プロローグ・夢蓑虫
「在校生代表、祝辞」
昇る朝日が辺りを照らす春の早朝、私立素敵学園高等部、入学式!
「はい!」
雄々しい返事と共に朝礼台に向かう青年の顔は凛々しく、そしてそれ以上に、何やら異常なほど険しかった。
年は17、性別男、高校二年生、名は鬼道小唄。
学業優秀、品行方正、その上眉目秀麗。完璧の皮を被った完全と言われ、覇道ならぬ道を知らぬ彼の人生は、この学園においてもなお並々ならぬ輝きを発していた。
能力は学園トップ。二年でありながら壇上に上がる彼を、一体誰が非難できようか。
いっそう大きな風が吹く。砂埃がグラウンドを舞い、在校生、新入生、教師達の視界を数瞬遮る。
彼らが次に目を開けたとき、朝礼台には既に後光煌めく小唄の姿があった。
───現在素敵学園には体育館が無い。
卒業生不知火海宰の能力『惑星ノック』の名残りで、建てる度に小型隕石が体育館を直撃し粉々に破壊するからである。
青空の下、入学式は粛々と進む。
「新入生代表、宣誓」
だがそれもここまでの話!
「夢蓑虫」
壇上に上がった人物が呟いた。これから始まる物語の序章を告げる、怨嗟の言霊を。
──────空が瞬く。
煌々と輝くそれを、一体何人の生徒が目撃したのだろう。
流星群が超音速で地上に降り注ぐ間際、小唄は、グラウンドに建つ幾つもの体育館を見た。
※
「ーーーじゃあ転校生くん、自己紹介してくれるかなっ」
私立素敵学園高等部2年10組の黒板に、黒陶育代は一筆書きで名前を認めながら、横に並び立つ男にそう促した。
「はい! 埼玉県立魅惑高校から来ました、梶仁右衛門です。みんな仲良くして下さい!」
背筋をぴしっと伸ばしながら梶がお辞儀するやいなや、クラスのうら若き男子女子その他が沸き上がった。
「梶くーん!」「カジもんよろしく!」「仁の字ぃー」「よっ、にえち!」「その他ってなんだー!」「あたしの事よッ!」「こら鎌ちゃん怒鳴らないのーっ!」「先生! 先生は女子に入らないと思うので沸かないで下さーい!」「ぶぶー。委員長ちゃん、先生もその他の枠に入ってるのでセーフなんですーっ!」
梶は和気藹々としたクラスに早くもとけ込んでいたが、それは何もこのクラスが特別な訳では無く、実は彼、ここにいる大半とは既に知り合いなのである。
一番前の席に座っている少女が、堪えきれないように笑った。嬉しそうにたれ目が細まる。
「ほんと梶ちんお久しぶりだよー」
「あ、良乃。久しブリーフ」
「うわつまんな」「帰れよ」「これには幼馴染も落胆の色を隠せない様子」「ぶーぶー」
温度差の激しいクラスメイトである。担任の育代のブーイングが妙に可愛いらしかった。
「つーか、マジで久しぶりだよなーカジもん、小坊んとき以来だぜ」
「トレードマークの髪型は変わってないな、マル」
次に話し掛けたのはクラスの不良担当、横島邪丸だ。彼はさも自慢げに自身のオールバックの黒髪を撫でる。
小学生のとき母親にジェルワックスを取り上げられた際、墨汁で髪を固めるという執念を見せて以来、彼の髪型を変える者はいなくなったという武勇伝を持っている。
「はーい、転校生くんの席は一番前の真ん中、先生が一番見える席ですねーっ」
「…………」
「はーい、微妙な顔しましたね今、見逃しませんよーっ。十組のみんなと似たようなノリですねーいいですよーっ。先生とも徐々に仲良くなりましょうねーっ」
お砂糖、スパイス、素敵なものいっぱい、全部を混ぜたような声で育代が梶に着席を促す。
真っ直ぐ伸びた梶の背中にクラスの視線が刺さる。隙あらば絡みにいく、猛虎の姿勢が彼らからは伺えた。
横に座る幼馴染の椿良乃を見ると、彼女もまた梶を見ていて、そして微笑んだ。
春の風が暖かい、微睡みの午前中。