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九章 バイト店員が怒るのも無理からぬことだ。自覚してる……。

 咲乃先輩と縁の抗争……というか、一方的に縁が攻撃されていたのだが、とにかく板挟みで疲れ果てた。せっかくの休みなのに、何してんだ、私は。

 それはそうと、咲乃先輩が私に言っていたことは、ある程度は本当のことのように思えた。

 私は花屋の仕事が面白くなりかけている。そして花屋は私の居場所かもしれない?

 でもなぁ、やっぱりあの母の思惑に屈するのは我慢ならないよ。

 花屋に戻ると、私以外のメンバーが忙しく働いていた。

 千明さんは基本感情を表に出さない人だが、接客に際しては微笑みを浮かべて丁寧に対応する。そして商品知識が豊富で、お客に合った商品を的確に勧めている。そうした対応に好感を持つお客は多い。

 私が接客でまごついてると横から助けてくれたりもするが、それは私のためではなくお客に迷惑をかけないためだ。

 昨日も、


「お店に出るなら、もっとやる気を出してちょうだい」


 と言われてしまった。

 その通り、私は店の仕事に対してやる気を出そうとしていない。仕方ないじゃない、この手伝いは花屋を継がないためにしてるんだから。やる気を出して仕事に励んでしまえば、花屋を継ぐことになってしまうんだ。

 そんなの嫌だった。

 私はあの母の支配から脱して、縁と同じ大学で楽しいキャンパスライフを満喫するのだ。


「見てみ、千明ちゃんは実によく働いてくれてるだろ? やる気のない菜ノ花とは大違いだ」


 後ろから母に言われてしまう。


「母さん、また咲乃先輩を操って私に揺さぶりかけたでしょ? やり方が卑怯だよ」

「結果的にあんたのためになりさえすれば、どんな手使ってもいいんだよ」


 しれっと言いやがる。


「私のため? 単に母さんは私を支配したいだけだよ。どんな手使われても、私はこんな仕事に本気出さないから」

「嘘付け、ホントは花屋の仕事がしたくてしたくて身体がうずいてるくせに」

「そんなわけありません~」


 くそっ、咲乃先輩からの情報はすでに届いてるのか。


「ああ、それともアレかぁ。やる気ないふりして実力ないの誤魔化してるんだ?」


 などと細めた目で私を見ながら首を振る。実に嫌な感じだ。


「なにそれ?」

「あんたの作るブーケって、結局私が手を入れないと売り物になんないじゃん。そういうの、認めたくないんだよ。ケチなプライド抱えてさ、やる気ないからできないんだって自分に言い訳してるんだよ」


 大げさに肩をすくめる。さっきの咲乃先輩もそうだが、こいつも人の心を確実にえぐってくる。

 確かに今の私は自力でブーケを仕上げられない。「どっからどう見ても駄目だろ、分かんないのか?」とか言われながら母に手直しされるのを悔しく思っている。

 だからと言って本気を出す気はない。花屋の仕事に引きずり込まれるわけにはいかないのだ。

 悔しいけど、本気を出すわけにはいかない。私なりにジレンマを感じているというのにこの女は。


「なんでそういう言い方しかできないの? 母さんて」

「だったら早く売り物になるブーケ作れるようになれ。できるんだったら、だけどねぇ」


 などと言い、ひらひらと手を振りながら店の中に入っていった。

 なんて言い草だよ。

 でもあれは挑発だ。ここで本気を出してブーケ作りに精を出したら、あいつの思惑どおりになってしまう。

 やってられるか!




 この花屋では店頭販売の他にネットでの販売もやっている。田舎のちっぽけな花屋の生き残り戦術だ。わざわざ店のサイトを作って注文を受け付けていて、父が受注から発送までの全てを担当していた。

 そうやってネットから注文を受けたブーケを父の代わりに私が作っていると、いつの間にか隣に千明さんが立っていた。とりあえず私なりに仕上げたので、彼女に意見を求めてみる。


「この当たりに変化が欲しいわね」

「あー、なるほど。スターチスってありましたっけ?」


 いくつもの小花が集まって咲くスターチスがちょうどいいように思えた。


「白とピンクが昨日入荷したわ」

「じゃあ、ピンクの入れます」


 切花のコーナーにあったピンクの花をブーケの中に組み込んで、全体の様子を見ていく。こんなもんかな?

 

「お、まぁまぁできてるんじゃん」


 後ろから母が覗き込んできた。


「これでオッケー?」

「まだ駄目。貸せ」


 そしてブーケは奪い取られ、全体にもっと広がりを持たせた配置で戻ってきた。それぞれの枝の長さを微妙に変えていくことで躍動感も得られている。むー、悔しいが確かにこっちの方がいい。


「じゃあ、形を崩さずラッピングまでしろ」


 言われた通り、お客に渡せる状態まで仕上げてしまう。

 出来上がりを見ていると、千明さんがまた隣にいた。


「あなたって……」


 ここで言葉を句切り、メガネのブリッジを中指で押し上げた。


「本当に気に入らないわ」


 冷たい視線を向けてくる。

 ええっ、また気に入らない発言だ。なんか、いつまで経ってもこの人は私に心を開いてくれないよなぁ。いいや、ここでへこたれてはいけない。


「どういうところが……ですか?」


 恐る恐る聞いてみる。深くため息をつく千明さん。


「やればできるくせに本気を出さない人って、見ているだけで腹が立つの」

「やればって……私が?」

「そうよ。私が少しアドバイスしたら、あなたは的確に花を選んだわ。見事なものよ」

「いや~、それ程でも」


 なんか褒められちゃった。


「でもね」


 またメガネを上げる。


「あなたはお店に今、何の花があるか把握していなかった」


 冷たく睨まれてしまう。


「やる気がないのよ。覚えようとしていない。そこが腹立たしいの」

「はぁ、すみません……」

「店長はあなたがお店に出ているだけで上機嫌だけど、私はそれだけじゃ納得できない。私にとって、このお店はとても大切な場所だから」

「居場所、ですか?」

「そうかもね」

「居場所ってどうやったら見付かるんですか?」

「え?」

「え?」

「なんで私があなたにそんなこと、教えないといけないの?」

「いや、はぁ」


 心開いてくれねぇ。

 まぁ、でも言われてみるとそうなのかなぁ。私と千明さんは何かアドバイスをしてもらえるような仲ではないのだ。むしろ千明さんからは、嫌われてる?

 はぁ、寂しいなぁ……。


「居場所を見付けられなかったらジ・エンド。あなたがそうなろうと、私の知ったことじゃないわ」

「ですよねぇ」


 お客が来たので、千明さんはそっちへ行ってしまった。

 やっぱりやる気がないのはマズいかなぁ。

 同僚がやる気を出さないでいるのは、千明さんにとっては腹が立つことなのに違いなかった。自分は真面目にやっているのに、同僚は手抜きしているのだから。

 でもなぁ……。

 私がぼさっと突っ立っていると、いつの間にか隣に千明さんが立っていた。


「私は接客に向いてないと思うの」

「え? そうですかね?」

「あなたみたいに愛想の良い笑顔を作れないから」

「でもいつも微笑んでるじゃないですか。あれはあれでありだと思いますけど」

「あれ、微笑んでるんじゃなくて、全開の笑顔なの。私的には」

「は、はぁ……」


 そうなんだ。でも、あの微笑みは品があっていいと思うんだけど。私の間抜けな愛想笑いよりかは余程いい。


「無愛想な自分を変えたくてバイトを始めたの。元々花は好きだったけど、実際に働いてみると知らないことだらけだったわ。だから必死で勉強した。ノートを作って店長達にしつこいくらい質問して。そうやって必死で働いているうちに、『シャーレー・ポピー』は私の居場所になったの。相変わらず接客は駄目だけど」

「接客も駄目じゃないと思いますけど」

「だとしたら、それも努力の賜物ね。そう、私は努力した。努力して努力して、ようやくこのお店の役に立てていると自負できるようになった。一方のあなたは何?」

「はぁ、やる気なしはマズいですよねぇ」

「その通りよ。あなたは愛想もあるし、ブーケを作る能力もある。なのに努力せずに全てを台無しにしている。私から見たらすごくもったいなく見えるの」

「え? もったいない? 腹立つじゃなくて?」

「もったいないことをしているから腹が立つの」

「なるほど……」


 どっちにせよ、腹は立ってるのか。もったいないか……、買いかぶりな気がするけど。


「あなた、本当に居場所が欲しいの?」

「ええ、でないとジ・エンドなんでしょ?」


 ジ・エンドは勘弁だった。どこでもいいから居場所を見付けたい。

 千明さんが私を見上げた。


「居場所というのは向こうから勝手にやってくるものじゃない。自分から手を伸ばさないと届かないものなの。居場所が欲しいとあなたが願うなら、つま先立ちをして手を伸ばすべきなのよ」


 言い終わった千明さんは顔を逸らした。


「喋りすぎわ。忘れてちょうだい」


 そして背を向けて歩きだす。

 私を嫌っているはずの千明さんがアドバイスをくれた。これって、すごいことじゃないだろうか?

 私は一歩前へ踏み出した。


「ありがとうございます、千明さん!」


 振り向いた千明さんは顔が真っ赤だ。


「べ、別にあなたのために言ったんじゃないんだからっ! お店のためよっ!」


 今時あり得ないようなツンデレゼリフを口走った。


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