13.
空也をからかうのはもうよそう。命に関わる。うん。
とりあえず、謝った。
いつもの空也に戻り、ほっとする。それにしてもこいつ、無茶苦茶運転上手いんだよなあ。さっきの急停車だって、どうやってあの狭いところに止めたんだか。俺じゃ、ああはいかない。
「飯、どうする?」
空也が唐突に口を開く。
そう言えば、腹が減ってきた。だが、残念ながら食べて帰る時間はない。突然事件に遭遇したため栢原家の方々には少なからず心配をかけているはずだ。事のあらましを報告しなければいけない。
「旦那様に報告もあるから、今日はこのまま戻るよ。世話かけたし今度絶対に何か奢らせてくれ」
「そうか、解った。今日のことは気にしなくていい。だがまあ、時間あるときに飯か酒でも行こう」
「そうだな。今月比較的調整つくから、近い内に連絡するわ」
来週辺りの夜ならなんとかなるか。
「ああ。そうしてくれ。それより、もうすぐ銀座なんだが…」
空也が車の止めてある場所を聞いてきたので、車載ナビを適当にいじり、その場所を教える。5分もかからない場所だったため車を走らせるとすぐにたどり着いた。
「空也、ここでいいよ。今日は心配かけてごめんな。それから送ってくれてありがと。助かったよ」
まさか空也たちが仕えている家で雇っている、非番の護衛で救出チームを編成してやって来るなんて思わなかった。しかもあの短時間で。警察よりも来るのが早かったし。
「そうか。今日はお前も大変だったから、帰ってゆっくり休め」
空也の労いの言葉が心に染みる。
こいつは立端もあり口数も少なく目付きもキツいから、何もしなくても周りに誤解を与えやすいんだよな。そのせいで学生時代は苦労していたし。だけどその見た目とは対照的に、空也は優しさで出来ているんだよな。知っているのは仲間内だけなんだけど。まあどう見ても、執事というよりはやのつく自由業の用心棒だよな。Vシネマに出てても違和感ないかも。これは言い過ぎか?
それにしても、空也もたまにはゆっくり休んでおいた方がいいと思う。思うのだが、ギリギリまでまで頑張るんだろうなあ、こいつは。
「そうするよ。また連絡する。増戸様にもよろしくな」
「ああ。じゃあな」
空也が運転するレクサスの後ろ姿が銀座の海に消えていった。
さて、帰るか。仕事途中で抜けた形になるから、注意されるだろうけど。うわ、嫌なこと思い出した。江本さんに連絡入れてない。怒ってるかな……怒ってるんだろうな。
江本さんに電話すると、案の定お怒りモード。帰るのが怖い。
心持ち焦りながら夜の街へと車を走らせた。
栢原家本邸は、銀座から30分ほど走らせたところにある。こういう急ぎの時には少し遠い。高速でできるだけ早く着くよう飛ばしたがそれほど時間短縮にはならなかった。残念。
栢原邸の従業員用地下駐車スペースにたどり着くと、江本さんがいい笑顔で出迎えてくれているのが車の窓から見えた。
うわあ。ま、回れ右したい。夜の中のあの笑顔が怖い。
「やあ、篁君」
ひぃ。君付けだ。いつもは呼び捨てなのに、君付けになってる。そ、相当怒ってらっしゃる?
車から降りると、鬼いや閻魔、いやいや悪魔違うな魔王、そう魔王が立っていた。夜の帳を纏う魔王、光臨せり。江本さんに似合いすぎていて笑えない。
「大変だったらしいじゃないか。伊藤様のご子息から事情は聞いたよ。おや、どこへ行くのかな?」
「か、厠へ」
体が勝手に動いてました。
「そちらにトイレはないはずだよ」
江本さんに首をガッチリホールドされる。
痛いです、江本さん。
それから絞まってます、江本さん。
絞まってます、江本さん。
しま……
あ、落ちる。