3.
桃こと伊藤 佳人からメールが来た。あいつからメールが来るのは珍しい。どうやら何かを買いたいらしく付き合ってほしいそうな。
今日は来客も予定にないし夕方までであれば、2時間程度時間を作れるか。
その旨を返信をした。
佳人に指定されたカフェで本を読みながら待っていると、店内が急にざわついた。
あ、来たな。
メンバーの誰かと待ち合わせをすると、直感的ではなく物理的にたとえ距離があってもやって来たことが判別できる。モーゼの十戒になったり、急に沈黙したり、奇声があがったり、急にざわついたり。自分では起こし得ない現象だ。
本からゆっくりと顔をあげる。目の前には、すこぶるいい女が立っていた。周りの視線が少し痛い。
「待った?」
ハスキーな艶のある女性の声が店内に響く。高くもなく低くもなく耳に心地がいい。
とたん、こちらへの視線が鋭くなった。
「…いえ、ではそろそろ参りましょう」
余計な波風を立てたくないので、仕事モードで対応する。
「今来たばかりなのに…少し休憩しても?」
こいつ、わざとだな。
そう、この目の前の美人は紛れもなく佳人だ。別に女装癖があったり女体化志願だったりするわけではない。女の子とはやることをやっているし、恋愛に関してもノーマルだ。
多分。
ただ、誰かに自分の顔を見られたくない時に女装をする。絶対に自分だとばれない自信があるからだと以前に言っていた。
やるからには何事も徹底的にするところは、昔から変わらない。現に目の前の女が男だと、誰も気づいていないわけだから。
「ご随意に。ああ、そこのかた」
丁度通りかかった給仕に合図を送り、佳人の好きな紅茶を頼み、自分の分も追加を頼んだ。
「職業病」
ボソリと呟かれて、はっとする。ついつい給仕の仕事ぶりを観察してしまったようだ。職業病か、なるほど確かに。
佳人はにこにこしてこちらを眺めていた。
何だ?
「篁」
名を呼ばれたので正面を向く。
「篁って女顔」
いつものポーカーフェイスが保てなかった。思わず片眉が動いてしまった。
いかんな。しかし聞き捨てならん。女より女らしい姿形の自分を棚に上げておいて、いったい何を言いだしやがったこのすっとこどっこい。言うに事欠いて女顔だと?ただでさえ何の変哲もない平平凡凡な自分の顔に、女顔というオプションを付けやがりましたよ目の前の野郎は。今まで鏡見て女顔だと思った事は一度も、一度位は思ったかもしれないが、気にしないようには努力してたんだよ。髭だって生えてるし断じて女っぽい顔はしていない。背だって人並みの174位はある。今まで女に間違えられた事はあった様な気がしたのは気のせいだ。面と向ってこんなことを言われたのは初めてだ。喧嘩売ってんのかこの野郎、今は女だが。
「あ、気にしてたんだ。ごめん」
くそ、その顔でそんな表情して謝るのは卑怯だ。周りの男どもから“何謝らせてんだよ、こら”という鋭い視線が突き刺さってくる。
怖い。
これを計算でしてくるとか、どこの小悪魔だよ。違うな、こいつは悪魔だ。
「だけど丁度いい」
何?丁度いいって何?
「篁にお願いがあって。今日頼まれてほしいんだ」
「何を」
「うん。とりあえず買い物に行こう。そこで話すよ」
嫌だと言ったら、持ち前の行動力で実力行使されるのは目に見えている。断るのは話を聞いてからの方がいいかもしれない。これ以上この店に迷惑をかけるわけにはいかないし。
届いた追加の紅茶を一気に飲み干す。紅茶の香りで少し落ち着いた。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
佳人に促され、重い腰をあげる。
やだなぁ、行きたくないなぁ。ろくなことなさそうだなぁ。
「逃げたら、判るよね?」
げ、逃げる様な事をさせられるんだ。それから、ここの支払いはやっぱり自分持ちなのね。
「お会計¥5,184になります」