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007 赤頭巾と親指姫のヌイグルミ

 耳元でブルブル震える携帯電話を感じて起きれば、部屋の中はすでに明るかった。ハンモックから降りるとベッドで横たわるユーリの背中が見える。昨日のことは夢じゃなかった。なるべく音を立てずに、ジェイクはバスルームに向かった。顔を洗い、歯を磨きはじめたとき、扉を叩く音がした。殴るというのに近かった。

 ジェイクは歯磨きをしたまま、扉の覗き窓を覗いた。黒いサングラスをつけた、スーツの男たちがいた。その中心にはダークワインのスーツを着たアインがいる。ジェイクはチェーンを二つはずして扉を開けた。

「おはようジェイク。」

 にこりともせず、アインが入ってきた。ジェイクは歯を磨きながらうなづいた。ベッドの中でまだ横になっている、ユーリを見ると早歩きで近づいてシーツをはがした。白い背中がごろんと動いたが起きない。ジェイクは洗面所に戻って口をすすいだ。背後ですぐアインの怒鳴り声がした。

「今何時だと思ってるんですか。朝報告に来る約束でしょう。」

 肩を掴まれたユーリが、眉間にしわを寄せて目を開けた。髪の間から、同じ色のまつげがわずかに動く。小さな顔は不機嫌そうに眉根を寄せた。

「寝てるから、昼からなんだと思った。」

 ジェイクが言うと、まつげをこすり、ユーリは言った。

「忘れてた。」

 ジェイクは、アインが怒鳴り声を飲み込むのを見た。今日は他のアパートの住民に謝りに行かなくてすむと思った。

「ユーリ、着替えてください。迅速に。ミスター・ルージッカが一階のダイナーでお待ちです。」

 眠そうに眼をこすり、ジェイクの持っていたタオルをもってユーリはバスルームに消えていった。アインがため息をついてクローゼットの中から服を出す。他人の家とは思えないくらい、どこに何があるか把握している。バスルームから出てきたユーリは、犬みたいにアインに髪の毛を拭かれて。

「はげるだろ。優しくしろ。」

ユーリは子供のように口を尖らせる。

「そのせりふそっくり返します。」

 ジェイクも、心労でアインの髪がはげる日は近いと思った。ユーリは服を着ながら時計を見た。

「ジャックリーン、今日は仕事か? 」

 洗濯物をたたみ、クローゼットの中にしまいながら、ジェイクは赤いフードのついた上着を取り出した。

「今日は午後からローランドに会うよ。」

「あの強面なのと一人で会うのか」

 ジェイクは眉間にしわを寄せた。

「ローランドは魔法使いだけど、常識人だよ。」

 アインの選んだスーツで、ユーリは玄関に向かう。

「ブランカばあさんに小遣いもらってりゃいいだろ。」

「シンディー・ディランのコンサートのチケット渡すだけだよ。三ヶ月前から約束してたんだよ。」

 カバンを肩からさげたジェイクと一緒に階段を下りながらユーリは言い、ジェイクは小声で言った。

「あいつ、あんなの聞くのか。ティーンの女子じゃあるまいし。」

「音楽は何聴いたって個人の自由だよ。本人も恥ずかしいと思うから私に頼んだんでしょ。」

 一階のダイナーには珍しく人でいっぱいだった。ほとんどがミスター・ルージッカとアインの部下だ。ジェイクは、その中心にラクシュミーがいるのを見た。ゲルニカは眉間にしわを寄せ、大盛りのパンケーキを置いた。ラクシュミーはジェイクを見て笑い、それからパンケーキを見て口を開けた。ふわふわの生地に生クリームが添えられて、パイナップルが乗せてある。

 珍しくゲルニカがふっと笑った。無口で無愛想だが、自分の料理を喜ばれて腹を立てる料理人はいない。

「いいコーヒーだ。驚いた。」

ミスター・ルージッカが満足げにコーヒーを飲んでる。

 ユーリはアインより先に座った。ジェイクはラクシュミーの隣に座ると、ラクシュミーがにこにこ笑った。店の中にアルの姿はなかった。

「お前のところの親指姫か。」

 ラクシュミーは、ユーリを見てからミスター・ルージッカの手を掴んで隠れた。父親をちらっと見てから、不安そうに見上げる。

「ジャックリーンはよくて俺は好みじゃないのか? 」

 ラクシュミーはジェイクを見てから、またユーリを見てから、父親の腕をぎゅっと掴んだ。

「怖いのはお前じゃない。お前のこの辺にいるやつだ。昨日お前が殺した海賊だろうな。片目がつぶれてる。」

 ルージッカは左肩のあたりをくるっと指で回した。アインがユーリの左肩をバシバシ叩いた。ユーリが顔をしかめる。

「とれました? 」

 ラクシュミーがこくっとうなづいた。

「ほこりみたい。」

「似たようなものだ。」

 ジェイクがつぶやくとアインが答えてせきにつき、ゲルニカの淹れたコーヒーを飲んだ。

「噂のバリスタはどこだ? 」

 ユーリが言い、ジェイクはそういえばユーリはまだアルを見ていなかったと思い出した。 

「今日は休みだ。仕事が趣味みたいなやつだから朝の分だけ淹れていった。」

 ジェイクは注がれたコーヒーにミルクを入れた。ラクシュミーはオレンジジュースをジョッキで注がれるのを見て驚いていた。

「悪いな譲ちゃん、ここには子供用のグラスなんてないからな。」

 こんなに大きなコップで飲むのは初めてなんだろう。ラクシュミーは目をキラキラさせて父親に何か言った。

「王様になった気分らしい。」

ラクシュミーは大盛りのパンケーキとオレンジジュースを口を大きく開いて、にこにこしながら食べ始めた。ジェイクをまねて、大きな口でジュースを飲む。零さないように支えながらルージッカが飲ませた。

「お前どこまでバラしたんだ? 生きてるのか? 」

ユーリがカリカリに焼けたベーコンを食べる。

「傷はアイロンで塞いだから生きています。」

 アインはコーヒーをすすった。ジェイクはターンオーバーの目玉焼きをほおばった。

「お前が死体と一緒にトランクに押し込められるなてらしくないな。」

 ミスター・ルージッカは優雅にトーストをかじった。

 ラクシュミーは大人たちの言葉がわからないので、パンケーキとオレンジジュースがおいしくて笑顔で食べている。ミスター・ルージッカがラクシュミーの頬についた生クリームをさりげなくぬぐった。

「王様たち、ちっちゃい譲ちゃんの前でする話じゃないだろ。言葉がわからなくてもだ。」

 ゲルニカが二杯目のコーヒーを入れ、ラクシュミーにはオレンジジュースをそそいだ。

 ラクシュミーはパンケーキを食べ終わり、ごくごくオレンジジュースを飲んでいると、メッシャーがとことこ店の奥から出てきた。

「ごきげんよう。」

 メッシャーはゆっくり店内を見渡した。

「ごきげんようメッシャー。」

 ユーリが片手を挙げる。アインが浅く礼をした。ジェイクはメッシャーにベーグルを一口分けた。

「お前さっき食っただろ。」

ゲルニカが厨房から叫んだ。

「この一口がおいしいんだよ。」

 メッシャーはもぐもぐ食べる。それから自分を見つめるラクシュミーを見た。メッシャーは異国の言葉でしゃべった。ラクシュミーは目だけでなく、口もぽっかり開け、メッシャーに挨拶を返した。

「お散歩行ってくるね。」

 メッシャーがとことこ出て行くと、ラクシュミーが吸い寄せられるようにその後を追った。さらに護衛たちがついていった。

「可愛い娘だな。小さくてあんたに似てない。」

 ユーリがフォークでルージッカをさした。

「観光に来ただけか? 嫁さんもつれてこないで? 」

 ルージッカが苦笑いをした。

「本当は妻もくる予定だったんだが、彼女は仕事が入った。けれど来れなくて正解だったかもしれない。明日には帰る。」

 ルージッカはコーヒーの中にミルクを入れた。

「海賊のほかにも入り込んだやつがいる。ミセス・ブランカみたいな上品なやつじゃない。やり方が荒っぽくて、関わるとろくなことにならない。テロリストに武器も流すしな。」

 ユーリが不愉快そうにコーヒーを飲んだ。

「この町にテロリストなんているの? 愛国者ばかりじゃない。」

 ジェイクの皮肉に、ゲルニカが笑いをこらえたのか変な咳きをした。アインはコーヒーを噴きかけた、変な咳をした。ミスター・ルージッカは肩を震わせて顔を伏せた。ユーリの眉間のしわがゆるんだ。

「そうだな、この街には愛国者ばかりしかいないな。ブランカばあさんの違法薬草は、国家予算の一部をになっているし。」

 ユーリがしみじみ言う。

「息子からラクシュミーだけでもつれてもどれと連絡があった。グラスホッパーにはかかわりたくないから、急ぐ。」

 食事を終えてジェイクは先に席を立った。ラクシュミーの様子が気になったし、メッシャーがラクシュミーを連れたまま遠くにでかけてしまってはいけないと思った。外に出ると、ラクシュミーは店の前でメッシャーを体中で撫でていた。メッシャーはふわふわの白い毛を揉まれ、目を細め笑っているようだった。

「メッシャー、散歩は? 」

 ジェイクが頭をなでると、メッシャーは言った。

「行ったよ。でもラクシュミーが遠くに行けないって言うから、ツーブロック先を一周してきたよ。」

 ラクシュミーが記念写真をせがんだので、ジェイクとメッシャーと一緒に写真を撮影した。ラクシュミーはにこにこ笑い、メッシャーのもこもこの毛にほお擦りした。

「メッシャー好かれたね。」

「お嬢さんはジェイクのことも大好きだって。」

 ラクシュミーはメッシャーの耳に何かを言った。メッシャーは耳をぱたっと動かした。

「旅行はお母さんと来るはずだったんだって。でも、お母さんが仕事でこれなくなったから、お母さんにお土産かって来る約束したんだって。ジェイクがワンピース見つけてくれて、嬉しかったんだって。お嬢さんはお友達作るのが上手じゃないから、ジェイクと友達になれて嬉しかったんだって。」

 ラクシュミーはすみれ色の大きな目でジェイクを見つめて、にこっと笑った。ジェイクはしゃがんで、ラクシュミーと目を合わせた。

「私も友達作るの苦手だから、ラクシュミーと友達になれて嬉しいよ。」

 メッシャーが、ラクシュミーにジェイクの言ったことを通訳すると、ラクシュミーは頬をりんごみたいに赤くして、笑った。

「ラクシュミー、今日は何して遊ぶの? 」

 メッシャーがラクシュミーに言うと、ラクシュミーはメッシャーに答えた。

「今日はホテルでお買い物だって。お父さんは、お仕事の人たちとお話してるから、一緒にいられないって。」

 ラクシュミーはメッシャーの毛の中に、顔を押し付けた。せっかく旅行に来たのに、退屈なのだろう。

「じゃあ、私と一緒に水族館に行かない? ここからすぐ近くにあって、小さいけれどシルキーもいるよ。」

 メッシャーが言うと、ラクシュミーは大きく何度もうなづいた。

「お父さんに聞いてくるね。ラクシュミーはメッシャーと遊んでていいから。」

 メッシャーが何か言うと、ラクシュミーはまた大きくうなづいた。

 ジェイクがダイナーに戻ると、海賊の拷問方法の話になってた。ジェイクはルージッカに聞くと、護衛を五人つけられた。ラクシュミーはメッシャーと一緒に外に置かれたテーブルでパズルをしていた。護衛がいるのに慣れているらしく、いかつい男たちが一緒についてきても気にしない。

 水族館のカウンターで、ジェイクとラクシュミーと、いかつい男五人組みを見た瞬間の、スタッフのゆがんだ笑顔が印象的だった。ラクシュミーはジェイクと手をつないで、くらげがたくさん泳いでいる水槽を見上げていた。ジェイクはクラゲもサンゴもどうでもよかったが、ラクシュミーがにこにこしているのを見るほうが楽しかった。水槽の中でシルキーが踊っている。ラクシュミーの顔を見るように、こっちをのぞきこんだ。

 ジェイクもシルキーを見た。その向こうにブラウンの髪の女がいた。この町によく似合う、ハイビスカス模様のワンピースだ。そばにアルがいた。

 ジェイクはふせた。ラクシュミーは振り返ると、ジェイクの顔がそばにあったので、一緒にシルキーを見ているのかと思ったのか、にこにこ振り返る。ジェイクはまたそっと見上げた。アルがそばに立っていた。

「その子妹? 」

 ラクシュミーは怪しい狼の被り物をした男がいきなり話しかけてきたので、驚いてジェイクの後ろに隠れた。いかつい男たちがその背後に立つ。

「友達。」

 アルはラクシュミーの顔を見た。ラクシュミーはジェイクの後ろに隠れて、ぎゅっと服を掴んだ。ジェイクはラクシュミーを見た。ラクシュミーのすみれ色の目が、震えていた。

「人見知りが激しい子だから。」

 アルがしゃがむと、ラクシュミーはびくっと震えたが、ジェイクのそばから離れなかった。

「綺麗な子だね。すみれ色の目なんて初めて見た。」

 ラクシュミーが、ジェイクの服をぎゅっとひっぱる。首を横に振った。

「嫌われた。」

 ジェイクはラクシュミーを見て、アルを見た。

「おなか痛いのかも。この国の言葉は知らないから、緊張してるみたいだし。」

 自分でもひどい誤魔化し方だと思った。ジェイクはラクシュミーの頭を何度もなでた。

「今日は休み? 」

 アルが尋ねたので、ジェイクはなぜか緊張しながら言った。

「午後少しだけバイト。」

「明日の夜は? 」

「なにもない。」

 アルが笑った。

「じゃあ夜、デートしよう。」

 ジェイクは突然言われて、驚きすぎて、噴出した。

「ごめん、びっくりしすぎて。」

 ジェイクは両手を振った。

「してくれる? 」

 あの女性はどこに行ったのか。ジェイクが沈黙していると、アルは言った。

「買い物に付き合ってほしいんだ。」

 ジェイクはぎこちなくうなづいた。

「じゃあ、夜に。」

アルが手を振って去った。ジェイクも手を振ってから、さっきのワンピースの女性がどこにいったのかとはっとした。

 ラクシュミーは、ジェイクを見上げていた。ジェイクはラクシュミーを見た。すみれ色の目が、不安そうに見えた。ジェイクは腰を落として、ラクシュミーの頭を優しくなでた。何度も何度も、押し付けずに優しく撫でると、ラクシュミーはぎゅっと抱き返した。

 ダイナーに戻ると、ラクシュミーとジェイクは一緒に手をつないでいたが、ミスター・ルージッカを見ると走ってそのひざにだきついた。ミスター・ルージッカは自分のひざに顔を押し付けるラクシュミーの頭をなでてから、抱き上げた。

「ホームシックか? 」

ユーリが言うと、ラクシュミーはミスター・ルージッカの肩に手を回して、顔を押し付ける。

「よっぽど怖いものを見たな。早く家に帰ろう。」

 ラクシュミーはミスター・ルージッカの耳元に何かを言った。ミスター・ルージッカは、何かを言った。ラクシュミーは何度もうなづいた。

「ジェイク、ラクシュミーがとても楽しかったらしい。ありがとう。」

「私も、ラクシュミーと一緒で楽しかった。ミスター・ルージッカ。ラクシュミーを私の部屋にすこしだけ招待していいですか? 」

 ジェイクが言うと、ミスター・ルージッカが伝え、ラクシュミーはうなづいた。

 ジェイクはラクシュミーの手を取り、一緒に自分の部屋に行った。ラクシュミーはせまい部屋を見渡して、ジェイクのハンモックを見た。ジェイクはヌイグルミを取り上げ、机にしまっていたアルバムを出した。

「ほら、これ私の。ラクシュミーのと同じテディベアだよね。」

 ラクシュミーはジェイクのテディベアを見て、首のリボンを撫でた。名前が書かれているつづりを見る。

「私のはブロンドだけどね、ラクシュミーのよりも安くて新しい型だけど。」

 ラクシュミーはテディベアを見つめて、ぎゅっとジェイクに抱きついた。

「ラクシュミーと撮った写真大事にするね。また遊びに来て。」

 ジェイクがアルバムを見せ、空いてる場所に写真を重ねる。ラクシュミーはうなづきながら、アルバムを見ていた。

「これ、私がラクシュミーと同じくらいだね。こっちは、母さんが死んだ後に釣りに行ったときの。」

 ジェイクがユーリと一緒に写った写真を指差した。ラクシュミーもアルバムを指差して、何か言った。ジェイクはラクシュミーの言葉の意味はわからなかったが、さす場所でなんとなく予想しながら、自分も指差して答えた。

「兄さんだよ。死んじゃったんだ。私は病気で兄さんとは離れて、遠くでずっと眠ってた。でも、兄さんのそばにずっといた。兄さんの見るものを見て、兄さんの感じるものを感じてた。」

 ラクシュミーは、ジェイクの言っている意味がわかるのか、ジェイクの頭の左をなでた。そこはジェイコブが撃たれた場所だった。もしかして、見られたのだろうか。あんなに恐ろしいものを見ても、ラクシュミーはその傷が心配で、眼に涙を溜める。

ラクシュミーはジェイクに抱きついた。ラクシュミーの手はとても小さいけれど、マシュマロみたいに柔らかくて、温かかった。

 ジェイクはラクシュミーと手をつないで部屋を出ると、後部座席に乗るまで手をつないでいた。ミスター・ルージッカは車に乗る直前まで電話で話をしていたが、電話を切るとジェイクのそばに来た。

「ジェイク、ラクシュミーが君に忠告していたことがある。」

 携帯電話をしまいながら、ルージッカが言った。

「赤頭巾は狼の大好物だから、気をつけろと。」

 ジェイクはぽかんとした。

「私にもわからないが、ラクシュミーの予想はけっこう当たる。良いことも悪いことも。」

 ジェイクは、リムジンに乗り込んだミスター・ルージッカと、窓に張り付いているラクシュミーに手を振った。ラクシュミーは窓は開けなかったが、最後までジェイクを見ていた。

 見送り終わり、ジェイクは仕事の支度をした。

「ジャックリーン、寄り道せず帰ってこいよ。」

ユーリがアインと一緒にリムジンに乗りながら言った。

「そのせりふそのまま返す。」

 ジェイクにフードをかぶせ、ユーリは頭をなでた。

「グラスホッパーに関わるなよ。情報を掴んでも深追いするな。」

「しないよ。」

 ユーリは何度もジェイクの頭をなでた。


 ジェイクはバスに乗って、隣町に向かった。アインが仕切ってない場所なので、空気は少し変わる。人気のない町の、寂れた売店に入り、コーヒーは不味そうだったのでサイダーを頼んだ。店の奥で男たちが、何か話していた。

「ゲイシーが電気椅子に座らされたらしい。」

 ジェイクは少し聞き耳をたてた。

「もう執行されたのか、てっきり脱獄すると思った。」

 悪名高い魔法使いの名前だ。子供を何千人と拉致して殺した。警察が押し入ったとき、ゲイシーの部屋どころか、地下からも子供の死体が出てきた。書斎にはコレクションのように、奇形児たちのホルマリン漬けがずらりと並んでいたらしい。

「あの男が散々子供を使ってやってた研究も、みんな国に押収されたんだろ。」

「それが完成していたって話と、弟子たちが引き継いで完成させたって話もある。どちらにしろ、完成してたら俺は関わりたくないね。」

 ジェイクがサイダーを飲んだとき、目の前に誰か座ったせいで影ができた。ジェイクは目の前に座った、口の端が切り裂かれた男を見た。目つきの悪い、前髪の長い男だった。

「こんにちは、ローランド。」

 ジェイクはカバンを机の上に置いた。

 男は薄い色のスーツを着ていた。ジェイクはカバンの中から、包みを出した。男は包みを受け取った。

「港でミスター・ブラッディーフットマークが騒いでいた。」

 ジェイクは何とも言えずに、ローランドを見た。

「迷惑をかけた? 」

「俺にはかかってない。だがボスはいい気がしない。」

 ジェイクはサイダーを飲んだ。

「海賊に、裏切られてトランクに詰め込まれたんだって。」

 ローランドは包みをカバンの中にしまった。

「相変わらずの人だ。」

 コップの中で氷がとけた。

「大丈夫か? 」

 ジェイクは、無表情に強面の顔で言われていたので、心配されていると気づかなかったが。

「大丈夫だよ。あの人も私も身軽だから、逃げるのは得意。」

 ジェイクはちらっと、ローランドが脇に置いたお菓子の包みを見た。キャラメルやチョコレートの美味しい、評判の店だった。

「まさか、このコンサート恋人と行くわけ? 」

 ジェイクが尋ねると、ローランドは見つめ返した。

「俺の恋人の趣味じゃない。」

 きっぱりと、ローランドは言った。無駄口を叩いてしまったと、ジェイクはカバンを肩にかけなおすと立ち上がり、チップを置いた。

「あなた方の住んでいる部屋の一階に、ダイナーはあるか? 」

 ローランドはジェイクを見ずに言った。

「あるよ。従業員二人いる。」

「金髪の男は? 」

 ジェイクは瞬きをした。ローランドはジェイクの沈黙だけで十分だったのだろう。立ち上がった。

「どういう意味? 」

 ローランドはあごをさした。

「送ろう、レッドフード。女の子が一人で出歩ける町じゃない。ここはミスター・ウォーカーのいない町だ。」

 ジェイクの質問に答えず、店の入り口を指している。ジェイクは首を横に振った。

「一人で帰る。」

 カバンのベルトを握り締め、ジェイクが立ち上がると同時に集団が入ってきた。

 グラスホッパーだった。独特の雰囲気と、あの老人はまったく感じさせなかった威圧感、Gの文字が手の甲に入っている。ジェイクはローランドを見た。

「ローランド? 」

「ボスの所に案内する。」

 ジェイクは、苛立って相手をナイフでメッタ刺ししようと思ったときは、怒りは争いの元よ、と言った母さんの言葉を思い出して押さえるようにしている。だけど今、瞬間的に怒りが爆発した。

 きっと知らない間にストレスがたまっていたのだろう。

「バッタと取引するなんてこの街の魔法使いのすることじゃない。」

 店中に響くような大声で言った。

「この街の魔法使いは殺しても奪っても堅気には手出ししない。子供をさらって玩具にした下衆と関わるなんて、あんたのファミリーは誇りを失くしたの? 」

 ローランドが細い目を丸くして驚いた。

 今までジェイクがこんなに大声で誰かを侮辱したことはなかった。ユーリならしたかもしれないが、周りのほとんどはジェイクをユーリの可愛がっている小間使い程度にしか思っていなかった。

 白髪の男が動いた。一番若く見える、細長い杖を持った男だった。彼の眼は明らかに怒っていた。ジェイクも腰のナイフを握る。

「ここで揉め事は起こすな。」

ローランドが言った。しかし男は先に動いた。

 ジェイクのナイフとぶつかったそれは細長い刃だった。アインの持っていた銀色の光剣に良く似ている。ただ、魔法なら大したことないが、鋼でできたこの刃なら話は別だ。

 力任せにふりきられ、ジェイクは一歩下った。

次の瞬間頭の上から何かがかけられた。咽るほどのアルコールの匂いに袖で顔を押さえる。側に空き瓶が落ちた。

「動くなよ、赤頭巾。丸焼けになるぞ。」

 銀髪に眼帯をつけた、大柄な男がいた。銀色のピアスとベルトの装飾が凶悪な印象を与える持ち主に似合う。銀色のジッポを開けて言う。

 グラスホッパーに異国の言葉で何かを言った。剣を持った男が何かを言い返した。黙れとか、許さないとか、そういう意味合いに聞こえた。

 眼帯の男は溜息をつくとジェイクを見た。

「親父のいない場所で調子に乗って、高くついたな。」

 男の手がジェイクの首を掴みあげた。ジェイクが抵抗するより先に、体を炎が包んだ。

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