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009 赤頭巾と優しい狼

 こんな時に何を着たらいいのか、ジェイクはさっぱりわからない。ミセス・ブランカがくれたワンピースを出してみたが自分には似合わない気がしたので結局いつもと変わらないシャツとジーンズをはいた。アルは一階でコーヒーを淹れながら待っていた。

「ごめん、遅れた? 」

 ジェイクが言うと、アルは首を横に振った。エプロンを外して来たアルもいつもと同じような格好だった。

「妹がもうすぐ誕生日なんだ。何を買っていいかわからなくて。」

 トロリーを待ちながら、アルは言った。

 ジェイクはアルの半歩後ろに立ち、横顔を見た。アルのシャツには染みもしわもない。卸し立てのような服だった。ジェイクは自分のシャツの端っこに、ケチャップのしみを見つけて、そこだけ内側に折った。

「ジェイクが一緒にいた友達、あの子くらいの子なんだ。家を出て何年にもなるのに、俺にクリスマスカードをくれるんだ。去年も誕生日にクランベリージャムを贈ってくれたから、俺も何かお返ししようと思って。でも、何にしたらいいのかさっぱりだ。」

 アルが微笑んだ。

「ジェイクは何がいいと思う? 」

 ジェイクは少し考えて言った。

「ラクシュミーはヌイグルミが好きだから、どうかな? 」

 トロリーがショッピングセンターの前で止まった。

「じゃあウサギのヌイグルミにしよう。」

 アルが先に下りて手を差し出した。ジェイクは少し迷ったが、その手をとった。優しいぬくもりを感じた。トロリーの乗車口の階段は急だから、手を差し出してくれたんだと思いながら、緊張を静めてジェイクは階段を下りた。

「ジェイク。この前着ていた赤いドレス、どうしたんだい? 」

 四階のおもちゃ売り場に向かいながら、思い出したようにアルは言った。

「アインが買ってくれた。急に偉い人と食事しなきゃいけなくなって、靴から全部買ってくれた。」

「てっきりデートかと思った。」

「そっ……んな人、いないよ。」

 アルが笑った。

「そうだな。ジェイクにはお父さんがいるから、恋人になる男は聖人君子で強くないといけないから、難しいだろうな。」

 ジェイクはふと思った。

「アルは、まだ会ったことないよね? 」

「ないけど噂はよく聞くよ。この街で一番敵に回してはいけないとか。もしも怒らせたら身の回りを整理して死ぬ準備をしておけとか。仕事がかち合ったらすぐに手を引けとか。最近ではハニーブラウンの可愛い女の子を見かけたら近づくな、うっかり触ったら狙撃されるぞって。」

 タンタルの言っていたことは本当らしい。今度からこの方法を変えなければとジェイクは思った。

 おもちゃ屋に入り、ヌイグルミ置き場にいるアルを見ながら、ジェイクはユーリと一緒にヌイグルミがたくさんある場所に行ったのを思い出した。この街に来る少し前だった。

「ヌイグルミってどのくらいの大きさがいいんだろう。」

 アルがピンク色のウサギをとりあげた。落書きができて、服を着替えさせることのできるヌイグルミだ。ジェイクはウサギのヌイグルミを抱き上げてみた。それから、もう一回り小さいものを選んでとった。

「抱きしめて眠ったりできるのがいいんじゃないかな。」

 ジェイクがアルにヌイグルミを差し出した。アルはヌイグルミを見比べる。

「どんな色が好き? 」

 アルは薄いオレンジを手に取った。

「これにする。この色が似合う子なんだ。」

 アルはジェイクの選んだヌイグルミの、色違いをもってレジに向かった。

 ジェイクはショーケースに入れられたテディベアを見た。人気のふわふわのクマたちは、子供の玩具と思えないほどの値段がつけられている。五十年以上歴史のあるヌイグルミブランドのクマたちにはそれぞれ名前がついていた。

 ブラウンの毛をした大きめの、優しい顔のジョー。黒い毛に覆われて口の周りだけ白い小柄なスミス。金色の毛に覆われたくりっとした眼のハートネット。シリアルナンバーが一つ一つに入っていて、女の子たちはこのクマを持つのがステータスだ。今ではそれを子供に持たせるのが母親のステータスになっている。

 ジェイクが金色のクマをじっと見ていると、ユーリが買ってくれた。ジェイクは一生大切にすると、ユーリに約束した。ユーリは、壊れたら新しいの買ってやるから一生はやめておけと言った。

「ジェイク、お待たせ。」

 思い出していると、アルが包装されたヌイグルミを、紙袋にいれてもらってやってきた。ジェイクはヌイグルミを棚に戻した。ショッピングモールのサービスコーナーでプレゼント用の宅配包装をしてもらい、アルが丁寧な字でメッセージを添えていた。親愛なる妹と書かれているのを見て、覗き見しているようで眼をそらした。

「ありがとうジェイク。お礼に食事でもどうかな。」

「悪いよ。ただ付いてきただけだし。」

 断ると、アルは首をひねった。

「じゃあ、改めて。暇なら一緒に食事でもどうかな? 実は食事券をもらったんだけど、ペアだから。」

 ユーリにばれたらという恐怖と、アインにも釘を刺されたのにという葛藤が込み上げたが、そっと伸びたアルの手が、優しくジェイクの手を掴んだ。

「噛んだりしないよ。」

 しょんぼりした声で言われて、ジェイクは根負けしてうなづいた。

 トロリーで一つ前の停留所で降りると、二人でロブスター料理の店に入った。ビアガーデンになっていて、夜景が綺麗だった。アルは予約をしていたのだろう、すぐに席に通された。ウェイターがリザーブの札をはずした。

「ジェイクは嫌いな食べ物はない? 」

「香辛料が強いのが苦手。唐辛子とか、口の中が痛いから。」

 出てきた生牡蠣にレモンを絞ってアルが差し出すとジェイクは受け取った。

「よかった。ナマモノがだめだったらどうしようって思った。」

 ドレスコードがないのが不思議なくらいの店だ。給仕もそれを察しているだろうが、その気持ちを感づかせない笑顔だった。

「噂で聞いたんだけど、ジェイクはミスター・ウォーカーの恋人だって本当? 」

 ジェイクは口の中に入れたサラダ菜を吹いた。

「誰が? 」

 アルはやってきたロブスターをナイフで切りながら言った。

「酒場で聞こえた。ミスター・ウォーカーは恋人がいるってうわさは聞かないのに、君のことはとても可愛がっているって。」

 ジェイクは口を拭いた。

「アインが聞いたら言った奴を棺おけに詰め込んでコンクリートで埋めるね。」

「お父さんは? 」

「酸欠で死ぬまで笑うと思う。」

 アルはふふっと笑った。

「少し安心した。」

 大きな音がして急に明るくなった。見上げると、花火が頭上に広がっていた。

「始まった。」

「もしかして、それを知ってて? 」

 アルが笑った。

「すごいだろ。ここからだとビルに邪魔されずに見える。」

 周りで歓声が上がる。

 満開の花火の下、ジェイクは顔を机に落とした。頭が痛い。右半分、引きちぎられそうなほど痛い。ジェイクは頭を抑えてテーブルにしがみついた。大きな手が腕を掴む、肩を揺する。

 痛みの中でジェイクは意識を失った。

 記憶の底で、頭上に開いた満開の花火がよぎる。

「間に合ったね。」

 微笑んだ優しい声がした。

 ジェイクは顔を上げる。狼のヌイグルミが側に立っていた。



 CWUの施設にいた時だった、ジェイクがパイプ椅子の上でドーナッツと二人きりにされていると、部屋の扉がノックされた。ここに来てから部屋の戸を叩かれたのは初めてだ。

 待っていると、扉が開いた。黒い鼻が入り込み出てきたのは狼の着グルミを着た何者かだった。ジェイクはそれを見て、こんなマスコットがいただろうかと思った。

「こんにちは。僕はハートネット。狼のハートネットだよ。」

 CWUと書かれたエプロンを着けたハートネットは、扉を閉めるとき自分の尻尾をはさんで慌てていた。

「初めまして、君の名前は? 」

 犯罪者を尋問するときは、優しい刑事と怖い刑事がいる。という自分には縁がないだろうと思っていたことをジェイクは思い出した。

「資料、見なかったの? 」

 ジェイクが言うとハートネットは言った。

「君と友達になりに来たんだ。なんて呼んだらいいかな? 」

 馬鹿馬鹿しいと思った。

「資料に書かれている通りでいいよ。」

「ジェイコブ・マゴット君は長いよ。」

「ジェイクでいいよ。母さんと父さんはそう呼ぶから。」

 名前を教えてもらってハートネットは嬉しいのか、体を揺すって近づいてきた。

「ジェイク、ドーナッツは嫌い? 」

 うんざりした顔で見るとジェイクは言った。

「よし、じゃあ外に出よう。」

 ジェイクに手を伸ばしてハートネットは言った。

 ジェイクが立ち上がるとハートネットは先導して扉を開けた。ハートネットは通りすがり全員に手を振る。皆ハートネットを見て笑った。中には手を振り返す人もいるが、その後にくすくす笑う。こんなに馬鹿にされて、中の人はどんな顔をしているのだろうとジェイクは呆れた。

 ハートネットはジェイクを外に連れ出した。そしてウキウキと日用品を買い始めた。

「当分僕がジェイクと一緒にいるから、今日は新生活の準備だよ。」

 子供用のコップとスプーンを持ってはしゃいでいる。

「家に帰りたい。」

 ジェイクは言った。

「少しだけだよ。お父さんが帰ってくるまでの間だよ。」

 レジのおばさんもハートネットが手を振ると慣れた様子で手を振り返す。常連なのだろうか。この異様な男が受け入れられているなんて、不気味なスーパーだ。

 案内された部屋は、ジェイクが住んでいた部屋と同じくらいの大きさだった。

「ここを押すと、僕のスケジュールが出るんだ。時々仕事が入っているけど、それ以外は一緒に遊んだり君に勉強を教えてあげるよ。」

 タブレットを触ると、壁に日付と予定表が出た。ずらりとならんだそこには、仕事や食事、ジェイクの勉強と書かれていた。横に手を振ると、次の日の予定が出る。隅には子供用のスケジュール帳のように、可愛いタッチで花やウサギが描かれている。

 それから数日、この着グルミとジェイクの生活が始まった。ハートネットはジェイクにCWUの施設の中を一般公開されている部分だけ案内してくれたり、外でバスケットボールをしたりして遊んだ。世界広しと言えども、こんなもこもこした着グルミ姿であれほど俊敏にドリブルしたり、ダンクを決める人はいないだろう。

 ジェイクが疲れて休んでいる間にも、軍人のように屈強な青年たちと一緒に遊んで華麗にスリーポイントを決めていた。

 そして、ハロウィンの日が近づくとハートネットは雑貨屋に行って布や厚紙を買い、工作を始めた。もこもこした手でペンを持ち、ホッケーマスクを厚紙で作る。

「僕は電動ノコギリ男、ジェイクはナタ男だね。」

 有名なホラー映画のキャラクターになって、CWUの施設の中でハロウィンをした。受付事務の女の子たちがキャラメルを、通りすがった捜査官からクッキーを、バスケットボールをしていた青年たちからはスポーツドリンクを、最後に食堂のおばちゃんからパンプキンパイをもらった。

 母さんが死んでから久しぶりのハロウィンだった。嬉しくて楽しくて、ジェイクはハートネットと手を繋いで歩き回った。

 最後に、ハートネットは門限を過ぎているのに夜の屋上にジェイクを連れて行った。内緒だよと言って、ハートネットが見せてくれたのは花火だった。両親と一緒に見た、カーニバルの花火を思い出してジェイクは泣いた。ハートネットがジェイクの肩を抱いたので、ジェイクはしがみついて泣いた。

「大丈夫。お父さんがきっと迎えに来てくれるよ。すぐに家に帰れるよ。」

 大きな手で何度も背中を撫でて、ハートネットは言った。

 ユーリがいなくなって初めて楽しいと思った。だからジェイクは、もしかしたら本当に家に帰れるんじゃないかと思った。全部なにもかも終わって、家に帰って、ユーリがいて、休みの日は時々ハートネットに会えるんじゃないかと。

 ジェイクはユーリにたくさん手紙を書いた。あて先が分からないので一度も出せなかったけれど、楽しかったこと、嬉しかったことだけ書いた。ハートネットのことも書いた。戻ってきたら全部ユーリに渡すつもりだった。

 その日ジェイクはお尻に注射を打たれて、街頭に立っていた。ジェイクを誘拐した魔法使いが、グラスホッパーにジェイクを売り渡し、攫われたジェイクの後を追いかけてグラスホッパーの居場所を突き止めるという計画だった。

 突然頭から袋を被せられ意識がなくなった。眼が覚めた時、裸で尻が痛くて、同い年くらいの子供たちと一緒にいた。

 CWUは来なかった。いつまでたっても来なかった。

 その間にジェイクは色々なことをされた。ほとんどが魔法使いの素質を計るもので、何度も死にかけた。ゲイシーはジェイクをとにかく痛めつけた。周りの子供たちもそれを知っていたから、ジェイクを馬鹿にした。

 それでもいつか家に帰れると思った。

 ある日子供たちはテストを受けさせられた。魔法使いを殺す数を競い、落第すれば殺された。そのテストそのものが死刑宣告のようなものだった。テストを受けさせられた子供たちが勝てるような相手ではなかった。

 場所は酒場で十三人受けて十二人死んだ。血まみれの酒場の中で、生き残ったジェイクはカウンターの下でチョコレートをひたすら食べていた。

 魔法がきかないジェイクは見た目より俊敏に動き、油断した魔法使い達は全員血まみれになって床に転がった。

 グラスホッパーの中でも、まるで十年前にいなくなったダーマーファミリーの殺し屋だとおもしろがるものがいたが、ゲイシーは興味がなかった。

 殺せるかどうか等どうでもいい。

 ジェイクにはエリンの面影を感じさせるものも、自分の血を感じさせる素質もなにもなかった。その一点しか興味なかった。

 自分の希望に叶う仕事のできないジェイクを、ゲイシーは処分した。最後に招かれたゲイシーの部屋で、ジェイクは一番見たくないものを見てしまった。

 母さんが昔渡したパズルのピース、Eの文字がゲイシーの机の上にあった。

 ジェイクは叫んだ。喉から奇妙な声が出て、涙が出た。パズルのピースを取り戻そうとしてつまんで突き飛ばされた。つまんで部屋の奥にあった袋の中に入れられた。袋の中には液体が詰まっていて、ジェイクはもがいて逃げ出そうとしたが、袋の上から殴られて気を失った。

 突然眩しくなった。ジェイクは暴れた。早く逃げなければ、殺される。ジェイクはぼやけた視界の中に影を見た。

 止まっては殺さるという恐怖が全身を駆け巡った。暴れた時に掴んだものは持ちなれたグリップの感触だった。真横に振ると悲鳴がした。動いている影が銃を構えるのが見えた。ぼやけていてもそれがはっきり分かる。息を切らして動くものがなくなるまで切りつけた。

 最後の一つはジェイクの手首を掴んだ。首に伸ばされた大きな手を振り切ろうと、ジェイクはありったけの力でナイフを振り下ろした。

 手の力が抜けて、動くものが全て泊まった時、視界がやっと開けた。目の前に見えたのは黒いCWUの武装服だった。

 ジェイクの握ったナイフは血まみれで、胸に刺さっている。

 ゴーグルで顔の半分が隠れた男の、唇が動いた。

「大丈夫……迎えに来たよ。家に、帰ろう。」

 ハートネットの声だった。血まみれの手を伸ばすと、ハートネットの手が震えてジェイクに延ばした。

 次の瞬間、ジェイクの頭に何かがぶつかった。


 知らない天井が見えた。そばにブラウンの髪をした、綺麗な顔の女性がいる。ファッションモデルみたいな睫毛の長い綺麗で知的な、でもセクシーな眼をしている。手は、ふわふわした、温かいものの上にあった。

「目を覚ましたわ。」

 女性が顔を上げて言うと、ジェイクはその目線の先を見た。

 アルが立っている。狼の被り物はしていたがボタンをしめかけたシャツの下から腹筋が見えた。逞しい、均整のとれた身体だ。頭以外は美術品の彫刻のように綺麗だと、ジェイクはじっと見つめてから、目をそらした。

 ベッドの中で、知らない洗剤の匂いがした。いつも着ているTシャツじゃなく、パジャマを着ていた。

「ジェイク、ごめん、服を脱がしたのは俺じゃない。それだけは信じてくれ。」

 アルが服を着ながら、弁解していた。女性をちらっと見ると、アルとよく見かけた女性だった。このアパートでも、水族館でも一緒にいた。

「貴方の服を着替えさせたのは私だから。ロブスターのソースとオレンジジェラードまみれになってた、貴方の服はこのかごの中に入れているから。」

 女性は冷静に言った。そして立ち上がった。

「じゃあ、私帰るわね。」

「ありがとう。」

 アルが玄関で見送ると、女性は呆然としているジェイクを残して去った。

「頭、まだ痛むかい? 」

 アルが振り返り、ジェイクは首を横に振った。安心したように、アルが笑った。

「大丈夫。もう痛くない。」

 ジェイクが上半身を起こすと、ベッドからでた右手の先に、メッシャーが見えた。

「メッシャー、なんで? 」

「ユーリが怒ったときに、アルが変なことしなかったよって、ユーリに報告するためにきたんだよ。」

 もこもこの頭でメッシャーが言った。ジェイクの手はもこもこの背中に埋まっていた。

 アルはジェイクにホットミルクを差し出した。メッシャーにはりんごを渡す。

「ごめん。あの、今の人……。」

 しょりしょりと、メッシャーはリンゴをほお張った。

「彼女はこの街に来る前からの友達。仕事で滞在してるんだ。今日が休みでよかった。」

 アルが安心したように言い、ジェイクを見る。

「大丈夫かい? 」

 アルの言葉にジェイクはうなづく。

「脳みそを引きちぎられるって、あんな感じなのかな。」

「明日ちゃんと病院に行ったほうがいい。」

 ジェイクの頭をなでながら、アルは心配げにジェイクを見ている。ジェイクはアルを見つめながら、うなづいた。アルの手がジェイクの頬に触れた。ジェイクはごくっとミルクを飲んだ。ふっと、アルの顔が近づく。ジェイクはカップを両手で持ったまま、固まった。

 前髪にそっと、被り物の鼻が触れた。

「ロブスターソースがついてる。部屋に戻ったら、洗ったほうがいいよ。」

 ジェイクは赤面したまま、硬直したが、転がるようにベッドから逃げると立ち上がった。

「大丈夫。もう帰る。パジャマ、洗って返すから。ありがとう。本当に。あ、と、せっかくの花火、台無しにして、ごめん。」

 ジェイクはかごをつかんで部屋に帰った。あわてて服を洗濯機に入れ、パジャマを着たままその前に座り込む。胸がまだドキドキしている。

 ため息をついて、ジェイクは頭を触った。左頭部をなでながら、ジェイクは目を閉じる。深呼吸しながら、目を開けた。

 優しい温かい声で喋るハートネットの、声が耳元でする。頭を抱えて、丸くなって、眼に涙が滲んだ。

 いつからだっただろう。ほんの数日しか一緒にいなかったのに、大好きだった。

 ゴトンと扉の前で音がし、ジェイクは顔を上げた。ユーリがいた。

「お帰り。」

 ユーリはパジャマをまじまじ見た。気付かれたかと思って焦った。

「顔色悪いぞ。」

「ちょっと頭が痛くて。」

 ユーリがジェイクのほほを両手で掴み、撫でた。

「痛む場所は? どこなんだ、ここか? 」

「痛くないよもう。明日病院行くから。」

 ジェイクは抱きしめられた。

「大げさだよ。」

 ユーリの背中を軽く叩いた。

「頭痛がしたら気をつけろ。頼むから。」

 ユーリがまばたきもせずこっちを見る。ジェイクは、目を一瞬そらして、それから目を合わせた。

「大丈夫だよ。」

 ジェイクは目を閉じて、ユーリを抱きしめ返しながら、のどの奥が引っ掛かったような苦しさを感じた。

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