10.
なんとか目の前の人たちに、自分の性別を納得させる事に成功した。このなりは自分の意思ではないことも。
説明にどっと疲れた。
「おい、クライにジェフ。そろそろこっちに…」
前方から現れたのは、制服に身を包んだ女の子だった。
確かあれは、山乃院高校の制服だ。何故こんな場所に女子高生が?クライドと知り合いみたいだが。
「セイ。もう大丈夫なのか?」
クライドが心配そうに聞いていた。
「ああ。そちらの女性は?」
セイと呼ばれた制服女子はなんともないと手振りで示しながら、こちらの事を尋ねてきた。
何とも大人びた女の子だ。
「何かの事件に巻き込まれていたようだ。向こうにも同じ事件に巻き込まれていたと思われる女性がいたが、救出した。怪我はなさそうだけど、念のため今はベックが付いてる」
ジェフと呼ばれた男が答える。
「そうか。ありがとう。今警察に介入されるのは不味い。後数分もしない内に来るかもしれないな。私は連れを連れて一足先に帰る」
「そうしてくれ。後は俺たちに」
女子高生は一つ頷くと、何とも言えない雰囲気を醸し出しながら踵を返して去っていった。
彼女やクライドの置かれている状況はさっぱりだが、どうやら自分や山華さんは彼らに完全に助けられたようだ。思わず一息つく。
その後、クライドたちに案内され、山華さんのいる場所へと移動した。山華さんを見ると幾分草臥れた様子で、顔をよく見れば少し腫れていた。犯人に打たれた痕なのだろう。
犯人に怒りがわく。
「山華さん!大丈夫ですか!?」
たまらず側に駆け寄ると、山華さんに酷く戸惑った顔をされた。
一瞬そのようすが気にはなったが、それより怪我の方が心配だ。腫れた頬に濡れたハンカチでもあてたかったが、あいにく拐われたときにあの場に置いてきてしまった。
手を頬に上げかけたが、やめて代わりに彼女の手をとることにした。
「体に痛みとかはありませんか?縛られた手首も」
彼女の白魚のような手をよく見える位置にまで持ち上げ、手首を確認する。
一見酷い感じには見えないが、本人はもしかすると痛いのかもしれない。
白い滑らかな手首に痛々しく生々しい縄の痕が付いていた。彼女の色の白さがかえって縄目の痕を目立たせていた。
自分の中にますます怒りが募る。
「あの‼大丈夫です…貴女は…確か佳人さんの…」
山華さんが、絞り出したような声で尋ねてくる。
佳人?何故ここで佳人が出てくる?
一瞬嫉妬のような感情が自分の表に出てきた。彼女の顔を思わず見る。
嫌悪と嫉妬のない交ぜになったような表情が現れていた山華さんの顔に、一気に自分の血の気が引いた。山華さんを前にして、女装をしていることをすっかり忘れてしまっていた。彼女にしてみれば、目の前にいる自分は紛れもなく佳人の恋人だ。
これはまずい。佳人すまん。
佳人に心の中で謝って、俺は誤解を全力で説く事にした。
「山華さん、私は男です」
「えぇ?」
そんなに驚かれると、かなりショックなのだが。声も素のままだ。女に間違えられるほど高い声ではない。はず。
「私は男です。なんなら確認しますか?」
離していた手を再び握り、自分の方へ強引に引き寄せる。
腰細いな。
山華さんは空いた手で胸を押し返してきた。触れた途端彼女は目に見えて驚いた顔をした。くっつくのを阻止しようとしているのだろうかかなり必死に押してくる。こう見えても男だ。そうそう動かない。はず。
「お解りいただけたようですね」
彼女の反応を見て理解したと判断しそのまま顔を覗き込んでみると、夕陽に反射して綺麗な薄紅色の顔をしていた。伏し目がちに落とされた視線と夕陽のコントラストで、彼女の表情に艶が増す。
ああ、自分は彼女を好きになってしまったんだ。ライバルは佳人かぁ。
自分が恋をしたことを自覚した瞬間、負け戦に挑むような心地になった。