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For Alive  作者: M.O.I.F.
12/17

懐かしき場所で

遅れてすみません

Make Only Innocent Fantasyの三条海斗です。

さて、話も終盤に差し掛かってきました。(本当か?)

まだまだ稚拙な部分もありますが、最後までおつきあいお願いします。

それではどうぞ!!

暗く、深い海の底のような感覚。

体は冷たく、縛られたかのように動かない。

この独特の浮遊感は、どこかで感じたことがあるかもしれない。

(僕は……どうなったんだろう……)

重い鈍い意識の中で、そんなことを思っていた。

ふと、暖かい感覚がした。

それは冷たい僕の体をゆっくりとつつんでいく。

この正体を確かめるために僕は、ゆっくりと目を開いた。

(アヤ……さん……?)

人型に光り輝くなにか。

それを僕はアヤさんだとわかった。

だけど、どうしてわかったのかは知らない。

(どうして……)

ここに?

僕はそう聞こうとした。

だけど、それは途中で遮られた。

そして彼女はゆっくりと首を横に振った。

『全く、ユウト君は……』

彼女の声で、そう言っているようだった。

(ごめん……アヤさん。アヤさんの願い、守れてないね……)

彼女はゆっくりと微笑み、また首を振った。

そして、彼女はゆっくりと口を開く。

『君はまだ、生きてるんだから。もう無理をしちゃだめだよ』

そういうと、彼女はユウトの顔に手を伸ばした。

アヤさんの手が触れた感覚が、妙に暖かい。

そして、彼女は微笑むとゆっくりと小さな光の玉となり、消えていく。

(待って……! 待ってよ、アヤさん……!!)

『ばいばい、ユウト君』


 * * * * * 


「アヤさん! っ!!」

激しい痛みが体中に走った。

ベッドの上で一人、悶絶する。

(夢……か)

そうわかった途端、すこしむなしさが押し寄せた。

(克服したと思っていたけど、やっぱりまだ……引きずってるのかな)

痛みもだいぶ治まり、白い天井を眺める。

どうやらここは病院のようだ。

ふと横を見ると窓が開いているのか、カーテンが風に揺らされて、外の景色をちらちらと覗かせていた。

空気の入れ替えをしようと窓を開けたのだろうが、風邪が入り込んですこし肌寒い。

かといって、窓を閉められるような体じゃない。

僕は布団を少し深めにかぶった。

目を閉じると、睡魔はすぐにやってくる。

それに抗える体力もなかった僕は、そのまま眠りにつく。


 * * * * * 


(ん……?)

足元に違和感。

ゆっくりと目を開けると、灯りは消え、すでに夜になっていた。

痛む体を動かし、足元に視線を向ける。

そこには月明かりに照らされたシャルロットさんが、寝息を立てていた。

格好は私服で、僕の看病をしてくれていたようだ。

(悪いことしちゃったかな)

まだ体は満足に動かない。

ここで毛布の一つでも掛けられればよかったのだが、あいにくそんなことができる体ではなく。

(どうしようかな……)

結局何も思い浮かばず、ナースコールを押して、頼む羽目になった。

ナースも最初は目が覚めたことに驚いていたが、僕は頼むと快く引き受けてくれた。

『……明日、担当医がここに来ますから……』

小声でそう告げるとナースは戻っていった。

僕はシャルロットさんにもう一度視線を移した。

彼女は穏やかな顔をしている。

(……本当に大丈夫そうだな)

彼女の中で断ち切れたのだろう。

僕は横になり、目を閉じる。

体を少し動かしただけでも、かなり疲れる。

そしてまた僕は睡魔に負け、眠りついた。


 * * * * * 


「ん……」

「起こしてしまったかな」

「……おはようございます」

「おはよう。といってもう昼だが」

「一体、どれくらい眠っていたんですか?」

「今日で、1週間になるかな」

「そんなに寝ていたんですか……」

「ああ。最初の方は大変だったんだぞ。容態は安定しないし……」

「……すみません。ご迷惑をおかけしました」

「本当に……よかったよ」

そういうとシャルロットさんは微笑んだ。

(心配させちゃったな……)

自分のふがいなさを痛感する。

おお見えきっておいて、結果はこれだ。

自分が乗っていたCSを大破させ、潜入した目的は達成できず、しまいにはこの様だ。

「ああ、先程医者がきて目が覚めたら呼んでくれと言っていたぞ」

「ああ……」

深夜に目が覚めて、ナースコールしたことはしっかりと伝わっているようだ。

シャルロットさんはそれを伝えると、「報告しなければならないから」と言って帰っていった。

(医者を呼ばないとなぁ……)

すこし憂鬱になる。

いざ、覚悟を決めてというときに、医者が来た。

「へっ?」

「えっ?」

思わずでた素っ頓狂な声に医者もおどろいていた。

「君が目覚めたって聞いたからきたんだけど……」

その一言でだいたいの察しがついた。

どうやらシャルロットさんが帰りがけにいっておいてくれたらしい。

「……それで、調子はどう?」

「まだ、すこし痛みます」

「CS同士が殴りあって、CSに乗ったまま転倒して、最後には電流らしきものをくらったんだってね。生きてるだけでもよしと思った方がいいよ」

「……すみません」

「一応、ラスト・フォート社の任務中での怪我や病気はうちで見る契約だから、精密検査……といっても簡単に血液検査をしてCTをとって、打撲とかの治療をしたんだけど……」

医者が突然口ごもる。

「なにかあったんですか?」

「……突然で悪いんだけど……君の体にガン細胞が見つかった」

「……え?」

「がん細胞だ。肺がんというものだね。日本人には比較的、多いガンだ」

「……うそ、ですよね?」

「嘘じゃない。まだでき始めたばかりだから症状は出ていないが……もしかするとこの先、吐血したり、呼吸困難を引き起こしたりするかもしれない」

「治りますか?」

「抗がん剤で、治る可能性はある。転移はしていないみたいだから手術で取り出すこともできる。……だが、手術をするとなると君は二度とCSには乗れないだろう」

「……!!」

「今回の負傷をよしと考えるか、悪と考えるか……それは君次第だが、どうする?」

「……CSに乗るために抗がん剤をうつか、手術するか……ということですか?」

医者は黙ってうなずく。

「……急ぎとは言わないよ。だけど、時間が限られているのは覚悟しておいてくれ。君はまだ若い。直るのも早いが、反面ガンも広がりやすい。……また来るよ」

医者はゆっくりと部屋を出ていった。

僕はゆっくりと寝転がる。

白い天井を眺めながら、ただぼうっとしていた。

病室の外にいる彼女の存在すら気づかずに……


 * * * * * 


「……」

ガラッと音を立てて病室の扉が開く。

(しまったな……)

彼女は、心の中で毒づいた。

すぐに帰るつもりだった。

しかし、忘れ物に気付き戻れば、この状況になっていた。

医者は彼女に気付くと、手招きをした。

シャルロットはそれに黙って従った。

彼女にとって病院は悲しき思い出が詰まった場所だ。

それと同じくらい、楽しい思い出もあった。

だが、それでも世界は彼女に冷たい。

その医者に割り当てられた部屋だろうか、医者はその中に入り、シャルロットもそれに従った。

「君が彼の先輩……ってことかな」

「そうです」

「それでどこまで聞こえてしまったのかな?」

「……全部です。彼が肺がんであること、まだ初期段階であること、選択する時間は限られていること……そして、CSに二度と乗れなくなるかもしれないこと」

「そこまで聞いていたのなら、細かいことは言わなくていいね。……君の意見がききたいんだ」

「私の?」

「ああ、君は彼ととても親しいようだからね」

シャルロットは一瞬、ためらった。

(ユウトと親しかったのは私ではなく、アヤ……だけどな)

「手術を受けるか、抗がん剤治療を受けるかということを聞いているんですよね?」

「そう。素直な気持ちで答えてほしい。……一応言っておくと、手術を受けた場合のがんの再発率は2割程度……3年のうちにガンが発見されなければ再発はしない。抗がん剤の場合は効果がある薬を分析してという手間があるが、これも最近は有効になってきている。君はどっちがいいかい? 彼には言っていないけど、抗がん剤治療中はとてもCSに乗れるような体じゃないと思うけど……」

「……!」

シャルロットはその一言を聞くと、表情が変わった。

目を見開き、顔は医者の顔にたいして真正面を向いている。

「君の意見を聞かせてほしいんだ」

医者はまっすぐない瞳で、シャルロットにそう問いかけた。

「……」


 * * * * * 


「……」

(どうしよう……かな)

白い天井に問いかけても、答えは返してくれない。

この歳でもう余命について考えなければならないなんて思ってもなかった。

ガン治療をしないという選択肢もある。

だけど、それはアヤさんとの約束を破ることにもなる。

しかし、それは今の世界の状況を他人に任せて自分は降りることになる。

手術を受けたら、もう二度とCSには乗れない。

その言葉がどこか、重くのしかかる。

それだけを考えれば、抗がん剤治療を選ぶんだろうが、抗がん剤治療は痛みがすごいと聞く。

それにガン治療の金額はかなりの額になる。

僕はがん保険になんか入っていないから、治療代はかさむだろう。

(どうしよう)

その時、彼の顔が思い浮かんだ。

エクレイア共和国で、僕と一騎打ちをした彼の顔が。

エドワードはきっと再選を望んでいる。

それはなんとなくわかった。

(あの彼がCSの自爆なんかで死ぬわけがないし……)

彼と戦えるのは自分だけだと、どこかでそう思っている自分がいる。

それは自惚れではなく、彼自身もそう思っているかもしれない。

(戦いたいわけじゃないけど……決着はつけないといけないな……)

そうとなれば、手術という選択肢は消えた。

あとは抗がん剤治療と、治療を受けないという選択肢が残った。

(抗がん剤か……)

目を閉じる。

外の音が窓ガラスを通して聞こえてくる。

鳥の声、風に木々が揺らされる音、車が走る音、人が歩く音話す音、そのどれもが今はいとおしい。

すぐに死ぬわけじゃない。

そう考えたとき、浮かんできたみんなの顔。

クラウスさんにクララさん。

ヨシュアさんにフューラー先輩。

アヤさん、そしてシャルロットさん。

(……答えはもう出ていたんじゃないか……)


 * * * * * 


翌日、医者が同じ時間に来た。

「なんだか、覚悟が決まったって顔をしてるね」

「はい」

「それで……君の選択はどうなったんだ?」

僕は医者の目をまっすぐに見ていった。

確かな覚悟を込めて。

「治療は……受けません」

「……その理由を教えてもらってもいいかな?」

「僕にはまだやり残したことがあります。エドワードとも決着をつけていないし、今この状況を投げ出して一人寝込んでいるなんて僕には耐えられません。それに……僕には守りたい人が……仲間がいます。それに戦争になれば悲しむ人はもっと増えます、もっと人が死にます。僕は……戦いたいんです。この世界を、この世界に生きる人たちを、この手で守りたい。できることなんて限られているけど、それでも……できる限りのことがしたいんです。そのためには抗がん剤治療なんか受けている時間なんて……」

「なるほど……。決意は固いかな?」

「はい……」

「わかった、君の意思を尊重しよう。だけど、やるべきことがすべて終わって君が治療を受ける気になったら遠慮なくいってほしい。僕が力になろう」

「……! ありがとうございます!!」

「それじゃあ、僕はもう行くよ。またね」

軽く手を振ると、医者は病室を出ていった。


 * * * * * 


(まさか本当に彼女の言う通りになるとはね)

医者は心の中でつぶやいた。

それは、昨日のあの部屋のことだった。

「たぶん……彼は治療を受けないと思います」

「受けない?」

「彼にとって、今やるべきことは自分の病気の治療じゃなくて、世界をどうするか……それだけしか考えていないでしょうから……CSに乗って戦えなくなる選択肢はなくすと思います。私は……治療を受けてほしいです。ユウトにはもっと生きていてほしいから。ですが、私は彼が選択したものを尊重したいです」

「……なるほど。僕にはわからない考えだよ。戦うために治療を受けないなんて」

「彼らしいといえば、彼らしいですけど」

「そうなのかい?」

「ええ」

シャルロットはそういうと微笑んだ。

医者はその時、察した。

「君にとって、彼は心の支えなのかな」

「なっ!?」

「図星か。なら今度は君が彼の心の支えになってあげて」

「私が……?」

「彼がその選択をしても結局、限界が出てくる。それを最大限サポートしてあげてほしい。君が彼のことを大切に想っているからこそできることなんだ」

「……わかりました」

「頼むよ。それじゃあ、僕は診察の時間だから行くね」

「ああ、じゃあ私も……」

「わかった。気を付けて帰るんだよ」

医者はそういうとドアを開け、シャルロットを先に出す。

そして扉を閉めると、医者は診察のために患者の元へと向かって歩き出した。

そして、時は流れ、今日にいたる。

(この先、大変だろうな……)

医者はそう思いながらも、次の患者の元へと歩き出す。


 * * * * * 


医者が帰ってから数時間が経った。

まだ動くには体が痛む。

それでも最初よりは少し動けるようになってきた。

「ユウト、起きてるか?」

ドアを半分空け、中を覗き込むようにしてシャルロットさんが顔を出した。

「ええ」

その返事を聞くと、シャルロットさんが病室に入ってくる。

その顔はどこか嬉しそうだ。

「どうしたんです?」

「いや、ちょっとな。それよりも正式に下りたぞ」

「下りた?」

「ユウト、明日から日本に行くぞ」

「……はい?」

「だから日本だ。お前の故郷だろう?」

「そうですけど……なんで急に?」

「休暇だ」

「休暇……?」

話が理解できない。

「ちょ、ちょっとどういうことですか?」

「その体じゃCSには乗れないだろう? だからCSに乗れるようになるまで日本で療養するんだ。その許可をとってきた」

「なんでわざわざ日本に……」

「クララの推薦だ」

「……なるほど……」

要はクララさんが行きたいだけなのだ。

「こっちに来てから一度も返ってないだろう、いい機会だとおもわないか?」

(どうしようかな……)

少し悩む。

半ば、親の反対を押し切ってこっちに来たような気がするから今帰って、素直に受け入れられるとは限らない。

「わかりましたよ。もう医者の許可とかはとってるんでしょう?」

「ああ。私が全力でサポートしよう」

「お願いしますね」

そう僕が答えると、シャルロットさんは笑って答えた。


 * * * * * 


準備は着々と進められ、気が付けば夜になって、準備はすでに終わっていた。

病室には僕の私服と、車いすが置かれていて、重病人みたいだと思わせるのには十分だった。

結局、シャルロットさんには迷惑をかけっぱなしだし、僕は何もできていない。

明日、迎えに来た時にせめて吹くくらいは来ておこう。

そう心に決めて目を閉じる。

その日はなぜか、なかなか寝付くことができなかった。


 * * * * * 


「おはよう」

「おはようございます」

翌日、シャルロットさんが迎えに来た。

病室に入って、すでに着替えている僕を見て驚いていた。

「もう着替えているのか」

「さすがにここまで迷惑をかけるわけにはいきませんから」

「気を使わなくてもいいさ。……歩けるか?」

「車いすまでなら」

僕はゆっくりと立ち上がる。

「っ!」

強烈な痛みが走り、汗があふれ落ちる。

「大丈夫か?」

シャルロットさんは心配そうな声でききながら、肩を貸してくれる。

「すみません……」

「いいさ」

ゆっくりと、僕は車いすに座る。

僕が完全に座ったのを確認すると、シャルロットさんは車いすを押した。

ドアの前まで行くと、ドアが勝手に開いた。

外に出ると、クラウスさんがドアの前に立っていた。

「大丈夫かい?」

「ええ。心配をおかけしました」

「本当はお見舞いに行きたかったんだけどね、クララの護衛をしなくちゃいけないから……」

「そうなんですか……」

どうやらクララさんは相変わらずらしい。

クラウスさんの話を聞くと、あった時よりもだいぶ落ち着いて行動するようになったらしい。

ゆっくりと車いすは進む。

病院の外に出ると、目の前に輸送機があった。

「用意できるのがこれしかなくて……」

クラウスさんはすこし目を伏せた。

「むしろ、用意してくれただけでもありがたいですよ」

「そう言ってもらえると助かるよ」

「行くぞ」

輸送機に乗り込むと、車いすからおりて、普通の椅子に座った。

車いすは折り畳み、ハンガーにあるコンテナの中に置いておく。

これで飛行中に車いすが動き回る事態は防げる。

座席を見渡すと、少し離れた場所にクララさんがいた。

こちらをちらちらと伺っては、目をそらす。

(あのこと気にしてるのかなぁ……)

そんなことを思っていると、僕の隣にシャルロットさんが、クララさんの横にはクラウスさんが座った。

「どうした?」

「いや……」

僕は小声でクララさんがこちらをちらちらと見ていることをシャルロットさんに伝える。

「ああ……」

納得したような声を出すと、シャルロットさんは耳打ちをしてきた。

『クラウスから聞いた話なんだが、あの一件をやっぱり気にしているようで、「私にはお見舞いに行く資格なんてないわ!」って言い張っていたらしいぞ』

「ん! ん!!」

わざとらしい咳払い。

どうやら聞こえていたらしい。

シャルロットさんと目を合わせ、少し笑う。

そして輸送機はゆっくりと日本に向けて飛び立った。


 * * * * * 


(うん、懐かしいな。この感じ)

ごちゃごちゃした家々。

そうかと思えば、壮大な田園。

木の葉は茶色や鮮やかな黄色や紅に染まり、冬の到来がもうそろそろだと知らせていた。

「ユウトの生まれ故郷はどこなんだ?」

「ここからそう遠くないですよ。……というかよく自衛隊の基地に下ろしてくれましたね」

「こっちはPMCだから日本の自衛隊ともつながりはあるんだよ」

「そうなんですか。全く知りませんでした」

「まぁ、自衛隊が海外で戦闘は行わないからね。まっ、そういうのを引き受けるのが僕たちってわけなんだけど……」

「“集団的自衛権の行使”ができず、“武力の不保持”がモットーの平和憲法……それがこの国の憲法の売りですからね。一度は変えようとしたらしいですが」

「う~ん。それぞれ意見があっていいとは思うよ。この国の人たちが戦争に反対する理由もわかるし、法を整備しようとした政府の考えも理解できなくはない」

「でも、僕は……それが嫌だったんです」

「そうだろうね。君が感じたもどかしさを感じている人がいないとも限らないから。いくら“交戦権”がないとは言っても日本の人からしたらそれはもう“戦争”だったんだよ」

「戦争……ですか」

「まあそのおかげでこの国は今日も平和じゃないか。それが一番だろう?」

「かりそめにしか見えませんよ」

「これは手厳しい」

「ここで話し込んでいると、風邪をひくぞ。さあ、行こう」

「車が借りられないか、ちょっと聞いてくるよ」

そういうとクラウスさんは走っていく。

その場に残された僕とシャルロットさんとクララさんは、少しの間、涼しい風に当たっていた。

エクレイア共和国が宣戦布告したというのにここには緊迫感のかけらもない。

あまり使われず、さほど重要じゃない基地だからかもしれないが、その雰囲気は基地というよりは空港のようだ。

日本の戦力にならない自衛隊。

僕はここで働いている人を尊敬していた。

いまでも尊敬している。

この国に災害が起こった時、救出したり、物資を運んだり、到底できることじゃない。

それが仕事だから、といわれればそれまでなのだが、それを仕事にできる人たちがすごいと思った。

だけど、2490年、僕がまだ10歳だったころ。

自衛隊が海外の内紛地に派遣され、“友軍が全滅した”のにもかかわらず、自衛隊は戦闘行動を行わなかったということに僕は衝撃を受けた。

後々、日本の憲法や法律がそうなっていると知り、自衛隊に対する気持ちは落ち着いたが、そのことがきっかけで僕はPMCに進む道を選んだ。

戦わないで、見ているだけの状況になるのが嫌だった。

なんでもいいから、この手で人が助けられるならそれでいいと思っていた。

だけど、現実はそんなに甘くない。

アヤさんを、フューラー先輩を助けられなかった。

CSに乗っていた少年をこの手で殺してしまった。

戦争を止められなかった。

僕個人ができることなんて限られている。

現実は残酷だ。

だけど、僕は生きている。

まだまだ、できることはあるはずだ。

限りある時間の中で……できることをしよう。

僕は心にそう決めた。

そんなことを考えていると、クラウスさんが戻ってきた。

「何とか借りられたよ。それじゃあ、行こうか」

クラウスさんの先導に従い、シャルロットさんが車いすを押してくれる。

その少し離れた場所にクララさんが歩いていた。

(き、気まずい……!!)

別にクララさんを責めるつもりもないし、あれは僕の力不足だっただけなのに、クララさんが気に病む必要はないはずなのだが……クララさんはずっと気にしているらしい。

(本当にどうしようかな……)

そんなこんなで僕らは車に乗り込み、静かに僕の家へと走り出す。

(2年半ぶり……か)

家を半ば飛び出すようにしてここまで来た。

それが巡り巡って日本に来ている。

連絡もしていないから驚くだろう。

懐かしい、木々が生い茂っている風景を見ながら、僕は感傷に浸る。

時々、道を教えながら僕は高校の時の通学路だったり、小学校の時によく遊んだ公園をみつけたりして、帰ってきたんだなと実感する。

基地から55分。

長い移動時間をかけてたどり着いた、周りは田んぼだらけの民家。

いかにも日本! というような家がぽつんと建っていた。

ゆっくりと車から降り、車いすに座る。

シャルロットさんが押してくれて、チャイムを鳴らしてくれた。

ピンポンという電子音が鳴る。

「は~い」と母親の間の抜けた声が返ってきた。

「どちらさ……」

「……ただいま。いきなりで悪いけど」

「悠人……どうしたの、車いすなんか……」

「とりあえず、中に入ってもいいかな? みんな会社の同僚なんだ」

母親はあたりを見回す。

僕と自分以外が日本人じゃない状況が理解できていないのか、目をぱちぱちさせると、「どうぞ」と招き入れてくれた。

クラウスさんは日本語が少しわかるようで、クララさんとシャルロットさんはまったくわからないようだ。

「それで、突然どうしたの?」

「CSに乗っていたら負けちゃってね。動けないから休養ってことで帰ってきたんだ」

「そうなの? それで怪我は……」

「大丈夫。打撲と骨折程度だから。すぐに直るよ」

怪我は……。

少し隠すことになってしまったが、いま言うべきことじゃないだろう。

余計な心配はかけたくなかった。

「それならいいけど……」

とうの母親はすこし気まずそうにしている。

クララさんは日本の民家に興味津々で、クラウスさんはそのクララさんを押さえているし、シャルロットさんはなぜか深刻な顔をしていた。

「えっとこの人たちはどうするの?」

「部屋があるのなら、泊めてあげてほしいけど……」

「それなら大丈夫」

「ありがとう、母さん」

母親に礼を言う。

父親はまだ仕事だろうから、家に帰ってきたら驚くだろう。

(そういえば、一番反対していたのは父さんだったな。帰ってきていきなり怒られる……なんてことは勘弁してほしいけど……)

とりあえず、クラウスさんはクララさんを連れて散歩に、僕は自室で横になることにした。

シャルロットさんはなにやら、一人でやっていたが、「気にしないでくれ」といわれたので気にしないことにした。

懐かしいベッドに横になると、懐かしい天井が見えた。

(結局言えなかったな……)

ガンであること。

治療を拒否したこと。

自分の余命はあといくらなんだろうか。

3年あれば……いい方だろうか。

いつか言わなくてはならない。

その覚悟が僕にあるだろうか。

目を閉じてゆっくりと考える。

(今は進み続けよう。いつか……言えたら……)

ゆっくりと到来した睡魔に僕は気がつかないうちに寝ていた。


 * * * * * 


「ちょっと待って! あんまり離れると帰れなくなるよ!!」

「もうちょっとだけ! もうちょっとだけ行かせて!!」

「さっきからそればかりじゃないか!!」

「……」

クララは答えない。

まるで何かから逃げるように、進み続ける。

「ユウトから逃げたって、何も解決しないよ!!」

その一言でクララは歩みを止めた。

「エクレイアでのことを気にしているんだろう?」

「私が軽率だったばっかりに……」

「君のせいじゃないよ。ユウトだってそれはわかってる」

「でも……!」

クララは振り返る。

その瞳には涙が浮かんでいた。

「クララ……」

一時期とはいえ彼女は国家の長の娘だ。

責任を感じているのかもしれない。

「……ユウトがガンだって話は知ってるよね。だから、後悔してるんだよね」

「……」

クララは答えない。

ただ、静かに涙を流しているだけだった。

「でもね、あの一件がなかったら彼はがんに気付いていない。クララのおかげでもあるんだよ」

「結果論よ!」

「確かにそうかもしれない。だけど、それでユウトは覚悟を決められたんだ。だから君も……決めるべきなんだ」

クラウスはクララにゆっくりと近づく。

「エクレイアを取り戻そう……僕らの手で、今度こそ」

ぎゅっとクララを抱きしめるクラウス。

「……!」

「僕らが“剣”になる。だけど、君という“使い手”がいなくちゃ剣はただの鉄だよ」

抱きしめる力がこもる。

クラウスの目には覚悟が宿っていた。

それは世界に抗う覚悟なのか、それとも彼女を守る覚悟なのか。

それはクラウスにしかわからない。


 * * * * * 


シャルロットはインターネットの翻訳サイトを使って会話を試みようとしていた。

ユウトの母親もそれに付き合っていた。

『私は、シャルロットです』

合成音声がその言葉を読み上げる。

自然な発音とはいいがたいが、それでも伝わる発音だった。

「はじめまして」

ぺこりと頭を下げる母親。

翻訳サイトには「Nice to meet you」と表示されていた。

『長い間、よろしくお願いします』

「こちらこそ、あっ……よろしくお願いします」

スマートフォンに声を吹き込む。

画面にまた「Nice to meet you」と表示され、シャルロットは困惑した。

それに気づいた母親は指で「OK」と表現した。

それを見たシャルロットは「Thank you!」と嬉しそうに答えていた。


 * * * * * 


目が覚めると、すでに日が落ちていた。

体は……まだ痛むが、動けないほどじゃない。

手すりを使ってゆっくりと一人で歩いてみる。

リビングの扉を開けると、シャルロットさんが驚いた顔をしていた。

「大丈夫なのか?」

「一人で動けるようにはしておかないと……リハビリもかねてね」

ちらっと目をやると、そこには……。

「と、父さん……」

「……無様姿だな」

「……なに?」

「無様だといったんだ。家を飛び出すように出ていって、帰ってきたらけがでボロボロ……どこか無様じゃないんだ?」

「僕の何を知ってそんなことを言ってるんだ……!!」

「これでも父親だ。……エクレイア共和国では大変なことをしでかしてくれたな」

「……!!」

「日本でニュースになっていないと思ったのか? 人助けじゃなくて、戦争をやりに行ってるんじゃないか」

「食い止めようとしたよ! でも、できなかったんだ!!」

「その結果がこれか」

「……! 父さんに何が……! この国で重機造ってるだけの父さんに何がわかるんだ!! ……っ! ゴホッ! ゴホッ!!」

「ユウト!!」

シャルロットさんが駆け寄ってくる。

口を覆っていた手は血で真っ赤だった。

「ユウト、その手……」

「無理をしすぎたんだ。すみません、手洗い場は……」

「こっちです!」

クラウスさんの流ちょうな日本語に驚きながら、僕は手洗い場に連れていかれた。

(まだ初期状態だったはずなのに、もう吐血するなんて……)

ガンは確実に進行している。

いつまたこうして血を吐かないとも限らない。

(僕に残された時間は少ない……か)

手を洗いながらそんなことを思う。

窓の外から鈴虫のコロコロとした音がうるさく鳴り響いていた。

日に日に進んでいく病状。

限られた時間の中で、ユウトが下した行動とは。

そして、新たな剣が託される。


次回 第十三話 「託された想い」


青年は生きる意味を知る―――。

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