013 赤頭巾と白い貝殻のピアス
ジェイクはとっさに、ウーをかばった。体が窓ガラスを破って、ダイナーの屋根に落ちた。外でチェスをする老人たちのために作られた、日差し避けの柔らかいビニールの屋根だったのでそれほど衝撃はなかった。
ウーはジェイクの行動に驚いていたが、それは一瞬ですぐさま立ち上がるとジェイクからパズルの入った箱を奪おうとした。ジェイクは箱を握ったまま屋根から転がり落ちた。
「渡せジェイク。」
ウーが咳き込みながら叫んだ。口から血が溢れて、シャツにつく。起き上がって逃げようとしたジェイクは、それを見て立ち止まった。後頭部に銃口が突きつけられた。
「また会ったな。」
ハートネットだった。ジェイクは固まった。
「それを渡せ。」
ハートネットの後ろに護送車のような車と、そこから降りるバッシュの姿が見えた。
「派手だな、パピヨンボマー。賢者が眼を覚ましたらどうする。」
ウーがバッシュを睨んだ。早歩きで近づくと、ジェイクの手から箱をひったくる。バッシュにそれを押し付けるように渡した。
「約束のものを渡せ。」
バッシュがあごで何かを指す。ジェイクが見ていると、護送車からCWUの隊員が降りてきた。彼の手には四角い箱があった。警察が遺留品を保管する箱のように見えた。
ウーがCWUと取引をしている。ジェイクが見ていると箱を開けて捜査員たちに渡す。押収していたピースが並べられていた。
「Eの文字はどこだ? 」
バッシュが尋ねたが、ウーは抱えた箱をじっと見つめていた。バッシュが銃口をウーに向けた。
「お前の頭の中にあるのか? エリック・ゲイシー。」
バッシュが言うと、ウーは振り返った。
「早く開けろ。お前と心中する気はない。」
ウーは他人事のように嘲笑した。
「何とか出来るなら頭領たちがお前たちから取り返したときにしている。私にできたのはここまでだ。パズルのピースを全て集めても、正しい開け方がわからなければ刺激を与えるだけ犠牲者が増える。」
バッシュは眉間にしわを寄せた。
「ゲイシーのたった一人の息子なのに知らないのか? 」
ウーはバッシュを見て笑った。
「ゲイシーの息子はジェイコブ・マゴットたった一人だった。お前たちが殺した少年だよ。」
その顔はゆがんで見えた。
「最初に開けた捜査官の死に様は見たか? 腕のいいエンバーマーを雇ったほうがいい。CWUの力をもってそこまで動き回れるのは見事だが。」
ジェイクはその時初めて、バッシュの首元に赤く爛れた跡に気づいた。
「私を殺すのは父の呪いだ。だが、お前を殺すのは彼の呪いかもな。」
かっとなってハートネットの銃口がジェイクから外れた。その瞬間、遠くから銃弾が撃ち込まれた。全員が伏せた。ハートネットは血を流し倒れたが、銃弾が飛んできた先に撃ち返した。バッシュがウーに銃口を向ける。止めるまもなくバッシュは引き金を引いた。車から出てきたCWUたちがビルに向かって突撃する。
ウーは肩を撃ちぬかれ、倒れた。バッシュはウーに近づくと上着を探り、襟を引き裂いた。
爛れたやせた胸元の上に、首飾りにしたEの文字のピースが落ちている。ウーが咳き込むと口からまた血が溢れた。ジェイクはバッシュめがけて走った。立ち上がったハートネットが襟首をつかもうとしたが、その身体に何かが体当たりした。
ぼろぼろになり、今にも取れかかったマスクをつけたアルがハートネットにつかみかかる。ハートネットもアルの頭をつかんだ。はがれたマスクの下から出てきたのは、同じ顔の男だった。
ジェイクは呆然とそれを見た。アルとハートネットはまったく同じ顔だった。
「何がバリスタだ。裏切り者。」
ハートネットが罵倒した。
バッシュがウーの胸の上からピースをとった。捜査員たちがパズルにはめ込んだ。ウーがそれを止めようと手を伸ばしたが、咳き込み手が落ちた。パズルを光が包み込み、放電が起きた。捜査員たちの皮膚に爛れが走る。悲鳴を上げて倒れこんだ。
パズルのピースがゆっくり外れ、中の白いボールのようなものの周りを漂う。赤い光を放ちながら放電している。ウーは絶望した目で顔を伏せた。
「どういうことだ。」
バッシュがウーの襟首をつかんだ。ウーの口から、高い音が漏れている。
刃の切っ先が二人の間に割り込んだ。バッシュがとっさに交わした。倒れこんだウーの身体を、バンクマネージャーが抱きとめる。バッシュの呼吸も荒い。パズルが動き始めたことで、皮膚の爛れがじわりと頬まで広がった。
「ジェイク、怪我は? 」
チヨがジェイクのほほに触れる。ジェイクはチヨのドレスの肩紐が今にも千切れそうなことのほうが心配だと思った。
「ピースをはめたら正しい方法で開けないと、周囲に呪いをまいて消滅するってミスター・スミスが言ってた。エリック、なんとかできないか? 」
チヨが振り返ったが、バンクマネージャーが冷たく言った。
「諦めろ。全員死ね。」
ジェイクはウーを見て、それからパズルを見た。
「ウー、答えはいいからどうしたらいいかだけ教えて。後は私が考えるから。」
「黙れ小娘。貴様になにができる。」
バンクマネージャーが一喝した。
「これ以上邪魔をするな。」
噛み付きそうな番犬のような目だった。だが負けじとジェイクも叫んだ。
「あんたこそ邪魔するな。私の友達をこのままくだらない魔法使いの尻拭いなんかで殺させやしない。」
ジェイクはウーの袖を掴んだ。
「お願い教えて。パズルの動かし方だけでいいんだ。」
ウーは指を伸ばした。震えた指先を見るとパズルがある。囁くような小さな声で言った。
「ピースを、壊して……正しいものだけ残して。」
ジェイクはナイフを取り出すとパズルに駆け寄った。ピースを眼で追って振り下ろした。赤い光が周りを包み込む。ジェイクはピースを切り裂く。パズルから泣き声がする。赤ん坊のような声だ。
ジェイクは何度も何度もナイフを突き立てた。母さんと一緒に、何度もやったパズルのゲーム。正しい文字を入れると箱が開いて中からお菓子や大好きな玩具が出てきた。壊れてピースが押せなくなるまでジェイクは何度も遊んだ。
ジェイクは最後の一振りをつきたてた。息を切らせて見上げると残ったピースが輝き、パズルの中心の箱も白く光ると地面に落ちた。
パズルが砂のように崩れる。底に残ったきらきら光るものが、ジェイクには見えた。ジェイクは息を呑んだ。震えて指を入れ、拾い上げると貝殻の形をしたピアスがでてきた。
「両方そろったから、それはあなたにあげるわ。」
母さんの声が、囁いた。頬に、髪に、優しく母さんの指が触れて頬ずりをされたような感触がした。ジェイクは顔を上げた。咳き込む声で振り返れば、バンクマネージャーの腕の中で、ウーがこっちを見た。バッシュの手から爛れが消えていく。バッシュがジェイクを振り返る。
音が止んだ。CWUの捜査員たちも銃を降ろしたまま固まっていた。
ジェイクはダイナーから白いふらふらしたものがこっちに来るのを見た。メッシャーだった。メッシャーは目をぱちくりさせ、周りを見渡し、白み始めた空を見上げてからジェイクに声をかけた。
「トラブルかい? 」
ジェイクも周りを見渡した。壊れたアパートを見上げ、銃弾がめり込んだ壁を見つめた。血痕が周りに散っている。
「いや、もう片付いた。」
メッシャーはにこっと笑った。ジェイクも笑い返した。




