一章 きれいな先輩とのお喋りは私の癒やしなのです。
夏休みに入って数日経って、咲乃先輩と駅前のカフェで会って話をした。試練を終えて私が決めたことを報告しないといけなかった。この先輩はなんだかんだで私にいろいろとアドバイスをくれていたのだから。
「なるほどねぇ、結局お店は継がないのかぁ」
そう言って咲乃先輩はレモンティに口を付けた。
「まぁ、結局そうなりましたね。いろいろ相談に乗ってもらってて申し訳ないですが」
「私のことはいいって。最終的に菜ノ花が決めたことなんだから、それを尊重するよ」
しかしその顔はどこか不満げだった。まぁ、あれだけ店を継ぐのを勧めてくれていたのだし、分からなくもないけど……。
「さて、夏休みだ。何するつもり?」
「まぁ、バイトですね。縁とバイトして、来年二人で住む時のお金作るんです。この三ヶ月のバイト代も出たんでそこそこ貯まってるんですけど、一応やっとこうかなって。あいつもバイトするの楽しみにしてますし」
「なんか、ホントに橘君とベッタリだよね。そうやって女子とばっかりいたら、恋の一つもできやしなよ?」
「まぁ、縁といるからとか関係なしに恋なんて縁遠いですけどね、私」
「そんなことないって、恋しようぜ、菜ノ花!」
私の両肩を掴んで力説してきた。
恋なぁ、いきなりそんなこと言われてもなぁ。
「恋とかもっとかわいい子がするもんでしょ? 私みたいなのとは関係ないですよ」
「別にかわいい、かわいくないは恋と関係ないんだけどね。ホント、自分に自信ないよね、菜ノ花。頑張って働いてたら、そういうのも身につくと思ったんだけどなぁ」
「まぁ、結局全部無駄に終わりましたからねぇ」
三ヶ月、私なりに頑張ったつもりだったけど、最後の最後で全部台無しにしてしまったのだ。
「無駄ってことはないでしょ? 三ヶ月頑張ったのは確かなんだから、そこはちゃんと自信につなげとかなきゃ」
「はぁ、そうですね……」
そう言ってくれるのをありがたく感じる。私だって、全部なかったことになんて本当はしたくない。
「見た目だって、みんなかわいいって言ってくれてたしね」
「それってネコ耳メイドの話ですよね? あれは単なる珍獣扱いですって。ホントの見た目は相変わらずこんなんですから、自信とかとんでもないですよ」
顔なんてパーツは母と同じなのに、配置のバランスが微妙なのだ。
「ホント相変わらずだなぁ。よし、ちょっと先輩がいいこと教えてやろう!」
「え? なんですか?」
またなんかタチの悪いことを仕掛けてくる?
「菜ノ花ってばさ、去年学校であった美少女ランキングは何位だったの?」
「えーっ、いや言いたくないですよ」
「いいから言えっての」
なんか目付きが厳しくなった。言わないと酷いことになりそうだ。言いたくないんだけどなぁ。
「十二位ですよ。全然ダメダメです」
「いやいやいや、秋篠高校って、四百人からの女子がいるんだよ? そのうちの十二位なんだから、相当すごいんだってば」
「でも縁の奴は二位ですからね。先輩は三年連続一位ですし」
「いや、私とか橘君と比べたら駄目だってば。十二位なりのすごさを認めなきゃ」
「うーん、でもですねぇ……」
「後、菜ノ花のそのヘアスタイルって華崎さんに勧められたんだっけ?」
「そうですよ。中三の時、できたての『ビフォー・アフター』に行ったら勧められたんです」
それまでは駅向こうの美容室に行っていたのだが、華崎さんの店ができた時に義文叔父さんに勧められて変えたのだ。
そしてどんな髪型が似合うかなんとなく聞いてみたら、今の髪型を勧められた。以降、同じ髪型で通している。
「あのさ、今の菜ノ花みたいなショートボブって、かわいくないと似合わないんだよ? 華崎さんもそれ分かってて勧めたんだから」
「え? そうなんですか?」
「そうなんですよ。あの橘君と並んでて違和感ないのが菜ノ花なんだから。菜ノ花はかわいいんだよ! もっと自信持とうぜ!」
と、私の肩を持って揺すってくる。
え? そうなの? 私ってばかわいいの?
「いやいや、私がかわいいとかないですよ」
ここで変な勘違いをすると、後で痛々しい失敗をやらかすに決まってるのだ。危ない危ない。
「あー、なんかここまで頑なだと腹立ってくるな。私がマネージャーしてる大学のアメフト部に、菜ノ花のプロマイドばらまいてやろうかな?」
「はぁ? 何言ってんすか、先輩!」
そういうことを本当にやりかねないのがこの人なのだ。ヤバい、マジでヤバイ。
「筋骨隆々な男どもが入れ食いだぜ? それよりか、文化系のサークルの方がいい? 菜ノ花ならそっちの方が人気出そうだな」
「いやいやいや、入れ食いとか人気出るとかありえませんから」
「一回ちゃんと自分の魅力を確認しといた方がいいって。そして集まった男どもから好きなの選んでお付き合いだよ」
「ていうか、お付き合いとか興味ないですから」
「マジで?」
「マジで」
学校でも誰と誰が付き合ってる、なんて話を聞くが、私には縁遠いものとしか思えない。下手にがっついたらみっともないことになってしまうし、縁と遊んでる方が気楽でいいのだ。
「マズいなぁ、実にマズい」
と、頭を抱える咲乃先輩。なんでここまで私に恋を勧めるんだ? 自分は彼氏がいて幸せだから、私にも幸せのおすそ分け? 余計なお世話である。
「菜ノ花って、橘君のことどう思ってるの?」
急に話が変わった。恋の話が流れたので助かるが。
「縁ですか? いい奴ですよ。先輩が嫌うような相手じゃないですから」
毎回あんなけ泣かさなくてもいいと思うのだ。
「私も橘君は好きだよ。ただ、あの子はガチ百合なんだよ」
「ですよねぇ。中一で出会った時からあれですからねぇ」
「分かってないね、菜ノ花。橘君はガチでガチ百合なんだよ」
「だからガチ百合ですよね。変な芸風ですよ」
「違うってば、ガチでガチのガチ百合なんだよ」
「だからガチ……え? ガチ?」
ガチでガチのガチ百合? それって?
「そう、ガチ。菜ノ花に好きとか言ってるの、あれマジだから」
「まーた、またまたまた~。んなわけないでしょ?」
「私が今まであの子を攻撃してたのって、ただの趣味ってだけじゃないんだから。なんとかして、あの子を諦めさせようと苦心してたんだよ」
「でもあれって逆効果ですよ。あの後縁の奴は毎回キスを迫ってくるんですから」
そしてデレデレになってガチ百合趣味は強化されて終わりなのだ。
「えっ! この前の後もそうなの?」
「そうですよ。あれでキスは三十三回目ですね」
「はぁ? あんなけ私が頑張って二人の特殊な関係を明らかにしたのに、全然分かってないじゃない。もー、頼みますよ、本当に……」
テーブルに突っ伏す咲乃先輩。
「杞憂ですよ、咲乃先輩。あれはただじゃれてるだけですから」
「やっぱ、菜ノ花もヤバいのかな?」
突っ伏したまま上目遣いでこっちを見てくる。うおっ、かわいい。
「ヤバいって何がですか?」
「菜ノ花、私のスリーサイズっていくつだ?」
「八十五、五十八、八十四」
「そこがおかしい! なんで先輩のスリーサイズなんて把握してるんだよ!」
がばりと起き上がって私を指さしてくる。
「いや、前に計らせてもらったじゃないですか。土下座して」
「だからそこからがおかしいんだよ。なんで先輩のスリーサイズを土下座してまで知りたがるんだよ」
「敬愛する先輩の全てを知りたいと思うのは、忠実な後輩として当然ですって」
「そんなわけないよ。やっぱ、菜ノ花ズレてるって。君も百合が入ってる」
頭を抱えてとんでもないことを言い出した。
「百合呼ばわりは心外ですね」
「ホントにそう思ってる? いや、個人の性的嗜好をとやかく言う気はないけどさ、菜ノ花は無自覚なうちにガチ百合側に引っ張られてるんだよ。かわいい後輩がガチ百合の手にかかってむざむざ茨の道を行くのは見逃せないんだから」
「いやいや、大丈夫ですって。私はその辺フツーですから」
そう、ちゃんとイケメンと食事をするとうれしかったりするのだ。女子力が低いからなんの進展もないんだけどね。
「ねぇ、そこの意志をしっかり確認しときたいんだけど、菜ノ花は橘君と付き合う気はないんだよね?」
「付き合うって、恋人同士になるってことですか? いやいや、女子同士で恋人はおかしいでしょ? そんなのあり得ませんって」
「でも向こうはそのつもりがあるんだよ。いっつも言ってるじゃない。愛がどうとか」
「え? 確かに縁は好きですけど、それはあくまで友情ですよ?」
「そのラインは絶対に譲っちゃ駄目だよ? ホントなら菜ノ花がちゃんと彼氏作って、向こうに分からせるといいんだけど」
「あ、そこで話がつながるんですか」
さっきやたら私に恋を勧めてきたのは、そうやって男子とお付き合いして縁を諦めさせるという作戦か。
でもなぁ、それだけのために彼氏を作るのもなぁ。
「まぁ、でも大丈夫ですよ。私達は普通に仲が良い親友同士ですから」
「だから普通じゃないんだってば!」
咲乃先輩が身を乗り出して迫ってくる。
「ドウドウ、先輩。なんか、そんなこと言われたら、今日のディナーも心配になってくるじゃないですか」
「夕食じゃなくてディナーなの?」
席に座り直した咲乃先輩に聞かれる。
このディナーというのは前々から縁が企画していたもので、結果がどうなろうと私をねぎらってくれるというのだからありがたい話である。
「なんでも夜景のきれいなレストランだそうで。私は一張羅のドレス着用を命じられました」
「うわっ、それってプロポーズレベルじゃない?」
「マジですか? でも苦労して予約したらしいんですよねぇ。料理もおいしいらしいですし」
「菜ノ花、まだ自分の置かれた立場のヤバさを理解してないね?」
そうかな? ま、まぁ、確かにプロポーズなんてされたらたまったものじゃない。気を引き締めていこうか……。




