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空っぽの海  作者: ren
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空っぽの海へ


 そんなある日のこと。


  最近、夢を見る回数がぐぐんと減った。昨日も夢は見なかったのに、珍しく海が荒れていた。教会に直接波が当たっているんじゃないかってぐらい大きな音が響いていたから間違いない。おかげでよく眠れず、今日はちょっと寝坊してしまった私だ。……寝坊したところで怒る人もいないからどうでも良いんだけれど。


 私がやっと部屋からでてくると、ラプタさんは昼食を用意して待っていてくれていた。ラプタさんの手料理はすごく美味しい。本当に、何をやらせても超一流なのがラプタさんだった。そんなラプタさんが、午後から海に行くという。なんでも、昨日の大嵐で何か面白い物が流れ着いているかもしれない、というのだ。楽しそうなラプタさんに惹かれ、私も海に行ってみることにした。


 私が最初に流れ着いていた海は、昨日は荒れ狂っていた海は、今日はとても穏やかで凪いでいるようにすら見えた。ゴミ一つない砂浜はとてもきれいだったが、海はというと……。


海にもゴミなんかなくて、綺麗か綺麗でないかと聞かれると綺麗、だと思うのだが、ただそれだけだった。なんだか生命力が感じられない、ただの水の塊だった。空っぽの海、というフレーズが思いついて、慌ててそれを取り消す。なんだか、空っぽ、という表現を認めてはいけない気がしたのだ。


 海岸にはラプタさんの言った通り、面白いものが流れ着いていた。一番目についたのは、なんといっても貝殻類だった。たくさんの種類の、様々な大きさ貝殻が浜辺に打ち上げられ、私は思わず興奮してしまった。拾って教会に持って帰ろうと思った時に一瞬違和感を感じたが、ラプタさんにほら、これ使って、とバスケットを渡され、思う存分拾っているうちに違和感などどこかに吹き飛んでしまった。


 また、浜辺には貝殻だけでなく、なんだかキラキラ光る石が落ちていた。


「わあ、綺麗……」


 私は透明のやつを一つ手に取って、太陽にかざしてみた。まだ濡れているそれは太陽の光を浴びて輝いているように見え、本当に美しかった。それに、なんだか手に取った時、懐かしい感じがした。


「あら、シーグラスを見つけたのね」


 私が子供みたいにはしゃいでいるのを見て、離れたところで貝を拾っていたラプタさんがこちらにやって来る。


「シーグラス?」


「ええ。それはもともとガラスの破片なのよ。それが波に揉まれて、曇りガラスみたいになったものをシーグラス、って呼ぶのよ」


「へー、シーグラス、か」


 宝石みたいで綺麗だな、と思った私は、貝殻と合わせてそれも積極的に探して集めることにした。




 やがてバスケットがいっぱいになり、私たちは教会に戻った。ここでの季節は元の世界と同じく、冬が近づいている秋だったため、長い間海風にさらされていた私たちの体は冷え切っていた。私がいつものように暖炉の前のふかふかの椅子に腰かけていると、ラプタさんが今日はハーブティーではなく、ホットミルクを持ってきてくれた。


「ありがと、ラプタさん」


 一口で体の芯から温まった気がして、心の中でもう一度ラプタさんにお礼を言う。


「ねえ、ラプタさん」


「何かしら?」


 私は昼間から思っていたことを聞くことにした。


「貝殻拾いって、秋でも結構出来るんだね!」


 元の世界では近くに海などなく、夏の海しか見たことがなかったので、勝手に貝拾いも夏にするものだと思っていたのだが……。


「あら、むしろこういうのは秋冬がシーズンなのよ」


「え? そうなの?」


「ええ。水温が低いと貝は死ぬの。それで死にたての綺麗な貝殻が浜辺に打ち上げられるのよ」


「……!」


 事もなげにそう言うラプタさんに、私は固まってしまった。この夢のような世界に来てから、初めて「死」という暗い単語を聞いたからだろうか。いや……私はなぜか、気づいてはいけないことに気づいてしまったような感覚に陥った。そう、それは浜辺でも感じた違和感と同じ……これは…………。


「……何か変なこと言ったかしら?」


 急に表情がこわばった私を心配してだろう、ラプタさんが声をかけてくれた。ここで気づかなかったふりをするのは容易かったけど、私はううん、とは言えなかった。だから、ゆっくり言葉を選びながら、ラプタさんに質問をした。


「ラプタさん、前に、この海では魚も貝も取れないって言ってたよね」


「ええ」


「……じゃあなんで、貝殻はたくさん取れたの?」


「……」


 貝殻がうち上げられるということは、海底には貝がいてもおかしくない、はずだ。それなのに先程散々浜辺を歩いたのに、生きた貝は目にしなかった。……自分で名づけた、「空っぽの海」という表現が頭に浮かんでくる。


「この海には、生き物はいないの……? みんな、死んでるの……?」


「……」


「私も、海から来たんだよね。私も死んでるのかな……? ねえラプタさん、そうなんでしょ?」


 ラプタさんは私の質問には答えてくれなかった。でもその沈黙が肯定しているようにしか思えなくて、私はラプタさんを置いて自室にかけこんだ。


「私は……死んでいる」


 それは恐ろしい事実だった。私は……ちゃんと息して、笑って、ご飯食べて、歩いて、痛みも感じるしこうやって考えたり泣いたり出来るのに、私は、死んでいるの……?


 しばらく夢を見なかった分、涙を流すのも久しぶりだった。そして、泣いているのに海は静かだし、ラプタさんもハーブティーを持って訪れなかった。私は静かに、ベッドの上で一人で膝を抱えて泣いていた……。




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