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五章 新婚さん、いらっしゃ~い。

 ある日、相変わらず商品の名前と値段が一致していない私が一人で店番をしていると、二十代の男性客が店に入ってきた。

 内心舌打ちしたが、よく見ると知った顔だった。


「いらっしゃいませ、二郎さん」

「やぁ、お手伝い頑張ってるんだね、菜ノ花ちゃん」


 彼の名は清須二郎。酒屋『清須屋』の店員である。

 現在の『清須屋』の店長は彼の兄であるところの清須一郎さんだった。

 兄弟揃ってやる気のない名前を付けらてしまっているが、親が作った店を兄弟で仲良く継いでいるのだから親子関係は良好と言えよう。雑草の名前を付けられた挙げ句、母と険悪な私とは違った。

 いかつい体躯の彼は、どちらかと言うと女性向きにあつらえられた花屋に、居心地の悪さを感じているようだ。何か目的はあるものの、まるで勝手が分からなくて困っている、というように見える。

 もうすぐしたら千明さんが来るし、それまで放置だな。私こそ相変わらず花屋の勝手が分からないのだから。


「何かお探しで?」


 駄目だ、私の無駄にいい愛想が事態の静観を許さなかった。


「あー、うーん、いやー」


 頭をかいて困っている。しかし何か言ってもらえないとこっちもやりようがない。


「奥さんに花でも贈るんですか?」


 彼は新婚だ。

 都会の娘さんをどうやったのかは知らないがうまい具合にゲットし、駅向こうのマンションに二人だけで住んでいる。奥さんはかなりの美人だという。私は見たことないが。

 私の言葉を受けて二郎さんは挙動不審になった。


「いやー、そういうわけじゃー、そのー、いや、やっぱりなー」

 

 なんか身悶えしている。

 この反応をどう捉えたらいいのだろうか? 彼からまともな日本語が発せられるのを我慢強く待つ。


「花と和菓子、どっちがいい?」

「何ですか? その二択」

「いやー、俺の嫁さん和菓子が好きなんだよ」

「はぁ」

「でも、女って花が好きなんだろ?」

「はぁ」

「どっちがいい?」


 私なりに脳みそを振り絞って彼の言葉を翻訳してみる。


「つまり、奥さんに花か和菓子かどっちか贈りたいんですね?」

「そう、つまりそう」

「両方でいいじゃないですか。どっちか一つとかケチくさいこと言わず」

「あっ! そうか、その手があったか」

「それはどうでしょうか」


 いつの間にか私の隣に千明さんがいた。


「でも二つの方が喜ぶのでは?」


 私が自分の意見を述べると、千明さんはいつものようにメガネを中指でくいと上げた。


「ご機嫌取りがしたいんですよね、お客様は?」

「ご機嫌……まぁ、そうかな?」

「有り体に言って夫婦喧嘩?」

「ぶっちゃけると、そう」


 二郎さんが恥ずかしそうに頭をかいた。

 ああ、だから奥さんを持ち出した時に挙動不審だったのか。みっともないもんね、夫婦喧嘩。


「なら、花だけにすべきです」

「そうかな?」

「和菓子で仲直りはないでしょう? それはただのお土産です」


 当たり前のように千明さんは言った。

 そして言葉を続ける。


「バラのブーケをお勧めします」

「やっぱり、そういうの贈られると嬉しいものなのかな?」


 二郎さんが、自分の胸の高さくらいしか背丈のない千明さんに質問する。彼を下から見る千明さんが中指でメガネを押し上げた。


「マンガではそうでした」


 実に自信たっぷりに言ってのける。

 あれ? マンガ情報なの? 千明さんの豊富な恋愛経験に基づくとかじゃないんだ?


「うーん、マンガかぁ」

「意外に侮れませんよ? マンガは」

「そうなの?」

「ピュアな願望が描かれていますから」

「そういうものなんだ」

「バラのブーケ。これに限ります」


 深くうなずく千明さん。


「じゃあ、そうしようか。バラの花束で」

「ついでにメッセージカードも入れときましょうよ」


 私が提案する。


「ぜひ、フランス語で」


 千明さんも提案する。


「いや、そんなの書けないし、向こうも読めないよ」

「日本語でも真心込めて書けばいいと思いますよ、それで通じますって」


 私が極めて現実的な提案をした。千明さんはどうも夢見がちである。

 それでもバラのブーケ作戦はいいように思えた。

 まぁ、花なんて贈られても私はどうとも思わないが、世の女子はバラのブーケには弱いに違いない。贈られた女子が大げさに喜ぶようなシーンを外国映画で見た気がする。なんだよ、私も映画情報かよ。

 とにもかくにも赤いバラのブーケが製作され、「ごめん、愛してるよ」とだけ書かれたメッセージカードが添えられた。

 二郎さんが去っていくのを私と千明さんの二人で見送る。


「いいことしましたね」

「ブーケを作ったのは私だけどね」


 千明さんはいつもどおりのポーカーフェイス。

 あれ? 今のエピソードで二人の仲がよくなるとかじゃないんだ?

 ホント、ガード堅いなこの人。




 次の日、また二郎さんが現われた。うなだれている。


「あれ? 仲直りはどうしたんですか?」


 私の声にようやく顔を上げた。


「駄目だった……」


 実に情けない顔をしている。本来の顔がいかついだけに、余計に情けないことになっている。


「ブーケはどうなりましたか?」


 私の隣にいる千明さんが声をかける。


「花束は無事だよ。リビングにきちんと生けてあった」

「それはよかったです」


 自分が作ったものを台無しにされなかったので喜んでいる様子。

 ちょっと空気読もうぜっ!


「そもそも喧嘩の原因はなんなのさ」


 面倒な母君が介入してきた。


「いやー……」

「それ聞かないとどうにもなんないって。聞いたらちゃんと責任持って仲直りさせたげるよ」

「本当ですか?」


 二郎さんの目に光が灯った。

 ていうか……。


「花屋って喧嘩の仲裁までするもんなの?」

「馬鹿だなぁ、この女は。うちで仲直りするためのブーケ買ってくださったんだから、ちゃんとアフターフォローまでするに決まってるだろ?」


 え? そういうものなの?

 まぁいいや、馬鹿呼ばわりされたのは気に入らないが、しょげかえっている二郎さんを捨て置くのは忍びなかった。


「で、喧嘩の原因は?」

「それが分からないんです。突然口を利いてくれなくなって……。飯も作ってくれるし、家事はちゃんとしてくれるんです。でも、俺が帰ると寝室に引っ込むし、俺を入れようとしなくって。だからずっとリビングで寝てるんですけど」

「もう何日くらい?」

「一週間ですね」

「おめでたではないですか?」


 メガネのブリッジに指を当てた千明さんが言う。


「ああ、妊娠したら精神的に不安定になるって言いますもんね」


 不安定になって妊娠したことを告げられないでいるのだ。そうに違いない。


「違うねぇ」


 母が妊娠説を首を振りながら否定する。


「なんでそう言い切れるの?」

「だって二郎君が結婚した小夜ちゃんって、お酒につられて結婚したって言われるくらい酒飲みじゃない。そんで酒量が減ってないんでしょ? もし減ってたら『清須屋』でとっくに気付いてるはずだよ」

「酒は相変わらず飲んでますね。一昨日、機嫌取ろうと店からいつもよりいい焼酎持って帰ったんですよ。機嫌は直らなかったけど、酒は確かに減ってました」

「家事はちゃんとしてるんだし、バラも自分だけのものにしないで二郎君も見れるリビングに置いたんだ。別に二郎君が嫌いになったとかじゃなくて、訴えたいことがあるんだよ」

「何だろ?」


 などと私が頭をひねったところで何かひらめくなんてないんだけどね。


「小夜ちゃんて、まだ働いてたよね?」

「ええ、結婚前と同じとこです。通勤に一時間かかるってぼやいてました」

「じゃあ、もっと自分の職場に近いとこに引っ越せって言ってるとか?」


 私が思い付きを言ってみる。


「でもあのマンション選んだの小夜なんだ」

「小夜ちゃんの名義でローン組んで買ったんだよね?」

「よく知ってますね。今でも気に入ってるみたいですよ? 口利かなくなってからも手入れは怠ってませんから」

「なんかお酒以外に趣味とかあんの? 小夜ちゃんて」

「ああ、人形が好きですよ。なんか集めてます」

「どんな人形?」

「女の子の人形です。本当にいろんな種類の。それで一部屋占領してますからね。しかも鍵をかけて俺には絶対に見せてくれないんです」

「フィギュアって奴ですか。オタクなんですね、小夜さん」


 アニメやゲームのキャラを立体にしたフィギュアって奴を集めている連中がいることは知っている。

 ていうか、縁の奴が二、三体持っていた。

 このアニメは他と違うんだ、などと強弁した挙げ句、逆ギレ気味に泣き喚いたので、この件については見なかったことにしてやった。

 そのフィギュアをいい大人である小夜さんも集めているのだ。


「その人形が怪しいね。壊したりしたんじゃないの?」

「してないしてない。人形が置いてある部屋には入れてくれないんですから。触ることはおろか、見ることもできないんですよ」

「見れないはずなのに、なんでいろんな種類があるとか知ってんのさ?」


 母が指摘する。

 まぁ、たまたま見かけたくらいはあるでしょ?

 しかしここで二郎さんは目をキョロキョロとさせた。


「勝手に入ったろ?」


 母が意地悪い言い方をした。鎌をかけやがったか。


「あー、部屋の鍵をテーブルの上に出しっ放しにしてたことがあったんですよ。それでちょっとだけ? あ、でも中には入らず、すぐに閉めましたよ。ていうか、見ただけで寒気がしましたから」

「そんなにエグかったんですか?」


 その手のフィギュアには半裸のものもあると聞いている。


「ていうか、純粋に怖かったね」

「そうやって開けたのバレたんだよ」

「で、でもすぐ閉めましたよ?」

「部屋に侵入者があったかなんて簡単に分かりますよ?」


 千明さんが言う。


「扉の上の方に紙テープを貼っておくんです。知らない人が開けるとテープが破れるのですぐに分かります」

「そ、そこまでするかなぁ?」

「私、自分の部屋にそれしてます」


 そう言う千明さんは実家住まいだ。いろいろと気苦労があるのかもしれない。


「他にもなんなとやりようはありそうだね。部屋を開けたのがバレた。それで確定だ」

「で、でも、開けただけで一週間も怒りますかね?」

「本人には大事なものなんでしょ? 趣味のものなんて、本人にしかどんだけ大事かなんて分かんないよ」

「うう……、じゃ、じゃあ、どうやったら許してもらえますかね? とりあえずバラを捨てることはなかったんで、その方向性で機嫌取っていこうと思ったんですけど」

「機嫌なんて取る必要ないよ」


 母があっさり言った。いや、仲直りさせるんじゃなかったのかよ。


「本人にとっては大事でも、たかが人形見ただけで一週間も悩まされるとかおかしいって。むしろやり返すべき」


 母の目が妖しく光った。嫌な予感がしてくる。


「菜ノ花、二郎君とデートしろ」

「はぁ?」


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