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六章 商店街では何かというとフェアを開く。

 銀子さんと別れて花屋に戻ると、千明さんがいつの間にか私の横に立っていた。

 彼女はうなだれた状態で私に話しかける。


「昨日の私は最低だったわ。お客様に食ってかかるような真似をして。『シャーレー・ポピー』の名に傷を付けてしまった……」

「いえ、あれは向こうも言い過ぎたんですよ。さっき謝ってたじゃないですか」

「それにしたってあれはないわ。接客する者としてあってはならないことよ」

「はぁ……」


 その話はもう終わったのに。なんとも真面目な人だ。

 千明さんが私を見上げた。そしてメガネを押し上げる。


「昨日はごめんなさい、あなたに迷惑をかけて。そしてありがとう、フォローしてくれて」


 言い終わると深々と頭を下げてきた。


「いやいやいや、私の方こそいつもフォローしてもらってるじゃないですか。お互い様ですよ。あの、顔を上げてくださいってば」


 どうにか上体を起こしてくれる。


「それでも最近のあなたは以前のようなやる気のない失敗をしでかさなくなったわ。あなたは見違えるほど成長している。すでに私は追い抜かれてるわ」

「そんなことないですって。まだまだ千明さんからは教えてもらうことばかりですよ」

「あなたが今朝まで作業した鉢を見せてもらったけど、見事なものだったわ。私ではああうまくできない」

「いや、そんなことないでしょ?」


 その作業は母の罵倒を浴びながらどうにかできたものなのだ。そんなにうまくできた自信はない。


「私も同じような作業をしたことがあるの。でもあなたのようにはできず、鉢を駄目にした。そう、あなた向いてるのね、この仕事」

「え?」


 花屋の仕事は私に向いている?

 前に義文叔父さんからもそんなことを言われた気がするが、その時には全く実感がなかった。でも今は? 今はどう思ってる?


「花が好きで知識は確か。愛想がよくて接客も上手。そして手先が器用で花を扱うのがうまい。向いてるとしか言いようがないわ」

「でも相変わらずブーケ作りとか一任してもらえてませんからね。まだまだですよ」

「それが不思議なの。あなたが作ったものって、そんなに悪いようには見えないわ」

「あ、やっぱりそうなんですか」


 どうもそんな気がしていたのだ。以前は明らかに商品レベルではなかった。それはすぐに分かった。

 でも最近のものは致命的に駄目とも思えないのだ。でも母は毎回必ず手を入れる。


「おいこら、無駄話してるんじゃないよ」


 母が両手を腰にやって話に割り込んできた。


「ねぇ、母さん。私が作ったブーケって、実はもう商品レベルだったりするんじゃないの?」

「んなわけないだろ、あんたのは相変わらず駄目駄目だ」

「そうでしょうか? 私よりうまくできている時があると思うんですが」


 お、珍しく千明さんが母と反対のことを言って私の味方をしてくれた。やっぱり私が作ったものは商品レベルに達しているのだ。


「千明ちゃん、そんなこと言ってこいつを甘やかしたら駄目だよ。菜ノ花が作ったものをそのままお客さんに出すかどうか、それは私が決める」

「じゃあ、父さんの意見も聞いてみようよ。多数決だ」


 そう言われて父も近寄ってきた。


「菜ノ花はもう十分な実力を身に付けているだろう? 菜ノ花を大事に育てたいのは分かるが、厳しすぎるのはどうかと思うぞ」


 大事に育てる? この母がそんなことを考えてるのか? 単に支配がしたいだけかと思っていたが、そういう隠された意図があった?


「駄目だ、菜ノ花のことは私の専権事項だ。久秀君とて覆せない!」


 などと胸を張って聞き入れようとしない。

 なんだよ、やっぱり支配したいだけじゃないのか? 私を半人前扱いして抑え付けているだけなのだ。


「そういう支配は大概にして欲しいんだけど。私はほめて伸びるタイプなんだから」

「んなの関係ない。私は私の流儀でやる!」


 こいつ、あくまで我を通すのかよ。

 しかしここでヘコたれる私ではない。いつか必ず私のことを認めさせてやる。

 よし、やってやるぞ!




 そして数日経って。

 母が店のメンバー全員を集めた。


「よし、そろそろ七夕だぞ。それに先だって我等が『上葛城商店街』では七夕フェアを開催する。花屋も商店街の企画を手伝うことになったから。千明ちゃんと菜ノ花はしばらくそっちやるように」

「具体的には?」


 私が問うと、母はいい笑顔でうなずいてみせた。嫌な予感がしてくる。


「千明ちゃんはビラ配り、菜ノ花は客寄せだ。菜ノ花、重要な任務だから心するように」


 そして私だけ商店街振興会の会議室に連れて行かれる。

 そこのテーブルにはネコの着ぐるみが置いてあった。またネコかよ。


「これ着て千明ちゃんの横で客寄せしろ」

「なんでわざわざ着ぐるみ?」

「その方が客寄せになるからに決まってるじゃない。安心しな、中に水筒が仕込めるようになってるから、脱水症状の心配はない」

「うん、そこ結構重要だよね。だからって着ぐるみは断固拒否だけど」

「でもねぇ、私達が担当するターゲット層は子供とその親なんだよね。ネコ耳メイドだと若者とカメラ小僧しか寄ってこないんだよ」

「え? その二択なの? 普通にビラ配ろうよ」

「駄目だ、あんたは着ぐるみ着て客寄せしろ。これは命令だ」

「ぐぬぬぬぅ」





 そして私はネコの着ぐるみ装備で駅前の階段下で客寄せをすることに。なんか、被り物の中が臭いんですが。

 せっかく花屋の仕事を頑張る気になってるのにこの仕打ちですよ。私は商店街が嫌いなのだから、商店街の企画の手伝いをするというのがそもそも気に入らない。なんで連中のためにうら若き乙女たる私がネコにならないといけないの?

 ああ、メンドくせえ、小学生どもがやってきやがった。


「着ぐるみだぜ、蹴っちまえ蹴っちまえ!」


 あーもー、ウザい、蹴ってくんな。千明さんは微笑ましそうにこっち見てるだけだし。


「テメェ等ーっ!」


 いい加減頭にきた私が中の一人を捕まえると、連中は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「ネコがキレたー! 斉藤が喰われちまった!」

「うっせー! テメェ等覚悟しやがれ!」


 全力疾走で連中を追いかける私。ちっ、さすがに着ぐるみじゃ追いつけねぇか。命拾いしたな、小僧ども。

 千明さんの下に戻ると、一部始終を見ていたらしい小さいお子様が震えていらっしゃった。


「なーんてね、冗談だよ~ん。私は心穏やかなネコちゃんだよ~」


 オーバーアクションで手を振ったりして媚を売る私。ちなみに着ぐるみの中の声は、近くに寄らないとほとんど聞こえないと千明さんに教えてもらっている。

 身振り手振りだけで小さいお子様の警戒心を解くことに私は成功し、千明さんは親御さんにビラを渡せた。はぁ、こんなのがまだまだ続くのかよ。

 しばらくして予想通り縁の奴が現われた。母がチクったに違いなかった。


「いや~ん、可愛かいらしや~ん。なのちゃん、よぉ似合におてんで~」


 うるせぇ、顔が隠れてて似合うもへったくれもあるかよ。

 そして例の一眼レフカメラで私を撮影していく。


「なのちゃん、こおゆうポーズして、こおゆうの」


 もういい加減脳が疲れた私は、言いなりになって媚びまくったネコちゃんポーズを披露した。そして腹立つことにこれがいい客寄せになるんですわ。


「なのちゃん、暑ないの、それ?」


 ひと通り撮影し終えた縁が側に寄ってくる。


「滅茶苦茶暑いっての。スポーツドリンクがなかったら、三十分で死んでるよ」


 着ぐるみの中には水筒が仕込んであり、ネコの頭を被ったままストローで吸えるようになっているのだ。


「はぁ、大変やなぁ、お花屋さんの仕事も」

「花屋って言うか、商店街のイベントの手伝いなんだけどね」

「そんなんも、せなあかんねや。大変やなぁ~、お花屋さんの仕事も。やっぱしお花屋さんはやめて、大学行った方がええんちゃうかなぁ~」

「あんたって、ホントひねりがないよね」


 しなだれかかってきた縁を押し返す。

 着ぐるみごときで花屋の仕事を断念するわけがなかった。でもなぁ、花屋をやってると、こうして商店街の手伝いとかウザいこともしないといけないのは確かなのだ。ウザいなぁ、実にウザいなぁ。

 あれ?


「千明さんは?」

「向こお行きはったで」


 バスターミナルの向こうにいた。そこまで移動する。


「どうしたんですか? もっと駅に近いとこでしましょうよ」

「でも、あなた達の邪魔をするのはどうかと思うのよ」

「どう言うことです?」


 千明さんがメガネをくいと上げる。


「恋人達の邪魔をするほど、私は野暮じゃないわ」

「いやいやいや、それ誤解ですから、何回も言ってますけど」

「いや~ん、恋人同士やって~」

「縁は黙ってろ。とにかくもっと人のいる方でビラ配りましょうよ」

「でも馬に蹴られて死んでしまうわ」


 意外に思い込みが強くて手強いな、この人。


「ほな、うちがビラ配りしますわ」

「そうね、悪いけどそうしてもらえる? 私はお店に戻るから。二人、いい時間を」

「ご協力、感謝ですぅ~」


 友達と過ごすのにいい時間もなにもなかった。

 しばらくして、できれば出会いたくなかった人が駅から降りてきた。咲乃先輩だ。


「森田!」


 臨戦態勢に入る縁。


「こっち側で何してるの、橘君? てことは、そのネコちゃんは菜ノ花?」


 うなずく私に向かって咲乃先輩がにっこりと微笑んだ。というよりも、にたりと笑みを浮かべた。


「客寄せするならいい方法があるよ。ちょっと待ってな」


 家の方へ走っていった咲乃先輩が持ってきたのは携帯型のスピーカーだった。無線でスマホとリンクさせるタイプのようで、何やらスマホを操作している。嫌な予感しかしない。


「前にカラオケで踊ってたじゃない。あれをやればいいよ」


 勘弁してくれ。なんでこう、この人はタチが悪いんだ。


「森田にしてはええアイデアや。うまい具合にこのデジカメて、動画性能も結構ええねん」

「よし、後でネットにアップしようぜ」


 やめて、マジで勘弁して。


「あかんっ! なのちゃんの動画はうちだけのもんや!」

「まぁ、どっちでもいいけどさ」


 縁の独占欲のおかげで助かった。ていうか、どっちでもいい程度の気持ちで人の恥をネットにアップしないで欲しい。


「じゃ、行くよー、菜ノ花」

「ちょっと待ってください! マジで勘弁してくださいって!」

「何言ってるか分かんないよ~ん。菜ノ花は先輩の親切を無下にしない、いい後輩だって信じてるから。ではでは、ミュージック・スタートっ!」


 ええ、踊りましたよ。踊らせて頂きましたよ。おかげさまで多くの見物客を引き寄せ、ビラは全て配り終えました。


「いやー、相変わらず菜ノ花のダンスはキレがいいねぇ。向いてるんじゃない? 着ぐるみ師」


 うるせぇ、私は花屋なんだよ。


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