それは突然に
ぼっちになろうがならまいが、地球はいつも通りに回り続ける。私の生活も進み続ける。今まで彼氏や友達を失わないためだけに努力してきたはずだったのに、実は失ったところで何も変わらないんだな……、とらしくもなく真面目な考察をしながら、私は一人、広い教室のど真ん中で日直日誌を書いていた。……いや、正しくは2人ぼっちか。
右斜め後ろをこっそり振り返ると、そこにはもう一人のぼっち……ではなく日直である杉本高志が座っていた。日直は毎日男女一人ずつ、交代で回っていき、たまたま今日は私と杉本の番だった。日直は放課後4時~6時の間教室で待機しているだけ、という実に詰まらない仕事をしなければならないのだが、ちょうどテスト前ということで私はこれ幸いと静かな教室で自習をしていた。
ちらっと振り返ると杉本は文庫本を読んでいるようだった。……顔は良いのに常に無表情で何考えているのか分からない。それが杉本に対するみんなのイメージなのだが、実際はどうなんだろ、とふと思った。別にそれを知ったところでどうでも良いんだけれども。
――キーンコーンカーンコーン。
実にくだらないことを考えているうちに時間はあっと言う間に過ぎていき、気づけば6時を告げるチャイムが教室に響いていた。これは下校を促すチャイムであり、日直の仕事の終わりを告げるチャイムでもある。
私は書き終えた日直日誌と鞄を手に立ち上がり、杉本のところへと歩いて行った。
「これ、鍵と一緒に返しておいてもらえる?」
日直の最後の仕事は教室の鍵と日直日誌を職員室に届けに行くことだ。日誌は私が書いたんだから、杉本に持っていってもらうくらい良いだろう。
「……分かった。」
杉本はちらっと私を見るとそう言って、鞄を持って立ち上がった。別に下駄箱と職員室は同じ方向だから、二人で帰っても良いのだけれど、そうしたくなくて私は速足で教室を出て行こうとした……私はリョウと別れて以来誰かと二人でいると、必ずその相手とくっついちゃえ、という訳の分からないアドバイスを聞かされる破目にあうからだ。
そんな私に、杉本が声を掛けてきたのは予想外中の予想外だった。
「えっと……浦野、だっけ」
「え……?」
一瞬、誰に話しかけられたのか分からなかった。
「浦野って、失恋したんだよな」
「なっ……!」
そのあまりに失礼な物言いに私は頭にカッと血が上って、咄嗟に何も言えなかった。その間に杉本はさらに言葉を続ける。
「悲しいのは分かるけどさ、いつまで拗ねてるんだよ」
「なっ、なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないのよ!?」
――いきなり何様のつもりなの!!
思わず怒鳴りながら杉本の方に体を向ける。……彼はいつのまにか移動していて――私の目の前に立っていて、威勢よく啖呵を切ったはずなのに、私は一歩後ろに下がってしまった。そんな私に構うことなく、杉本はまた口を開く。
「浦野、おまえせっかく海を持ってるんだから、一度自分を探して来いよ」
「な、何の話?」
海? 持ってる? どーいうことですか!?
意味不明な言葉を発信する杉本を私はただ茫然と見つめる。これは……本当にあの杉本なんだろうか。いつもの無表情はどこかに消え、いたずらっ子みたいな表情で電波みたいなことを垂れ流しているこいつは杉本のそっくりさんなんじゃないだろうか。
深い混乱に陥った私を完全に無視して、杉本はいきなり人差し指で私の眉間をつん、とつついた。
「……!」
たったそれだけで、私の視界は急速に光を失っていくのを感じた。
……え、何、なんなのよこれ!!
遠のく意識の向こうで、杉本が笑っている気がした……。




