新しい心
次の次の朝が来るぐらいまで、私はずっとその姿勢で泣いていた。おかげでいざ立とうとすると膝が萎えていてよろっとなってしまった。
自室を出て、ラプタさんを探すこともなく私は一人、海に向かった。今日の海は穏やかだった。朝日を浴びたそれは、空っぽの海のくせになんだか綺麗で、それを見ただけで私はまた涙が出た。
前と同じように、私は浜辺を歩く。今日は……何も落ちていない。そっか、こんなに穏やかな海じゃ、何もうちあげないよね、と思いつつ、私はゆっくり歩いていく。足元ばかり眺めていた視線をふとあげると、遠くの方に何かキラキラ光りを反射しているものが見えた。
「……シーグラス、かな」
なんとなくそれに近づいていくと、それはシーグラスよりもずっと大きかった。小ぶりなスイカほどもありそうなガラス玉が、浜辺に流れ着いていた。
よいしょっ、と持ち上げると意外と軽くて拍子抜けしてしまった。こんなに軽いから、穏やかな海でも運べたのかな……と思いつつ、それは貝殻やシーグラスでも同じことが言えるな、と思い直す。
ガラス玉はまるで作り立ての様に綺麗で、波に揉まれてきたようには到底思えなかった。
「ついに……新しい心を拾ったのね」
「……! ラプタさん!」
いつのまにかラプタさんが、私の後ろに立っていた。
「これは……心、なの?」
私は胸に大事に抱え込んだそれを見下ろしながら言った。
「そうよ。カスミはね、失恋した時に前に持っていたガラス玉を粉々にしちゃったでしょ。その代わりが……今やっと届いたのよ」
何故か、ラプタさんの言葉は私の中でストンと理解できてしまった。なんでだろ……夢の中だからかな。
「そっかあ。そうだったんだ。……大分時間かかっちゃったね」
「そうね」
私とラプタさんは顔を見合わせて笑った。私には分かっていた。もうすぐここを出て、元の世界に戻らなきゃならないことを……。だから、今はラプタさんに言いたいことは全部言わなくちゃいけない。
「私ね、リョウとか友達に捨てられたくなくて、必死で自分を作ってたんだ。髪だって短い方が好きだし、無理に痩せたくなかったし、おしゃれだってそこそこで良かったのに、無理してたんだ。だから、心が死んでたの。普通に生活しているように見せかけて、自分で自分の心を殺して、それに気づかないふりして生きてたの。だから、外見だけしか気に入ってくれて無かったリョウにあっさり振られて、元々死んでいた心が簡単に割れちゃったんだね」
いきなりの説明も何もない独白を、ラプタさんは口をはさむことなく静かに聞いてくれていた。
「ここは、私の心の中、なんでしょ? だからこの海も私と同じように死んでいた……。ごめんね、ラプタさん。ずっと、死んだ海のままでいて」
「良いのよ、カスミ。海はいくらでも元に戻るわ。あなたが、生きることを望めば。それにね……」
ラプタさんはいったん口を閉じると、持っていたバスケットの中から一つのシーグラスを取り出して私に見せた。
「……それは…………」
「これはね、カスミの心が砕けたものなのよ。たとえ死んでいても、海は長い時間をかけて心の破片をこんな綺麗なものに変えてくれる……。私にはそれだけで十分なのよ、カスミ」
「ラプタさん……」
ラプタさんはにっこり笑った。それは今まで見たラプタさんの笑顔の中でも最高のものだった。
「このシーグラスは私がもらっておくわ。カスミは、その心を大切にしなさい」
「うん、ありがとうラプタさん」
私がそういうと同時に、突然私の体全体が光に包まれた。同時に、視界がかすんでくる。ああ、ついに帰るんだな、と思いつつ、私はラプタさんを最後まで見続けていた。ラプタさんは泣きながら笑っていた。それはとても美しく見えた。
「ラプタさん……私、またラプタさんに会えるかな」
「いつでも夢で遊びに来て良いのよ、カスミ。私、待ってるわ」
「うん……ありがとう、ラプタさん!!」
それが、私のあっちの世界での最後の記憶となった。




