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011 赤頭巾と番犬

 アインのホテルでジェイクは一人部屋に残された。扉の前にはアインの部下がいるので出られない。窓の配水管を使えば下に降りれるが、アルはまだ車のトランクに入れられているだろうか。部屋の隅でジェイクは考えた。

 アルがもし本当にCWUなら、目的は何だろう。ジェイクにはグラスホッパーが何故ここにいるのかも分からない。チヨもバロウズも何か知っているようだし、アインもユーリもそのせいで今日動き回っていたはずだ。

 ジェイクにもそのうち教えてくれるだろうか。それとも、ユーリはまた隠してしまうのだろうか。

 子供の自分が歯がゆい。もっと強ければ、きっと話してくれた。顔を伏せてジェイクは泣きそうになるのを我慢した。ジェイコブと同じ姿をした少年を見たときの、ユーリの顔を見て、傷ついたのが自分だけじゃないんだと気付いた。

 ユーリはCWUから逃げるためにジェイクを置いていった。誤算だったのは、CWUがジェイクをグラスホッパーに渡してしまったことだ。眼が覚めてユーリは自分を抱きしめてくれた。頭がぼんやりしてあの時は気付かなかったが、ユーリの泣きそうな、嬉しそうな、あんな顔を見たのはあれが一度きりだ。

 もう二度とあんな顔をさせたくない。そのために自分がしなければいけないことはその場限りにの思いつきで行動しないことだ。癇癪の虫がまだイライラとジェイクを突いているけれど、冷静にならないといけない。

 コンっと窓に何かぶつかる音がしてジェイクは顔をあげた。窓にアルが張り付いていた。心臓が飛び上がった。

 扉の外に気を配りながら開けると、アルが入ってきた。

「どうやって来たの? 」

 その前にどうしてここが分かった。アルは手を払った。

「鼻はいいんだ。」

「早く逃げないと殺されちゃうよ。」

 ジェイクが小声で言うと、アルは言った

「君は俺を殺さないの? 」

 ジェイクはアルを見つめて、言った。

「アルは、私に嘘をついていることがある? 」

 アルは笑った。

「黙っていることは山ほどあるけど。」

「なら、いい。早く逃げて。言ったでしょう、私、バリスタのアルが好きなんだよ。」

 ファミラのアルは知らない。でも、バリスタのアルのことはよく知っている。やってきた客の好みを把握していて、気難しい客の注文も完璧にこなして、隣の部屋の住んでいる変な親子のことも気にかけてくれている。

 狼のマスクを付けた、変だけど優しいバリスタだ。

 アルがジェイクの手を掴んだ。

「俺も、ジェイクのことが好きだよ。」

 機械で捻じ曲げられた声でアルは言った。

「ずっと前から君の事見ていた。」

 びくっとジェイクの手が震えた。

 知られてしまったら、気付かれてしまったら、この街にはもう住めない。ユーリとも離れなくてはいけなくなるかもしれない。

「……離して。早く行って。」

 そう言いながら、ジェイクもアルの手が離せない。

 この手を離したらもう自分の大好きだったアルには二度と会えないだろう。

 アルはジェイクの手を離すと、狼の耳の部分から小さなマイクロカードを出して、ジェイクの手に握らせた。

「もしもCWUがジェイクに危害を加えるなら、これを使って。」

 ジェイクが顔を上げるとアルが抱きしめた。

「穏やかに暮している君が見たかっただけなのに……ごめん。」

 消え入るような声で言うと、ジェイクを離した。泣いているように聞こえた。

 呆然としたジェイクの前で、アルは窓枠に立った。思わず手を伸ばしたジェイクの指先をすり抜け、アルは窓から飛び降りた。

 下を覗くとホテルの噴水が見えた。ジェイクは、目から涙がこぼれた。後悔とは違う。ただ、変に悲しかった。

 涙を拭いて化粧を直した頃に部屋がノックされた。タンタルに案内されてジェイクは部屋を出た。



 ホテルのバーは静かな雰囲気で、上品そうな客ばかりいた。タンタルはジェイクをカウンターに案内し、部屋が見渡せそうな場所にジェイクは座った。未成年に見えないのかメニュー表を渡されたので、生チョコを頼んだ。ジェイクはタブレットにマイクロカードをさすと中を見た。写真と画像ファイルがいつくかある。調査結果と書かれた文章があった。

 グラスホッパー幹部、カルロス・ゲイシーの残した呪具は二十六文字のアルファベットからなるパズルだった。ピースはゲイシーの弟子が持っていたが、中には無理やりピースの所有者にさせられた子供たちもいた。ゲイシーが誘拐した子供たちのうち、保護された十人が自殺した。その子供たちは全員激しい頭痛に苦しみ、自分から頭部を損傷させている。

 写真には、割れた頭の中にある桃色の脳とその中にはアルファベットのピースが入っていた。

 ユーリとアインがエレベーターからやってきた。アインのスーツと違ってユーリはいつもよりこぎれいだが、そう変わらないと感じた。

「狼が逃げた。」

 ユーリは眉間にしわを寄せた。バーボンを頼んで飲み込む。

「私の所に来たよ。」

なんで言わないと言いかけたユーリの口に、出された生チョコを入れる。

「だって、部屋の番号教えてくれなかったじゃない。それにすぐ出て行った。」

なんで撃ち殺さないと言いかけたユーリの口に、もうひとかけ生チョコを入れた。

「好きな人を二人も殺したくないよ。分かってよ。」

 ユーリの眉間に渓谷のように深いしわが寄った。アインが黙ったユーリを見てふっと笑ったので、八つ当たりなのか頭を手ではたいた。

 玄関からボーイがこっちに来た。アインに何か言っている。それからフロントをアインが見た。ジェイクはそっちを見てそらした。茶色い髪に青い目をした、中年の男だ。ジェイクは震えて手を組み、背中を向けた。CWUがいる。総責任者のバッシュだ。全員スーツを着ているが武装している。ユーリがジェイクの肩に艶めかしく手を回す。

「知っていた顔か? 」

 傍から見ればキスをしていちゃついているカップルにしか見えないだろう。ジェイクはユーリの手を掴んだ。ユーリがそばにいると、落ち着いた。

「総責任者のバッシュ。私がグラスホッパーに攫われた時もいた。」

アインはフロントに行き、スーツの男たちと話す。

「フォンダンショコラを。」

 隣で声がしたので、ジェイクはちらりと見た。

 青い目に金色の髪をした男が立っている。ファッションモデルのような顔立ちで、背もアインと同じくらいあった。

 いつ座ったのか、いつからここにいたのか、バーに入ったのはいつか、ジェイクは全く気付かなかった。

「こちらのお嬢さんに。」

 男はにこりと笑いかけた。

「他人のものに手を出すなって親に言われなかったのか。」

 ユーリが言うと、男はユーリに笑いかけた。

「いい趣味だな。だがあんたの歳なら歳が離れすぎてないか? ブラッディー・フットマーク。」

 次の瞬間男の銃口とユーリのナイフの刃先が交差した。互いにいつもで急所を狙える距離に近づける。

「ハートネット、やめろ。」

 低い声が割り込んだ。ジェイクは声のした方向を見た。初めてCWUと接触した日、ジェイクに餌になれと言った男、バッシュが目の前にいた。

 ハートネットと、この男のことを呼んだ。ジェイクは金髪の男を見た。若すぎる。アインよりもまだ若いはずだ。

「こいつの首を持って帰れば三年は遊んで暮せるのにですか? 」

 ハートネットは笑ったが目はユーリを睨み続ける。数秒の間だったが、ジェイクには何時間にも長く感じた。ハートネットは銃を下ろした。ユーリもナイフを下ろした。

「目的はその男ではない。無論、ダーマー・ジュニアでもない。」

 皮肉を込めてバッシュが言った。ユーリに目を向けてバッシュは言った。

「いいスーツだ。ワルプルギルスの夜に招待されているのか? 」

 ユーリはバッシュを無視して葉巻を取り出し、深く吸って吐いた。

「ゲイシーが残した呪いがこの街に持ち込まれた。」

 バッシュが言った。

「呪いが解放される。ゲイシーを殺したお前なら知ってるだろう。」

 ユーリの眉間にまたしわが寄った。ジェイクはユーリとバッシュを交互に見た。

「それで俺たちに泣きつきに来たのか? 」

 どうでもよさそうにユーリは言った。バッシュは表情を変えず言った。

「この国の国民を守ることが俺たちの仕事だ。お前が我々を嫌おうが知ったことではない。」

 ユーリが口笛を吹いた。

「あんた本当カッコイイな。都市伝説のヒーローかよ。」

 言いながら眼が笑っていない。ジェイクは嫌な予感がした。ユーリが饒舌で眼が笑っていない時は、大体惨事を起こす寸前の時だ。

「ブラッディー・フットマーク。エリン・マゴットと接触していた理由はなんだ。」

 ユーリが葉巻の煙をバッシュにかけた。

「いい女だったからに決まってんだろ。お前らの調査資料には顔写真も載ってなかったのか? 」

「ジェイコブ・マゴットを引き取った理由は? お前がダーマーの命令以外に動くことはないだろう。」

 ユーリがジェイクを抱き寄せて言った。

「お前らみたいなのがうざかったからだ。ガキは面倒だからすぐやめたがな。」

 ユーリはジェイクの頬にキスをする。髭の感触がくすぐったい。

「ジェイコブ・マゴットが自分の子供だからではないのか? 」

 バッシュがきっぱりと言った。

「ジェイコブはゲイシーの子供でもエリン・マゴットの子供でもなかった。ゲイシーはそれに気づかず攫い、気づいて殺した。」

 深くユーリが葉巻を吸った。灰がちりちりと赤く燃えて白くなる。

「お前は自分の子供を痛めつけたゲイシーをどう思った? 」

 煙を吐いて、ユーリはジェイクを押しのけた。葉巻がぽつっと床に落ちるのと同時に、ユーリの姿がなくなった。

 バッシュが倒れた。ハートネットが銃を構え、バッシュが連れてきたスーツの男全員が銃を抜いたが、バーの中にいた店員、上品そうな紳士、旅行客らしい若いカップル、全員がバッシュたちに銃を向けた。

「バッシュ、俺もお前に是非聞きたい。」

 ユーリは床に倒したバッシュの上に乗り、ナイフを首に押し当てていた。

「お前、俺の息子を生餌にして、挙句頭ぶち抜いて殺して、俺がお前を殺したがらないと思ったのか? 」

 ユーリのナイフがバッシュの喉にわずかに刺さった。皮膚を切って血が滲む。

「あれは軍の上層部がっ……。」

言いかけたハートネットを制するようにバッシュが手を上げた。

「ブラッディー・フットマーク。私を殺すのはかまわないが、その後代わりに彼らの統率を取れ。ジェイコブの二の舞は私も御免だ。」

 バッシュの眼には恐怖も絶望もなかった。ただ彼の眼には信念しかなかった。ユーリの手首を掴んで見据えた眼は曇っていない。

 ユーリが力を入れてバッシュの喉を裂こうとした時、何かが刃を掴んだ。ハートネットだった。素手の彼の手からぼたぼたと血が落ちる。

 無言で睨みつけるハートネットを見てユーリはナイフを引いた。

「ハートネット、行くぞ。」

 バッシュは何事もなかったように立ち上がる。全員が銃をおろした。

 立ち去るハートネットの背中を見て、ジェイクは思わず駆け寄り腕を掴んだ。驚いて振り返ったハートネットの手に、紙ナプキンを当てる。血が吸われ、見えた傷口は思った以上に浅く塞がりかかっている。

 ハートネットはジェイクの手を振り払った。睨んでから無言で立ち去る。

 やはり若い。ハートネットよりもずっと若い。もしかして彼の息子だろうか。ならば、真相を知っていれば、彼もジェイクを殺したいと思うだろう。

「どうだと思う? 」

 アインにユーリが言った。

「まだ気付いてはいなようですね。知っていれば言うでしょう。」

 ジェイクが生きていることをCWUは気付いていない。なら、アルはやっぱり黙っているのだろうか。

「これ、アルからもらった。」

 ジェイクがマイクロカードを差し出すと、ユーリは頬をつまんだ。痛い。

「ほいほいもらうな。発信機ついてないだろうな。」

「一応確認します。」

 アインがジェイクの携帯電話ごと持っていった。

「ゲイシーを殺したの? どうやって? 」

 ゲイシーはあの事件の数ヵ月後逮捕された。そして死刑にされたはずだ。

「人聞きの悪いこと言うな。アイツが勝手に自殺したんだ。俺のせいじゃない。」

 葉薪を上下に振ってユーリは言った。

「でもゲイシーの死に関わってるんでしょう? 教えてよ。」

 ユーリは渋い顔をして言った。

「アインに誘われてここに来る前に首都に出かけただろう。あの時だ。」

 覚えている。ジェイクはホテルに置き去りにされ、もしくはアインの部下と一緒に博物館めぐりをして暇を潰した。夕食は一緒に食べたが、ユーリはほとんどアインと仕事でいなくて、最後の日だけ一緒に買い物をした。

「ウォーカーのボスに国から依頼が来た。殺せない死刑囚がいるからなんとかしろと。飲まず食わずで何ヶ月も生きている、同じ部屋に入ると看守も囚人も体に赤い湿疹や爛れが出来て、腐って死んじまうってな。」

 ウィスキーを飲んでユーリは煙を吐いた。

「あいつの小ざかしいところはな、自分の研究結果を何者かが開けようとしたら分かるようにしていたことだ。正しい方法を使わずに開けると呪いが撒かれる。同時に、それを仕掛けたあいつにも研究結果と同じ呪いの作用が出る。可笑しくて仕方なかっただろうな。場所が特定できりゃ、身内がやったか国がやったかわかったはずだ。……いや。」

 煙を吐いてユーリは言った。

「あいつには国がやらかしたって分かっただろうな。なんせ隠した場所がエリンの墓だ。」

 ジェイクは思わず立ち上がった。

「母さんのお墓を、掘り起こしたの? 」

 手が震えて今にも走り出してしまいそうなほどの怒りに、身体中が熱くなる。ユーリがジェイクの手を掴んで座らせた。

「何万って数のガキを殺した死刑囚の弱みを握りたかったんだろう。察してやれ。」

「信じられない。最低。あの。」

 ジェイクの口からユーリの口から主に出る下品な罵倒の言葉を戻ってきたアインは耳にした。

「ともかく、ゲイシーが高みの見物を決めこんでいたのがムカついたんで俺が観客席から引きずりおろしてやった。」

 呪いはゲイシーには効かない。けれどユーリは何かの方法を使って、ゲイシーにも呪いが有効にしたのだろう。

 自分自身の呪いでゲイシーは死んだ。ジェイクは溜息をついた。

「最低。ゲイシーも、国も。母さんを巻き込むなんて。」

 母さんがゲイシーと別れた理由はよくわかる。

 ゲイシーがグラスホッパーだと分かったからだ。大好きな人でも、愛している人でも、人を傷つけることを母さんは絶対に許さない。

 はっと、ジェイクはユーリを見た。

「でも、母さんの死はゲイシーとは関係ないよね? 」

「エリンが死んだのは普通の人間がかかるありふれた普通の病気だ。不治だが魔法とは関係がない。エリンも知っていた。むしろ……今エリン自身が一番驚いているだろうな。悪名高い大魔法使いの一人が、人生で作り出した最高傑作の隠し場所に自分の墓を選んだんだからな。」

皮肉を込めてユーリは言った。

 



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