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二章 親友がアレでも割と普通にやっていける。

 階下の物音で目が覚めた。

 寝入った記憶がないので考えごとをしているうちに寝落ちしていたようだ。

 そう、昨晩は最悪だった。

 母の奴が花屋を継げなんて言ってきたのだ。

 私はこの家がやっている花屋を憎悪している。子供に負担ばかり押し付ける家業はうんざりだ。

 家族旅行なんて数えるほどしかしていないし、小学生の頃から隙あらば手伝いに駆り出されていた。放課後、週末、長期の休み……。

 そしてそれは当然のことという扱いだった。

 他の友達が連れ立ってどこかへ遊びに行ったという話を、週明けの学校でただニコニコと笑顔で聞くしかできない時、酷く惨めな気持ちに陥ったものだ。

 なので高校に入ってからは断固として手伝いを拒否し、一年以上の闘争を経てようやく自由を勝ち取った。

 そう、今の私は自由だ!

 ここの花屋は週に三回ほど市場に出て仕入れをしている。今日、土曜日は切花と鉢物の両方の市が立つので大抵出ていく。

 そんなの今の私には関係ない話なのに起こされてしまった。

 友達との約束の時間まではまだまだ間があったが、とりあえず起きるか。




 洗面所で顔を洗い終わると、目の前の鏡に大雑把な顔をした女が写っていた。

 私の顔のパーツは基本的に母と同じであった。

 いわゆるどんぐり眼に唇の厚い大きめの口。鼻も大きい。

 ただ、その配置に問題がある。

 顔のパーツが派手な場合、その配置のバランスというものが重要になるのだ。

 そして母のバランスは絶妙で、私は微妙だった。

 自分の顔を見るたびに、私はため息を漏らしてしまう。

 それに加え、私の回りには劣等感を刺激してくれる知り合いが何人もいた。

 母、友人、先輩。

 いずれ劣らぬこれらの美人達と接するうちに、自分の見た目についてはほとんど諦めの境地に到ってしまった。

 ある意味気楽である。せいぜいため息をついて瀕死の自意識を慰めるだけだった。

 今日もまた、寝癖になりやすい短い髪を整える程度の身だしなみで済ませて洗面所を出る。




 昼前になって駅前のバーガー屋で友達と会う。

 橘縁たちばな ゆかりはいつも通り十分遅れてやってきた。

 琥珀色の目と黄金色の髪を父方の祖母から受け継いだ彼女は、顔立ちも日本人離れしていて彫りが深かった。光に透かすと宝石のようなその髪は、先の方だけ細かくウェーブをかけてセンターで分けている。


「なのちゃーん、今日も可愛かいらしなぁ~」


 この地方の方言がきつい彼女は、事実に反した小っ恥ずかしいことを大きな声でわめきながら近付いてきた。


「縁さぁ、その遅刻してくるのが当然みたいな態度どうにかしなよ」

「ん~? 何着てくか迷てん」


 トレーをテーブルに置くとくるりとひと回転した。春らしい花柄をあしらった短めのワンピースがひらめく。


「どお? 似合におてる?」

「寸胴にはちょうどいいよね」

「ヒドッ!」


 よろめいてシートに倒れ込む。

 着る服を迷ったというが、今日はここでお喋りして終わりの予定なのだ。地元なんだし適当でいいではないか、ジーンズの私みたいに。いつものように私に見せびらかせたいんだろうけど、それだけの為に遅刻してまで選ぶな。

 と、縁がこっちを睨んできた。


「自分かて、たいしたことないくせにっ!」


 まぁね、それは認める。


「そんなけ貧相なスタイルのくせに、ランキング二位ってのが不思議だよね」


 我等が県立秋篠高校に根付く悪習。

 男子生徒の間で大っぴらに行なわれる美少女ランキング。

 二学期終了前の十二月に行なわれるそれで、彼女は全校二位の座を勝ち取っていた。

 私? 聞くなよ!


「うちかてよぉ分からんわ。アホな男子なんかどおでもええし」


 と、準ミスは男子に興味を示さない。

 ちなみに一位は縁とは真逆で、ナイスバディな上に男子に媚び媚びな一年生だった。

 ようやくシートに落ち着いた縁がリンゴジュースに口を付ける。


「はぁ~~~」


 のどかな縁を見ているとため息が出てしまう。


「なんなん、いきなり?」

「進路だよ、進路。どうしたもんだか」

「ああ、まだ決めてへんねや?」

「縁は決めてるの?」


 ここで縁は小首を傾げて上目遣いをした。


「なのちゃんのお嫁さんっ!」

「はいはい」


 しっしと手を振ってやる。


「え~、なんでぇ、本気やのにぃ」

「ガチ百合ゴッコの相手なんてしてらんないって」

「ガチ百合ちゃうて! うちは女の子が好きなんやない、なのちゃんが好きなんやっ!」


 だから声がでかいっての。

 この女は昔からこういうことを言ってくる。

 中学に入って出会ったのだが、私が教室に入るなりいきなり抱き付いてきて「君、メチャ好みやわぁ。名前なんての?」と言ってきた。

 順番が滅茶苦茶だった。

 それから私に付きまとい、隙あらばスキンシップを図り、キスを狙ってくるのだ。

 ていうか、キスに関してはすでに何度も不覚を取っていた。おぞましや。

 まぁ、ガチ百合という変な芸風以外は愉快な奴だし、波長が合うので友達付き合いをずっとしている。高校まで付いてくるとは思わなかったが。


「で、ホントはどうする気なの?」

「ん~、松葉女子受ける~」

「女子大かぁ、ガチ百合にはパラダイスだろうねぇ」

「そやからガチ百合ちゃうて。うちの家て、ママもお祖母ちゃんも松葉女子やねん。せやし、うちも同じとこ行くことになってんねんわ」

「代々同じ女子大ですか。さすが、ええとこのお嬢さんは違いますわね」


 縁は駅向こうの高級住宅地に住んでいた。

 父親の仕事については「貿易っぽい、なんか」としか聞いていない。祖母の実家がある欧州に、年に何回も当たり前のように行っているのでお金持ちなのは確かだ。

 一方の母方は古い家柄なのでいろいろ面倒らしい。高校生なのにお見合いみたいな会食を何度もしていると聞いた時はさすがにドン引いた。庶民でよかったと思う瞬間だ。


「でもそうかぁ、縁ですらもう決めてるんだぁ」

「なのちゃんも一緒に行こや。どおせなんも決めてへんねやろ?」


 確かにその通りだけど、どうせ呼ばわりされると腹立つな。


「まぁ、私は花屋を継ぐのでなければどこでもいいんだけど」

「うち、被服学科行くねん。なのちゃんもそうし」

「服? そんなの勉強してどうすんの?」

「ママは、そおゆうの勉強べんきょしてたらお嫁さんになった時役立つうてた」

「あれ? ガチ百合のくせにお嫁に行くの?」

「ガチ百合ちゃうて。お嫁さんで役立つとかはママのうことや。うちにはうちの考えゆうんがあんねん」


 ちょっと得意げに平らな胸を張った。


「うち、アパレルの関係で働くて決めてんねん」

「へぇ! 初耳だわ」


 いつもぽやぽやして馬鹿なことばかり言っている奴なのだ。


「うそぉ! うち、いっつもファッション雑誌とか見てるやんっ! ちゃんとうちのこと見ててや?」

「あれは単に色気づいてるだけかと思ってたわ」

「学祭でも衣装メチャ頑張ったやんっ!」

「冥土喫茶ね。ゴシック調のメイド服デザインしたの、あんただったね。今思いだした」

「去年の夏もショップでバイトしてたやんっ! なのちゃんも誘たのに……」

「あの時は永き渡る闘争を経て疲れ果ててたんだよ」


 母との間に条約が結ばれた直後だった。

 店の手伝いがなくなったので暇になったのだが、ついに掴んだ自由を噛みしめたかったのだ。

 結局、縁はバイトばかりで遊ぶ相手もなく、グダグダと退屈に過ごしてしまったのだが。


「うちはこんなになのちゃんを愛してんのに、なのちゃんはそんなんなんや。うちなんて、どおでもええんや?」


 そう言いながら私の手をイジイジと撫でてくる。

 その手を握ってやる。


「悪かったって。縁が服とか好きなのはちゃんと知ってるから。それで、そうやって好きなことを仕事にしたいんだ?」

「そうやねん。まぁ正直、うちにどこまで出来でけるかは分からんけど。でも、そんでも、どこまで出来でけるか見てみたいねん!」

「うんうん、応援してるよ」

「他人事やなぁ。なのちゃんも一緒に被服の勉強べんきょして、おんなじとこ就職すんねんで? うちらずっと一緒やし」


 まぁ、何にも将来の展望のない私にしてみれば、縁の夢に乗っかるというのは悪い話ではない。でもなぁ、そんないい加減な考えの人間に勤まる仕事とも思えない。


「実際問題、二人一緒のとこに就職とか無理でしょ?」

「ええ~? 愛があればなんとかなるてぇ~」


 握った手を横に振ってきた。危ない危ない、ジュースに当たるっての。


「愛じゃなくて友情ね。まぁ、縁とずっと一緒ってのはいいかもしんないけど」

「そやろ! そんで法律変わったら結婚しよっ!」

「黙れガチ百合」


 迫ってきた顔を押し返す。

 このよく分からない芸風はともかく、縁といると楽しく時間を過ごせる。中学以来の仲なので遠慮なんてどこにもないし、隠しごとなくどんなことでも話ができた。実に居心地のいい相手なのだ。

 縁のいない日々というのは想像が付かない。去年の夏、縁が一人でバイトをしていた間はずっと心が欠けたみたいで寂しかった。

 これまでこいつとはずっと一緒だったし、これからもずっと一緒にいたい。そう思う。


「まぁ、大学くらいは一緒のとこがいいかなぁ」

「そうしよ、そうしよ」


 激しく頭を縦に振って勧めてくる。

 まぁ、就職のことはまた後で考えればいい。とりあえず大学は一緒のところ。二人してキャンパスライフを満喫するのだ。そうしよう。


「でもどうしよ、友達と同じとこに行きたいから、ってだけじゃ、あの鬼婆を説得できないな」

「文香姐さんのこと? あの人は敵に回したらとんでもないもんなぁ」


 他人事みたいに言っているが、こいつは母が私にしてくる嫌がらせの片棒を担ぐ真似を平気でやらかす。

 去年の秋、遊んでいて夕飯の仕込みを忘れた罰に、一日語尾に「~にゃん」を付けるよう母が強制してきたことがあった。

 そして学校でも実行しているかの監視を縁にさせたのだ。私が三才の時の写真で買収したらしい。

 授業で当てられた時にも馬鹿正直に「~にゃん」を実行した私に、もっとええ報酬で買収し直せばええのに、と全てが終わってから言ってくるのが縁という女だ。

 ちなみにこの日の私の発言全てを縁は録音しており、自身の「なのちゃんコレクション」の一つに加えたらしい。そして時々聞き直してはニヤニヤしているのだそうだ。いつか奪取してやる。


「何か策がいるな……」

「頑張ってや。うちらの愛ある未来がかかってんねから」

「あくまで友情だけどね」

「ええ~愛やって~」


 わざとらしく照れたように顔を逸らし、目だけでこっちにアピールしてくる。

 こいつがどこまで本気なのか、相変わらず読めない。

 と、私のスマホにメッセージの着信があった。


「誰?」


 縁が身を乗り出してきた。


「あ、咲乃先輩だ」

「森田!」


 縁が整った顔をしかめて身体を引っ込めた。


「あんたさ、仮にも先輩を呼び捨てにするなよ」

「あいつはなぁ……、あいつはなぁ……」


 ギリギリと歯ぎしりしている。嫌いすぎである。

 ちょっぴりアクが強いだけでいい先輩なのに。

 とにかくメッセージを返す。


「なんて言ってきたん?」

「進路の相談に乗ってくれるって」

「やめときやめとき。絶対裏あるて」


 汚らわしいものを追い払うように手を振る。

 それからしばらく咲乃先輩とやり取りを続けた。


「あ、咲乃先輩、こっち来るって」

「冗談! せっかくの二人きりの甘い時間やのにっ!」


 甘いのか?


「も~っ! うちは帰るっ! バイバイ、また月曜日な」


 縁が顔を近付けて頬にキスしてくる。いつものことなのでスルーだ。


「バイバイ、月曜日にね。ちゃんと電話する前に起きなよ」


 言っても無駄なんだけど。


「も~っ! モ・リ・ター!」


 足音も荒く、トレーを持って去っていった。

 やっぱり会うたびに泣かされるとああなるのか……。

 咲乃先輩は縁と出くわすたびにガチ百合趣味を攻撃する。

 それにしたって、縁のためを思ってのはずだ。

 実に活き活きと言葉の限りを尽くして縁の心を削るが、それもこれも縁のためを思ってのはずだ。

 私は二人とも好きなので、そうやっていがみ合われると胸が痛む。

 それに、いじけた縁の機嫌を取るのは実に面倒臭い作業なのだ。大抵キスを迫ってくるし。

 そして軍門に降る私。

 結局、奴のガチ百合趣味は強化されて終わるのだ。

 まぁ、今は咲乃先輩を待とう。

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