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004 赤頭巾と靴下をはいたネコ

一話分抜けていたため、追加させていただきました。

 魚屋で大きな白身の魚を買った。卵と牛乳も買って、普段は買わない銘柄のチョコレートも買った。ユーリが時々働くお菓子工場で扱っているものよりも、もっと高価なチョコレートだ。家に帰りユーリがシャワーを浴びてから、二人で料理を始めた。

 ジャガイモと一緒に、小麦粉をつけた魚を油で焼く。ジェイクが魚を焼いている間に、ユーリはケーキを焼いた。チョコレートのケーキはふんわりと焼きあがり、そこにろうそくを一本さす。ユーリの得意料理の一つのチョコレートケーキは、特別な日にしか食べれない。世界で一番美味しいチョコレートケーキなのに、食べれるのは家族だけだ。

 食器を三枚並べて、食事を始めた。ユーリはめったに開けない白ワインを、母さんのグラスと自分のグラスに注ぎ、ジェイクにはグレープフルーツのジュースを入れた。

「レイマリアのところにバッタが来たのか。」

 ユーリがワインを飲みながら、やっと言った。ジェイクはうなづいた。ユーリは、もぐもぐ芋をほおばってから、ワインをまた飲んだ。

「チヨが殴ったら、幹部が出てきて謝った。ミスター・バロウズにお願いして滞在するみたい。」

 北の大陸を拠点に置く魔法使い組織グラスホッパーは世界でも恐れられる魔法使い組織の一つだ。国家予算並みの資金を持ち、目的を遂行するためなら街を一つ犠牲にするのも躊躇わない。それだけの力と組織力を持っている。

嫌悪感を込めてバッタと呼ぶ魔法使いもいるが、本人たちを目の前にして呼ぶ者はまずいない。

「俺に黙って変な仕事請けてないだろうな。」

「チヨからのお使い以外はミセス・ブランカの畑仕事の手伝い。今度の収穫手伝わせてくれるって。変な仕事じゃないでしょう。」

 ユーリが顎に手を置いた。

「あのばあさんはお前を可愛がりすぎだ。養女に寄越せとか言い出さないだろうな。」

「言わないよ。ミセス・ブランカには私より立派な子供たちがたくさんいるでしょう。」

 ワインをまた飲んで甘い、というように指を左右に振った。

「あのばあさんはな、優秀な種をさらに優秀に育てたいという願望をもった正統派の魔女だ。自分の利益には興味がない。」

 ジェイクは魚をほおばって首をかしげた。

「私、魔法はつかえない。」

 ユーリは意味深に笑ってグラスを回した。

「そこをこじ開けたがるのがあのばあさんなんだよ。森に迷ったガキを菓子で釣って家に招き寄せて、優秀なのは育てる。だめなら食う。」

 ジェイクもユーリの真似をしてグレープフルーツジュースを飲んだ。

「じゃあ、私も魔法が使えるようになる? 」

「使いたいのか? 」

 ジェイクはぷっと噴出した。

「役に立つの? 魔法使いを銃火器で抹殺している実例がいるのに? 」

 ワインを飲み干し、ユーリは頭を撫でた。皿を片付ける。ジェイクも最後の一口をほお張って二人で皿を洗った。

片づけが終わった頃を見計らったように、ユーリの携帯電話が鳴った。ユーリはしばらく話していたが、荷物をまとめ始めた。

「どこ行くの? 」

 ジェイクは手を拭きながら言った。

「港まで行ってくる。先に寝てろ。」

 銃火器の入ったカバンを持って、あわただしく、ユーリは出て行った。ジェイクは見送った。生暖かい嫌な風が入り込んだ。ユーリの姿が見えなくなるまで見ていると、無人のはずの隣室が開いた。

「こんな時間に仕事? 」

 ジェイクは驚いて固まった。まさかアルが隣に住んでいたとは気付かなかった。

「用事ができたって。」

「ちょっと待ってて。」

 アルは部屋の中に戻っていった。家でもあのマスクなのかと驚いていると、アルは花かごを持ってきてジェイクに差し出した。

 ジェイクは驚いて、花とアルを見比べた。

「誕生日でしょ? お母さんの。」

ゲルニカかメッシャーに聞いたのだろうか。ジェイクは、ぎこちない手つきで受け取った。

「ありがとう。夕飯まだだったら、魚がある。もらうばっかりじゃ、悪いから、どう? 」

 今度はアルが驚いたのか、固まった。

「じゃ、お言葉に甘えて。」

 久しぶりに新品の皿を出して、ジェイクは花をかざりながらアルと向かい合って座った。

 アルがマスクを外さず口の部分にフォークを入れて食べる。器用だ。外して食べないのかと言うのは失礼な気がしたので言えなかった。

こうして花を飾って向き合っていると、変な気分になってくる。まるでディナーを楽しむ恋人同士のようだ。そう考える自分が恥ずかしくなって、せっかくなので聞きたかったことを尋ねた。

「誰を殺しに来たの? 」

 言った瞬間、自分が失敗したと思った。アルは口元をナプキンで拭いて笑った。

「殺し屋を家の中に入れるなって、言われなかった? 」

 ジェイクは殺気をまったく感じないアルの目を見ながら、骨だけ綺麗に残った皿を見た。

「俺は殺し屋としてこの街に来たんじゃないから、殺し屋として仕事を請ける気はないな。」

「バロウズの街では殺したのに? 」

 ストローを指したコップを出すとアルはグレープフルーツジュースを一口飲んだ。

「俺はマンガのヒーローじゃないから、殺さないで身を守るなんてのはできないよ。」

 捻じ曲げた声だが、嘘は言っていないと感じる。

 ナイフとフォークをそろえて皿といっしょにつかんだ。

「ご馳走様。」

 アルが皿を流しに持っていくので、ジェイクは立ち上がった。

「いいよ。私が洗うから。お客様だよ。」

「じゃあコーヒーいれようか? 」

「仕事が終わったのに悪いよ。それに、コーヒー豆今ないんだ。。」

 ジェイクは念のために流し台の下を覗いた。

「ほら、紅茶の茶葉しかない。」

 アルが茶葉を手に取る。

「俺、紅茶練習中なんだ。飲んでみない? 」

 アルはてきぱきとお湯を沸かして、カップを温めた。ティーポッドの中でゆっくり茶葉をむらす。ジェイクはお湯の中でくるくる回る茶葉を見つめていた。紅茶をカップにそそぐといい匂いがした。アルはジェイクノカップの中にミルクをたっぷりそそいで出した。ジェイクは香りを嗅いでから一口飲んだ。

「おいしい。紅茶ってもっと渋いのかと思ってた。」

「茶葉にもよるし、蒸らす時間でも変わってくる。」

 ジェイクはゆっくり味わって飲んだ。自分がいれても、アルと同じような味にはできないだろうと思いながら、お茶を堪能した。

 お茶が飲み終わるとアルは席を立ち、そのまま流し台に行ってカップを洗おうとしたので、ジェイクはとめた。

「さっきも同じことをした? 」

 ジェイクがはっとして言うと、アルは笑った。

「ジェイク、ここから近くに映画館ある? ずっと外国に行ってたから久しぶりにゆっくり見たくて。」

 ジェイクははがき入れにさした映画のパンフレットを渡した。

「タイムスケジュールネットで印刷できるよ。見たいのある? 」

 アルは少しジェイクの手とパンフレットを見つめた。

「どうしたの? 」

 アルが受け取った。

「君は俺を怖がらないね。」

 ジェイクは言われたことが今さら過ぎて少し考えた。

「アルが危険には見えないよ。」

「どうかな。」

 機械の音声ではなく、低い青年の声がした。

「きれいなお花畑があるよってそそのかして、先回りして、食べる気なのかも。」

 アルの口がそっと近づいた。口を広げて舌を垂らした顎の向こうに笑った男の口が見えた。こつっと、鼻にマスクの黒い鼻が当たった。

「コメディかホームドラマが観たいな。人が死なないようなのがいい。」

 ぱっと離れると明るくアルは言った。元の機械音声だった。

 ジェイクはぎこちなくうなづいた。

 アルを見送りジェイクは扉を閉めてしゃがみこんだ。顔を押さえた手が熱い。胸がドキドキしている。卑怯だ。これは卑怯だ。あんなにズタボロな狼のマスクをつけているのに、耳が真っ赤になるくらいの甘い声だった。

シャワーで頭を冷やし、さっそくパソコンを起動させ、ネットで映画を探した。アクションやサスペンスが多い中で、コメディが一つだけあった。映画記事のレビューを読んでいるときに、ユーリが帰ってきてぎょっとした。

「今二時だぞ。」

ジェイクは、時間が経っていたことにぜんぜん気づかなかった。

「そっちこそどこ行ってたの? 」

 ユーリの上着についた、焦げを見つけてジェイクは言った。

「宝探しだ。」

 ベッドに腰かけ、靴を脱ぎながらユーリは言った。ジェイクもパソコンの電源を落として、ハンモックに乗った。

「なんで茶漉しが出てるんだ? 」

 ユーリに言われて、ジェイクはしまったと思った。

「お茶が飲みたい気分だったの。」

「この花は? 」

「拾った。」

 そう言って毛布を頭まで被った。

 ユーリが近づいてきて、毛布の上から頭を撫でられた。

「お前に彼氏ができてもいい歳だがな。」

「彼氏じゃないよ。」

 毛布をめくって否定すると、ユーリはぷっと笑った。

「俺がショットガン磨かなくていいような男にしてくれよ。」

 笑って言うが、眼が笑っていなかった。

 


 夢うつつに、誰かがそばにいるのを感じた。ユーリかと思ったけれど、ユーリより手が大きかった。頭をなでられていて、ジェイクはパズルを組み立てていた。母さんが、上手だとほめてくれる。

ブラウンの髪に黒い眼をした母さんは、白い手でジェイクを抱きしめた。ばらばらになったアルファベットを並べて、もらったピースだけで言葉を作るパズルが、ジェイクはとても好きだった。ジェイクは全部ピースを余らせずに言葉を作るのが得意だった。

その中に、Eの文字だけなかった。どうしてか尋ねると、昔好きだった人にあげてしまったと、悲しそうに笑った。母さんのイニシャルなのに、とジェイクは言いかけたが、寂しげに笑った母さんの顔を見て、黙った。

パズルは母さんが作った、世界で一つしかないものだった。木製の絵の具を塗った、高価ではないけれどジェイクにはどの玩具よりも大事だった。

 ジェイクは目を覚ますと、ぼんやりユーリのベッドを見た。いない。テーブルを見ると、目玉焼きが焼いてあった。オレンジも切っておいてあった。メモが一枚、夕食は一緒に小魚亭で食べようと書いてあった。この前、ユーリがお土産でフライドチキンを持って帰ってくれた店だ。ジェイクのバイト先の近くだから、歩いていける。ジェイクは着替えてから、メモを大切にカバンにしまった。

 ラジオを切る寸前だった。この街の外れにある教会で飛び降り自殺があった。直前まで一緒にいた家族が言うには、彼は突然激しい頭痛に襲われ、自分を頭を机に叩きつけて割ろうとしたらしい。家族が止めたが、今度は突然走り出し、頭から飛び降りた。

 それを軽快に話すDJのジャーナリズムはすばらしいが、あまり良い気はしなかった。ジェイクも頭痛がしたような気がして自分の頭を撫でた。死にたいほどの頭痛なんて一生味わいたくない。

 








 オレンジ色の街灯が光るバス停のそばに、薄暗い小さなダイナーがあった。扉には閉店の看板がぶら下がっている。店内の木製カウンターには酒瓶が並び、奥の席に男が四人いる以外誰もいない。男たちの机の上にはカードと汚れた紙幣、ウィスキーの瓶が置かれている。

 ジェイクはオリーブを持って席に近づいた。

「新しい子だな。どこから来たんだ? 」

 スペードのエースを握った男がジェイクをちらりと見た。カウンターの向こうにいる店長は苦笑いをした。気の弱そうな、頭頂部の薄い男だった。

「その子は、ウォーカーさんの知り合いの子なんだよ。」

 店長の言葉に、男たちは一瞬沈黙する。全員がジェイクを見た。

 ジェイクは無表情に料理をおくと、空いた瓶をトレーに乗せる。アインの名前が出るとセクハラにあわないのでありがたい。アインからもらう仕事はウェイトレスだったり、厨房の雑務だったり、荷物の梱包だったり、ファミラの仕事とは言えない。ただ、全部魔法使いに関わる場所なので、どんな魔法使いがいてどこの組織にいるのかという情報だけは入ってくる。

「もったいないな、俺ならもっと稼げる場所を知ってる。」

 男の一人が笑った。強がっているようにも見えた。

「ノートン、もうすぐ上がっていいよ。」

 店長に言われ、ジェイクは店の裏に入った。エプロンをたたんで上着とカバンを取り出した。これからユーリと一緒に食事に行こうと思うと、ふくらはぎが痛いのも気にならなかった。

 髪の毛を束ねていたゴムをはずしたとき、扉のベルが鳴った。客が入ってきたようだった。

「悪いが今日は終わりだよ。」

 店長が言うと、客は答えた。聞き覚えのある機械音声だった。

「知っている。オグレ兄弟から盗んだ物を売るんだろ? 」

  机に座っていた男たちが一斉に立ち上がった。彼らが腰から銃を抜く前に、店長はカウンターの下に隠れた。銃弾が壁に撃ち込まれ、瓶が割れバラバラに砕けた。男たちは次々撃たれ、床に倒れる。ジェイクは壁際から中を見る。音が止んだ。一瞬見えたのは、すらっとした足と暗い色の上着だ。

 ジェイクは銃を掴むと飛び出した。男の背後に回り、銃を突きつけた。店長が真っ青になってジェイクを見る。

 男は両手を広げて、ゆっくり立ち上がった。ジェイクは思わず銃をさげた。

「アルバイト? 」

 しわがれた声でアルが言った。ジェイクは銃をおろした。

 その時、また半壊した扉から人が入ってきた。向けた銃をいっせいに撃つ。机の影にアルはジェイクを引き込んだ。銃声がうるさいので、アルが大きな声で言った。

「ジェイクの働いている店だとは思わなかった。」

かろうじて聞き取れる声だった。

「私も、アインの店で取引する馬鹿がいるとは思わなかった。」

 アルが内ポケットから何かを取り出し、ピンを抜いて後ろに投げた。

「眼を閉じて、耳をふさいで。」

 アルに言われて耳をふさいで眼を閉じると、真っ暗な瞼の上が真っ白になった。そして身体が掴まれて浮かぶのを感じた。

 眼を開けると外だった。夕暮れの茜色の空と町並みに一瞬どこにいるのかと思ったら身体が落ちた。どこかのビルの上にいる。詳しく言うと、ビルの上に立ったアルの腕の中だ。

「ごめんね。お店を壊した。」

 アルが店を見下ろした。ジェイクも銃声が鳴り響く道路を見下ろした。どうやって一瞬でここまで登ったのだろうか。

「アルのせいじゃないよ。半分くらいは。多分。」

 アルがそっと降ろす。ジェイクはカバンの中をさぐると紙を見せた。

「今、渡さないほうがいいかな? 」

 映画のタイムスケジュールが印刷された紙を差し出すとアルが笑った。

「ありがとう。」

 アルが受け取って胸にしまった。ひらりと手を振ると、屋上から飛び降りた。慌てて見下ろすと、いなかった。魔法なのか、タネか仕掛けがあるのか、今度聞けば話してくれるだろうか。思わず微笑んだ。

 ジェイクは歩いて一分の小魚亭に向かった。物々しい雰囲気だがそ知らぬふりで店に入る。バチバチ光る看板に、はねる魚の絵が描かれている。踊っているようにも見えた。中は思ったよりも広く、にぎわっている。作業着姿の男たちもいれば、頭だけ動物になっている魔法使いもいる。

 ユーリはすぐ見つかった。作業着から灰色のシャツと上着に着替えて、談笑している中年の男たちに混ざっていた。ユーリもすぐにジェイクに気づいて、席を立った。

「誰? 仕事の人じゃないよね。」

 工場の作業着ではなかった。

「知らない。」

 ユーリは笑って言って、カウンターに座った。浅く広く付き合うのが相変らず得意だ。ジェイクが隣に座ると、中年のふくよかな女が言った。

「うちにはオレンジジュースはないよ。」

愛想のない、ぶっきらぼうな口調だ。

「俺の娘だ。」

 ユーリの言葉に女が目を丸くした。

「驚いた。噂には聞いていたけどこんなに可愛い子だったのかい。」

 女はジェイクをまじまじ見た。

それから、今度は嬉しそうに笑ってサイダーとフライドチキンを出した。ユーリは女が出したブランデーを飲んだ。

「この街も景気が悪くなったけど、ここは相変わらずだね。魔法使いが来ちゃ去っていくよ。ダーマー・ジュニアは元気かい? 」

 ジェイクは女の首に、綺麗な赤い花の刺青を見た。昔はさぞかし美しい娼婦だったのだろう。

「キャメロン、ミルクをくれるか? 」

 ふと、ジェイクは誰かの気配を感じた。隣の席に、黒と白の模様の入った猫がいた。足の少し上から白い色が付いているので、靴下を履いているように見える。ジェイクと目があうと、緑の目を三日月みたいにして微笑んだ。

 猫の後ろから、茶色の髪をした青年が椅子に座った。この国は暑いのに、長袖でハイネックの厚手の服を着ていた。女はわかっているらしく、青年には緑色の不思議な匂いのお茶を出した。青年は浅く礼をした。

「可愛いらしい赤頭巾ちゃんだ。」

 猫が言った。ジェイクは眼を丸くして言った。

「そっちのほうが何倍も可愛いよ。」

キャメロンと呼ばれた女はコップにミルクを入れて出した。

「久しぶりだなニコライ。」

ユーリが話しかけると、猫はぺろりとミルクを舐めた。

「賢者なの? 」

 ユーリがふんっと鼻で笑った。

「賢者、賢き者、よい響きだ。」

 ネコが心地良さそうに言う。

「だって、それ、幻覚じゃないでしょう? 」

 魔法でもっとも難しいとされるのが、物の形を変えることだと言う。年齢操作はかなり修行を積んだ魔法使いならできる。けれど性別を変えるのは命の危険も伴う。ましてや、動物に姿を変えるのを成功させ、なおかつそれまでの知識や意識を保っていられるのは世界中探しても数人しかいない。ジェイクはメッシャーしか知らなかった。

 禁忌とされるまでもなく、成し遂げることが不可能に近いからだ。

「だが私は彼らのようにストイックではない。どうせなら、魔導士とでも呼んでほしいね。」

ウィンクされた。

「道を外したあんたにはお似合いだな。」

 ユーリが笑う。ニコライもひげをゆらして笑った。

「おもしろい話をもってきたよ。」

 青年が封筒の中のものを机にまいた。血みどろの写真が出てきて、キャメロンが顔を背けた。ジェイクは手にとって見ながら、フライドチキンを食べた。ユーリもブランデーを飲みほして、フライドチキンをかじって見る。今度はラムをもらっていた。

「ちょっと苦労したよ。グラスホッパーとCWU、両方後生大事に隠していたからね。」

 ユーリの手が、真っ赤になった床の写真で止まる。ジェイクもそれを見た。床の上に落ちたものを引きずったような、長く細く血の染みが伸びている。

「ジェイコブはゲイシーが拾ってきた中でも、一番おちこぼれだったらしい。魔法がまったく使えなかった。」

 ぺろぺろとニコライがミルクを舐める。

「ちょうどお前さんみたいに。」

「俺の息子だからな。」

 ニコライがふふっと笑う。

「殺しの腕は、まぁまずまずだね。魔法使いを殺しまくった。体重は同い年の子供の倍だったのに人間とは思えないほどの動きだったらしいよ。」

 ユーリは写真に混じってでてきた書類を叩いた。

「結局ボディバッグに詰め込んだんだろ? 俺の息子がよほど気に食わなかったらしい。」

 ジェイクは大きな胃袋のような袋がいくつも吊るされている部屋の写真を見た。うっすら、丸まった子供の形が、袋の中に見える。

「けれど君の息子だけは生きていた。殺したのはCWUさ。」

 ニコライがため息をつく。キャメロンはユーリにラム酒をついだ。

「ゲイシーの研究結果を盗むつもりが、爆破された。そこから後は、君が一番詳しく知ってるだろ? 」

 ユーリがラム酒を飲み込んだ。もういっぱい酒を頼もうとしたのに気づいてジェイクがコップをぐいっとひっぱる。

「飲みすぎだよ。水にして。」

 キャメロンがジョッキに水を入れてにこやかに出す。ニコライが高い声で笑った。

「懐かしいね。ダーマー・ジュニアを思い出す。そうやってお前さんの世話を焼いていた。」

 ユーリが鼻で笑った。ジェイクの頭をなでる。

「ジャックリーンのほうが何倍も可愛い。あんな可愛げがないのと一緒にするな。」

 ジェイクは大きなフライドチキンにがぶりと噛み付いた。ユーリの胸のポケットで携帯電話がぶるぶる震えていた。

「うわさをすればだな。」

 ユーリが携帯電話を持って席を立った。

 ジェイクはサイダーを飲んで、ニコライを見た。

「あんなことを言っても、ユーリは可愛がっていたさ。可愛がり方は違ってもね。」

「子供は嫌いだってずっと言ってた。私のことは、すごく可愛がってくれるけど。」

 ジェイクはニコライの靴下模様の前足が頭をかくのを見た。黙っていれば本当にネコだ。

「アインとも知り合い? 」

「ダーマーファミリーとは古い付き合いがあるよ。ユーリがダーマーに拾われてからのときからね。」

 聞きたい、ジェイクはうずうずした眼でじっと見た。

「レッドフード、私は情報を売り買いしている。欲しいものがあれば君にも売ってあげるよ? 」

見透かしたように言われて、ジェイクは言った。

「私なにも持っていない。」

「何、そう悪い取引じゃないよ。君が知りたいのはユーリとダーマーの馴れ初め、かな。その程度なら大した額じゃないさ。」

 悪魔みたいに笑って、言われてジェイクは言った。

「何が欲しいの? 」

「そうだね、赤頭巾ちゃんの前掛けの下が気になるね。」

 キャメロンが咳払いをしたので、ニコライは訂正した。

「失礼、腰のベルトにつけているものさ。」

 ジェイクは鞘ごと外してナイフを見せた。ニコライが溜息をついて眼を輝かせた。

「驚いたな。ダーマー・ジュニアに渡したのかと思っていたよ。」

「そんなに珍しい? 普通のナイフだよ。」

 キャメロンがテーブルを拭きながら言った。

「普通なもんか。これはユーリが極東の魔法使い組織をつぶした時に手に入れたナイフだよ。ユーリが昔から持っているナイフさ。」

 ニコライが顔をつけた。

「異国の僧侶たちが清め、元々は騎士の剣だったのを彼の死後姫君の懐剣としたものだ。このナイフを持った者はあらゆる悪霊を寄せ付けず、魔法や呪いを受けない。まぁ最初からユーリに備わっている力だけどね。」

 それは宝の持ち腐れではないのか。ジェイクはおごそかに言われたので、そこを指摘してはいけない気がした。

「ずっと気になっていたのさ。ユーリが得意だったナイフを捨てて、銃火器に持ち替えた。ナイフは誰かにやったのか、それともダーマー・ジュニアが引き継いだのか。」

 ニコライはじっとジェイクを見た。

「なるほど、レッドフード。よく分かったよ。君は本当にユーリの後継だ。血だけじゃない、このナイフは持ち主の下に戻る。君の魂がこのナイフに持ち主だと認めさせた。これは稀有なことだ。同じ血と肉を持っても、魂を引き継げるとは限らない。」

初めて言われた。アインは言ってくれるけれど、他の誰かは似ていないとまず言う。

「可愛らしい君には少しショッキングな話かもしれない。」

 ニコライは前置きをして言った。

「ダーマーがユーリを見つけたのは、娼館だった。」

 ジェイクは驚かなかった。ニコライはそれを見て続けた。

「ダーマーがその娼館に行った理由は彼の金を持ち逃げした商人に制裁を加えることだった。それはすぐに済んだ。商人はその時買ったユーリの足を切り落とすのに忙しかったからね。ユーリは同時に、骨まで切られずに済んだ。寒い、雪が君の背丈よりも高く積もる街でのできごとだった。」

 ニコライはミルクを舐めると続けた。

「さて、目的は達成したがここからが問題だ。その娼館の持ち主は今でこそ丸くなったが当時は鮮血の魔法使いと言われたルーカスだった。奴はバロウズ坊やと違って、愛した女性でも容赦しない。」

「ソルマリアのこと? 」

ニコライはひげを揺らして笑った。

「あの美しい極東の魔女は獣の手に堕ちた。裏切り者は焼き殺すバロウズもあの美しさを焼くのは惜しかったようだね。ルーカスは裏切った愛妻を尖塔に閉じ込めるなんてことはしなかった。惨たらしく殺して下水に捨てた。妻は妊娠していたそうだが。ともかく、見つかればまず足を切り落とされ、痛みが収まったらまた別の所を……。」

「ニコライ、ここは酒場だよ。屠殺場じゃないんだよ。」

「失礼キャメロン。」

 今でも有名なファミリーの一つだ。ジェイクにはその当時の悪行は御伽噺か都市伝説だと思うほどだが、都市伝説扱いされるのはユーリも同じだ。

「その時ダーマーとユーリの気持ちは一つだった。とにかくここから逃げ出したい。そこでユーリはダーマーに言った。俺を背負えば魔法は効かないとね。ダーマーは半信半疑だったがユーリを背負って逃げた。言ったとおり魔法の追っては二人を見つけられなかった。それ以来、まだ若く未熟だったダーマーはユーリのその力をこの上なく活用した。結果、世界が恐れる魔法使いファミリーの一つが出来上がった。」

 御伽噺のようにしめくくってニコライは言った。

「ダーマーには恋人がたくさんいたけれど、ダーマーはファミリーを大事にしていた。戦争で親も八人いた兄弟もみんな殺されたからね。」

 ジェイクは、ユーリが崇拝していた魔法使いを思い浮かべる。キャメロンが缶詰の奥にしまっていた写真を見せた。それには立派な髭の男と、ユーリが写っていた。濃い藍色のコートを着ていて、金色の髪と髭が映える。ライオンみたいな男だった。

 ダーマーは魔法使いだったけれど皆に好かれていた。彼の悪く口を言う人をジェイクは知らない。魔法使いでも、そうでなくてもダーマーのことをみんな懐かしそうに口にした。

「懐かしいね、この頃だよ。ブラッディー・フットマークの名前が魔法使いに知れ渡ったんだよ。」

 キャメロンが懐かしそうに言った。

 ブラッディー・フットマークが殺し屋時代のユーリについたあだ名だった。ダーマーの財宝を横取りした魔法使いが、組織ごと殺された。乗り込んだ警察は点々と続く真っ赤な足跡を辿り、血の海になった居間にたどりついた。家具も天井もカーペットもすべて真っ赤で、死体があちこちに転がっていた。足跡はとても小さく、拉致されていた子供か女が逃げ出した痕跡なのかと考えたが、魔法使いのあいだでは、あっという間に足の小さな殺し屋のうわさが飛び交った。

 ユーリは証拠を残さず殺すことなど簡単だったが、ダーマーは足跡を残すのをおもしろがったのでそのまま続けた。

「ダーマーは、ユーリをどこにでも一緒に連れて行った。金の懐中時計と、十個の黄金の指輪、それとユーリはどんなときでもそばに置いていた。そばに置かなかったのは、死んだときくらいだね。」

 ジェイクは写真の中の幼いユーリと、ダーマーをなでてみた。冷たい感触しかしない。

「ダーマーが昔金鉱を見つけたとき、記念に十個の指輪を作ったんだよ。全部綺麗な細工がしてあってね、けれど死んだときにそれが盗まれちまったんだ。ユーリは今でもダーマーの持ちものを探している。」

 キャメロンがジェイクにサイダーのお変わりをだした。ジェイクは肉と一緒に、サイダーを飲み込んだ。

「ユーリが引退すると言ったときファミリーの全員が怒ったが、ダーマーだけは喜んだ。自分の一番の部下が、家族を持つんだ。あの男はそういうやつだった。」

 ジェイクは写真の中のユーリが、誇らしげに微笑んでいるように見えた。今のユーリにはない笑顔だ。誰かのために、何かを誇れる。幼いけれど自信に満ちた笑顔だった。

 ダーマーが死んだ時、身体は撃ち込まれた鉛玉で十キロは重くなっていた。殺した魔法使いは見つからなかった。複数犯だったとも言われている。

 それだけなら珍しくない話だが、ダーマーが死んで葬儀が終わって数ヶ月以内に、ダーマーの死に関わったのではないかと疑われた魔法使い組織のいくつかが壊滅した。一夜にして屋敷中を血の海にして切り刻まれて死んだが、それを行った殺し屋はいっさい証拠を残さなかった。血の足跡すら。

 ジェイクの誕生日と同じ年だった。

 いつの間にか、手にふわりと猫の毛の感触がした。ニコライがジェイクの顔を近くでじっと見つめていた。

「不思議な匂いがするね、レッドフード。」

 ニコライが目を細めてジェイクの手を嗅いだ。

「チキンじゃない? 」

 ジェイクが骨を見せると、ニコライは首を横に振る。

「匂いはもっと古い血の匂いさ。とても力が強い。ユーリの匂いが強すぎて隠れているが、はっきりと混じっている。上等のワインに隠れたフレバーのようだ。」

 ニコライがひょいっと首根っこをつかまれ、上に持ち上げられた。ユーリが携帯電話を閉じて、ニコライを睨む。ニコライの背後にいた青年が、あわてて取り返した。

「俺のものに勝手に触るな。」

「産毛が触ったくらいだし、匂いを嗅いだだけだよ。」

 ニコライが舌を出して言うと、ユーリは紙幣をキャメロンに渡した。

「あんたにはそれで充分だろ。」

 ニコライはそ知らぬ顔をして、猫らしくにゃーっと鳴いた。

「ジャックリーンに余計なことを喋ってないだろうな。」

「タダじゃ喋らないよ。」

 ニコライがウィンクした。

「ナイフのことを話しただけ。」

 ジェイクが言うと再びニコライは睨まれた。

「で? お前は何を喋った? 」

「なに、ダーマーがどうやって最強の殺し屋を手に入れたかの御伽噺だよ。」

 ユーリが溜息をついた。ジェイクは残ったサイダーを全部飲んだ。ユーリが腕をひっぱるので、少し大変だった。キャメロンがまたおいでと手を振ってくれた。

 店を出ると、雨が降っていた。ジェイクはカバンの中から傘を出した。折り畳みだけれど、ユーリとジェイクが二人は入れる分の大きさだ。

 ダーマーが死んだ日も確か、雨が降っていた。こんなふうに、薄暗い路地の間だったらしい。ジェイクも雨を見上げる。角を曲がると、ダーマーが立っている気がした。けれど角の向こうには車が停まっていた。雨の中男が扉を開けて、ジェイクとユーリを促す。 

「もっと前で停めろよ。」

 ユーリは眉間にしわを寄せて、文句を言った。

ジェイクを先に座らせて、ユーリが座る。運転席は見えない。スモークガラスが貼ってあった。

「俺はこれから港にいく。お前は家に帰ってろ。」

 車がアパートの前で停まり、ジェイクは一人で降りた。ユーリが頬にキスをした。

「わかってると思うが、戸締りはしっかりしろよ。」

 車を見送ってから、ジェイクはアパートに入った。ダイナーをちらりと見ると、アルがいたのでジェイクは二度見した。

 ジェイクが驚いていると、アルはエプロン姿で出てきた。

「まだ働いてるの? 」

「この仕事が一番好きだから。」

 ジェイクは、銃よりもアルにはコーヒーカップが似合うと思った。

 ベッドに入る前に、ジェイクは写真を整理した。ユーリと母さんの写真の中に、昔の写真が出てきた。三人で撮った写真だ。ジェイクはこの写真を捨てようとしたけれど、捨てられない。すべて捨ててしまおうと思ったけれど、これだけは隠すみたいに残してしまった。


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