でも急にどうしたんですか?」

「空港にあるものをとりに行きます」

「え? でも……」

ヨシュアさんは何か言いたげだった。

それを僕は止める。

「一機だけあれば十分です」

「はぁ……。でも確証はあるんですか?」

「それはやってみなくちゃわかりません。だけど、僕は……シャルロットさんが助けを求めているように見えるんです」

「……。これも同じ境遇の人だから……でしょうか」

「同じ境遇?」

「クラウスさんから聞いていないんですか?」

「シャルロットさんが訓練時代に一人だったのは聞いていますが……」

「実は彼女、ラスト・フォート社に入った経緯がみんなと少し違うんです」

「違う?」

「ええ。空港につくまで少し時間があります。……本当はあまり言うべきではないんでしょうが……」

ヨシュアさんはばつが悪そうな顔をした。

「……教えてください」

知らなければいけない気がした。

彼女の……シャルロットさんの過去を。


 * * * * * 


「こんなものですまないが……シャルロット、誕生日おめでとう」

「え?」

手渡される緑色の包装紙に包まれた四角いもの。

シャルロットはゆっくりとそのプレゼントを受け取ろうと手を伸ばす。

本当に受け取っていいのか悩んでいる様子が警戒しているように見えたのか、医者は笑った。

「なぜ笑う?」

「いや、爆弾なんか入ってないのに……っ! 警戒なんかして……面白いなって……」

笑いをこらえながら医者はそう言う。

「なっ!?」

「ごめんごめん……でも……」

「笑うなよ。受け取っていいのか今でも悩んでいるんだ」

「……悩む必要はないよ。これは僕が君にあげるんだ。人の好意を無下にしちゃいけないよ。……受け取ってくれるかな?」

「……すまない」

「違うよ、シャルロット。ここは……」

「……あ、ありがとう……」

「そうそう。ほら、開けてみてよ」

シャルロットは丁寧に包装を開いていく。

出てきたのは箱。

それを開けると、中に入っていたのは……。

「服……?」

それはシャルロットのサイズの服だった。

今どきの女の子が来ていそうな、可愛げのある服だった。

「ああ。いつまでも入院服じゃさすがにかわいそうかなって」

「いや、私はこの服……」

「だめだよ。君は女の子なんだから。こういうことにもちゃんと目を向けないと」

「そうなのか……?」

「そうだよ。いまはいいかもしれないけど大きくなったとき、困るのは嫌だろう?」

そう言われて、シャルロットはもらった服を見る。

(私なんかに似合うのか……?)

「私は外で待ってるから来てみてよ」

「えっ!?」

「嫌なのかい?」

「いや……わかった。着替える」

「それじゃあ、着替え終わったら呼んでね」

医者は楽しそうに外に出ていく。

一人、部屋に残されたシャルロットは目の前にあるものに戸惑いを隠しきれないでいた。

そして、しばらくして医者を呼んだ。

「着替えたぞ」

「それじゃあ、入るよ」

扉を開けて、医者が入ってくる。

「ど、どうだ……?」

「……」

「お、おい……!」

「……すごい……すごいにあってるよ!!」

「えっ!?」

「鏡は見たのかい?」

「嫌まだだが……」

「見てみるといいよ!!」

部屋の奥隅に置いてある姿見に自分の姿を映す。

そこにはまるで、自分ではない人が立っているようだった。

「やっぱり人に聞いて選んだ甲斐があったよ!!」

「これはお前が選んだのか?」

「え? ああ、うん。看護婦さんとかにいろいろ聞いたけどね」

「そうなのか……」

「気に入らなかったかい?」

「いや……すごくうれしいよ」

シャルロットは振り返る。

その眼はまっすぐ医者の目を見ていた。

「ありがとう」

そしてシャルロットはその顔に、年相応の満面の笑みを浮かべていた。


 * * * * * 


「うん、経過は良好。これならもうすぐで退院できるね」

「退院したところで、行く場所なんかないさ」

不愛想にそう言うシャルロットの格好は誕生日にもらった服を着ていた。

「そんなことを言わない。……私も最後まで一緒にいられたらよかったんだけどね」

「……どういうことだ?」

「戦争に行くんだ。軍医として」

「軍医……だと?」

「一応、ここは軍の病院だからね。私は軍医なんだよ」

「そんな……そんな話は聞いていないぞ!!」

「私だって今さっき聞いてきたところなんだよ」

「……!」

「明日出発する。可能な限りのことはやってみるよ」

「……」

「それじゃあ、また来るよ」

「……行くな」

「……!」

「行かないでくれ……」

「驚いたね。君がそんなことを言うなんて」

「私を……一人にしないでくれ……」

「大丈夫。君は一人じゃないよ」

「私は一人だ! いつも……いつも!! ……私の周りから人がいなくなる……!! 親だって、友人だって、司令官だって……!!」

声を詰まらせながら話すシャルロット。

その手には涙が滴り落ちていた。

「……」

医者は振り返る。

そして、ゆっくりとシャルロットのもとへと歩いていく。

「確かに君は大切な人を失ってきたかもしれない。だけど、その分君は失う悲しさを誰よりも知っているはずだよ。それは人にやさしく、人のことを思いやれる力になる。シャルロット、君は人を失う怖さを知った。失いたくないと願うようになった。……君がここにいた十数日はどんなものだった? 楽しかった? 悲しかった?」

「……」

「教えて、シャルロット」

「……楽しかった。お前といると暖かくなれた。父親ってこういうのかなって思った……だから……!」

「そう思ってくれたんだね……。シャルロット、君はいろんなことをの十数日で感じたはずだよ。君はそれを僕に伝えることができた。だけど、君が失った友人たちは感じたことをもう二度と、誰かに伝えることはできない。だけど、その人が何を感じていたかをほかの人に伝える方法があるんだ」

「人に伝える……?」

「そう。生きている人が死んでしまった人のことを語り継ぐんだ。……白虎隊の話をしたのは覚えているかい?」

シャルロットは黙ってうなずく。

「あれはね1868年……いまから500年以上も前の話なんだ」

「……!」

「だけど、そんな話がなんで今も残っているんだと思う? それは生きている人間が語り継いできたからなんだよ。生きてる人が死んでしまったもののことを語り継いで築き上げてきた大きな大きな話。それが歴史という大きな時の流れになるんだ。だから、シャルロット。君もその歴史を記す人の一人なんだ」

「私が……?」

「ああ。君が白虎隊のことを伝えてあげるんだ。それが彼女たちを失ってきてシャルロットの役目。そして……私のことを伝えるのもシャルロット、君の役目だ」

「……! 死ぬつもりなのか……?」

「死ぬつもりはないよ。帰ってこれなかったらの話」

「行くな! ……そうだ! 私を養子にしてくれ!!」

「えっ!?」

「私が足かせになればお前は戦場に……」

「無理だよ、それは」

「……!」

「私が行かなければほかの誰かが行くことになる。それは別の誰かを危険にさらすってことだ。私にはそんなことできないよ」

「でも……!」

「う~ん、そうだな……」

医者はシャルロットの頭に手を載せた。

「私が無事に帰ってきたら君を私の養子にしてあげよう。……君の居場所を作ってあげるよ」

「……!」

「これでどうだい?」

「……約束だぞ。必ず帰ってくるんだぞ……!」

「ああ、約束だ」

医者はシャルロットの頭をなで、笑った。

シャルロットが最後に見た彼の顔はその笑顔だった。


 * * * * * 


「……」

もう傷は癒えている。

だが、シャルロットはまだあの個室にいた

もうあの日から数か月が経っている。

だが、いまだに医者は帰ってこない。

こころにぽっかりと空いた穴。

毎日がどこかつまらない。

そんな気分をシャルロットは味わっていた。

『滝沢先生の後任としてやってきました。よろしくお願いします』

不愛想な、感情のこもっていない声で淡々と話す新しい医者。

(奴は滝沢といったのか……)

名札を付けていたはずなのに、シャルロットはそれに気づかなかった。

それだけシャルロットは彼に心を許していた。

新しい医者はシャルロットを捕虜としか思っていないのか、扱いはぞんざいだった。

「……なんで帰ってこないんだ」

そうつぶやいたとき、部屋の扉が開けられた。

「……!」

(帰ってきた!!)

シャルロットの顔には嬉しさがにじみ出ていた。

だが、そこに立っていたのは黒い服を着た中年の男だった。

「シャルロット・プリエールだね?」

「お前は……?」

「私かい? 私はDr.滝沢の知り合いで、トーマス・モナークという。………彼の頼みで君を引き取りに来た」

「彼の頼み……? ちょっと待て、どういうことだ?」

「……やはり聞いていなかったか」

「聞いていなかった? おい! 説明しろ!!」

シャルロットは噛みつくかのような勢いでトーマスの胸ぐらをつかんだ。

「滝沢は……死んだよ」

「なっ……!」

「彼が向かったのは内紛でも激戦区で有名な場所でね。彼の元にはたくさんの死傷者が運ばれてきた。彼はその一人一人に全力で当たったそうだ。だが……」

トーマスが言葉に詰まる。

シャルロットはさらに力を込めた。

「どうなったんだ! どうしてあいつが死んだんだ!!」

「襲撃だよ。」

「え?」

「彼がいたテントに手榴弾が投げつけられたんだ。その時も、彼は治療に当たっていた。生き残った兵士が言うには彼は自分より先にほかの人間を逃がしたそうだ」

「あいつが……死んだ……」

力が抜け、血の気が引いていくのがわかった。

目の前が真っ暗になる感覚も。

「約束……したじゃないか……」

ぽろぽろとシャルロットの目から涙が零れ落ちる。

それは次第に勢いを増していく。

「約束したじゃないか! 必ず帰ってくると! 私の居場所を作ると!! なんで……なんで……! なんで!! うわあああああああああああっ!!」

慟哭はいつしか嗚咽に変わった。

声をあげて涙を流し続けるシャルロットを黙って見つめるトーマス。

ゆっくり彼女の体を支えると、頭をなでた。

「彼は戦場に行く前に私のところに来て、こういったんだ。『もし私にあったらセントラル病院にいるシャルロットっていう女の子を引き取ってほしい。……私の大事な娘なんだ』とね。養子にする約束をしたのなら、彼あは生きて帰ってくるつもりだった。君を残して……君を一人にさせないように。もう失う悲しみを味あわせたくはなかったはずだ」

「でも……!!」

「だから、私が来た。……いきなり来た私を信じてくれとは言わないが、私の頼みを聞いてほしい」

「頼み……?」

「彼の意志をついでくれないか? もう二度と、誰かを失う悲しみを味わう人が一人でもいなくなるように」

「……」

シャルロットはこぶしを握る。

「……ああ。わかったよ」

(忘れない……語り継いでやるよ……お父さん……)

「お前についていく」

力強く言い放つシャルロット。

「わかった。ではいこうか」

そういって連れてこられたのは大きなマンションだった。

「ここが君の新しい部屋だ」

マンションの角部屋。

その部屋に連れられてきていた。

「来週から学校に通ってもらうが……その前に基礎を叩き込もう」

「こい。どんなことでも引き受けてやる」

「聞いていた通りだな。明日から家庭教師がここにきて一から教えてくれるだろう。さて……それじゃあ、ご飯を食べに行こうか」

シャルロットはトーマスと隣を歩く。

その瞳はまっすぐ前を向いていた。


 * * * * * 


そして時は流れ、6年後。

「ここか」

シャルロットはとある企業に来ていた。

あの日から勉強を続け、高校まで無事に卒業した。

そしていま、シャルロットは就職の面接を受けようというところだ。

すこしは経験のあるシャルロットでも、緊張しているのか、その手はぎゅっと握られていた。

「それでは次の方、応接室にどうぞ」

(いくぞ……!)

立ち上がり、歩き出す。

シャルロットの歩みはどこかぎこちない。


応接室の前にたつと、シャルロットは深呼吸をする。

大丈夫だ、と自分に言い聞かせるように。

覚悟をきめ、ドアをノックした。

「どうぞ」

(ん? ……この声……)

すこしの違和感を抱えながらドアを開ける。

そこに座っていたのは……

「よく来たね……シャルロット」

「トーマス……!」

「さあ面接を始めようか」

「……よろしくお願いします」

シャルロットはトーマスの考えていることを察したのか、あたかも知り合いではないようにふるまった。

「それじゃあ、まずは名前を」

「はい。シャルロット・プリエールです」

「それでは、わが社に死亡した理由を教えてくれるかな?」

「はい」

シャルロットはトーマスの目を見てはっきりと話だした。

「私は幼いころ、母親を亡くし一人で生きてきました。そんな生活が長く続き、いつしか武装組織に入っていました。その時、私を拾ってくれた方には今でも恩を感じています。私は彼がいなければここにはいないと思います。その組織では多くの友人がいました。みんなの顔はいまでもしっかり覚えています。ですが、その彼も友人もみんないなくなってしまい、私はまた一人になりました。正直、悲しかったです。ああ、私はまた一人なんだと、そう考えていました。私はその時、軍管轄の病院に入院していました。その時であった滝沢という医師が私に光を当ててくれました。その医師は私を大切に扱ってくれ、私のことを心から心配してくれるのが伝わってきました。私はいつしかその医師を父のように思い、彼を私を娘のように扱ってくれました。彼との別れはとてもつらいものでしたが、彼が私に語ってくれた生きる意味が私に立ち直る力をくれました。そして、私は彼を……みんなをなくした戦争がこの世からなくなればいいと、切にそう願うようになりました。そのためにはこの手を汚すこともいとわないと。御社は民間軍事会社ということもあり、多種にわたって事業を展開しています。難民の支援、戦闘の介入、輸送……。そのどれもが世界に携わる重要な仕事です。私もその力の一部になりたいと考え、御社を志望しました」

「なるほど。その医師との出会いは君にとって人生のターニングポイントだったわけだ」

「はい。いまでも目を閉じれば、彼の声を、顔を、思い出すことができます」

「それじゃあ、最後に君の夢を聞いてもいいかな」

「はい。私の夢は戦争をなくすこと……ではなく、私のような孤児が一人でもいなくなることが私の夢です。戦争撲滅はその過程の一つです。戦争がなくなれば孤児は少なくなります。私は自分のような経験をほかの子にさせたくないんです。この世界の孤児が一人でもいなくなる。それが私の夢です」

「そうか。……以上で面接を終わる」

「ありがとうございます」

シャルロットは立ち上がり、礼をする。

扉の前に立つと、『失礼します』とひと声かけて出ていった。


 * * * * * 


「クラウスさんもあまり詳しくは知らないようですが、面接自体はしっかりとやったそうです。トーマスさんはシャルロットさんのことを考えて、ほかの人と同じ扱いにしたのだとは思いますが、それが周りからは隠しているように見えたのでしょうね」

「トーマスさん……つまり、僕らの会社の社長がシャルロットさんの里親ということを……ですよね」

「ええ。そう聞いています。そのままシャルロットさんは内定をもらい、ラスト・フォート社に就職することになったのですが……」

「そういえば、なんでシャルロットさんは訓練時代に一人だったのでしょうか……」

「簡単に言えば、ばれたんですよ。トーマスさんが里親だということが」

そのあとは容易に想像がつく。

必死に試験を受け、就職活動をしてきた人から見ればシャルロットさんは楽をして受かったようにしか見えないのだろう。

彼女の経歴も知らない彼らがどのようにしてシャルロットさんに接したか……

要は嫉妬だ。

だが、彼女にとってそんなことは些細なことだったのかもしれない。

「アルフォンス・フューラーという方に会うまで彼女はずっと一人だったそうです。誰からも避けられ、相手にもさせられない。そんな生活だったそうです」

「そう……だったんですか。アヤさんや僕にやさしくしてくれましたから、そんなこと全然思わなかったです」

「私もこの話を聞いた時は驚きました。私よりも下の世代……しかも同郷の子供がこんな酷な生活をしているなんて思いもしませんでした」

車は道をまっすぐ進む。

遠くには空港が見え始めていた。

「空港に行って何をするんですか? まさか、出撃ですか!?」

「いえ、出動はまえからかかっています。ですが、シャルロットさんを連れていくのが僕の任務です」

「それでは一体、何を?」

「僕の本音をぶつけてみます」

ヨシュアさんは頭にはてなマークを浮かべていた。

「ここで大丈夫です」

「いえ。それではご武運を」

「ありがとうございます。ユウト・キリシマ、出撃します!」

僕は敬礼をすると、走って輸送機がある場所まで向かう。

輸送機に乗り込むと、パイロットに事情を話す。

怪訝な顔をしていたが、僕の話に乗ってくれた。

僕が席に着くとゆっくりと輸送機は動き出した。


 * * * * * 


「どうして、私はここにいるんだろうな」

シャルロットはぽつりとそうこぼす。

ユウトの話を聞いた時、シャルロットは自信の意志が、支えが、目の前で崩れ落ちていく感覚を感じていた。

自信で語った夢……。

自分と同じ経験をさせたくない。

孤児を一人でも多く減らすために戦う。

それが一気に目の前で否定された。

「結局、私が孤児を作り、同じ経験をさせていたということか……」

痩せこけ、虚ろな瞳を浮かべるシャルロット。

(こんな時、父さんがいればなんて言っただろう……)

そう思った時だった。

『立ち上がれ……』

「え……?

『立ち上がるんだ、シャルロット』

「とう……さん……?」

それは幻聴だった。

だが、シャルロットはそれがあの医者の声にしか聞こえなかった。

「だめだよ。私はもう……何をしていいのかわからない……」

『言っただろう? ……君は一人じゃない』

「え?」

その時、空を裂くような大きな声が響いた。

「シャルロットさあああああああああああああああああああん!!」

「ユウト!?」

そして次の瞬間、宿舎の目の前に落ちてくるCS。

ユウトはパラシュートを用いて、着地のダメージを殺していた。

そして、シャルロットの元へと近づいていく。

もうコックピット部分しか見えなくなったとき、コックピットのハッチが開いた。

「シャルロットさん!」

「ユウト……」

ユウトはゆっくりとベランダに降り立つ。

窓ガラスをはさみ、二人は対面した。

「どうしてこんなことをした? 始末書じゃすまないぞ」

「シャルロットさんに会うためです」

「私にあって何になる? こんな……人間に……」

「……聞きました。シャルロットさんが訓練時代、一人だった理由を」

「……!」

「シャルロットさんが孤児だったってことは知っていました。白虎隊だったと教えてくれた日から。ですが、それだけでシャルロットさんの人間は変わりますか?」

「……」

「そんなので評価が変わるのなら、それはもう信頼じゃない。僕はシャルロットさんを信じてここまで来たんです。……行きましょう。」

「私が戦っても……!」

「シャルロットさん!」

ドンと強く窓ガラスをたたくユウト。

その顔は真剣そのものだった。

「孤児を一人でも減らすために戦うんでしょう!? それがあなたの夢だと! そのためにはこの手を汚すことなんていとわないと! だったら、そんな場所でくよくよしてちゃダメなんですよ! こうしている間にも、世界は……!!」

シャルロットは目を伏せる。

まるで、わかっているんだと言わんばかりに。

「あなたが僕にしてくれたこと……アヤさんにしてくれたこと……あれが全部悪いことだったと思いますか? そんなわけないでしょう!? 人は誰だって間違えます。間違えて成長していく生き物なんです! あなたは生きているのだから!!」

「……!!」

「進みましょう。今世界は戦争に入るところです。今以上に死者が出ます。孤児が出ます。防がなきゃいけないんです。そのためにはシャルロットさんの力が必要なんです! お願いです。世界の孤児をなくすために……僕らの希望のために、もう一度、立ち上がってください!!」

「……」

「僕の力になってください、シャルロットさん! 僕にはあなたが必要なんです!!」

「……」

シャルロットは天井を見上げる。

今度は光が灯ったその瞳で。

「まったく、君は……」

穏やかな顔で笑うシャルロットさん。

「今の台詞は勘違いされてしまうぞ?」

「……え?」

ゆっくりと思い出して、ユウトの顔は真っ赤になる。

「さあ、行こう。私もこんなところでくよくよしてはいられない」

「……! はいっ!!」

ユウトはコックピットに乗り込むと、シャルロットさんの手を引いた。

ハッチの上に二人の人影。

その足でしっかりと立っていた。

「行きますよ」

「ああ」

(もう、くよくよしない。もう私のような子はいなくていいんだ。……そうだろう? 父さん)

シャルロットが無言で空に問いかけると、『ああ、そうだね。頑張りなよ』とそんな声が返ってきているような気がした。

ついに出された宣戦布告。

世界は戦争状態に入っていく。

うごめく陰謀の最中、ユウトは真実のかけらを見る。


次回 第十話 「立ちはだかる国」


青年は生きる意味を知る―――。

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