チープチーフ
「梶くんはつまり部活道に入りたいということですか」
放課後、梶は広大な素敵学園の高等部校舎の廊下を十組委員長鐚上千代子と歩いていた。
「とは言っても梶くんの希望というものもありますし、特に入りたい部活道や、やりたいことを言ってくれると、私も候補を絞りやすいのですが」
「うーん………」
私立素敵学園は小中高一貫高であり、同じ敷地内で12年間、綿密に定められたカリキュラムを受けることとなる。
中高、早くは小学生の頃から、腰を据えて部活動に励めるので、自然とこの学園は部活道の数が他の学校とは一線を画すほどの差があるのだ。
「何というか、楽な部活動がいいな。殆ど活動していないような」
「はぁ、何というか、随分と気の抜けた話ですねぇ。この学園の部活動に入りたいというのにやる気がないとは可笑しな話です。
梶くん、何か悪巧みでもしてるんですか?」
「ぎく!」
「ぎく?」
「い、いや………はは、そんなわけないでしょ。気にしすぎだよ、鐚上さん」
「梶くん」
「………はい」
「思い出しました」
「は?」
「ありますよ、部員が一人しか在籍しておらず、その部活動内容も不明瞭、幽霊部員ならぬ幽霊部活道のようなところが」
「あ、あぁ、そっちね」
梶はほっと胸を撫で下ろす。昔から鐚上は変わらず妙に鋭いときがあり、ぎくりとすることもしばしばであった。
「それで、一体何ていう名前の部活動なの、それは」
「えと、確か、オカルト心理研究部」
「うわ胡散臭い」
躊躇わず本音が出た。
「そうですね、あまり内容も把握していない部活動に友人を勧めるというのも頂けないものです………あら?」
ふいに鐚上の手が梶の首元に伸びた。急に女子の顔が近付いてきたので、どぎまぎと思わず足を止める。
「び、びたーさん………?」
「その呼び方はやめなさい」
「ぐえっ」
首元を締められる。鶏の気分。思わず口をついて出た名前は、そういえば昔男子数人がからかって呼んでいた「ビターチョコ」という鐚上千代子のあだ名だった。
「動かないで下さい、襟元から解れた糸が出てます。何か切るものがあればいいんですけど、手で引っ張るわけにもいきませんし………」
困り顔の委員長。直後、梶たちの数メートル先で窓ガラスが凄まじい衝撃音と共に割れた。
ガラスの破片が派手に散らばる。足を止めなければ、確実に巻き添えを食らっていた位置である。
「な、何!?」
「落ち着いて鐚上さん。どうやら野球ボールか何かが窓ガラスに当たったみたいだ」
「………そう、ですか、びっくりしたぁ」
「そうだね。じゃあ先生呼んでくるから、ちょっとここで………って鐚上さん!?」
鐚上はてくてくと窓ガラスが割れた場所まで歩いていくと、なぜかその場所でしゃがみ込んだ。
あ、危ないよ鐚上さん………。
「うん、これでいいかな。梶くん、ちょっとこっち来てくれますか」
「あんまり近付かないほうがいいよ鐚上さん。怪我でもしたら大」
変。そう言うつもりだった梶の首元に、再び鐚上が手を回した。その手にはガラスの破片があった。
「ひい!」
「………たいひい、って何ですか。はい、解れた糸は切りましたんで」
「い、今のもしかして鐚上の能力………?」
「私の能力は自動ですけれど、多分そうじゃないですか?」
手に鋭いガラスの破片を持って、鐚上は上品に笑った。
………………いや怖いよ、ビターさん。