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十章 商店街の宴会とか超絶ウゼー!

 ある日、母が面倒臭いことを言い出した。


「次の火曜日の夜に、商店街の宴会があるから菜ノ花出ろ」

「はぁ? いやいやいや、なんで私がそんなのに出なきゃなんないんだよ」

「その日、私と久秀君は別の用事があるんだよ」

「じゃあ、欠席でいいじゃん。たかが宴会なんでしょ?」

「馬鹿だねぇ、こういう親睦を深める宴会には、欠かさず出るもんなんだよ」

「いや、私が商店街嫌ってるのは知ってるでしょ? 連中と関わり合いになる気はないよ」

「そんなの、知ったことか。『シャーレー・ポピー』の代表として行ってこい」

「ていうか、未成年がそんな宴会に出ていいの?」

「大丈夫、『野乃屋』のみこちゃんも出るから。毎回出てるんだよ、あの子」


 あの野郎、大人にこびへつらいやがって。それでこっちを巻き込むなよな。


「これは決定事項だから。参加届けも出してるし、必ず出ろ。以上!」


 こいつ、ホントに無茶苦茶だよ!




 そして火曜日。商店街振興会の会議室で親睦会という名の宴会が開かれた。

 会議室だなんて嘘っぱちだ。やたら広いこの部屋は、宴会をするために作られたに違いない。


「お、今日は菜ノ花ちゃんが来たのかい。かわいい女の子は大歓迎だよ!」

「今日の魚は特別いいの仕入れたからね。たっぷり食べな!」

「ジュース追加で店から持ってこようか? 何がいい?」


 宴会が始まる前からなんやかんやと絡んできやがる。ウゼー!

 ていうか。


「千明さんも参加するんですか?」

「そうよ。店長に頼まれたし、こういう宴会に一度出てみたかったの」

「千明さんがいるんなら、私いらないじゃないですか」

「私はただのおまけのバイトだから。店長の名代はあくまであなたよ」

「くぅ~」


 そして商店街振興会会長であるおもちゃ屋『おもちゃのサガワ』の佐川さんのあいさつが始まる。この人は、三十六年前にここ『上葛城商店街』ができるのに合せて店を開いた最古参の一人だ。

 さて、宴会が始まりやがった。

 立食形式で、テーブルの上に商店街の連中が作ったらしい手料理が並んでいる。まぁ、料理は無駄に気合いが入っているようだし、食べることに専念するか。

 と、


「ぷは~!」

「あれ? 千明さん、ビールなんですか?」

「そうよ。私四月生まれだし、もうハタチなの」

「なんか、いい飲みっぷりですねぇ。あ、私注ぎますよ」


 背が低くて私より年下に見られることもある人が、グイグイビールをあおっている図はなんかシュールだ。とりあえず、愛想の良い私は千明さんのお酌をする。


「さて、エンジンも暖まってきたし、そろそろ行ってくるわ」

「どこへですか?」


 ここでいつものようにメガネをくいと上げる。


「あなたね、この宴会は親睦を深めるためのものなのよ? 普段話をしない人と杯を傾け合わないといけないの」


 ていうか、コップでビールですけどね。

 そんなわけで、ビール瓶片手に千明さんが会場をうろつき始めた。

 げっ!

 いきなり『清須屋』の先代と『野乃屋』の先代の間に入っていった。あの二人は気難しいお人柄って商店街の中でも有名なんですが。

 しかも普段無口な千明さんが、ペラペラと会話の主導権を握って喋り倒している。殴られるぞ。

 しかし二人の頑固オヤジはうなずきながら千明さんの話を聞いている。

 うわ、『清須屋』の先代にお酌までさせている。

 あれ、止めなくていいのかな?

 まぁいいか、料理食べよう。

 はぁ、千明さんはいなくなったし、元より咲乃先輩は家業に関わっていないからこんな宴会なんぞには出てこない。正直言って退屈だし、次から次へと絡んできやがる商店街の連中がウザいことこの上ない。

 どこか逃げ場は……逃げ場は……。あ、義文叔父さんだ、あそこへ行こう。

 義文叔父さんは、商店街の若い衆同士で話し込んでいた。

 商店街の若い衆というのは、商店街の中で働いているが店長ではない息子達の集団を言う。これには未婚既婚を問わないので、義文叔父さんのような独身はもちろんのこと、『清須屋』の二郎さんのような既婚者も組み込まれている。

 ていうか、なんで私がこんな商店街の事情を知っていなくちゃいけないんだ? ここに住んでいると、否応なく知ってしまうのだ。実に腹立たしい。


「ちわ~す、義文叔父さん」

「お、キレイどころが来たぞ」


 などと肉屋『スギタミート』の杉田淳二さんがウザいことを言ってくる。


「キレイどころではないですけど、お酌くらいはしますよ~」


 ああ、自分の無駄な愛想の良さが恨めしい……。まずは連中にビールを注いで回る。


「何の話してるんですか? 深刻そうに」


 みんなして眉間に皺を寄せ合っている。


「サキちゃんには彼氏がいるんだよ、菜ノ花ちゃん」


 『清須屋』の二郎さんが言う。その通り。同じ大学でアメフトをやっていると咲乃先輩本人から聞いている。


「響さんにも彼氏がいるんだよ、菜ノ花ちゃん」


 『スギタ』の淳二さんがうなだれる。それも咲乃先輩に聞いた。

 相手はおもちゃ屋で働いてる西田さんだ。彼はいかにもオタクといった風貌で、実際にかなり重度なオタクらしい。そんな相手に響さんの方が先に惚れたという話なのだ。

 色恋沙汰はよく分からないよ。


「ああ、商店街で一、二を争う美人二人に彼氏がいるからヘコんでるんだ?」


 彼女達の親衛隊というのは、商店街の若い衆で構成されている。自分達の信奉する女神に彼氏がいたら、そりゃヘコむよね。


「あれ? でもなんで義文叔父さんまでヘコんでるの? 親衛隊って、モテない男達の哀しい趣味なんでしょ?」

「いやいやいや、趣味じゃないって。俺達の人生だよ」


 と、淳二さん。ただの店員と大学生に人生掛けるなよな。


「赤木って、サキちゃん派の隊長なんだよ」

「ウソッ!」


 この瞬間、私の中の優しくてイケメンな叔父が死んだ。


「ホントだよ。サキちゃんは俺の女神だった……」

「聞きたくない聞きたくない。頼む叔父さん、正気になってくれ!」


 義文叔父さんは本当にヘコんでいる様子だが、そんな姿を見るとこっちが死にたくなる。


「次はやっぱり菜ノ花ちゃんかな……」


 二郎さんが言う。


「そうだな、菜ノ花ちゃんだな……」


 淳二さんがうなずく。


「何の話?」

「新しく菜ノ花ちゃんの親衛隊を作るという話が出てるんだ」

「いやいやいやいや!」


 何言い出すんだ、この大人達は。


「だって、『野乃屋』のみこちゃんには婚約者がいるんだし」

「菜ノ花ちゃんはフリーだろ?」

「いやいやいや、そういうのって、誰でもいいわけじゃないでしょ? 私に親衛隊なんておかしいって」

「この際、菜ノ花ちゃんでいいよ」

「菜ノ花ちゃんで十分だよ」


 なんか、ムカつく言い方だな。


「その、私で妥協する的な言い方は腹立つんだけど」

「いや、菜ノ花ちゃんには十分親衛隊を持つ資格があるよ、自信持って」


 と、義文叔父さん。


「そんな自信ないよ。ていうか、仮に自信があっても親衛隊は勘弁だから」

「でもなぁ、今後の活動をどうしていくか考えると……」

「いいじゃん、彼氏がいても活動続けてけば」

「でも、結構心が折れるんだよ」

「君達の愛はその程度なのかっ!」


 私は彼等を一喝する。


「菜ノ花ちゃん……」

「本人達に彼氏がいようとも、結婚していようとも、子供がいようとも、変わらず愛を捧げ続ける。その覚悟のないものに、親衛隊を名乗る資格はないっ!」

「な、菜ノ花ちゃんっ!」


 潤んだ目で私を見てくるオッサン達。


「愛を貫け! それがお前達の進む道なのだっ!」

「うぉぉぉっ!」


 感涙の雄叫びを上げるダメ男達。ていうか、しょせん本人を遠くから眺めるしかできない連中なんだから、相手に彼氏がいたところで何かが変わるわけではないのだ。


「じゃ、そういうことで。親衛隊活動、引き続き頑張るように」


 早々に逃げ出す。

 危なかった。親衛隊なんて勘弁だ。たいしてかわいくもないのに親衛隊がいるなんて、痛々しくって仕方がない。

 商店街の連中はホントにタチが悪いな、しかし。


「うまく逃げ切ったようね、菜ノ花ちゃん」


 と、声をかけてきたのは響さん。


「危ないとこでした。あ、注ぎますよ」


 愛想の良い私が響さんのコップにビールをそそいであげる。

 それを一気に飲み干す響さん。

 また注ぐ。

 この人が酒飲みという噂は聞いたことがあるが、それは事実のようだ。


「ふぅ、やっぱり本物のビールは美味しいわ。菜ノ花ちゃんは寂しいわね、お酒飲めなくて」

「ですね、私だけ未成年ですからね」

「あ、みこちゃんもいるよ?」


 と、指さす方を見ると、『野乃屋』のみこが、佐川さんに日本酒を注いで媚を売っている。


「話してきたら? 未成年同士」

「いいですよ、特に話すこともないですし」

「あれ? もしかして、みこちゃんのこと嫌ってる?」


 ぐっ、意外に勘の鋭い三十手前だ。でもなんか、あいつのことであれこれ気を使うのも面倒くさいな。


「まぁ、好きじゃないかもですね。向こうはなにせ、商店街の子供の鑑なんですから」

「変に屈折してるのね、菜乃花ちゃんも。あの子はいい子よ? ちゃんとお話したことないんじゃない?」


 そう言われてみると、そうかもしれない。

 私の家の斜め向かいに住んでいて、たまに顔を見かけることはあるが話はしない。あいつは商店街大好き人間で、私は商店街が嫌いなので当然と言えた。


「話したいとも思いませんよ。どうせ商店街の話オンリーでしょ?」

「まぁ、そうだけど。お互いにいい刺激になると思うけどなぁ」

「やめときますよ。あ、ビールなくなりましたね」

「ホントだ、向こうを侵略してくるわ。またね」


 と、かわいらしく手をひらひらさせながらビールを求める旅に出かけた。


「あなたには言いたいことがいろいろとあるの」

「うぉっ、千明さん」


 右下にいつの間にか千明さんが立っていた。なんで毎回知らない間にいるんだ、この人?

 千明さんの顔は真っ赤で、目がなんというか、座っていた。そんな顔で私を見上げ、中指でメガネを押し上げる。


「私はいつも、あなたにきつい言い方をしてしまってるわよね。皮肉を言ったりだとか」

「はぁ……、私が怒られるようなことをしてるからですよね」


 ここでいつも以上の苦言だろうか? 酔うと説教するタイプ?


「それにしたって言い過ぎよ。でも、私はあんな態度しか取れないの。本当にごめんなさい……」


 と、うなだれた。

 え? いきなり謝られた。


「いえいえいえ、気にしてませんから。ていうか、私が悪いんですから」

「特にあなたが復帰した初日は酷かった。『今すぐ消えて』だなんて酷すぎた……」


 さらに深くうなだれる。


「いや、あれも私が悪いんですし」


 やる気もなしにヘラヘラと店に舞い戻った私に怒りを感じるのは当然だ。ていうか、未だにやる気なしで働いてるし。

 千明さんが顔を上げる。


「その上で言いたいの」

「は、はぁ」


 怒られる、今度こそ怒られる。殴られるくらいの覚悟を決める。

 千明さんが中指をメガネのブリッジに当てた。


「お店を継ぎたくないだなんて考えには、未だに共感できないわ。それにあなたは相変わらずやる気を見せない」

「はぁ、やっぱやる気なしはマズいですよねぇ……」


 手を下ろした千明さんが私をしっかりと見つめる。


「でも、最初にあった悪く思う気持ちはもう消えている。今の私はあなたを嫌ってはいないわ。そのことを、知っていて欲しいの」


 言い終わると千明さんは肩の力を抜いて息を吐いた。

 そうなんだ、嫌われているわけではないのか。だったらこれからはもっと仲良くなれる?

 私は勢いよく手を差し出す。


「じゃあ、これからもよろしくお願いします!」


 しかし千明さんはその手をじっと見たまま身動きしない。

 そして首を傾げる。


「それはどうかな?」

「あ、そうですか……」


 どうやら握手はお気に召さないらしい。ガード堅ぇな。

 大人しく手を下ろす私。

 顔を上げた千明さんがメガネに手をやった。


「それに、あなたと下手に仲良くなると、彼女に誤解されてしまうと思うの」

「彼女って誰です?」

「あなたの恋人、縁さんよ。誤解から生じる三角関係。よくある話だわ」


 恋人? 縁が? おいおい、この人勘違いしたままだよ。まぁ、あれからフォローしてないんだけど。


「いや、縁はただの友達ですから。恋人とかじゃありませんから」

「そうよね、世間からは隠し通さないといけない、茨の道よね……」


 何度もうなずく千明さん。


「いやいやいや、それ誤解ですから。頼むから私の話を聞いて下さい」

「あなたたち、お似合いのカップルよ。私も影ながら応援させてもらうわ」


 言いたいことだけ言うと、ふらつきながらどこかへ行ってしまった。

 マジで勘弁して下さい。

 ああ、でも嫌われてるわけじゃないのが分かったのは収穫だ。じっくり頑張って仲良くなっていこう。うん!


「こんばんは、菜ノ花さん」


 左下から声がしたので見てみると、『野乃屋』のみこの奴が立っていやがった。相変わらずのチビだ。


「こんばんは、みこさん。楽しんでる?」


 愛想の良い私は心にもない笑顔で応対する。


「楽しいですよ。みんな面白いですし」

「そう? 酔っ払いなんて、碌でもないのばっかりだよ」

「菜ノ花さんは楽しんでますか?」

「いや全然、今日も無理矢理に駆り出されたんだし」

「菜ノ花さんて、なんで私のこと嫌いなんですか?」

「え? いやぁ」


 いきなり直球ど真ん中できやがった。


「店先で会っても必ず露骨に目を逸らしますよね」


 そうしないと、例の愛想良さで心にもない対応をしてしまうからだ。私と真逆のこいつとは仲良くなりたくなかった。


「私達、商店街の娘同士として仲良くなれると思うんですよ」


 真っ直ぐこっちを見上げている。かなりウザい。


「たまたま商売やっている家に生まれてしまった私と、うまい具合に家の商売が天職だった君とは全然違うよ」


 目を横に逸らしてしまう。

 すると奴は回り込んでこっちの視界に入ってきやがった。


「天職とか関係ないですよ。要は好きか嫌いかですって」

「いや、私嫌いなんだけど、花屋も商店街も」


 あんたもね。

 もうとっくに腹が立っているので愛想良くできない。きつい言い方をしてしまう。


「そんなのもったいないですよ。家がお店やってるって、ラッキーなんですから」

「ラッキーねぇ」


 そんな発想、今まで一度もしたことがない。楽天的すぎるよ、こいつ。


「そうですよ。小さい時から仕事を教えてもらえるんですから。菜ノ花さんも小学校の頃からお店手伝ってましたよね?」

「あの頃は洗脳されてたからね。君の場合、今でも洗脳されてるんだけど」

「そんなことないですよ? 私は自分の意志で仕事してますから」

「そう思い込んでしまうのが洗脳の怖いとこなんだよ。私は洗脳が解けて、もうすぐしたら正式に店を継がなくて済むようになるんだ。自由。私は自由を得るの」

「私は『野乃屋』を継ぎたいってずっと昔から思ってるんですよ。心の底からそう思ってるんですよ」


 そう言って、うなだれてしまった。

 洗脳は言い過ぎたかな? まぁいいや、干渉してきたのはこいつなんだし。


「継ぎたきゃ継げばいいじゃん。君は和菓子屋を継ぎ、私は花屋を継がない。それでいいじゃん」


 まだうなだれている。やっぱり言い過ぎたかな?

 今、私の目の前でうなだれているチビは、私とは正反対の存在だ。だからちょっと、聞いてみたくなった。


「和菓子屋は君の居場所なんだ?」

「そうですよ」


 ようやく顔を上げた。

 居場所か、私の場合はどこなのかな?


「天職なんだ?」

「そうなんです」


 私は見付けられそう?


「店に愛着がある?」

「ええ、当然です」


 私はどう思ってる?


「そのために努力してるんだ?」

「常にですね」


 これはしてないや。


「君は幸せだね」


 皮肉ではなく、自然にそう言ってしまう。


「ええ、私は幸せですよ」


 そう言って、満開の笑顔を見せた。

 見ているだけで温かくなる、真っ直ぐな笑顔だ。


「私、君のことが嫌いだったんだ」

「やっぱりですね」

「でも、ちょっとだけ嫌いじゃなくなったかもしれない」

「ああ、あくまで『ちょっとだけ嫌いじゃなくなったかもしれない』なんですか」

「今はね」


 軽く手を上げるあいさつをしてその場から去った。

 彼女の笑顔に憧れただなんて、そんなの私だけの秘密だ。


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