媚毒と甘い鎖に絡みつかれて
いきなりですが、作者は蛇が大好きです
というか、爬虫類が好きです
あの鱗とかたまんないです、ええ
※この作品は作者の欲望全開となっております
『…そんなとこで何シてんの、子猫チャン?』
低い、揶揄するような声。
私を拾い上げた獣は、ボロボロの私をそうやって嗤った。
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屋敷にメイドの悲鳴が響き渡った。
慌てて駆けつけた衛兵は自分たちの雇い主が首を掻き切られ死んでいるのを見た。
「今…黒い人が…外にっ…!」
震える言葉を聞いてすぐに無線で外の衛兵に侵入者が逃げたことを知らせる。
しかし、彼らがいくら探しても侵入者の姿はなく。
黒い猫が嘲笑うかのように、にゃあん、と鳴いただけだった。
「…見つけたよ、子猫チャン?今回は見つけニクかったよ」
「うるさい。ほっとけ」
長身の影に丸まった姿のまま答えた。
「ほっとけないヨ?探さなきャだし」
「オレがどこにいようが関係ないだろ」
「あるよ。君はボクのだから」
「何度も言うが、オレはお前のものじゃない。オレはオレだけのものだ」
「何度も言うけど君はボクのモノだよ。髪の毛から魂まで全てボクのモノだ」
「…狂人め」
「なんとでも言うとイイよ。事実は変わらないカラ」
平然と言う青年の顔に砂掴んで投げつけるが、至近距離で放たれたそれをあっさりと相手は避ける。
「アブないなぁ、何スるの」
「平然と避けておいて何を言う」
「ボクの方が強いからねェ。君よりもずっと、ネ」
すっと頭を掴まれた。
予備動作なく行われたそれは、掴まれてからも何をされたか一瞬わからないほどに自然な動作だった。
振り払おうとする前に両腕が片手で掴まれて上げた状態で木に括りつけられる。
怒りで煌めくアメジスト色の瞳が私の動きを封じる。瞳孔が縦に細い、爬虫類の目が私の目を覗きこんだ。
「…ねェ。なんで、そんなに他のオスの匂いをサせているのかなァ…?」
髪の毛を掴んでいた手に力が入り、痛みに顔をしかめる。
ちゃんとすぐに血は落とした。その後男と関わったわけでもない。なのに、なんで…!!
「……なんでって顔シてるね…?簡単なことなのに…」
髪の毛を掴んでいた手が離れ、首を這う。
その動きから逃れようとするも、大きな動きはできないためにされるがままになる。
「服は変えたみたいダケど……首のね、ココ。ここに、血がついてるんだよねェ…そこからオスの匂いがするヨ……なんで、他のオスの匂い、ツけてんのかな?………ボクの、なのに…」
全然気付かなかった。あの濃い血臭で鼻が麻痺していたのか。
水でも浴びれば良かったと今さらながら後悔する。
「ねェ、ボクの番?子猫チャン?受け入れたよね、ボクの求愛」
「あれは…っ!求愛行動なんて知らなかったんだ!」
「今さら遅いよ?それに、逃げなかったよネ…?」
「逃げられる状況じゃなかっただろーがぁ!?!?」
「ソウだったっけ??」
「そーだよっ!!いい加減はなせっ…!」
「ニがさないよ?」
「うあぁッ…!?」
首に顔が近づき、吐息を感じた途端に二本の、普通より長い犬歯が肌を突き破る。
少し遅れて手足が痺れ、力が入らなくなる。
「…ン、これで匂いはナくなったね。でも、ちゃんとボクの匂いをつけなきャ…」
そういえばさっきついてるって言われた場所を噛まれたな、というどうでもいいことと、とにかく逃げなければという焦りばかりが頭を占める。
しかし、いくら逃げたくても身体は痺れていて。逃げられるわけがなくて。
「アァ、そろそろ名前も教えてクれないかな、子猫チャン」
「られ、が…言うあ…っ!」
「そう、残念。だったら、今夜もキくから。一晩中、ネ?…フフ、楽しみだなァ」
抱き上げられ、耳元で囁かれる。
いつもといえばいつものごとく待たせていたらしい車に乗り込み、街の奥、高級住宅地へ車は静かに向かう。
もう見慣れた屋敷の前で止まり、抱かれたまま家の中へ。
「おカエり、子猫チャン…もう浮気シしないように、たァくさん匂いつけてあげるからネ…?」
そう言って、蛇は怪しく微笑んだ。
蛇の獣人…ナージャは頬杖をつきながら、子猫の髪を弄んだ。
さらさらと撫で心地のいい髪の毛。ナージャが色々と手入れをしているからだ。
今さっきまで可愛らしく啼いていた子猫だが、今はぐったりと気を失っている。
ふと思い出して立ち上がった。
小さな引き出しを開け、中から手のひらに収まるくらいの宝石を無造作に取り出す。
傷ひとつ無いそれを、冷たい、興味がないであろう視線でナージャは見つめた。
その宝石は、乳白色の色をしていた。日にかざすと鮮やかに七色に輝き、加工は困難を極める。
《女神の慈悲》の名を持つこの宝石。何百人もの人がこの宝石に魅入られ狂っていった。
爪の先くらいの大きさの宝石を争って、何人の人が死んだだろう。
原石を除けば、ナージャが持っているほどの大きさのモノはまずないだろう。
価値は金に換算することすらできないであろうほどだったが、ナージャにとっては単なる石ころだ。
なぜこれを持っているか。
それは、子猫がこの石ころを求めているからだ。
貴族の家に盗みに入っているのは知っている。子猫がドジをして、死にかけた時に拾ったのがナージャなのだから。
事情を知った時、ナージャはすぐさまこの石の情報を集め、この一つを手にした。
持っている貴族の情報を子猫に流す。
盗みだした子猫を拾う。
何度もそれを繰り返し、この前、やっと半分が集まったのだと嬉しそうに言っていた。
おそらく、子猫はこの大きさの《女神の慈悲》があるとは思っていない。
だが、実際はあと十個にも満たない数と、ナージャの持っている一個が彼女の求める半分だった。
別に欲しかったわけではない。くれてやっても構わない。たとえ、この宝石を得るために部下を敵を知り合いを何人も失っていたとしても。
彼にとってはもう過去の人物なのだから。
彼にとって必要なのは子猫だけ。大事なのは子猫だけ。
だけど、彼は子猫が心配だった。
もし、これを与えて、彼女が全ての宝石を集めてしまったら。
今、宝石を集めるためだけに生きている彼女が、集め終わってしまったら。
きっと。
いや、絶対に自分の前から子猫は消える。
この世からさえも消えてしまうかもしれない。
そんなこと、赦せるはずがなかった。
恨まれても憎まれても構わない。
怒られても泣かれても離せない。
決して、逃しはしない。
持っている限り。彼女はここからいなくならない。
もう見ることもなく放り込んで閉めた。
ベッドに戻って、小さな身体を抱きしめる。
彼女本来の、甘い香りが鼻孔をくすぐる。
心が穏やかになるのを感じながら。
愛しい温もりを抱いて、蛇は静かに眠りについた。
子猫…シャイはそっと目を見開いた。
身体には少しだるさがあり、目の前には嫌になるほど整った顔がある。
珍しく、自分よりも先に起きていないことに優越感を感じた。
「…なー、じゃ…」
そっと、本当に小さく名前を呼び、額を胸に擦りつけた。
シャイにとって、彼は信用している者だった。
今、唯一信じているのはナージャだけだった。
異常な執着と、愛を囁いてくるよくわからない男。
多分、自分よりも深くて濃い闇の中を、長い間歩いてきた男。
それでも、シャイは彼を信じた。
本当に嫌だと拒めば、この腕は離されるだろうし、抱かれることもないだろう。逃されるかはわからないが、少なくとも触れたりはしてこないと思う。
それがわかってても言えないのは、単純にシャイにとっても心の底から嫌だとは思えないからだった。
ナージャの傍は居心地がいい。
良すぎる、ほどに。
最近、シャイは自分があの《女神の慈悲》…いや、《虹色の惡魔》を集めることに躊躇いを覚えてきているのを感じていた。
村を壊滅させる原因になった宝石。もう自分しか発掘場所も方法も知らない宝石。
この世界に出回ってしまったあの宝石を全て回収し、この世から消し去ることが彼女の目的であり悲願だったはずなのに。この街に全てが存在している、今がチャンスだとわかっているのに。
一日伸びれば、それだけ宝石が街の外に出てしまう可能性が高いのに。
躊躇、してしまうのだ。宝石を集めるという行動を。
昨日、屋敷の主人に見つかったのも、宝石に触れるのを躊躇ってしまったのが原因だ。
おかげで、余計な殺しまでしなければいけなかった。
これ以上いるのは危険だとわかっていても。
昨日のように強引に連れてこれることにシャイは安堵していた。
自分で行動を決めなくて済む。自分の、離れたくないという気持ちを直視しなくて済む。
自分で意志を持って行動を決めて、そして、彼を選んでも、宝石を選んでも、きっとオレ…いや、絶対に私は後悔してしまうから。
もし、選べと言われたら宝石を選ぶ。
ただしそれは、今の話だ。
しかも、悩んでから、躊躇ってから選ぶ。
彼の傍に長くいればいるほど宝石を選べなくなる予感がする。
早く離れるべき。
わかっていても、離れられない。
「……ナージャ…」
そっと呟く。
切なさを込めて。微かな愛しさを込めて。
何も考えたくないというように、いや、実際何も考えたくないシャイは身体をすり寄せ。
温もりに包まれながら、子猫は静かに眠りについた。