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七章 イケメン二人は腐っている女達の餌食になっちゃってる。

 ビラは配り終わったので、今日のところは終了である。縁、咲乃先輩と別れて一人で着ぐるみを返しに行く。

 この商店街振興会の会議室にはシャワーまで備わっていた。宿泊施設としての機能もあるのかな? とにかく汗まみれで酷いことになっているので使わせてもらう。着替えは前もって持ってきていたのだ。

 さっぱりしてシャワー室から出ると、スマホにメッセージが入っていた。義文叔父さんから夕飯のお誘いだった。

 ほう、串カツですか。しかも華崎さんもですか。商店街が誇るイケメン二人とお食事とか、ええやんけ、ええやんけ。

 是非ともと返事をし、まずは義文叔父さんの家たる服屋『洋服の赤木』へ。すると彼と華崎さんはすでに店の前で待ってくれていた。


「こんばんは、華崎さん、義文叔父さん。今日はゴチです」


 二人とあいさつを交わし、商店街にある串カツ屋へ。女子を誘う店としては若干お洒落さに欠けているが、こういう店には女子だけでは入りづらいので楽しいものなのだ。

 串カツ屋『どろ串』はどろりとした特製タレが自慢で、食べる時にはそのタレの入った容器に一度だけ串を入れることが許される。二度漬けは鉄の掟によって決して認められない。店長が修行した大阪の流儀がこの田舎でも適用されているのだ。

 この容器は共用で、テーブルとカウンターに据え付けられてある。他のお客も同じものを使うので、一度口にした串を漬けたらいけないのだ。お上品な縁はこのシステムが気に入らないらしく、前に父が食べにいこうと誘ったら拒否してきた。庶民たる私は普通に慣れてしまったが。


「では、菜ノ花ちゃん、着ぐるみお疲れ様~!」


 私は烏龍茶、大人二人は生ビールで乾杯。

 カウンター席で、私の両側にイケメン二人。ハーレムである。


「ていうか、何で着ぐるみしたって知ってんの?」

「商店街の会議で佐伯店長が自分の娘に着せるって強硬に主張したんだよ」


 と、華崎さん。


「なんじゃそら。まぁ、あの人らしいですよね。てか、商店街の会議なんて華崎さんも出てるんですか? 美容室は商店街と関係ないと思いますけど」

「酷いなぁ、美容室も商店街の一員だよ。前の宴会にも出てたんだから」

「でも商店街の連中と関わると碌なことないじゃないですか」

「そうかな? 僕はこういうお客と距離の近い商店街に憧れてここに店を開いたんだけどね」

「もの好きですねぇ」


 この商店街に流入してくる人は華崎さんの他に何人もいたが、こんなしみったれた商店街に好き好んでやってくるなんて私には理解不能だった。


「自分が生まれ育ったところを随分悪く言うんだね」

「菜ノ花ちゃんはまだ反抗期なんだよ。そのうちのこの商店街のよさが分かってくるって」

「いや、お二人さんの前ですけど、私、商店街の連中がウザくって仕方ないんですよ。馴れ馴れしすぎですよ」

「それだけかわいがられてるんだよ。この商店街で生まれた子供は商店街みんなの子供みたいなものなんだからね」

「それがウザいんだよ。頼むからそっとしといて欲しいのに、いちいち構ってくるし」


 ネコ耳メイドで配達してた時にも構ってきた。ネコ好きだね! だとか。んなわけねぇだろ。


「そういうのが大事なんだよ。この商店街も、一時期はシャッター街になりかけてたって知ってるでしょ?」

「まぁ、私が小さい頃だから、後から聞いた話でしか知らないけどね」

「そこから立て直すために、みんなで頑張ったんだ。協力し合うのが大事だって気付いて、経営の勉強やらお客へのリサーチやらイベントの企画やらいろいろやっていった。そうやって活気を取り戻して、休業していたお店もまた再開していったんだ」

「まぁ、そういう努力は認めなくもないけど」


 今の商店街に活気があるというのだけは確かだった。ここが寂れていた頃の記憶は少しだけ残っている。私は道の真ん中に立って商店街を見回すのだが、そこはわずかな店が開いているだけの、ゴミや落書きがそこかしこにあるようなとても寂しい場所なのだ。


「佐伯店長は商店街復興の中心人物の一人だったらしいね。僕が店を開く時にもいろいろ助けてもらったし」

「あの人は馬力があるからそういうの向いてそうですよね」


 自分でも行動するし、他人の尻を引っ叩くのも向いている。まさに打って付けの人材と言えよう。


「花屋を守りたいって気持ちが強かったみたいだね。花屋だけじゃ保たないから商店街を活性化させたかったんだってさ。半分は照れ隠しだろうけど」

「花屋が全てってかんじだね、あの人」

「菜ノ花ちゃんがいるから全てってわけじゃないけどね。それでも自分がしたプロポーズにだって関わってるんだし、思い入れは強いだろうな」

「え? プロポーズって母さんからしたんだ?」


 まぁ、らしいっちゃらしいけど。久秀君、私と結婚して花屋をやろう! うん、すぐに画が想像できるな。


「あ、しまった、これ言っちゃ駄目なんだった」


 義文叔父さんが肩をすくめる。


「今さら恥ずかしいって年でもないでしょうに。ホント、あの人ってよく分からないな」

「姉さんは優しい人だよ。俺が好き勝手できたのも姉さんのバックアップがあったからだし。姉さんが俺のために大の苦手の母親を相手に戦ってくれたのには感動したな」

「弟には優しいんだ? それで娘には着ぐるみだとかタチの悪いことばっか仕掛けてくるんだよ」

「自分の母親のことを悪く考えすぎてるね。よし、ちょっと面白いことをしてみようか?」


 義文叔父さんが提案し、まずは三人で店を出た。

 そして叔父さんはスマホを取り出してどこかへ電話をかける。


「あ、姉さん? うん、いま一次会が終わったところ。これから華崎の家で二次会だから」


 え、そうなの? 華崎さんって独身の一人暮らしだよね? そこへ押しかけるの? いいの? ……うわ、ちょっと楽しみ。


「……大丈夫、大丈夫。菜ノ花ちゃんももうオトナなんだし、アルコールくらい平気だよ。何かあったら俺達が優しく介抱するから」


 え? アルコールあり? いいの?


「……いざって時には華崎の家に泊めるし心配無用だよ。……大丈夫だって、菜ノ花ちゃんももうオトナじゃない。むしろそうなったらめでたいよ。赤飯でも炊いてあげたら?」


 赤飯? 何の話?

 叔父さんが電話を切った。


「さて、見ものだよ、菜ノ花ちゃん」

「酷いなぁ、僕殴られるんじゃないの?」

「全然話が見えないんだけど」


 と、ここから見える私の家から母が飛び出した。そのままものすごい勢いですっ飛んで来る。


「義文! テメェ!」


 肩で息をした母が義文叔父さんに食ってかかる。


「まぁまぁ、そもそも菜ノ花ちゃんを慰労しろって言ってきたのは姉さんじゃない」


 あ、そうなんだ、この飲み会は母の指令だったんだ? うまい具合にモテたと思ったのにがっかりだ。


「そこまでしろとは言ってない!」

「まぁまぁ、全部僕等に任せといてくださいよ」


 えっ! 華崎さんが私の肩に手を回して抱き寄せてきた! マジで!


「華崎、テメェ! 人んちの娘に何しやがる!」

「菜ノ花ちゃんもオトナなんだから、もっとイロイロ知るべきだと思うんだ」


 今度は叔父さんが私の頭を抱えるようにして撫でてきた!

 何これ? イケメン二人に接近されて鼻血出そうなんですが!


「菜ノ花もデレデレしてんな! 帰るぞ!」

「菜ノ花さんも僕の家でアソびたいよね?」

「うん、そうかもね。ちょっとくらいいいと思うんだ、母さん」


 このモテモテをもっと堪能したいのだ。


「そうそう、姉さん過保護だよ」

「駄目駄目駄目! かわいい娘をむざむざ優男どもの餌食にしてたまるか!」

「そんなに大事なの?」

「大事に決まってるだろ!」

「普段は意地悪ばかりするそうじゃないですか。愚痴ってましたよ?」

「そういう愛情表現なんだよ!」

「そんな愛情表現勘弁なんだけど」


 あのタチの悪さはそんな言葉では片付けられない。


「そうそう、もっと素直になりなよ、姉さん」

「そんなの照れくさくってできるかよ!」

「照れるんだ?」

「こう見えて照れ屋さんなんだよ! あーもー、いい加減離れろ、華崎君!」

「はいはい」


 ああ……華崎さんが離れてしまった……。


「そんな過保護じゃ、菜ノ花ちゃん行き遅れちゃうよ? 姉さん」

「そん時は私が死ぬまで面倒見てやるからいいんだよ」


 いや、あんた何才まで生きる気だ。


「まぁ、こんな感じなんだよ、菜ノ花ちゃん」

「これだけ愛されるんだから、幸せ者だね」


 華崎さんが私の頭を軽く叩いた。


「じゃあ、華崎、飲み直そうか」

「男二人で寂しくね」

「テメェ等、覚えていやがれっ!」


 母の罵声を聞き流し、義文叔父さんと華崎さんがお別れを言って去っていった。ああ……イケメンが……。


「物欲しそうに見てんな。帰るぞ」


 私達も家を目指す。

 まだ不機嫌そうな母に声をかける。


「ねぇ、母さん、焦った?」

「別に」

「私は大事なんだ?」

「知るか」

「照れ屋さんなんだ?」

「そんなわけあるか」

「いい加減、子離れしなよ?」

「うるさいっ!」


 一人で先を行って店の中に入ってしまった。

 私は中へ入る前に、もう閉店した花屋を外から眺めてみた。

 『Shirley poppy』と書かれた看板が見える。

 母はこの店を守りたくて商店街の活性化に取り組んだらしい。

 よく考えてみれば、沈みかけていた商店街を立て直すのには並大抵ではない苦労があったろう。しかし母はものともしなかったはずだ。自分がしたプロポーズの思い出とともにある大切な店を守るためだったら何でもしたに違いなかった。そういう人である。


「何ぼさっと突っ立ってんのさ、早く入りなよ」


 私が付いてこなかったので母が戻ってきた。


「プロポーズの話聞いたよ。母さんからしたんだって?」

「義文の野郎、言いやがったのか!」


 母は外灯だけでも分かるくらい顔を真っ赤にした。


「夫婦と花屋に歴史ありだねぇ。私が生まれたのも花屋あってのことなのかな? 感謝しないとねぇ」


 花屋に対して今まで以上の愛着を感じてしまう。両親の結婚生活と共に歩んできた花屋。自分は生まれる前からこの店に育まれてきたのだ。


「うるさいって! せっかく苦労して花屋を作ったのに、生まれてきたのがあんたみたいなんじゃ、ガッカリもいいところだってのっ!」

「げっ! その言い方は酷いって!」

「あ~あ、もっと器量よしで素直でブーケ作りのうまい子が欲しかったな~」


 などと言いながら店の奥に引っ込みやがった。

 ひっでぇ~、照れ隠しにしても酷すぎる言い草だ。私の愛着を返してくれ。


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