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七章 先輩とのお喋りタイムはまさに至高!

 五月十一日は母の日。花屋の稼ぎ時。まさに地獄だった。

 次の週、身体の疲れが取れないままダラダラと仕事をしていると、土曜になって昼から休みをもらえることになった。それを直前に言うのが我が母だ。いやまぁ、休みをくれるのはありがたいけど。

 そこで縁と連絡を取り、三十分後に駅前のバーガー屋で会う約束をする。

 二十五分後、商店街を通って駅前に向かっていると、急に上から声をかけられた。見上げると、『八百森』がある建物の三階から咲乃先輩が身を乗り出している。


「ちょっと待ってな、菜ノ花!」


 咲乃先輩のレアなパジャマ姿を脳内で反芻していると、普段着に着替えた先輩が『八百森』から出てきた。そのままバーガー屋へと向かう。


「先輩、今まで寝てたんですか?」

「ううん、借りたマンガをゴロゴロ読んでたよ」

「いいですねぇ。その頃私は勤労少女してましたよ」

「酒屋と不倫したり、忙しいよね」

「その話はやめて下さいよ」

「いや、その話が聞きたいから出てきたんじゃない」


 そうして酒屋の二郎さん夫婦の一件を説明させられた。


「はぁ! さすが文香の姐御だねぇ!」


 バーガー屋の二階で咲乃先輩が大きな声を上げる。


「いや、私、大迷惑だったんですけど」

「でも、二郎さん、菜ノ花、橘君の三人を一度に罰したんだよ? さすがだよ~」


 首を横に振って感心することしきり。


「大絶賛ですね」


 若干皮肉を込めて言ってやる。


「大絶賛だよ。さすがは憧れの先達だなぁ」


 咲乃先輩がこうやって他人を褒めることは滅多にない。ちょっと悔しくなってくる。


「でも穴だらけの作戦ですよ。単に結果オーライなだけで」

「結果的に円満解決できたんならそれでオッケーじゃない。菜ノ花にも橘君にもダメージ与えられたんだし、言うことなしっ!」


 などと言って、親指を立ててウインク。くそっ、かわいいけどムカつく。


「花屋の本業以外のとこで疲れますよ。変なTシャツとかネコ耳とか」

「まぁ、それが姐御の下で働くってことだからねぇ。で、本業の方はどう? もう一ヶ月経ったわけだけど。充実してきた?」


 身を乗り出して聞いてきた。


「充実、ですか? どうでしょうかねぇ。昔教え込まれたこともそこそこ思い出してきましたけど、相変わらずやる気にはなれませんねぇ」

「そんなんでよく接客なんてできるね」

「まぁ、元々愛想だけはいいですから」


 それだけで日々乗り切っているかんじだ。


「でもあれこれ聞かれたりもするんでしょ?」

「そうですねぇ……。花の種類だけはなぜか覚えてるんで、聞かれたら一応答えられますね。この花は匂いがきついとか、虫が付きやすいとか。ただ、商品としてどう扱えばいいのかがよく分からないんですよ」

「と言うと?」

「前に縁の奴にしてやられたんですけど、どういう商品をどういうお客に勧めたらいいのかがよく分からないんですね。鉢物がいいのか……アレンジメントがいいのか……どの程度の大きさのものがいいのか……どの程度の価格のものがいいのか……。母には商才がないって罵られてますよ」


 だから接客はできるだけ避けたいのだが、母はそんな真似を絶対に許さない。文字通り首根っこひっ捕まえてお客の方へ放り込む。そして私は冷や汗をかきながら応対するのだ。


「花は好きなんだ?」

「うーん、どうなんでしょ?」


 好きか嫌いかはあまり考えたことがなかった。

 でもどうなんだろ? 花の種類も特徴もちゃんと覚えている。いろいろとある花の世話も苦にならずできている。花屋の仕事は好きではないが、花が嫌いというわけではなさそうだ。


「まぁ、花はきれいですからね、普通に」

「ほら、ホントは好きなんだって。だからちゃんと覚えてるんだよ。逆に商売には興味ないから売り方が分からないのかも。商売の方もその気になって興味持ったら、売り方も分かってくるよ」

「そうですかねぇ」

「まぁ、商売のことは置いといて、まずは好きなことから伸ばしていこうか。花は好きだとして、ブーケとかは作れるようになったの?」

「まぁ、昔程度には作れるようになりましたよ。それでもそのままでは売り物になりませんし、イメージの方向性とかも親に言われないと分かりませんが」


 今のところ、どういう方向性のブーケを作るかは両親に決めてもらっている。

 ブーケにしろフラワー・アレンジメントにしろ、お客が求めるものを作らないといけないのだが、お客自身どういうものが欲しいのかよく分かっていないことが多い。そんな時でもお客が気に入るものを作らないといけないのだ。あまりにも無茶振りである。

 でも両親にはだいたいの見当が付くようなので、こういうのを作れ、と指示してもらっている。

 そして出来上がったものは親のチェックを受け、手直しされた上で商品として出される。


「作るの楽しい?」

「まぁ、そうですねぇ……」


 言われて考えてみる。

 指示が出ると一生懸命花束を作っていく。方向性に合うような花を選び、色や形のバランスを考えながら束ねていくのだ。

 うーん、この時私は楽しいのだろうか?

 集中できる作業ではある。

 頭はフル回転。手先や目の注意力も段違い。

 そして胸がドキドキしている。

 あの時の高揚感というのは……。


「楽しいんでしょうね、多分……」

「そういうのがあるんじゃない。やる気がないって言ってるけど、言うほどじゃないんだよ。花は好きだしブーケ作りは楽しいんだから。もっと花屋の仕事と向かい合うといいよ」

「うーん、そうしたら居場所になるんですかねぇ?」

「何それ?」

「本屋の響さんは本屋が居場所らしいんです。服屋の義文叔父さんは服屋の仕事が天職。酒屋の二郎さんは酒屋に愛着が。そうやって、自分の仕事に何かを見つけてる人って、幸せそうに見えるんですよねぇ」


 実際に接してみてそう感じた。

 今まで意識していなかったこういうことに、最近は考えが行くようになっていた。うーん、心境の変化って奴か?


「なるほどねぇ。やっぱり本気で仕事した方がいいんじゃない? いろいろと得るものがあるんだよ」

「でもなぁ、それじゃあ初志が揺らいじゃいます。私はですね、花屋を継ぎたくないっていう自分の意志を、あの母に突き付けたいんですよ。そうしないと、いつまで経っても負けっ放しですから」

「なんかそれって、つまんない意地だと思うけどなぁ。もっと自分の心に正直になりなよ。せっかく見えてきた大事なものを、取り逃がしちゃうよ」

「うーん」


 私なりに頭をひねってみる。

 この三ヶ月をやり通すことで、花屋を継ぎたくないという私の意志の強さを証明する。私はそういう決意の下、花屋の手伝いなんぞに励んでいる。

 それがつまらない意地?

 本気で花屋の仕事をすることで得るものがあるとすれば、みすみすそれを手放していいのだろうか?

 うーん。


「あ、やっぱり駄目ですね。今さらやる気出すなんて、なんか腹立ちますよ」

「え? なんで腹立つの?」

「あの母の思惑に乗ることになっちゃうんですよ。なんて言うんですかね、思ってたほど過酷なことしてこないんです、あの人」

「まぁ、姐御が本気出してれば、菜ノ花はこんなとこで呑気にポテトなんてかじっていられないよね」


 今頃自分の部屋で死んだように寝ているはずである。ていうか、休み自体ないだろう。


「でしょ? どう見ても手加減してるんですよ。でもそれは罠なんです」

「どんな罠?」

「そうやって、花屋の仕事に引きずり込もうとしてるんです。今回の手伝いが終わった後に、私が自発的に店を継ぐって言い出すように仕向けてるんですよ」

「ピンポーン!」


 咲乃先輩が私を指さしてくる。


「あ、やっぱりそうですか」

「まぁ、姐御らしいよね。手伝いの話を言い出したのは久秀さんかもしんないけど、そこでへこたれる姐御じゃないし、状況をうまく使う気マンマンでしょ?」

「だから絶対にやる気なんて出してやらないんです」

「それってもったいないなぁ。嫌々やってたら、時間を無駄にするだけだよ?」

「でもあの母の思惑に乗るのは絶対に嫌なんですよ」

「はぁ、面倒くさい母娘だよ」


 咲乃先輩が肘をついてため息をこぼす。


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