惑星ノック
「う、うわああああ!!!!!」
まばゆいひかり! めがくらむ! だれだ! そんざいがにんしきできない! りかいをこえている! それがきょうふにつながっている! とてもこわい! ぼくのなか の なにか が くずれる! う ち ゅ う の ほ う そ く が み だ れ る !
※
「ここがオカルト心理研究部か」
私立素敵学園高等部二年十組、梶仁右衛門は旧校舎にいた。
人気の無い廊下はどこか不思議な感じがするなぁと梶は思う。
「えと、私はこれから先生に報告に行きます。それにこの野球ボールも私が返しておきますので、もう遅いですし、梶くんは下校して下さい。さようなら、また明日」
と、クラス委員長にそう言われたにも拘らず梶が今だ帰宅せずここにいるのは、やはり彼女に指摘されたとおり、梶にはある企みがあるからであった。
梶は今一度目の前の教室のサインプレートを見上げる。
『オカルト心理研究部』と、確かにそこには書かれている。
「よし、すいませーん!」
とんとん、と扉をノックする。先ほどから物音一つしないので留守かもしれないが、一応礼儀としての行為。
ガタン! と中で音がした。ガタガタン! ぎゃーっ! と絶叫が聞こえる。
非常事態だろう。梶は遠慮がちに扉を開ける
。
空き教室なのか大量の机と椅子があった。
しかしそれらは整然と並んでいない。まるで何かの儀式のように、円を描いて並んでいる。
「ここがミステリーサークルか」
独白する梶。部活と机の円のダブルバインドだった。
扉の前まで迫っている机に足を掛けて、教室に這入る。
目線が高くなったのでサークルの中心を見る。
「っ!?」
倒れた机と椅子の横に、倒れた女子がいた。
小さな身体の腰ほどまである髪と、その頭で揺れるアホ毛。だが目線は。
はだけたスカートの中。その女子はパンツを履いていなかった。
「はっ、 な、何事!?」
少女が起き上がった。梶と目が合う。
「ぼくのぱんつ、み、見たな!」
「み、見てねえよ!」
本当に見ていなかった。
え、ていうかパンツはいてたの? 肌色だった? いや待て真っ先にそれ気にするって逆に怪しい気がするけど、え? 履いてたっけ?
「何か言えよ!」
「な………」
何といえばいいんですか………。
「何してたんですか………?」
「ていうか誰だよお前!」
「あ、すみません、えっと」
ぎらぎらとした敵愾心が言葉を詰まらせる。
「あの、実は僕、迷ってしまったみたいで、ここはどこなんでしょうか」
「………ここは旧校舎だよ。いつも通ってる校舎はあっち、見えてんじゃん」
「えーと、あぁ、ほんとですね」
少女が指差す窓の向こうに、確かに白い校舎の頭が小さく見えていた。
「すみません、僕今日この学園にきたばかりで」
「………ふーん転校生なのか。まあ、ぼくも数年この学園に通ってるけど、自分の教室以外覚えてないしな、仕方ない。あるある」
───あほの子なのかな。
「ぼくは檻川香織っていうんだ。お前は、なんていうの?」
「僕は二年十組の梶仁右衛門と言います」
「時代劇かよ」
「…………は?」
「い、いや、名前がさ、ほら、」
「あの、先輩」
「…………何だよ」
何故か機嫌が悪くなってる檻川。気難しい先輩なのかなぁ。
「一応僕、入部希望者、なんですけど」
織川のアホ毛がぴょこんと揺れた。
「へ、へーふーん、入部希望ねぇ、ほほー」
急にそわそわと倒れた机と椅子を直し出す。何と無く椅子の位置が梶に違い。ちょろい先輩なのかもしれない。
「ちなみに、この部活道の内容は知っているのか?」
「…………」
言葉に詰まる。梶、痛恨のミス!
訝しそうに、織川は眉をひそめた。
「何だよ、知らないで入部しようとしたのか。ま、まさか私のおっかけか?」
「……………………………」
「…………、………」
「あ、実を言うと、そうなんですよ、ええ。
はは、さすが檻川先輩だな。僕の気持ちも、お見通しってわけだ」
「え、ええええ!? え、あ、待っ ほほほんとにぼくのこと!? 」
「I love you」
「ら、らぶ……!? えーっ!」
「I miss you」
「み、みす……!? え? あ、あいむひやぁ!」
「lol」
「なに笑ってんだお前……」
「─────ぱんつ」
「は?」
「ぱんつ、本当に履いてますか?」
「は、はあああぁぁあぁああ!?!?!?」
「いやそのですね、実はぶっちゃけると、先程檻川先輩が転んだとき、ぱんつが見えなかったと言いますか、いや、もし肌色のぱんつを履いているならそれはそれで構わないんですけど、もしぱんつを」
「ぱんつぱんつうるさーい!」
ばん! と机を叩く織川。
「貧乏で悪いか!」
「───────」
───何だそのどちらとも取れるような発言! 履いていない可能性! 履いているがその色を気にして恥ずかしがっている可能性!どちらでもグッド!
この先輩、分かっている!
「うぅー! やっぱりへんたいじゃないかお前……っ!」
檻川は既に顔を赤らめ、涙目になっていた。アホ毛がゆらゆら揺れる。
何ていたずら心を刺激される先輩なのだろう、彼女は。
しかし引かれては意味がない!
「話を戻しましょう、檻川先輩。真面目に、入部希望の理由について話します」
「…………ぐすん」
「去年の入学式のことについて」
「────入学式……」
取り乱していた檻川だが、そのワードに目敏く反応を示す。
「当時世間ではそれなりに話題になったあの能力者による大規模なテロです。卒業生不知火海宰の能力を利用したあの無差別殺人事件を、檻川先輩は覚えていますか?」
「も、勿論知っている。この旧校舎も不知火海の能力をモロに受けた」
「確か、この旧校舎の目の前にある荒地は、元々グラウンドでしたか」
「そうだ。不知火海の能力範囲が拡大したので、グラウンドもこの校舎も現状手をつけられんらしい。全く、迷惑な話だ」
やれやれとばかりに檻川が肩を竦めた。
「あ、もしかしてこの空き教室、無許可で使ってるんですか」
「はは、さて、どうだろう」
椅子に深く腰掛け、考えを巡らせる。
────現状、気になることと言えば、
「随分と、馴れ馴れしく呼ぶんですね」
「ん?」
「卒業生の不知火海宰のことを、まるで友人のように」
先ほどから不知火海と呼ぶときの彼女からは、知り合いについて話すとき特有の気安さのようなものが感じられた。
あぁ、と相槌をうつ檻川。
「いや、友人というほどの仲ではないよ。ただぼくが一年のとき、彼は三年生だったというだけだ」
「………へえ」
何か違和感が、あったような。
「話を戻しましょう。不知火海宰の『惑星ノック』を逆手に取った一年前の事件を」
「ストップ」
檻川はぴっと腕を前に伸ばし、話を止めた。
「………なんでしょう」
「お前はあれか。話をするときは紆余曲折、捻りに捻ってだらだら話したいタイプか?」
「まさか。勇気凛々、直球勝負を旨とする僕に何てことを言うんですか」
「ぜ、絶対嘘じゃん……変態じゃん……」
ナチュラルに変態の烙印を押されていた梶。
「まあ、つまり、ぼくが言いたいのは、話が長くなるのはこれからということだ。
箝口令こそ敷かれていないが、去年の事件は異常なほど世間に渡った情報は少ない。一つ一つ事実確認しながらの話は相当気が遠いぞ」
「…………」
確かにその通りだ。しかしここで梶が頷いてしまっては、話が終わる。
仕方ない。
「僕の友達が、死にました」
「…………それは、どういう」
「これからする話の、オチです」
─────しん、と一瞬、教室が静まり変える。この学園に通っている以上、檻川も馬鹿ではない。梶が醸す空気を感じ、一応は聴く姿勢を取った。