託された想い
Make Only Innocent Fantasyの三条 海斗です。
実はこの2話連続しています。
以前にもやったことがありますが、今回は一つの話を分割したものとなってますのですこし違和感があるかもしれません。
稚拙な部分もありますが、最後までおつきあいお願いします。
それではどうぞ!!
「ふぅ……」
男は深いため息をついた。
「お疲れ様です」
「ああ、お疲れ」
若い従業員が定時で上がっていく。
無理な作業はモノもダメにするし、なにより事故になりやすい。
定時きっちりで上がった方が、安全なのだ。
「それにしても、だいぶできてきましたね」
「細かいところと、ほかの場所で作ってるシステムを搭載すれば完成するだろう」
「やっとですね」
「ああ。突貫作業とはいえ、よくもここまで早くしっかりとできたものだ」
男は得意げにそうつぶやく。
その従業員もどこか満足そうな表情をしていた。
* * * * *
「……よし」
僕は歩く練習と称して散歩に出ようとしていた。
歓談をゆっくり降りていると、日本語の勉強をしているシャルロットさんがいた。
クラウスさんに熱心に聞いているようで、ときどき「ふむふむ」と相槌を打っていた。
(邪魔しちゃ悪いな……)
一人で出ようとしたとき、玄関にクララさんが立っていた。
「外に行くのでしょう?」
「はい」
「私も一緒に行くわ。出かけているときに倒れるといけないでしょ」
「ありがとうございます。お願いしますね」
僕は靴を履く。
以前ならすぐにできたことも、いまではかなりの時間がかかってしまう。
それでもクララさんはゆっくりと待っていてくれる。
ゆっくりと僕が立ち上がると、クララさんは扉を開けてくれた。
「行きましょう」
「はい」
ゆっくりと一歩踏み出す。
確かな土の感触がどこか懐かしい。
歩くたびにじゃりじゃりという音がなる。
周りには建物がなく、静かな場所なので、音がよく響く。
田んぼが広がる道をゆっくりと歩く。
遠くの山々はすでに紅くなっていて紅葉が見ごろになっていた。
(ああ、どうせだったらシャルロットさんも連れていきたいなぁ)
「この国は景色が綺麗ね」
「この国の誇るべき風景ですよ。最近はなくなってきてしまっていますが……」
「残念だわ。こういう景色はもっと残していかなければいけないのに……」
クララさんはすこし悲しそうな顔をする。
本当に、日本という国が好きなのだろう。
「時代が移り変われば景色も変わります。人も街も。なくなってしまうこの景色もまた、時代の移り変わり……なのかもしれませんね」
「世界は本当に変わっていくわ。私たちが知らないうちに」
「そうですね。早いような、遅いような……」
「きっと、私たちが歩む速さがバラバラなのが原因なのよね」
「僕は……そうは思いません」
「どうして?」
「感覚なんて人が感じるものですから、個人で差があるでしょう。歩く速さ、というよりは気持ちの問題だと思います。『あと15分しかない!』って思っているときは早く感じますけど、『あと30分もある……』と考えると長く感じます。結局は考え方で、限られた時間の中で急いでいる部分とゆっくりな部分が混ざり合って、バラバラに見えてしまうんだと思います」
「気持ち……ね」
「僕がこの国を離れて2年半が経ちました。この国は変わらず、平和でした」
「いいことだと思うけど?」
「確かにいいことだと思います。だけど、それは外部へのかかわりを立って成り立っているからこそ……そうですね、言い方が悪いですが引きこもりなんですよ。引きこもって自己満足の安心に浸りたい。そんな気がしてならないんです」
「……きっと、あなたは行動していないといけない人なのね」
「どういうことですか?」
「何もしないというのはよく言えば悪いこともしないのよ。それは戦争をしないとか、法律を守るとか当たり前のことができてしまうということなの。確かに悪い側面もあるわ。でもね、それだけで判断するのはよくないわ。この国が平和なのは、その「当たり前のこと」ができているからなんじゃないかしら」
「……僕は」
「聞いたわよ。でもね、戦うことだけが救う術じゃないのよ」
「救う術……」
「でも、それはユウトには無理ね」
「……ちょっと待ってください、それはどういうことですか?」
「さあね」
クララさんはケラケラと笑う。
「はいはい、どうせCS馬鹿ですよ」
「まぁまぁそう言わないの」
クララさんは笑いながら、話を続ける。
しばらく歩くと、左に回り、家の周りを一周することにした。
それくらいならば、体力も持つだろう。
ゆっくりとした歩幅で田んぼ道を歩いていた。
* * * * *
「うん、だいぶできるようになってきたね」
「そうか? まだ、うまくしゃべれていないが……」
クラウスのその言葉にシャルロットはどこか不満げだった。
「最初から何でもできるわけないよ。ゆっくりやっていけばいいさ」
「だが……」
「ゆっくりと、ね。今は伝えられなくてもいつか伝えられるようになるよ」
クラウスは優しい声で語りかける。
その声にシャルロットもすこし、握った手の力を緩める。
「……そうだな」
「でも、まさかシャルロットがこんなことを言い出すとは思ってなかったよ」
「あいつはきっと……」
シャルロットはうつむく。
彼女にはわかっているように見えた。
彼が……ユウトが何を考えているのか。
「……そうならないように僕らも頑張ろう」
「ああ……!」
膝の上に置いた手をぎゅっと握る。
その彼女の眼は確かな覚悟がにじみ出ていた。
『あらあら、こんなところにいたの?』
『こ、コンニチハ』
シャルロットはまだぎこちない日本語で、挨拶をする。
それにユウトの母親はかなり驚いているようだった。
『一日でこんなにしゃべれるようになったのね!』
『まだ、少しだけですけど』
クラウスは流暢な日本語で答える。
それを見ているシャルロットの顔はまた、不満げな顔になった。
『ところで、ユウトを見なかったかしら?』
『ユウト……?』
日本語がまだ不十分なシャルロットにも、その単語はしっかりと聞き取れた。
「ユウトがいないのか!?」
『えっ???』
「だめだよ、シャルロット。落ち着いて」
「だが……!」
「大丈夫。クララがついてるから」
『クララと散歩してますよ。怪我が治ってきて少しでも動いた方がいいと思ってると思いますよ』
『クララさんってあのおとなしそうな? それなら大丈夫ね』
「おとなしそうな……?」
クラウスがこぼしたその一言にシャルロットもおもわず、吹き出してしまう。
どうして二人が笑っているのか、ユウトの母親は知る由もなかった。
* * * * *
「そろそろ家に着きますね」
夕暮れ。
あたりは薄暗く、鈴虫もなき始めようとしていた。
風がすこし肌寒く、もっと厚着をしてこればよかったなと少し後悔した。
「寒いの?」
「少し。日本の気候は外と違いますから」
ここまで四季がはっきりしている国はそうそうないんだとか。
それがこの国のいいところでもあるけど。
「そうね。なんだか独特の気候をしているわ」
「この時期だと山の紅葉が綺麗に見えると思いますよ」
「いいわね。みんなと行きたいわ」
「明日にでも行きましょうか」
「いいの?」
「ええ。せっかく日本に来たんですから」
「……!」
クララさんの顔に笑顔が浮かぶ。
(やっぱり、この人は笑っている方がいいな……)
ふと、そう思った。
「なら、どうしようかしら! 明日が楽しみだわ……!!」
クララさんはそのあともずっと、ぶつぶつといっていた。
よほど楽しみな様子で、時々スキップをしているように歩いていた。
ゆっくりと、その歩みを進める僕ら。
空を見上げると、夕焼けに紅く染まっていた。
* * * * *
翌日。
父さんの運転で、僕らは家の近くの山に来ていた。
クララさんと二人で家に帰ったあと、母さんに話してみると「どうせならお父さんも誘いましょう」と言い出し、結局家族3人とクラウスさんとシャルロットさん、クララさんの3人で計6人の人数になってしまった。
当然、うちにある車じゃ人が入らなかったので、クラウスさんが自衛隊から拝借してきた車で行くことになった。
あの一件から父さんとは話していない。
話せばまた喧嘩になるかもしれないし、なにより父さんは僕の就職に反対していた。
そのことが父さんと僕との間に見えない壁みたいなのを作り出しているように思えた。
「大丈夫か?」
シャルロットさんが僕の顔を覗き込むようにして話しかけてきた。
「大丈夫です、行きましょうか」
「ああ……」
どこか返事をためらうシャルロットさん。
その顔は少しうつむいていた。
「どうしました?」
「いや、なんでもないよ」
そう答えると、僕の隣を歩く。
(心配……させちゃってるのかな……)
「歩くだけですから、僕の心配はいりませんよ」
ただでさえ心配をかけているのに、これ以上心配をかけるわけには行かない。
ふと、前を見ると、クララさんにクラウスさんが引っ張られていた。
(クララさん、元気だなぁ)
この前の暗い雰囲気が嘘のように明るいクララさん。
その様子を見ていると、大丈夫、そう思えてくる。
そのままゆっくりと色とりどりの木々の間にできた一本の遊歩道を歩く。
となりでシャルロットさんがずっと僕のペースに合わせてくれる。
「きれいですね」
「ああ。こんな景色が見られるなんて思ってもいなかったよ」
「僕もシャルロットさんとこうして見れるなんて思ってなかったです。しかも、日本で」
「そうだな。……こうしていると世界が戦争になろうとしているなんて嘘みたいに思えてくる」
「でも、嘘じゃないんですよね」
「ああ、そうだな。でもいまは……」
歩みを止めて、シャルロットさんは空を眺める。
「この時間が続けばいいのに、ってそう思うよ」
「僕もそう思います」
ふたりであるく時間はとてもゆっくりで、僕の中にあった心配事も忘れられるような気がした。
(……アヤさん……フューラー先輩……)
ふと、その二人を見る。
ここにはいないはずなのに、目の前であるいているような気がした。
その二人は時々こちらを見て、二人で話している。
(仲良くできてるんだな……)
「どうしたんだ?」
「ああ、いえ……」
シャルロットさんの顔を見ると、キョトンとした顔していた。
正面に視線を戻すと、そこに二人はいない。
「なんだか、アヤさんとフューラー先輩がいるような気がして」
「そうだな。二人も来てくれているだろうな」
遊歩道を一周する。
駐車場にはすでにみんなが揃っていた。
「待たせちゃいましたか?」
「そんなことないよ」
クラウスさんが答える。
クララさんも無言で頷いた。
「無理をしないっていうのが一番だから。さ、乗って」
僕はゆっくりと車に乗り込む。
外でクラウスさんが父さんに「お願いします」と言っていた。
全員が乗り込み、車はゆっくりと走り出す。
窓の外には色鮮やかな木々が過ぎ去り、風に揺らされその葉を散らしていく。
まるで時間が流れていくように、命のリミットが減っていくように。
* * * * *
「ゴホッ! ごほっ! ガハッ!!」
夜、一人で寝ていると突然吐血した。
「……っ!」
手がついていない手の甲で口を拭うと少し血がついた。
僕は手洗い場に向かい、手を洗う。
血はなかなか流れ落ちない。
胸に走る痛み。
(くそっ……!)
* * * * *
物音に気付き、シャルロットは目が覚めた。
(何の音だ……?)
ふすまを開けて、外の様子を見ると誰かが階段を下りていくようだ。
シャルロットはそのあとをゆっくりと追う。
その人物は手洗い場に向かうようだ。
(まさか……!)
明りがつき、中から水が流れる音が聞こえる。
シャルロットは扉と壁の間にある少しの隙間から中の様子をうかがう。
そこには手を血で真っ赤にしたユウトがいた。
(ユウト!!)
ユウトは一人で、手を洗いながら胸を押さえていた。
(やはり……)
手を洗っているだけなのにユウトの顔はひどくゆがんでいる。
だが、シャルロットは扉を開けて中に入ろうとはしなかった。
彼女にはユウトが誰にも知られたくないということをわかっていた。
手を洗い終わったユウトがその場にあったタオルで手を拭いた。
(そろそろ来るな)
シャルロットはモノ音を立てず、その扉から離れた。
電気を消したユウトにはシャルロットの姿が見えなかったのか、そのまま自室へと戻っていく。
その後姿をシャルロットはずっと眺めていた。
(私は……)
* * * * *
「ようやく完成しましたね!」
「ああ……!」
目の前に横たわる鉄の鎧。
全長は15mにもなるだろうか、大きなその鎧はその眼に光を宿していない。
「あとはこいつらが正常に動けば……だな」
「“クサナギノツルギ”“ヤタノカガミ”“ヤサカニノマガタマ”ですか」
鎧の横に置かれている、“剣”はその鎧を人間のサイズに換算すると日本刀程度の大きさがあった。
「日本の技術が詰まっていますから、大丈夫ですよ!!」
「そうだといいんだが……」
男は難しい顔をした。
「お前はどう思う?」
男が鎧に問いかける。
だが、鎧は何も答えない。
ただ、工場の中で横たわっているだけだった。
* * * * *
そして数日が経った。
「……よし」
体はもう十分。
CSには……まだ乗っていないけど問題はなさそうだ。
「けがはもう大丈夫そうだな」
「はい。明日には戻れそうです」
「……いいのか?」
「はい、親には僕から言っておきます」
「ああ、わかった」
シャルロットさんはそう答えるだけで、何も言わない。
「さあ、行こう。ご飯ができたみたいだ」
シャルロットさんに促され、僕は階段を下りる。
一段一段降りていくと、それがタイムリミットのように思えてきた。
(言うんだよな……)
下に降りると、すでにクラウスさんとクララさんは朝食をとっていた。
そして両親もそこにいた。
僕は両親の前に座る。
「……ちょっと聞いてほしいんだけど……」
「なぁに?」
母親は間の抜けた声を出す。
「体ももう大丈夫だし、明日には仕事に戻ろうと思うんだ」
「本当に? 大丈夫?」
「体はもう大丈夫。CSに乗ってなかったから感覚は鈍ってるかもしれないけど、すぐに戻るよ」
「大丈夫かしら……」
母親はさほど、深刻には考えていないのか、のほほんとした雰囲気だったが、父さんは黙々とご飯を食べているだけで、話には参加しなかった。
「シャルロットさんたちもいるし、心配ないよ」
「……今度は迷惑をかけないでくれよ」
「……!」
突然、父さんが口をひらいた。
「……どういうこと?」
「今度はニュースになるようなことにはなるなということだ」
「好きでニュースになってるんじゃない!!」
「落ち着け、ユウト!!」
「父さんにはわからないよ! 僕が何をしてるのかなんて!!」
「戦争をしているんだろう?」
「好きでしてるんじゃない! 僕は戦争を止めようとしてるんだ!!」
「結果的には戦争だろう」
「戦うこと全部が戦争じゃない!!」
「同じだろう。いくらお題目を突きつけても、結局は人の命を奪うだけだ」
「っ!! それでも! 守れるものがあるんだ! 守れたものがあったんだ!!」
「一体、何が守れたんだ? 仲間か? 世界か? それで、誰も失わなかったのか?」
「……! 黙れっ!!」
その場に沈黙が流れる。
事情を知っているシャルロットさんやクラウスさんは目を伏せて、母さんとクララさんはどうすればいいかわからないようにきょろきょろとしていた。
ただ、父さんだけが……じっと僕の目を見ていた。
「確かに……失ったよ……。大切な人を……仲間を……。だけど……僕には……ガッ!」
「ユウト!?」
「ガハッ!!」
血を机に吐き出す。
シャルロットさんが僕を支えてくれ、何かを言っているようだったが僕には聞き取れない。
だんだん意識は薄れ、目の前が真っ暗になった。
* * * * *
『救急車!』
ユウトの母親が半ばパニックになりながらも、冷静に電話をかけ始める。
しかし、日本語がまだ不自由なシャルロットでもわかるくらい、しどろもどろだ。
クラウスはゆっくりと立ち上がると、電話を変わった。
『救急です。……はい。同僚が血を吐き出して意識を失いまして……はい。意識は全くありません。……はい。場所は……』
クラウスはちらっと、ユウトの母親の方を向く。
母親はそれで何かを察したのか、住所を伝えた。
『……はい。10分ほどかかるということですね。はい。……ええ、やったことがあります』
クラウスは電話をユウトの母親に渡し、シャルロットの手からユウトを抱きかかえるとソファに寝かせ毛布を掛けた。
『氷はありますか?』
『冷蔵庫にあるはずだ』
クラウスは冷蔵庫にある氷を適当な袋に詰めると、それをユウトの胸に乗せた。
「応急処置は終わった。救急車が来るまで10分……持ってくれるといいけど……」
「呼吸はしているのか?」
「大丈夫」
「それにしても、ここまで進行してるなんて……」
「まだ、進行してるとは限らないよ。どのみち、病院でわかることだ」
「ユウト……」
シャルロットはユウトのそばまで行くと、床に座り、ユウトの手を握った。
「頼む……!」
何を頼んだのか、シャルロット以外わからなかった。
ただ、その必死に頼むその顔はどこか涙をこらえているようだった。
救急車が来ても、シャルロットはその手を離すことはなかった。
* * * * *
「大丈夫。無事を信じて待っていよう」
「そうね……」
留守番をすることになったクララとクラウスは、走り去っていく救急車を眺めていた。
「どうして、あの二人は喧嘩ばかりしているのかしら……」
「ユウトとユウトの父親が、かい?」
「ええ」
「たぶん、あれは心配の裏返しだよ」
「え?」
「心配しているのさ。自分の子供が戦いで死なないか。でも、それを直接口で言うことはできない。だから、ああやって少しきつい言い方になっちゃうんだよ」
「どうして、言わないの? 言ってあげればいいことじゃない」
「言いたくても、言えないんじゃないかな。……君もそのうち、わかるかもしれないよ」
「どうかしら……」
不思議そうに考えるクララを見てクラウスは笑った。
(ユウト、君なら大丈夫だよね……)
その想いだけが、クラウスの中で渦巻いていた。
* * * * *
『怪我が原因じゃなかったの……?』
ユウトの母親は不思議そうに、尋ねる。
シャルロットはその言葉をうまく理解できない。
『ジツハ、ユウトハ……』
シャルロットはつたない日本語で話す。
一生懸命、しっかりと。
『ユウトハ、ビョウキ、デス』
『病気……?』
シャルロットはゆっくり頷く。
『一体、何の病気なの?』
『ガン、デス』
『がん? ……癌!?』
ユウトの母親はガクッという音が聞こえてきそうなくらいな勢いで倒れこむ。
それをユウトの父親が支えた。
『悠人の病気はいつからなんだ?』
シャルロットの頭に疑問視が浮かぶ。
それを見たユウトの父親もゆっくりと、英語で話してくれた。
「いつ、ユウトの、病気は、わかったんだ?」
『ココニ、クルマエ。ココニクル、サン、ニチ、マエ』
『さん、にち……三日前ということか』
ユウトの父親は頭を抱える。
小さく、『無理をして……』とつぶやいた。
「ありがとう、シャルロット。悠人を、たすけてくれて」
シャルロットはゆっくりと首を横に振った。
『タスケテモラッタ、ワタシノホウ』
「本当に?」
ゆっくりとうなずくシャルロット。
その瞳はまっすぐ、ユウトの父親を見ていた。
『そうか、守りたかったのはこれか』
「???」
ユウトの父親は微笑むと、ゆっくりとユウトの母親を座らせた。
母親は今も頭を抱えている。
いずれ、医者から詳しい説明があるだろう。
その時、ユウトはもうここにはいない。
『ユウトノ、スキナヨウニ、シテホシイ』
「……わかった」
父親はなにかを察したのか、そう答えただけだった。
「君の、名前は?」
「シャルロット・プリエール」
『君がトーマスの……』
「トーマス?」
『悠人が目を覚ましたら、連れていきたい場所がある』
シャルロットが首をかしげても、ユウトの父親は何も答えない。
ただ、何かを決心したのはシャルロットにもわかった。
* * * * *
「……」
(また、白い天井か……)
ここが病院であることはすぐに分かった。
横をみるとシャルロットさんが、座っていた。
「……起きたか?」
「すみません……また迷惑、かけちゃいましたね」
「いいさ。お前が無事なら、それで」
ふと気がつくと、シャルロットさんは僕の手を握っていた。
(もしかしてずっと握っていてくれたのかな……)
「それで、僕は……」
「あの後、救急車で運ばれて、今に至る。……君の両親には私からすべて話したよ」
「そう……ですか」
「治療は拒否するだろうと思っているが……」
「そうしますよ」
「なら、すぐに行こう。時間がない」
シャルロットさんはナースコールを押す。
すぐに看護婦さんが来て、そのあと、すぐに医者が来た。
その医者に開口一番、「どうしてそんな無理をしたんですか!!」と大きな声で言われてしまった。
その後はぐちぐちと文句を言われ続け、結局退院の手続きができたのはひるが過ぎてからだった。
医者からがんの進行を遅くする薬と、発作の時に飲む薬をもらった。
抗がん剤ほどではないが、延命効果は期待できるらしい。
「いまはこんなのもできてるんですね」
「それで、余命が伸びてくれるのなら私もうれしいよ」
シャルロットさんは優しい口調でそう言った。
病院の外に出ると、クラウスさんたちが待っていてくれたようで、お~い、とこちらに手を振っている。
僕は手を振り返すと、まだ重い足取りでみんなの元へと急いだ。
「すみません」
「さっ、乗って」
僕は車に乗り込む。
運転席には父さんが乗っていた。
「父さん……」
シャルロットさんが乗り込み、扉がしまる。
車はゆっくりと、走り出した。
「どうして、父さんが?」
父さんは答えない。
だけど、ゆっくりと話し始めた。
「……今から3カ月ほど前のことだ」
そう切り出した話はどこか、いつもと違い、真剣みがあった。
「古い友人からの依頼があった。『日本人が乗る日本オリジナルのCSを作ってほしい』と」
「日本オリジナルのCSだって……!」
「初めにその依頼を聞いた時は信じられなかった。どうしてそんなものを作る必要があるのだと。その友人ははっきりとした声で、『必要だからだ』と答えた。ふざけた回答だと思ったが、その友人の声は真剣だった」
「……」
誰もがその話を無言で聞いている。
車はどこかへ向かっているようだった。
「そして、次に連絡が来たときは『君が思いつき限りの最強の装備を3つつけてほしい』と来た。さすがにこれには反対したよ。この工場じゃ兵器は作れないと。だけど、彼は食い下がらなかった。結局、3つの兵器を作ることにした。それは兵器としても、兵器としなくても使えるものを、考えて作り上げた」
そんな話をしていると車は工場についた。
父さんは車を止めると、「ここで降りてくれ」と一言。
僕らはそれに従い、車を降りた。
そして、父さんの後ろをついていく。
「そして、私たちは“それまでのCSを超えた一機のCS”を作り上げた」
「そんな馬鹿な! いくら日本とはいえ、開発したことのないオリジナルのCSで、普及しているCSを超えたというのか!?」
「ああ。それは、彼が頼んだ最強の兵器によってなされた」
重々しい扉が開き、夕日が入り込む工場に寝転ぶ鋼鉄の“剣”。
僕らはその横で立ち止まった。
「これが日本オリジナルのCS、CSを超えたCS。“ヤマト”だ」
「“ヤマト”……」
鉄の“鎧”、鋼鉄の“剣”。
光をともさない双眼が、天井をながめている。
(これは僕だ……)
ふと、そう思った。
横を見ると、“ヤマト”の上半身ほどあるだろう日本刀が置かれていた。
「悠人……これをお前に託す」
「えっ……?」
「これはお前が乗る機体だ」
「だけど、父さん……戦うのを……!」
「ああ。戦いだけじゃ何も生まない。確かに、お前が戦うことで守れたものがあったんだろう。だけど、私にも“戦わないことで守れるもの”もあるんだ」
「戦わないことで……守れるもの……」
「お前が昨日見た風景も、時間を楽しむ気持ちも、なにより戦いに行く人の命を、この戦いとは無縁の世界の中で守っていける。戦わなければ守れないものもあるだろう。しかし、一番守れないものは、こうした戦いとは無縁のものなんだ。いつか……お前にもわかるだろう」
「戦わないことで、戦いとは無縁のものが守れる……」
確かに、日本人が何気兼ねなく風景を楽しめるのも、ゆっくりと流れる時間を楽しむことができるのも、戦いとは無縁の中だからこそ、守っていられているのだろう。
(戦い以外にも守る方法か……)
「それがあることは否定しない。確かに、日本が戦わないことで守っていられてるものもある。……だけど!」
僕はまっすぐに、その目の前にある“剣”に目を向けた。
「僕は戦う! 戦うことで、守れるものがあるなら……僕は戦い続ける! だから!!」
僕は父さんに向き直る。
「この“剣”を僕に……託してくれ!!」
「……そういうと思っていた」
父さんはヤマトを覆っていたシートを取り払った。
その姿を現す機体は、どこか今までのCSとは違うようだった。
「乗れ」
「ああ!」
僕はヤマトのコックピットに乗り込む。
そして、スイッチを押しエンジンを始動させる。
サブディスプレイが4面に増え、いままでよりも鮮明に見える。
ハッチを閉じると、メインモニターが現れた。
「これが……ヤマト……」
バッテリーだけでも僕が乗っていたCSの倍以上ある。
出力も、何もかもが上だった。
そして、ゆっくりと立ち上がらせる。
(どうしてだろう……。いま乗ったばかりなのに……とてもしっくりくる!!)
立ち上がり、その足を地面につけるヤマト。
「これが僕の新しい……“剣”」
緑色に光るその両目は、まっすぐ前を向いていた。
新たな剣を得たユウト。
そして、世界は驚くべき動きを見せる。
今、それぞれの思いが交錯する。
次回 第14話 「交錯する想い」
青年は生きる意味を知る―――。