立ち上がるとき
Make Only Innocent Fantasyの三条 海斗です。
さて、ここでお知らせです。
前後編といいましたが、前中後の三編になりました。
自分でも驚きです。
これが、全体書ききっていないからこそのミスか……。
すみません。
まだまだ稚拙な部分がありますがk最後までおつきあいお願いします!
さて、それではどうぞ!!
「シャルロットさんが……白虎隊……!?」
「ああ。もう……ずいぶんと昔の話だ」
そういうシャルロットさんの視線は先ほどの土嚢の溝に向けられていた。
「それじゃあ、白虎隊は全滅したわけじゃないんですね」
「そうだな。……私以外、皆死んでしまったが」
「……! ……すみません……」
「謝るな。昔のことだ」
シャルロットさんはそういと施設の方へと歩いていく。
その背中はひどく寂しそうで、僕は……声をかけることさえできなかった。
* * * * *
「それじゃあ、中に入るよ。……みんな大丈夫?」
クラウスさんがそうたずねるが、その答えは返ってこない。
ただ、苦笑いを浮かべる僕とヨシュアさん。
その顔を見て、クラウスさんもすこし苦笑いをした。
「それじゃあ、行くよ」
入り口に立っているだけでもすさまじい臭いを感じる。
鼻がつんとするようなにおいは、気分を悪くさせるには十分だろう。
できればもう二度と嗅ぎたくない臭いだが、まだ嗅がなければいけないという事実が気分をずんと重くさせる。
鼻を押さえながら、僕らは最初に調べる部屋へと向かった。
扉を開けると、むわっとした風がすさまじい臭いと共に吹き抜ける。
「うぇっ!!」
ヨシュアさんが耐え切れず、地面にしゃがみ込んで吐こうとしていた。
「臭いがすごいね……」
「早く調べましょう……ヨシュアさんが死にそうです……」
「そうだね……」
部屋の中は書類の山……というわけでもなく、荒れ果てた家具や本が転がっているだけだった。
「すぐに終わりそうだね……」
クラウスさんはそうつぶやく。
それが願望だったのかは知らないが、実際この部屋の調査はすぐに終わりそうだった。
部屋に入って本や書類を調べていくが、これといってめぼしいものはない。
それどころか、あるのは家具など生活に必要なものだけだ。
「それにしてもここは何の部屋だったんだろう?」
「ここは私たち白虎隊に与えられた部屋だったはずだ」
僕がもらしたその疑問にシャルロットさんはすぐに答えてくれた。
「そうなのかい?」
「ああ。間違いないはずだ」
「それならここにめぼしい情報はない……か」
シャルロットさんが白虎隊ということを聞いてもクラウスさんは驚きもせず、そのまま会話を続けていた。
もしかしたらすでに知っていたのかもしれない。
その可能性の方が高く、僕はそのまま気にしないことにした。
「なら、シャルロット。重要な情報が眠っていそうな部屋はどこか覚えてる?」
「一番左奥の部屋だったはずだ。私たちはあそこに近づいてはならない決まりだったからな」
「なるほど。……やっぱり、順番に調べることになるんだね……」
がっくりと肩を落とすクラウスさん。
臭いには慣れ始めていたが、それでも長時間嗅ぎたくない臭いには変わらない。
「当初の予定通り、次の部屋を調べたら一旦外に出よう」
「了解」
クラウスさんの予想通り、その部屋からは何も出なかった。
次の部屋に向かう際、振り返ってみるとシャルロットさんがその部屋をじっと見ていた。
「……」
(……そう……だよな……)
昔、自分が生活していた部屋。
友達もいただろう。
それが自分以外、死んでしまった。
表面上は何とも無いように見えても、シャルロットさんも人間だ。
何も感じないわけがない。
僕はシャルロットさんに声をかけずに、そのままクラウスさんについていった。
そして、次の部屋からもめぼしい情報はなにも出てこなかった。
* * * * *
「やっぱり、外っていいな……」
そうつぶやかずにはいられなかった。
ヨシュアさんはもうすでにぐったりしている。
顔色も蒼を通り越して白い。
(……大丈夫なのかな)
車の中での陽気な姿はかけらもなく、その部分だけがマンガのような白と黒で表現できそうな、そんな雰囲気を醸し出していた。
「そうだ、シャルロット。さっきみたいな情報をちょっと教えてくれないか?」
「ああ、わかった」
シャルロットさんはクラウスさんの方へと歩いていく。
(……気分転換にその辺を歩いて来よう)
僕は散歩とまではいかないが、その施設周辺を歩くことにした。
風が吹き抜け、山奥ということもありすこし涼しい。
それがあの施設になると、花を刺激するような強烈な臭いになる。
……思い出すだけでも気分が悪くなりそうだ。
シャルロットさんがまだ幼いころということもあってか、周りには木々が生い茂り、周りには野花が咲いている。
ときの流れとは怖いもので、戦いがあった場所なんて言うことを感じさせない。
所々にある土嚢や溝などをみて、ああ、と思い出すことも何回かあった。
いま思えば、この戦い……どうして終結したのだろうか。
シャルロットさん以外の白虎隊の全滅。
僕が知っているのはそれだけだ。
ならもっと上の人間は?
ここの基地にいたはずの大人たちは?
疑問ばかりが浮かんでくる。
(……この場所の調査っていうが最初はわからなかったけど……なんだか今はわかるような気がする)
ここにいたはずの大人が生存している場合、同じようなことをしている可能性があるだろう。
それこそ、あの少年のように。
この放置された基地を調べることできっと何かわかるような、そんな気がしてならなかった。
* * * * *
シャルロットさんのおかげで、だいぶ絞り込むことができ、調査の範囲はぐっと狭まった。
調査をする時間も減り、あの臭いを嗅いでいる時間も少なくなった。
そして、最後の部屋……つまり、この基地の一番上の人間がいた部屋を調べることになった。
「うっ……!!」
扉が閉まっているにもかかわらず、一番強烈なにおいが扉越しに伝わってきた。
「どうやら、臭いの発生源はここからのようだね……」
その言葉で中の様子を想像したのが間違いだった。
一気に気分が悪くなる。
「さて……覚悟を決めて入ろうか……」
クラウスさんが覚悟を決めたのか、扉をゆっくりと開いた。
「ぐぅ……!!」
鼻を刺す刺激臭。
涙が出てきて、まともに息をすることができない。
「いくよ……」
鼻を押さえながら、クラウスさんは指示をする。
正直、口さえ開けたくない。
それでも恐る恐る中に入る。
部屋は薄暗く、カーテンが閉まっているようだった。
僕はカーテンを開け、窓に手をかける。
鍵を外し、窓を開こうと動かすと耳に障るキィッという音が響いた。
「これで、幾分かましになってくれるといいんだけど……」
僕がそうつぶやいた瞬間だった。
「うわあああああああああああっ!!」
「ヨシュアさん!?」
突然の叫び声。
僕はヨシュアさんの方へと向かった。
そこにはすでにシャルロットさんとクラウスさんもいて、ヨシュアさんはその二人から少し離れたところに座り込んでいた。
「どうし……」
どうしたんですか?
僕はそう聞こうとしたが、目の前にある光景を見れば一目瞭然だった。
「これは……!」
「見たところ……子供の死体だな。腐敗が進みすぎて、細かいことはわからないが……」
「骨格をみて性別が判断できる……っていうけど僕にはそんな知識ないし……」
「僕もありませんよ。どうしてこんなところに死体が……!?」
「わかりません! 確かにここにあった死体は全部、火葬したはずです!」
「なら答えは単純だ」
シャルロットさんは確信があるようだった。
それは誰にでもわかる事実。
答えは……本当に単純だった。
「火葬された後……人が立ち入らなくなった後にここで死んだんだ。あの戦いで死んだ人間ではないから火葬はされず今まで放置されていたんだろう」
「でも……この子、どうして死んだんだろう」
「ほぼ骨になっているからな。かなりの時間が経っているかもしれない。少なくとも1年以上は経過している」
冷静に目の前の死体から情報を読み取ろうとする二人。
僕とヨシュアさんは見ているだけしかできなかった。
* * * * *
先ほどの死体は一旦、そのままにして他を調べることにした。
本田なの書類を調べ終わり、机の引き出しに取り掛かる。
「ん?」
引き出しを引こうとすると、ガチッと音とを立て、それ以上動かない。
どうやら鍵がかかっているようだった。
「この引き出し、鍵がかかっています」
「本当かい?」
近くにいたクラウスさんも引き出しを引く。
同じように引き出しはガチッと音を立てた。
「本当だね。ちょっと待ってて」
クラウスさんはポケットからピッキングツールを取り出すと引き出しのカギをこじ開けた。
(どうしてこの人、ピッキングツールなんか持ってるんだろう……)
僕がそう思っていることを察したのか、クラウスさんは「必要だと思ってね。役には立っただろう?」とニコッと笑って答えた。
この際、細かいことは考えない。
クラウスさんが開けてくれた引き出しを引くと中にはファイルがたくさん入っていた。
一冊手に取って適当なページを開いてみる。
(これは……!)
そこには白虎隊員の履歴書のようなものがファイリングされていた。
生年月日と年齢、性別、名前は普通にある。
入隊日も理解できる。
だが、その下にかかれていたことは衝撃的だった。
(このアナベルっていう子は4月29日に行われた孤児収集作戦という作戦で補充……)
つまり、白虎隊の孤児はすべて……意図的に孤児にさせられた子供たちだった。
最初のページからパラパラとページをめくっていくとそこにはシャルロットさんもあった。
(比較的、早いページにある……入隊日もほかのこと比べると確かに早い……)
最初のページから数ページの子は本当の孤児……親が病気で亡くなってしまったり、地域の内紛に巻き込まれてなくなってしまった子供たち……だった。
シャルロットさんもその中の一人で、兵力を集めていたこの組織に拾われたということだろう。
(こんな事実があったなんて、シャルロットさんが知ったら……)
でも、言わなくてはならない。
そのまま僕はファイルを読み進めていく。
別のファイルには作戦書のようなものがファイリングされていて、立案者はすべて同じ名前だった。
(“アドルフ”……か。どうやらこの人が組織のリーダーだったみたいだ)
「クラウスさん!」
ある程度ファイルを読み終えると、僕はクラウスさんを呼び、ファイルを渡す。
クラウスさんはそれを受け取ると、すぐに鞄に入れた
「中身はみないんですか?」
「君が確認して、重要だと判断したのなら大丈夫だよ。それに後から確認はするし、いまは一つでも多く重要だと思えるものがあればいいから」
質より量というわけでもないが、重視するのは量の方ということらしい。
僕はそのまま、調査に戻った。
だけど、僕はあのファイル以外、めぼしいものは見つけ出すことができなかった。
「さて、そろそろ引き上げようか」
クラウスさんのその指示を聞いて僕は窓際に行った。
すこしでも外の空気を吸っておきたかった。
そして、外を見ていると森の中に光り輝く点をみつけた。
(……!!)
「伏せて!!」
そう叫び、伏せる。
直後、無数の弾丸が部屋の壁を貫いた。
「敵襲かっ!?」
「とにかく逃げるぞ!」
「援護します!!」
僕はもってきていたバックから銃を取り出す。
軍でも使われているアサルトライフルだ。
時間くらいは稼げるだろう。
銃撃が止んだのを確認すると僕は壁を盾にして銃撃を開始する。
その間に、みんなは部屋から出ていった。
僕も銃を撃ちながら、部屋を出た。
「急ぐぞ!」
部屋の外でシャルロットさんが銃を取り出して待っていてくれた。
「はい!」
僕は返事をすると走り出す。
一番奥の部屋から出口まではかなりの距離がある。
時間がかなりかかるというわけでもなかったが、歩いている余裕はなかった。
角を曲がり出口へ。
出口の前ではクラウスさんとヨシュアさんが銃を片手に待機していた。
「どうやら、すでに囲まれているようだ……」
「軍に救援要請は送りましたが……時間がかかるでしょう」
「それまで持ちこたえろ……ということか!」
そんな話をしているときですら相手は銃撃の手を緩めてはくれない。
銃撃が止めばこちらが銃撃を返し、相手も銃撃を仕返すという状況が続く。
「くそっ! こんなことをしていたら弾がなくなるはこっちだぞ!!」
「軍が来るまで持ちこたえないと!」
相手の銃撃が緩むことはない。
こちらは最低限の弾薬しかない。
じり貧になるのは必須だった。
「ラスト・フォート社の諸君。聞こえているか?」
突然響き渡る声。
それは拡声器を使ったような声だった。
銃撃をやめ、見てみるとそこには40~50代の男が立っていた。
「あれは……!」
目を見開くシャルロットさん。
その顔は驚きで満ちていた。
「見覚えがあるんですか!?」
「そんな馬鹿な……! やつは……」
ただでさえ白い肌が、さらに白味を増す。
「やつは……あの戦いで死んだはずだ!!」
「えっ!?」
あの戦いで死んだ……ということはこの施設にいた人間ということは間違いないだろう。
見た目からは歴戦の風格が感じ取れた。
(それにしても……この声、どこかで……)
「そのまま出て来い」
冷たく言い放されるその一言には、勧告の意味も交じっているようだった。
「どうしますか?」
「……行こう」
「本気か!?」
「彼らの狙いはたぶん……」
クラウスさんは鞄を横目に見る。
それほどまでにあのファイルの内容が流出するのが嫌なのだろう。
「3カウントをする。それまでに出てこなければ、君たちの命はない」
その声には、感情がこもっていないようにも聞こえる。
(本気……ということか……!!)
「……3」
カウントダウンが開始される。
「どうするんだ!?」
「……2」
「……」
「……1」
「……ファイルはここにある」
0になる前、クラウスさんは敵の前に出ていく。
「他の仲間は?」
ゆっくりとアイコンタクトをするクラウスさん。
僕らもおとなしく出ていった。
「これで全員だ」
「なるほど……これがラスト・フォートのコントラクターか」
男は手をおろすと、後ろにいた敵も銃を下ろした。
「お前の目的は何だ? こんなところにもどってきて一体、何をするつもりだ?」
シャルロットさんがひるみもせずに、そう問いかける。
「私の目的をお前たちに言う義理などないだろう。それに自分たちの立場を自覚したらどうだ?」
「っ!」
「おとなしくファイルを渡せ。そうすればお前たちの命は助けてやろう」
「このファイルに一体、何の価値があるんだ?」
「……何度も言わせるな」
その男が手を上げると、一斉に向けられる無数の銃口。
「もう一度いう。ファイルを渡せ。……黙って、な」
「……!!」
その声に込められた殺気。
その殺気に気圧され、僕らは一歩退いてしまう。
(これが生の殺気……!)
CS越しに伝わる殺気とは違い、肌に突き刺さるような殺気。
蛇に睨まれた蛙はこんな気分なのかを想像してしまう。
喰われる……! そう思うには十分すぎるほどだった。
「……わかった。ファイルを渡そう。ただし、銃を下ろして僕以外のメンバーは車に乗せてもらいます。……いいですね?」
「だめだと言ったら?」
「あなた方は僕らを殺してもファイルは奪取できる。それをしないのは、この襲撃の目的が貴方たちの存在を知らせるため……ですよね?」
「……なるほど。よかろう、君たちの要求を呑む」
「ファイルはすべて僕が持っている。荷物を渡すそぶりをすれば撃てばいい」
「言われなくてもそうさせてもらう」
一人の少女がクラウスさんの隣に立つ。
歳はまだ10歳を超えたあたりだろうか、背丈は中学生くらいに見える。
「さあ、ユウトにシャルロット、それにヨシュアさんも車に行ってください」
「お前はどうするんだ?」
「取引を終えてから向かうよ。……大丈夫、僕は死なないよ」
「……信じていますからね」
「ありがとう、ユウト。さ、早く行くんだ」
僕らはクラウスさんを残して車に向かう。
振り返ればクラウスさんがいるのに、振り返ることができない。
理由はわかっていた。
僕はあの一瞬で、彼に……恐怖を覚えたんだ。
その恐怖が無意識のうちに体を縛り付ける。
車に乗るまで、僕はクラウスさんがいる方を見ることができなかった。
「この車に乗るまでってことは、防弾仕様になっているこの車が僕たちを守ってくれると考えたからなんでしょうか……」
「さあな。私もよくはわからないさ」
ぽつりとこぼれた一言。
そのシャルロットさんの返答でさえ、どこか、うわ言のように感じる。
「でも、クラウスさんの横にいた子……銃を持つような少女に見えなかったですよね」
ヨシュアさんが少しつらそうな顔をしながらそうつぶやいた。
「……それが孤児ってやつだ」
「かわいそうな子ですよね……」
「かわいそう……か」
「だって、こういう武装組織の子供たちって自分たちが別の孤児を作っているっていうことすら知らないで、孤児を作らないようにって大人に言われて作戦に参加しているっていうことが多いんです。そう考えると……」
「……ちょっと待て。どういうことだ?」
「ヨシュアさん!!」
「あ……」
「……ちょっと待て、どういうことだ?」
シャルロットさんの顔に少し、怒りのような色が混じる。
「答えろ、ヨシュア」
「……えっと……」
ちらっとこちらを見るヨシュアさん。
救いを求めているようだったが、僕は黙って首を振る。
いずれ知ることになる事実だ。
遅いか早いかの違いしかないだろう。
でも……ここで言っていいのか今でも不安だった。
それが、彼女にとって最も過酷な事実かもしれないからだ。
「……僕が言います」
「え、でも……」
「……ファイルをみつけたのは僕です。僕が言わなきゃ……いけないんです」
「……ユウト、教えてくれ」
シャルロットさんが僕を見る。
その眼には真剣さと、すこし不安が見て取れた。
「じつは……」
* * * * *
ユウトたちが車に乗り込んだことを確認すると、クラウスは引き返す。
「さあ、行こうか」
クラウスは隣に立つ少女にそう声をかける。
少女は無言だった。
「君はどうしてこんな場所にいるんだい?」
答えは返ってこないだろう。
そうクラウスは考えていた。
「……ここにはみんないるから」
「みんな、か。確かに人はいっぱいいるね」
「ちがう、そうじゃない」
「そうじゃない?」
「……ここは昔、基地だったっておじさん言ってた。私たちの先輩がいたって。写真見せてもらった。みんな、楽しそうだった。でも、おじさんはみんなここで死んだって言った。だから、みんなここにいる」
死者がいる。
少女はそう言った。
それは年相応の考え方だともいえるし、不相応だとも思える。
「でも、それだけじゃあの組織にいる理由にはならないだろう?」
「理由?」
「組織にいる訳……願いとか目標とかそういうのはないのかい?」
「願い……」
「そう願い。僕は……そうだな、農場がやりたい、かな」
「どうして?」
「戦争や戦いがなくなったら僕らはやることないからね。自給自足もかねて野菜を作りたいな。僕が作った野菜を食べておいしいって言ってもらいたいな。……君の願いを教えてくれないかな?」
少女は少し考える。
ときどき「う~ん」とか「えっと……」と声を出して首を傾げたり頭を抱えたりする。
その姿は年相応の少女の姿だった。
「……えっと、みんなで笑ってどこかへいきたい」
「どこか?」
「うん。戦いとか、人が死んじゃうとか関係のない場所に。」
「……」
クラウスは声を失った。
それでも少女は話を続ける。
「そのために私はここにいるんだよ」
それが当たり前のように、それが正しいことのように、少女は笑顔で言い放った。
その笑顔はとても無邪気で、その少女の手の中にあるそれはとても冷たくて……現実は残酷だった。
「……僕らの願いは似たようなものだったのに……ね」
クラウスのその言葉はどこか、虚ろなものに感じられた。
「やっと、戻ってきたか」
「ああ、この子とすこしおしゃべりをしていてね」
「……」
男に見られた少女はビクッと体をこわばらせる。
クラウスは少女の前に壁になるように立った。
「なにも怖がらせることはないだろう」
「ふん。さて、取引だ」
「目的のファイルはこれだな」
クラウスが掲げたファイル。
男はそれを見ると、手を出した。
「早くそのファイルを渡せ」
「言われなくても」
クラウスはそのファイルを手で渡す。
男はそれをぱらぱらとページを確認する。
「確かに」
「取引成立だ」
「振り向かずにそのまま戻れ。振り向けばその瞬間に撃つ」
「なら最後に聞かせてほしい。……お前は……」
クラウスはそこで口を閉じる。
「いや、何でもない」
クラウスは振り返ると、そのまま車の方に歩いていく。
そこで終わるはずだった。
「きゃっ!」
「……!」
聞き覚えのある声。
その声がいま上げた声は察しがついた。
その判断がつくと、クラウスの足が止まる。
「……どういうことだ?」
「振り返らない……か」
「そういう取引だ」
「振り返ればこの少女の命を助けると言ったら?」
「……」
クラウスの顔は男からは見えない。
だが、クラウスのその顔は普段の穏やかな顔ではなく、まるで般若面を彷彿させるような恐ろしい顔だった。
「……振り返らないさ。だが……!」
その声は怒りに満ちていたが、確固たる覚悟がにじみ出ていた。
「もし、その少女を撃つのなら……“俺”はお前を撃つ!!」
そして、クラウスは歩き出した。
* * * * *
男はその背中をずっと見ていた。
その背中が見えなくなるまでずっと。
結局、クラウスが振り返ることはなかった。
「すまない」
男はその少女を離すと、銃をしまった。
「ううん」
「やつは振り返らなかったな」
「そんな気がした」
「どうしてだ?」
「夢があるって言ってたから」
「夢がある、か……」
男は少し微笑んだ。
「笑ってるの?」
「ああ。さすが、ラスト・フォートのコンストラクター」
そして、男はあの背中が消えた方を見る。
「……また戦場で会おう」
そうぽつりとつぶやいた。
* * * * *
「あのファイルの中身は武装組織のメンバーのプロフィールや作戦に関するものでした」
「……」
シャルロットさんは黙って聞いている。
(覚悟をきめないと……)
「その中にはシャルロットさんのプロフィールもありました。名前や性別など、わかったのは基本的なことでしたが」
「それで、そのファイルがなんだっていうんだ」
「そのプロフィールにかかれていたのは名前、性別、生年月日と年齢、そして……武装組織に入った時期と過程でした。」
「過程だと?」
「はい。シャルロットさんは確か……ご両親が内紛に巻き込まれて……でしたよね?」
「ああ、それで間違いない」
「その後、武装組織に拾われて……という経緯というか過程が書いてあったんです。最初の方はシャルロットさんと似たような理由でした。ですが……」
「……」
「途中、10人あたりからそれが変わっていったんです」
「変わった?」
「はい」
言わなくてはならない。
その時が来たんだと自分に強く言い聞かせる。
「“孤児収集作戦で補充……”そう書かれていました」
「孤児収集作戦だと……! そんな作戦……記憶にないぞ!!」
「だと思います。作戦書には別の名前が書かれていましたから」
「その作戦はもしかして……」
「たぶん、文字通りだと思います。それも“戦争孤児”を作るための作戦だったんです」
「……!」
シャルロットさんの目が見開かれる。
直後、それは怒りに変わり、僕の胸ぐらをつかんだ。
「でたらめを言うなよ!!」
「でたらめじゃありませんよ! 確かに推測の部分もありますけど、あのファイルには確かにそう書いてありました!」
「なら、私がその作戦に加担したとでもいうのか!?」
シャルロットさんの勢いは増していく。
「シャルロットさん! 落ち着いてくださいよ!!」
ヨシュアさんがシャルロットさんをなだめようと、運転席から身を乗り出して引き離そうとするが、シャルロットさんはびくともしない。
「く、苦しいです……」
(そろそろ……やば……)
「シャルロットさん! 手を離してください! ユウトさんが死んじゃいますよ!!」
「っ!」
ばっという音が聞こえてきそうな勢いで、シャルロットさんは手を離した。
バランスを崩し、ドアに頭が当たる。
ごんという少し鈍い音がした。
「……すまない」
「いえ……」
すこし首元が痛い。
かなり強烈な力で胸ぐらをつかまれたようだ。
「はぁ……」
安堵なのか、疲労なのか、わからないがヨシュアさんはため息を漏らす。
今日は本当にいろいろなことがあった一日だった。
『なにかあったのかい?』
ドア越しに聞こえる声。
みてみると、そこにはクラウスさんが立っていた。
「クラウスさん!!」
ドアを開けて中に入ってくるクラウスさん。
たしかにクラウスさんが目の前にいた。
「無事だったんですね!」
「ああ。ファイルは渡っちゃったけどね」
「でも、よかったです」
「ありがとう。さあ、急いでここから離れよう」
ヨシュアさんが車のエンジンをかける。
車は何事もなく、その場から離れた。
あの寮につくまでシャルロットさんは終始無言で、どこか思い詰めているように見えた。
その様子がどこか気になってはいたが、僕は何も言えずにいた。
明日、帰るときにこのことを謝ろう。
そう思っていたのに……。
その日から彼女は部屋から出てくることはなかった……。
* * * * *
そして、2か月後……今に至る。
僕は時々、この場所に来ていた。
あの日からずっとシャルロットさんは部屋にこもったままだ。
ご飯は部屋にもってきてもらっているらしい。
管理人さんが少し心配をしていた。
「あのお嬢ちゃん、ずっと部屋に籠ってるんだけど……そりゃもうひどい顔だよ。目の下のクマもすごいし、ご飯もあまり食べないんだ。最初のうちは面倒だと思っていたけど、あそこまで行くとなぁ……」
「まだ出てこないんですか……」
「ああ。行くんだったら通っていいぞ。場所はわかるな」
「はい」
部屋の前に立つ。
だけど、僕は何も言うことができなくなる。
シャルロットさんがあの事実を知って、何を思い、何を考えたのかは少し、ほんの少しわかる。
だけど、シャルロットさんの苦悩は僕の想像以上だろう。
ズキッと胸が痛んだ。
(アヤさん……)
この手で守れなかった命。
目の前で散っていった命。
シャルロットさんの仲間も、そうして散っていったのだろうか。
(僕はどうしたらいい……! 教えてよ……アヤさん……!!)
救いを求めた彼女はもう、この世にはいない。
自分の手で何とかするしかないのだ。
結局、一歩踏み出せないままだった。
悲嘆に暮れるシャルロット。
その脳裏にはあの日の思い出が浮かんでいた。
扉の前に立つユウトは彼女を救い出せるのか。
次回 第九話 「白き絆、永遠に」
青年は生きる意味を知る―――。