孤独の向こうに
どうもMake Only Innocent Fantasyの三条海斗です。
このお話は前後編になっていまして、これは前編になります。
あと5話(予定)となりましたFor Alive。
僕が思い描いていたものもようやく形になりつつあります。
まだまだ、稚拙な部分がありますが最後までおつきあいお願いします。
それではどうぞ!!
「シャルロットさん……」
僕はただ、茫然と立っていることしかできなかった。
僕は……彼女になんて声をかければいいのだろう。
気にすることはない?
つらいなら僕を頼ってくれ?
そんなことは言えない。
仮に言ったところで、彼女の悩みは消えてはくれないだろう。
僕は、こうなるまで彼女のことを知らなかった。
知っているつもりでいた。
だけど、何も知らなかった。
彼女の生まれも、境遇も、過去も。
こんな時、あの人がいればどういっただろうか。
始まりは遡ること2か月前……フューラー先輩がいなくなってから1か月がたった頃だった。
* * * * *
世界は動き始めていた。
新興国家・ナルゲス共和国はあの日、侵略行動を開始した。
初めてヴィントと戦ったあの場所からすこし離れた場所に駐屯し、多国籍軍相手に攻撃。
結果は多国籍軍の全滅だった。
その一件を非難され、ナルゲス共和国は国連を脱退。
まるで、先の大戦のようなことが起き始めていた。
第二次世界大戦。
世界に多くの爪跡を残し、今もなお歴史に残る大戦。
あの時は日本軍が国連を脱退し、真珠湾攻撃を開始、太平洋戦争が始まった。
今の状況はそれに似ている。
建国からわずか5年余りしか経っていない国家が、世界に対して攻撃を仕掛けようとしているのだ。
いまはまだ大きな動きはないが、もし公式に宣戦布告なんてすれば……。
その先は容易に想像がつく。
世界は戦火に包まれ、多くの命が散っていくだろう。
それだけは阻止しなければならない。
(でも、新興国家の後ろ盾が“魔王十字のヴィント”だけでどうしてここまで、強気でいられるんだ……? 多国籍軍が全滅したのはあの不思議なバリアみたいなやつが関係あるのか?)
わからないことだらけだった。
「もうじきつくぞ」
「あ、はい」
シャルロットさんのその声ではっとする。
どうやら深く考えすぎてしまっていたらしい。
時刻を確認するとかなりの時間が経過していた。
「それにしても、ヨーロッパの山中で活動をしていた武装組織のアジトを調べる……だなんて、いったいどういうことでしょうか?」
「う~ん、そうだね……。たとえば活動中、戦闘とかだったり、信仰されたときだったり何らかの原因で放棄することが決まった時にそこにあるものはそのままにするよね。その“そのままになっている書類”っていうのにはごくまれに重要なものがある場合があるんだ。それでなくてもその場所が情報源であることには変わらない。きっと、何か関係があってここまできているんだろうね」
クラウスさんがゆっくりとそう答えた。
なるほどと感心していると、シャルロットさんはうつむきながら深刻な顔をしていた。
「シャルロットさん、どうしたんです?」
「……いや、なんでもない」
「……?」
いつもと様子が違うような気がしたが、気のせいだろうか。
僕はそう深く考えないことにした。
「そろそろ降りるよ」
窓の外からは空港が見えていた。
今回はCSをもってきていない。
なので、通常の空港を使わせてもらうことになっている。
後ろに積んであるコンテナには一通りの武器は積んであるが、それだけだ。
正直に言って心もとない気がする。
だが、今回は戦闘ではなく調査……しかもすでに放棄された基地の調査だ。
(大丈夫だ……敵なんか出てこない……)
そう自分に言い聞かせていた。
そうでもしないと不安に押しつぶされそうだったからだ。
「手が震えているよ。大丈夫かい?」
「あ、はい・・・・・・」
「心配することはないよ。敵なんて出てこないし、ちゃんと護衛はつけられるから」
「そうなんですか」
「あくまでも僕らは調査、だからね。CS以外の戦闘は軍の方が遥かに上だよ」
「そう・・・・・・ですね。信頼することにします」
「今度は顔色が悪くなってきたよ・・・・・・」
「あ、すみません・・・・・・」
そこからしばらくはずっとそんな感じが続いた。
(心配性というより・・・・・・CSがないのがこんなに不安になるなんて・・・・・・!!)
その昔、携帯電話中毒というものが一時期話題になったらしい。
なんでもそれは通信技術が発達したことにより、いつでもどこでも手軽にメールが贈ることができるようになった。
そのときはすでに携帯電話も比較的手軽に入手できるようになっていた。
携帯電話を持った幼い子供たちはメールの返信があったなかったというだけでトラブルを起こすようになり、いつしか”返信をしなければならない”という一種の義務みたいなものが発生してしまい、食事中なども携帯電話が離せなくなってしまった・・・・・・というものだった。
今の状況に置き換えると、いつ敵が出てくるかわからないからCSが離せない・・・・・・という携帯電話中毒改めCS中毒だ。
(情けないなぁ・・・・・・)
そんな自分に辟易しながら僕は飛行機を降りる。
上を見上げると空はすがすがしいまでの青空だった。
* * * * *
「ラスト・フォート社の方ですね?」
空港から出ると、軍服を着た青年が話しかけてきた。
「ええ。」
「本日、皆様の案内を担当しますヨシュア中尉です。」
「今回の調査のリーダーを務めます、クラウス・アトミナールです。こちらがユウト・キリシマ、こちらがシャルロット・プリエールです。」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
慣れた手つきで握手をするヨシュアさんとクラウスさん。
その様子を見ると、『ああ、この人たちは上の人なんだな』と思えてしまう。
それぐらいの風格があった。
「車で移動するのですが、目的地まではかなりの時間がかかります。なので、どこかで一泊することになりますが……よろしいですか?」
「構いませんよ」
「それではさっそく、出発します。あちらに駐車してありますので」
そういうとヨシュアさんは歩き出す。
僕らはそのあとをついていった。
駐車場をしばらく歩いて、ヨシュアさんが「あれです」と指さした方には普通乗用車が止まっていた。
それもあの日本の会社の車が。
「えっと……これ……ですか?」
僕は思わず訪ねてしまった。
「はい、そうですが……」
ヨシュアさんは不思議そうな顔をする。
僕は変なことを聞いたのだろうか……。
軍が乗っている車ときけば装甲車のようなごつい車を想像する。
だけど、目の前にあるのは何の変哲もない普通乗用車。
こんなので弾丸が防げるのだろうか心配でならない。
「あ、ご安心を。窓はすべて防弾しようとなっていますし、それに軍のものはなにかと目立ちますから。」
その一言ですこし安心した。
この状況で、軍の車が動き回っていたら確かに警戒されてしまうだろう。
目立たないようにするためということなら納得できる。
僕はゆっくりと車に乗り込んだ。
僕の隣にシャルロットさんが、運転席にヨシュアさん、助手席にはクラウスさんが座った。
「それじゃあ、行きますよ」
エンジンの音が聞こえ、車が動き出した。
最近の車のエンジン音は静かだと聞く。
確かに耳に障るような音はなく、すこし心地のいい音は街の景観にあっているような気がした。
道路を走っていく車の車窓からはレンガ造りの古い街並みが見えていた。
「……」
しばらく車内は他愛のない話がずっと続いていた。
ヨシュアさんは意外と話が好きみたいで、クラウスさんや僕に話をする。
それが嫌だと思わなかったのは彼の人柄なのか雰囲気なのか、わからないが一つ言えるのはヨシュアさんはいい人だ。
まだ空港で会ってから数十分しか経っていないが、そう思える何かが彼にはあった。
だけど、ふと僕は気づく。
シャルロットさんはずっと黙ったままだ。
ヨシュアさんに話を振られても「ああ、そうだな」とか「いや、そうでもないさ」というばかりだった。
そうした反応をされてもヨシュアさんは嫌な顔一つしない。
シャルロットさんもどこか申し訳なさそうな顔をするが、また深く沈んだような顔をする。
本当にどこか様子がおかしい。
まるで調査のことなんて頭にないみたいだ。
「シャルロットさん?」
僕は意を決し、聞くことにした。
「ん? どうした?」
「大丈夫ですか? なんだか、調子が悪いよう見えますけど……」
「調子が悪い?」
さも意外だというような顔をするシャルロットさん。
「違うんですか?」
「私はいたって普通だよ。むしろ顔色は君の方が悪いように見えるけどね」
「そ、そんなことないですよ!」
「さて、どうだか」
「シャルロットさ~ん……」
「はははっ。元気が出たみたいだね」
助手席に座っていたクラウスさんがそう言った。
「でも、よかったですよ。空港であった時からすこし体調がすぐれないように見えましたから」
ヨシュアさんもそう続ける。
「すまないな。悪気はないんだ」
「大丈夫ですよ。軍の人は不愛想を通り越して気まずいですから。……あ、これは内緒でお願いしますね」
「わかっているさ」
ようやくシャルロットさんは笑みを浮かべた。
(よかった……)
ほっと胸をなでおろす。
窓の外を見ると、目的まではまだ時間がかかりそうだった。
* * * * *
「今日はここまでです。目的地の山まではここから30kmないくらいですから、明日の出発でも大丈夫でしょう。明日の11時にここに来ます。今日はゆっくり休んでくださいね。それでは、私は、仕事がありますので」
そういってヨシュアさんは立ち去った。
僕らの目の前には軍の宿舎があった。
完成してからそれほど時間が経っていないのか、まだ新しさを感じるその宿舎は白い外壁に灰色の屋根といかにもといった雰囲気を醸し出している。
宿舎の中に入ると、管理人の元へと向かった。
「ラスト・フォート社のものですが……」
「話は聞いてるよ。あんたたちの部屋は302,303,304だ。……これがカギだ。明日の朝、出るときに必ず返してくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
クラウスさんがカギを受け取り、僕らに渡す。
僕の部屋は303だった。
「今日はもう各自部屋で自由に……ってことでいいかな?」
「僕は大丈夫です」
「私も異論はない」
「了解、それじゃあ部屋に行こうか」
階段を上り、各自の部屋へと向かう。
そのときにわずかに感じた違和感。
どうしてこんなに……人の気配を感じないのだろうか。
「君の部屋はあっちだよ?」
「へ?」
突然、クラウスさんにそう声をかけられ、はっとする。
表札を見るとそこには302と書かれていて、振り返ると一つ部屋を開けてシャルロットさんが経っていた。
「あ、すみません……」
どうやら深く考えていたらしい。
「なにかあったら連絡してね」
「了解」
「ああ、わかった」
シャルロットさんが最初に部屋に入り、次にクラウスさんが部屋に入った。
(僕も入ろう……)
鍵をあけ、部屋の中に入る。
「……え?」
部屋は宿舎というにはきれいすぎた。
どこかのホテルのような雰囲気を感じるそれは明らかに外客用だった。
人がいない理由も、もともとこの宿舎が外客用でそもそも人がいないと考えれば納得がいく。
一旦、外に出て深呼吸。
ようやく落ち着いてきたと思ったら、隣からバタンという音が聞こえた。
シャルロットさんだった。
「……なんなんだ、あの部屋は……」
「ははは……」
そういうしかなかった。
しっかりとした和室でもなく、ベランダにプールもなく、普通の広さの部屋だ。
落ち着いていけば大丈夫だ。
「……」
「……」
ふたり、無言でたたずむ。
月が夜空に浮かんでいた。
思えば入隊してからすでに3か月がたったけど、激動の3か月だった気がする。
“魔王十字のヴィント”との戦い、サタン・クロス社のコントラクター・エドワードとの一騎打ち、アヤさん、そしてフューラー先輩との別れ……。
今でもアヤさんとフューラー先輩の別れが吹っ切れたわけじゃない。
むしろ、今でも深く心に残っている。
だけど、くよくよしていちゃいけないんだ。
戦う理由……それを見つけ出せたから。
改めて僕は決意を固める。
月明かりを見ながらそんなことを考えていると、シャルロットさんがゆっくりと話し始めた。
「アルフォンスとは、訓練校の時に出会ったんだ」
「訓練校……ですか?」
「ああ。私もユウトと似たような状況だった。いつも一人でいた。その時の私は友人なんていらないと考えていたし、ここにいる奴の大半はもう二度と会うことはないだろうと考えていた」
「そんなことを考えていたんですか……。なんだか、意外ですね」
「そうか?」
「ええ。僕やアヤさんのことを気遣ってくれたし、仲間のことを第一に考えているイメージだったので……」
「そうだな……思えば、そう考えるようになったのも、アルフォンスと出会ってからかもしれないな」
「シャルロットさんとフューラー先輩の出会い……か。すこし興味があります」
「そんなに大それたことじゃないさ。4人一組の集団訓練の時に、私はやつと同じ班になって……」
* * * * *
「リーダーを務めるアルフォンス・フューラーだ。よろしく頼む」
「シャルロット・プリエールだ」
その時の私は面倒としか考えていなくて、さっさと終われとばかり思っていた。
他の二人の自己紹介もほとんど聞いてなかったし、今でも二人の名前を思い出せないよ。
「集団訓練とはいえ、しっかりとやらせてもらうぞ」
奴は本気だった。
ちゃんと役割や隊列なんかをしっかりと考えて私たちに指示をしていた。
役割と隊列はしっかり聞いていたが、興味のないことなんて全く聞いてなくて……やつも気づいてはいたんだろうが何も言ってこなかった。
自慢じゃないが、その時、私は戦闘訓練の成績がトップだったんだ。
こんな訓練、楽だろうとばかりに考えていた。
そして始まった集団訓練。
ユウトも知っているだろうが、あの訓練は現役のコントラクターが単独で挑んでもクリアできない難易度になっているんだ。
そんなことを知らない私は手を抜いていたんだ。
始まった戦闘。
アルフォンスは隠れて反撃の機会を待つといった。
だが、単騎で勝てるだろうと思った私はそのまま敵に突っ込んでいって……結果は想像できるだろう?
集中砲火を食らいながら、私は思ったよ。
『ああ、ここで終わりなんだな』って。
もうあきらめたそんな時だった。
突然、銃撃が止んだんだ。
ふと、ディスプレイを確認してみると、単騎で戦っている1機のCSが見えたんだ。
そう、それがアルフォンスだった。
左右にもCSが戦闘を繰り広げていて、そこで私は助けられたんだと悟ったよ。
訓練も無事に終わり、シミュレータから出てきた私にアルフォンスは一言だけ言ったんだ。
「味方のことも考えない戦い方じゃ実力はトップでも、一パイロットとしては最低だな」って。
初対面のやつに言う言葉じゃないだろう?
そこで私はカチンときて立ち去るやつの背中に言い返したんだ。
「文句があるなら私に勝ってから言え」と。
奴は聞こえていないかのように無反応で立ち去ったんだ。
そのあと、私は教官に説教を食らったが、内容なんて聞いてなんていなかった。
頭の中じゃもう、奴に対するいらだちで一杯だった。
そこから数日が経ったある日、成績をみたら私は2位になっていた。
1位は誰だと思う?
そう、アルフォンスだったんだ。
私は驚きが隠せなかったよ。
その日の昼休みに、私の目の前にやつが座ってまた一言。
「勝ってやったぞ」と。
いや、あれには私もあきれるしかなかったよ。
そこからアルフォンスと私がかかわるようになって……
* * * * *
「訓練を終えてもアルフォンスと一緒というわけだ。考えてみれば付き合いは長いな」
「そうだったんですね……」
「失うことには慣れているさ。だけど……アルフォンスを失ってから、どうしてか昔のことばかりを思い出してしまうな」
「やっぱり、悲しいんじゃないんですか?」
「悲しい?」
「はい。シャルロットさんとフューラー先輩とすごく仲が良かったように見えましたから。仲のいい友人を……大切な人を失った時の虚無感は僕も知っています。アヤさんがいなくなったとき、ずっと訓練時代のことを思い出していましたから。シャルロットさんもフューラー先輩との一番の思い出が訓練時代だったんだと思います。……シャルロットさんにとってフューラー先輩は大切な人だったんですよ」
「大切な人……か……」
シャルロットさんは物憂げにつぶやく。
「そうだとするなら私はアヤもアルフォンスも……それにユウト、君も私の大切な人……ということになるな」
「仲間を大切に想えるようになったのならフューラー先輩があの時説教した買いがありましたね」
「そうだな。今頃、どうだって笑っているような気がするよ」
心なしかそう言ったシャルロットさんの顔は笑っているように見えた。
* * * * *
ユウトと別れた後、部屋の明りもつけずにただぼうっと天井を眺めるシャルロット。
時計の針はすでに午前2時を指していた。
月明かりだけが部屋を照らすその部屋で、シャルロットは物思いにふける。
(大切な人……か。私がそう思うようになったとは……な)
それは一種の変化。
(昔はそんなことなかったのにな)
目を閉じれば浮かぶ思い出。
音も色も臭いも、鮮明に思い出せる。
(もうあのころとは違うということか。そうだな、あの時から私はあの私と決別したんだ)
硝煙のにおい、血のにおい、銃声、悲鳴、赤い血の海に浮かぶ敵味方。
シャルロットが思い出したその光景はずっとシャルロットを悩ませ続けていた。
『お願いだよ……助けてよぉ……!!』
「……っ!」
勢いよく起き上がるシャルロット。
どことなく呼吸が荒い。
(くっ……まただ……。どうしてあの光景ばかりが浮かんでくるんだ……!!)
ここに来ると決まってから見るようになった思い出。
それは確かにシャルロットの中にあった。
どれだけ消したいと願っても決して消せない記憶。
シャルロットは深呼吸をする。
何回かやったあと、呼吸は元に戻っていた。
そして、ベッドに横になる。
目を閉じ、数分。
シャルロットはようやく眠りについた。
* * * * *
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
一階にある食堂に行くとそこにはすでにクラウスさんがいた。
「あれ? シャルロットさんは?」
「まだ寝てるんじゃないかな。僕がここに来てから来てないし、先客もいないようだったから」
「珍しいですね……」
いつもシャルロットさんは僕より早く起きている。
時刻はすでに9時といったところ。
いつものシャルロットさんならば、すでに来ているだろう。
(どうしたんだろう……? 昨日はそんな様子じゃなかったのに……)
「彼女にもいろいろあるんじゃないかな。ほら、座ったら」
「あ、それじゃあ……」
目の前に現れた豪華な食事に僕はまた唖然とする。
軍の配給っていうレベルではなかった。
レストランのフルコースといってもあながち、間違いではないだろう。
「僕もね、驚いたよ。さすがは……ってところかな」
笑いながらコーヒーを手にするクラウスさん。
どうしてもこの人がCSに乗って戦うコントラクターに見えないのはどうしてだろう。
僕が朝食を食べ終わったのは、それから30分後だった。
それでもまだ、シャルロットさんは降りてこない。
結局、彼女が降りてきたのは出発時間のぎりぎりだった。
「すまない、遅れたな」
「まだ時間がありますから大丈夫ですよ」
ヨシュアさんは笑顔で答える。
「でも、体調が悪いのかと心配しましたよ。」
「すまない。少し気分がすぐれなかっただけだ。今は何ともない」
「また、悪くなったら言ってくださいね。」
「ああ」
「それじゃあ、皆さん。準備はいいですか?」
「大丈夫です。目的地までお願いしますね」
「それでは出発します」
車は山奥にある放棄された基地に向かって静かに走り出した。
シャルロットさんは終始うつむいたままだった。
* * * * *
木々に囲まれた山道を走っていく。
もう民家などはとっくに消え、ただ変わり映えのない景色がそこに広がっているだけだった。
そしてしばらく進むと、木々がなくなり、開けた場所に出た。
そこは金網フェンスで囲まれ、南京錠がかかっていた。
「ここからはすみませんが、歩いていくことになります」
「わかりました」
僕らは車から降りる。
もちろん、武器は持ったままだ。
ドアの音がやけに大きく聞こえるほど、ここには音や人の気配が全くない。
当然、放棄された施設なので人がいないのは当たり前だが。
ヨシュアさんがカギを開けると、きぃぃっという耳に障る音とともに扉が開いた。
「どうぞ」
ヨシュアさんに続いて敷地内に入っていく。
「現在、ここは軍部が管理しています。いたる場所にある土嚢はここを使っていた武装集団の名残ですね」
ヨシュアさんの説明を聞きながら進んでいく。
「ここにあった戦死者たちはすでに火葬されたあとですが、その大半が孤児だったといわれています」
「孤児……」
あの少年姿が目に浮かんだ。
僕が殺してしまったあの少年姿が……。
「ええ、“白虎隊”っていう日本の歴史にでてくる名前を付けていたらしいですが……ユウトさんは日本人でしたね。“白虎隊”って知っていますか?」
「ええ、知っています」
孤児を集めて作った部隊の名前が白虎隊……か。
何とも皮肉な話だ。
「さて、つきましたよ」
目の前にそびえたつ、いかにも廃墟という建物。
「軍部が管理しているというだけで、ほとんど手を付けていませんからね。ほとんど当時のままだと思いますよ」
中に入っていくと、つんとする臭いが立ち込めていた。
腐敗臭だ。
「何が腐ってるんだ……?」
「いえ、私にも……。なにせここに来たのは初めてですから」
思わず鼻を覆ってしまう。
それほどまでにきつい臭いだった。
僕らがその臭いに悪戦苦闘している中、シャルロットさんは平気そうだった。
「この臭い大丈夫なんですか?」
「大丈夫……というわけではない。鼻にくる」
真顔でそういうシャルロットさん。
(絶対大丈夫だよ、この人……)
と心の中で突っ込む。
「ここにあった死体はすべて火葬してあります。流れていた血が腐敗したり、迷い込んだ動物がここで死んでしまって腐敗でもしたのでしょうか」
「その可能性が高いですね……あまり長くはいられそうにありません……」
「いったん、外に出ましょう」
ヨシュアさんの提案を受け入れ、僕たちは外に出た。
風が吹き、ようやく深呼吸できる。
だが、心なしかあの臭いが服についているような気がした。
「どうしますか?」
ヨシュアさんが涙目になりながらクラウスさんに尋ねる。
「10~15分程度に分けて調査するしかなさそうですね……」
クラウスさんは鼻を押さえながら建物を見た。
「ガスマスクを持ってくるべきでした……」
「そこまではさすがに……」
ヨシュアさんのその言葉にクラウスさんは少したじろいだ。
ガスマスクをしながらここを調査する僕らの姿を思い浮かべてみる。
(……クラウスさんがたじろぐのもわかる気がする……)
毒ガスや、細菌兵器の調査のようにも見えてしまう。
僕らが調べるのはそんなことじゃない。
「時間が限られているのなら、調べるものをしっかりとした方がいいんじゃないですか?」
僕はそうたずねてみた。
「そうだね。部分だけじゃなくて重点ポイントも決めようか」
クラウスさんはその提案を受け入れ、ヨシュアさんから内面図に優先順位を書き込んでいった。
「まず、調査する場所は1階のこの部屋から順に調べていく。優先順位として机の上にある書類、本棚等のなかにあるもの、机の引き出しやタンス、クローゼットといった収納の順に調べよう。具体的な調査の内容はこの武装組織のこと。何をしていた組織なのか、どういう風に勢力や仲間を増やしていったのか。そして、この武装組織がいまどういう影響を与えているのか。それを調べるよ」
「了解」
「さあ、もうすこししたら中に入るよ。……覚悟、決めておいてね」
「……」
ケロッとしているシャルロットさん以外はそれを思い出しただけでも顔が真っ青になる。
あの臭いはなれない。
一体、いくつもの死体をみればなれるのだろうか。
(そういえばシャルロットさん、あの臭い大丈夫だったよな……)
どうしてだろう。
様子がおかしいシャルロットさんにすこし違和感を覚える。
(鼻が詰まって臭いがわからない……というわけではなさそうだ)
そんなことを考えていると、シャルロットさんは建物ではなく、土嚢がたくさんあった場所に向かっていく。
(どうしてあっちに……)
不思議に思った僕はそのあとについていくことにした。
しばらくついていくとシャルロットさんは一つの土嚢で立ち止まる。
そこには身を隠すために溝が掘ってあり、その溝は子供がやっと隠れられるような深さだった。
「……どうして私はもう一度、この場所にいるのだろうな」
シャルロットさんがそうつぶやいた。
(もう一度……?)
「あの時、私は生き残ってしまった……」
(生き残った?)
「すまないな。本当に……」
シャルロットさんはその場にしゃがむと、その溝を撫でた。
「どうしてだか、お前のことばかりが最近浮かんでくるんだ。……まだ、私のことを責めているか?」
(どういうことだ? シャルロットさんは一度この場所に来ているのか?)
そのかすかな疑問が僕の胸の中で大きく渦巻く。
それはだんだんと大きくなっていき、頭の中で一つの結論が出てきた。
(そんな馬鹿な……!!)
信じられない結論が、頭を支配していく。
「……盗み聞きはよくないぞ」
「っ!!」
思わず身を隠してしまう。
だが、すぐに僕はシャルロットさんの元へと向かった。
「すみません。すぐに声をかけようと思ったんですけど……」
「いや、いいさ。どうせすぐにばれることだったんだ」
「ってことはやっぱり……」
次の瞬間、彼女の口から衝撃的な一言が放たれた。
「ああ。私はここで、“白虎隊”として戦っていた」
シャルロットの口から明かされた真実。
それは衝撃的なものだった。
そして、放棄された基地でユウトたちは驚くべきものをみつける。
次回 第八話 「立ち上がるとき」
青年は生きる意味を知る―――。