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001 赤頭巾とウルフヘッド

 赤い上着をはためかせ、小柄な少女が雨の中を走っていた。大きなカバンを肩からさげ、店の軒下に時々隠れながら走る。フードの下からはハニーブラウンの前髪がちらちらとのぞく。今日の気温はそれほど低くないが海からの風は冷たい。この町の雨はすぐ去るが、今日は雲が多かった。

 細い足はバス停の下で止まった。少女はフードをかぶったまま空をうかがった。手にした袋の中から、ワインの瓶とパンの袋がのぞいている。

「災難だな。」

 ベンチに座った男が新聞を見ながら言った。この町の住民によくある、陽気な色のシャツを着て薄い色の上着を着ている。

 フードの下から出てきたのはハニーブラウンの髪と目をした可愛らしい少女の顔だ。上目遣いで男を見返すとき、男の腕時計とそろった髭を見た。

「よくあることだよ。ここじゃ雨は長く続かないし。」

 少女は素っ気無く、生意気そうな口調で言った。

「大荷物だな、どこに行くんだ? 」

男は腰を探る少女を見ながら尋ねた。

「おばあさんの家。」

 上着の下から出てきたのは、少女の手に不似合いなほど刃の大きなナイフだった。

「一緒に来てよ、サンダーズ。ミセス・ブランカが待ってるよ。」

 男の目の色が変り新聞を少女に叩きつけた。

「ファミラか。」

息を吸い込むと、男の口から炎が噴出した。炎は容赦なく少女に叩きつけられ、周りにいた通行人から悲鳴があがった。少女は炎に包まれたが、炎を割って細い足が男の右ほほにめり込んだ。

 腕で炎を払い、倒れこんだ男に少女は馬乗りになる。カバンから取り出した手錠をはめて、バス停につないだ。

「もう一人運び屋はどこ? 」

 少女はナイフを男に突きつけた。男はうなりながら、少女を睨んだ。腕を強くひっぱるが手錠は外れない。男はそれに驚いたようだった。少女はかまわず、男のあごを軽くナイフで刺した。

「あんたが魔法使いだってとっくに知ってる。普通の手錠もってくるわけないだろ。」

 バス停のそばの店から誰かが出て行った。少女が立ち上がって追いかけようとした瞬間、逃げ出した男は倒れた。足を押さえてうずくまっている。血痕がじわりと広がっている。

 少女はバス停を見下ろす、通りの向かい側の建物に手を振った。道路に倒れた男もバス停につなぐと、ちょうど黒塗りの乗用車が到着した。中からサングラスをつけた男たちが降りてきて、少女は手錠の鍵を渡した。男たちは抵抗しているが、何発か殴られ、車のトランクに押し込められた。

「ボスが一緒にお茶を飲まないかと言ってる。」

 男の一人が少女に近づいて言った。

「お茶菓子は何? チョコレートケーキ? 」

「ロッククッキーだ。」

 少女は道の向こうで、建物から出てきたカバンを抱えている男に手を振った。少女と同じハニーブラウンの髪と目をしていて、それほど際立った特徴はない。髭と前髪で顔の半分が隠れている。少女は男の腕を掴んで言った。

「ミセス・ブランカがお茶にさそってくれてる。行こうよ。」

 少女が腕を取ると、男はあくびをした。

「俺はいい。寝る。」

 男は少女の頭に手を乗せた。

「勧誘されても書類にサインするなよ。」

「しないよ。私の腕じゃ任せられる仕事なんてないもん。」

 少女は車の後部座席に乗り込んで、男と手を振って別れた。

 車の中は冷房がききすぎて寒いくらいだった。少女はわざと窓を開けた。この街の熱い空気が、風に押されて吹き込む。ちょうどいい温度になった。車は店の並ぶ通りを離れ、山側に向かっていく。着いた先は芝がきれいに刈られたこじんまりとした屋敷だった。茶色のレンガでできた門をくぐって車が停まり、少女が降りると緑の芝生の向こうに金髪を三つ編みにした、花柄のワンピースの女性が見えた・庭のテラスでお茶を淹れている。車から運び出される男と、赤いフードの少女を見て、微笑んだ。

「いらっしゃい、赤頭巾ちゃん。」

少女は上着を脱いで男たちに渡す。短剣、ブーツに入っていた小刀、腰から銃と小さな火薬の入った筒、鞘に入ったナイフもはずした。カバンだけは肩からかけた。

「こんにちは、ミセス・ブランカ。」

 少女は頭を軽く下げた。婦人は黒いサングラスの男たちと、意識を戻して青ざめた男を見た。男は婦人を見て悲鳴をあげた。婦人は穏やかに微笑むと、ぱちんっと指をはじいた。同時に男の口の中が爆発した。男の頭ががくりと落ち、煙が出ている。少女は手品みたいだと思った。

「下に連れて行ってちょうだい。お茶が終わったら行くから。」

 少女は庭にあるお茶の席に案内され、カバンからワインとパンを出した。

「このワインはミスター・ウォーカーから。こっちのパンは私たちから。ゲルニカの店に卸してるパンで、ワインと一緒に食べたらおいしいって。私は飲んでないけど、そう言ってた。チーズフォンデュにしてもおいしい。」

 少女はりんごの絵柄のワインを出した。サングラスをつけた男の一人が、ワインとパンを受け取った。

「ありがとう。いいワインね。ミスター・ウォーカーによろしく。」

 婦人はお茶を出した。少女はクッキーをもらい、お茶に砂糖を一つ入れた。

「ユーリはまだ仕事? 」

「夜、ミスター・ウォーカーと仕事みたい。準備するって。」

 赤い上着を見せて、少女は焦げていないか確認した。

「ミセス・ブランカの作ってくれたこの上着すごく便利。ありがとう。」

 婦人は微笑んだ。

「ジェイクに魔法は効かなくても、服がぼろぼろになっちゃうものね。」

 クッキーもお茶もおいしい。少女は遠慮なくぱくぱく食べる。婦人はその様子を嬉しそうに眺めた。

「このナッツクッキーおいしい。紅茶の葉が入ったのもおいしい。」

「みんな私の畑で育てたのよ。」

 少女は庭を見た。緑であふれているのに、鳥の声も虫の声もしない。上品な婦人にぴったりな庭なのだが、少し静か過ぎる気がした。時々行きかうサングラスをつけた男たちも、違和感を放っている。いつものことなので少女は気にしない。

「実はね、今日はあなたにもらってほしいものがあるの。」

 婦人の言葉に、少女はほおばったまま言った。

「これ以上もらえないよ。いっつももらってばっかりだし。」

 婦人は人差し指を口元に持っていく。

「お願い。うちには可愛い女の子がいないから、作っても誰も着てくれないの。」

 少女は婦人に手を引かれて、家の中に入った。庭と同じように、優しい色合いの家具と、飾られたドライフラワーが素朴な印象を与える。婦人は少女に可愛いらしいワンピースを着せ、満足そうに手を叩いた。

「ユーリに見せて。喜ぶわ。」

「喜ぶかな。ふりふり、好きじゃないと思うけど。」

 少女は、ぼさぼさに伸ばしていた髪の毛も三つ編みされ、お人形遊びの道具のような気分だった。婦人はすっかり愛らしいいでたちになった少女に満足していた。

「ユーリは貴方のこと可愛がっているけど、身だしなみはさっぱりなのよね。」

 少女は自分の姿を振り返る。婦人の目が優しく微笑んだ。それから、台所にあったかごを持ってきた。

「ニシンのパイ、温めて食べなおして。」

 婦人はお手製のキルトに包んで渡してくれた。少女は受け取った。

「たまには私の畑の整理を手伝ってくれないかしら。難しい仕事だけど、ジェイクは手先も器用だし、賢いからできると思うの。」

「ミセス・ブランカ、庭には誰にも入れないのに、いいの? 」

少女が驚くと、婦人は微笑んだ。

「ジェイクなら、入れるわ。次の収穫手伝ってくれる? 」

 少女はうなづいた。

「気をつけて帰ってね、ジェイク。寄り道しちゃだめよ。」

 少女はキルトを大切にカバンにしまい、乗ってきた車に乗り込んだ。

 車は茂みの門をくぐっていく。婦人は最後まで手を振っていた。

 ジェイクはカバンの中がまだ温かいので、ひざの上に乗せた。

 あの婦人は表向きは上品で優しい女性に見えるが、有名な魔女だ。違法な薬草畑を育て大金を稼ぎ、街の政治家に寄付している。税金もたくさん納めているので誰も文句は言えない。今日ジェイクが捕まえた男は、彼女から品物を盗んでこっそり売りさばこうとしたらしい。

「お前さんはファミラにしちゃ好かれてる。ボスの作ったものを平気で食うやつはいないからな。」

 彼女の作る薬草が入ったものを食べると、さっきの男のようにひどい目にあうらしい。彼女の魔法が体の中に入り、合図を送ると爆発したり、死んだり、自分の意思に反して言うことを聞くようになる。

「そういうの鈍いんだ。」

 ジェイクは上の空で答えた。いつだったか、ユーリが呪いを受けていたらしいのだが、ジェイクはまったく気づかなかった。一緒に食事をしていた店の中全員が、ユーリが入った瞬間体調を崩すほどだったのに、ジェイクは平気でもぐもぐ出されたリブステーキを食べていた。ユーリは少し吐き気がするのは、二日酔いだと思い込んでいた。しばらくして、ユーリに呪いを送っていた魔法使いは過労死したと聞いた。おかげでユーリの武勇伝がまた一つ増えた。

 山から降り、街の中に入ると大きな赤や青の羽をしたオウムが道の脇で観光客を呼んでいるのが見えた。ぺらぺらと人間よりも滑らかに喋るオウムにだまされて、店に入る観光客は多い。警察が巡回しているがひっかかる観光客は絶えない。くるくる色や形を変える、大きなガラス細工や、不思議な楽器を持った男たちが演奏している。太った大柄の女が、椅子に座ったまま看板をかかげていた。

 車が信号で停まるとジェイクは言った。

「ここで停めて。家まで歩ける距離だし。」

 そういいながら扉を開ける。

「寄り道すると狼に食われるぞ。」

 運転手がミラー越しに見つめた。

「返り討ちにしてやる。」

 ジェイクは車から降りると、道を挟んであった本屋の扉をくぐった。雑誌コーナーに行くと、ファッション誌や映画雑誌に混じって、隅に週刊誌が置いてあった。表紙は数ヶ月前につ魔法使い組織の幹部が処刑さえた記事だった。

 魔法を使うには許可証が必要だ。場所、時、使用方法も厳しく制限される。国によっては魔法の使用は一般的には認められず、政府が管理する国もある。それほど危険で、扱いづらい。魔法は誰しも素質と才能は持っている。しかし、文明の利器のほうが効率よく楽に仕事をこなすため、時がたつにつれ人はその必要性を求めなくなった。研究や解明が進まない分野だということもある。けれど犯罪に利用するものは薬物を使ってでも力を引き出そうとする。本物の魔法使いには敵わないが、最近の魔法使いには、そういう輩が増えてきている。常用すれば肉体も精神もぼろぼろになるが、なぜか自分だけは大丈夫だと思っているようだ。

 それゆえに、一般的に魔法使いとは反社会的組織を表す言葉として使われるようになった。自己の利益を優先し、暴力や脅迫、時にはテロ行為も行う。または自己の研究や知識欲を満たすために、人に危害を加えたり財産を奪ったり、犯罪行為に使われることが増加した。

 この街では魔法使い組織の数が多く、抗争も起きる。警察の手に負えないことも多いため、ジェイクのようなファミラと呼ばれる仕事が必要になる。

 組織の間の問題を解決するため、交渉役や裏切り者の捕獲、時には殺害、荷物の運搬、護衛を行う。どこにも属さず小間使いのような仕事を行うのでそう呼ばれるが、その場限りの使い捨てに扱われることが多いため、どちらかというと卑下される仕事だ。しかし、中にはその優秀さを買われ、多くの組織から勧誘される逸材もいる。ほんの一握りだが、そういった人物は逆に、どこかの組織に属すと組織間の均衡が崩れると言われ、あえてファミラの立場にいることがある。

 ジェイクは、魔法と医学の今月号をとった。他にも面白そうな本がないか探しながら歩いていると、狭い場所だったせいか人がぶつかった。平積みされた本がばらばら落ち拾っていると大きな手が伸びた。ジェイクと一緒に本を拾ってくれる。

「ありがとう。」

 ジェイクが言って相手の顔を見た。

「どういたしまして。」

 しわがれた声が頭上からした。ジェイクの目の前にあったのは、狼の頭だった。それもハロウィンでつけるようなふざけた頭で、左目はぽっかりのぞき穴になり、右目はヌイグルミの目を縫い付けてある。だらりと舌が垂れ、縫い目も見えていた。首から下は人間の青年のような体つきで、白いシャツに黒いズボンをはいている。手も人間のものだった。

 青年は雑誌を棚に置いて、ジェイクが持っていたものも棚に置いた。ジェイクが大切そうに抱えていた本だけは、とらなかった。

「欲しいのがある? 」

 ジェイクは、口を開けて、閉じて、首を横に振った。背の低い自分に気を使ってくれていたと気づくのに時間がかかった。

「おばあさんの家に行くの? 」

 ジェイクはニシンのパイと狼と自分の赤い上着を見て、首を横に振った。

「帰り道。」

 狼の左目から青い目が一瞬だけのぞいた。

「今日は天気が悪くなりそうだから急いで帰ったほうがいいよ。」

 忠告をすると狼はくるりと背中を向けた。ジェイクが立ち去る背中を見ていると、視線に気づいてか狼が振り返った。

「可愛いワンピースだね。」

 ジェイクはまた本を落としそうになった。

 狼は何事もなかったように出て行った。道行く人が狼を振り返らなかったのを見て、ジェイクは魔法使いだと気づいた。あんなマスクを付けていれば警察に声をかけられるだろうが、それをとがめられないということは、一般人には普通の人間の男に見えているのだろう。だが、あんなに派手な魔法使いがこの街にいるという話は聞かない。ファミラでもなさそうだ。

 奇妙な胸騒ぎがした。あんなに胡散臭い、妖しげな格好をしていたのに、狼からはまったく殺意や敵意、殺し屋独特の雰囲気が感じられなかったのだ。



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